『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』




                          第二十五話  公孫賛、同行を願い出るのこと

 一行は冀州に向かおうとする。しかしその時にだ。
 関羽はだ。ここでも思い出したのだった。
「そういえばだ」
「そういえば。どうしたのだ?」
 葛籠を持っている張飛がその言葉に問うた。
「何かあったのだ?」
「公孫賛殿への挨拶がまだだったな」
 言うのはこのことだった。
「それがだったな」
「そういえばそうだったのだ」
 張飛もこのことに気付いた。
「あの人がいたのだ」
「白々ちゃんね」
「白蓮じゃなかったか?」
 馬超が劉備に突っ込む。一行は平らな道を歩いている。左右には田畑がありのどかなものである。
「公孫賛殿の真名って」
「あれっ、そうだったっけ」
「何かどっかで聞いたんだよ」
 また言う馬超だった。
「そういう真名だったよな」
「うむ、そうだ」
 趙雲もその真名に頷く。
「あの方の真名はそれだ」
「そうだったよな。何か覚えにくいんだけれどな」
 馬超は自分の十字槍を右手に話す。
「あの人のことってな。そもそも幽州にいることだってな」
「忘れてしまうか」
「一応この州の牧なんだよな」
 馬超はこのことも話す。
「あの人が」
「殆どの人が袁紹さんって言うのよね」
 黄忠もかなり酷いことを言う。
「この幽州の人でも」
「私もそう思っていたわ」
 神楽もであった。彼女と孔明だけは得物を持っていない。
「けれど違ったのよね」
「影が薄いというのも困ったものだ」
 趙雲は表情を変えずに述べた。
「私も一時あの方のところに身を寄せていたがな」
「今も一応はそうではないのか?」
 関羽が言う。
「劉備殿は客将となっているのだしな」
「そうなるか。だがな」
「だが?」
「そのことについての実感はない」
 趙雲はこう話した。
「それはだ」
「ないのか」
「厄介になっていた時もあの方のことはな。どうも忘れてしまいそうになった」
「それは失礼だろう」
「失礼だがそれでもだ。どうしてもな」  
 そこが難しいのだった。
「あの方はどうしても目立てないのだ。それなりに能力もあり悪い方ではないのだが」
「特徴がないのね」
 黄忠の言葉はそのものずばりだった。
「要するに」
「そう、まさにだ」
 まさにそれだった。趙雲も話す。
「それが問題なのだ」
「けれど挨拶はしていきましょう」
 孔明はこのことはしっかりと言った。
「考えてみたらこのまま何も挨拶せずに行くのも失礼ですし」
「そうよね。じゃあ白々ちゃんのところに行こう」
 また真名を間違える劉備だった。そしてである。
 山に入って暫くして一行が一休みしたところでだ。張飛も葛篭を置いた。左右には緑の木々が生い茂っている。そこでだった。
 葛籠の中からだ。ある音が聞こえてきた。
「むっ?」
「これは」
 最初に気付いたのは関羽と黄忠だった。
「いびき!?」
「一体誰かしら」
「翠だな」
「あたし起きてるぞ」
 馬超はすぐに趙雲に返した。
「ほら、今ここで喋ってるだろうが」
「安心しろ。わかって言っている」
 この辺りがまさに趙雲だった。
「それでだ」
「葛籠よね」
 神楽がその葛籠を見て話す。
「あの葛籠の中から聞こえてくるわ」
「中を開けましょう」
 孔明が話す。
「多分その中には」
「その中には?」
「いますから」
 孔明はくすりと笑って劉備に話した。
「絶対に」
「絶対に?」
「はい、まずは開けましょう」
 そして開けるとだった。やはりいた。馬超が彼女を見て大声をあげた。
「なっ、蒲公英!?」
「ふえ?」
 その声を聞いてだ。馬岱はふと右目を開けた。
「朝?」
「朝じゃない、何で御前がここにいるんだ!」
「道理で見送りの時いなかった筈です」
 孔明は少し笑って話した。
「あの時に」
「そうか。葛籠の中に隠れていたからだな」
 関羽も納得した。
「私達に同行する為にか」
「呆れたのだ」
 張飛は実際に呆れた顔になっている。
「けれど何か鈴々も同じことをしそうなのだ」
「はい、そうですよね」
 孔明はここでも笑って張飛の言葉に頷いた。
「鈴々ちゃんもそうしますね」
「置いてけぼりは嫌いなのだ」
 実に張飛らしい言葉だった。
「絶対について行くのだ」
「それでなんですけれど」
 孔明は話の本題に入った。
「問題はですね」
「すぐに帰れ!」
 馬超は従妹に対して言い返した。
「桃家荘にだ。すぐに帰れ!」
「嫌よ!」
 馬岱は葛籠から飛び出て言い返す。
「蒲公英もついて行くから。いいわよね!」
「駄目だ!」
 馬超もまた言う。
「すぐにだ。帰れ!」
「ここまで来て帰れないわよ!」
「じゃあどうするんだ!」
「はい、ここはですね」
 また話す孔明だった。周りは呆れたり困惑したりしているがそれでもだ。彼女だけは温和な顔でにこにことしたままだった。
「決める人がいます」
「そうだな」
 関羽にはそれが誰かすぐにわかった。
「ここはだ」
「はい、劉備さん」
 またにこりと笑ってだった。今度は劉備に顔を向ける孔明だった。
「ここはどうされますか」
「私なの?」
「劉備さんが私達の主ですから」
 だからだというのだ。孔明は劉備を見続けている。
「決断は劉備さんがです」
「そうなの。それじゃあ」
「どうされますか?それで」
「いいんじゃないかしら」
 これが劉備の言葉だった。
「確かに黙ってついて来たことは仕方ないけれど」
「はい、それはですね」
「それでも。どうしてもっていうし。ここまで来たら」
「蒲公英ちゃんも一緒にですね」
「それでいいと思うわ」
 劉備はまた話した。
「やっぱり旅は多い方がいいし」
「そういうことですね。では話はこれで決まりです」
「私も一緒に行っていいのね」
「はい、そうです」
 孔明は今度は馬岱に答えた。しかしであった。
 これまでの笑顔を叱る顔にしてだ。そしてあらためて馬岱に話した。
「けれど」
「うっ、けれど」
「今度からはこんなことはしないで下さい」
 仁王立ちになって馬岱を叱る。
「何かの童話じゃないんですから」
「う、うん」
「わかってくれればいいですけれど」
 わかっていないのはわかっていて話す。
「とにかく。これで話は終わりです」
「じゃあ白々ちゃんのところに行こう」
「白蓮殿だろう?」
 今度は関羽が劉備に突っ込みを入れる。
「私も中々覚えられない真名だが」
「とにかく行くのだ」
 葛籠が楽になった張飛が話す。
「挨拶をしてから冀州に行くのだ」
「ええ、そうね」
 黄忠が張飛の言葉にうなずく。そのうえで彼女達は公孫賛のところに向かうことになった。そうしてそこに着くとであった。
 公孫賛がだ。笑顔で一行を迎えた。特に劉備をである。
「おお桃香元気か?」
「うん、白々ちゃん」
 本人にも真名を間違える。しかも満面の笑顔でだ。
「元気だった?」
「白蓮だ」
 本人はむすっとした顔になって言い返した。
「子供の頃から言っているだろう」
「あれっ、そうだったっけ」
「何度言えば覚えてくれるのだ」
 今度は泣きそうな顔になった。
「全く。子供の頃からの付き合いだというのに」
「御免なさい。それでだけれど」
「うむ、何だ?」
 何はともあれだった。話は本題に入るのだった。
「それで」
「これから少し用があって冀州に向かうの」
「冀州にか」
「うん、それで挨拶に来たの」
 こう公孫賛に話す。
「暫く桃家荘を離れるから」
「そうか、それでわざわざ挨拶しに来てくれたのか」
「愛紗ちゃんが気付いてくれて」
 自然とこのことも話す劉備だった。
「それでなんだけれど」
「それはそうだな」
 今の劉備の言葉には公孫賛は少し昔を思い出した感じだった。
「御前はそうしたことにはだ」
「そうしたことには?」
「昔から忘れるからな」
 こう劉備に話すのだった。
「というより覚えてくれないからな」
「ううん、そうかな」
「まあ御前らしくていいがな」
 また話す劉備だった。
「桃香はそうでないとな」
「話がよくわからないけれど」
「つまり劉備殿は昔から変わらないのだ?」
「そうみたいね」
 張飛と馬岱が二人のやり取りを聞きながら話す。
「天然さんだったみたい」
「公孫賛殿も昔から影が薄かったのだ」
「まあそれでだ」
 公孫賛は話を切り上げてきた。
「冀州に行くのだな」
「うん、そうだけれど」
「そうか、それならだ」
 劉備の頷きを受けてだ。公孫賛はあらためて言ってきた。
「私も一緒に行っていいか」
「白々ちゃんも?」
「白蓮だ」
 話は繰り返しだった。
「とにかくだ。私も一緒にだ」
「冀州になの?」
「袁紹に用事ができた」
 だからだというのである。
「それでだ。いいな」
「公孫賛さんもですか?」
 孔明はこのことを聞いてだ。ふと話した。
「というとやっぱり」
「むっ、その娘は確か」
「諸葛亮孔明です」
 公孫賛が目を向けるとすぐに一礼して返す。その手に扇があるので頭を下げてだ。
「宜しく御願いします」
「水鏡先生の弟子のだな」
「水鏡先生を御存知なんですか」
「話は聞いている」
 微笑んで言葉を返す公孫賛だった。
「そういえばまた新しい弟子が来ているそうだったな」
「そうなんですか」
「それで話を戻すが」
 またこう言う孔明だった。
「私もよかったらだ」
「はい、行かないといけませんよね」
 孔明は公孫賛の事情がわかっているようだった。見ればである。公孫賛はだ。いささか困った顔をしていた。その顔での言葉だった。
「やっぱり」
「うむ、恥ずかしい話だが」
 公孫賛は困った顔で話をはじめた。
「幽州は旱魃でな。凶作だったのだ」
「そうですね。私達のいる郡はよかったですけれど」
「うむ、しかし他の郡はだ」
「そうはいかなかったと」
「特に遼東はだ」
 その地域はというのだ。
「かなり深刻だ。このままでは民が餓える」
「だから袁紹さんに御会いしてですね」
「米か麦の援助を貰いたい」
 話が具体的なものになった。
「そうしたいのだ」
「それなら一緒ね」
 また話す劉備だった。
「私達と冀州まで」
「そうさせてもらえるか」
 また言う公孫賛だった。
「ここは」
「ええ、わかったわ」
 劉備は公孫賛についても納得した顔で頷いた。
「それじゃあ一緒にね」
「いいのだな」
「旅は多い方が楽しいし」
 劉備のその癒される微笑みも出た。
「じゃあね」
「うむ、悪いな」
 こうしてだった。公孫賛も同行することになった。そうしてである。 
 一行はすぐに冀州に向かった。その時にだ。不意に目の前に大きな虎が出て来た。
「むっ、虎か」
 公孫賛がすぐに腰にある剣に手をかけた。
「すぐに退治せねば」
「いえ、待って」
 しかしそれはすぐに劉備が止めた。
「この虎さん何か」
「何か?」
「様子が違うけれど」
 こう話すのだった。
「どうしたのかしら」
「様子が違うだと?」
「別に私達を食べようとはしていないみたい」
「そういえばそうなのだ」
 張飛は劉備のその言葉に頷いた。
「この虎はただここにいるだけなのだ」
「そうよね。穏やかな雰囲気だし」
「確かにな」
 公孫賛もここでわかった。
「この虎は餓えてはいないな」
「けれど何かあるみたい」
 一同次々に察していく。
「それだと何が」
「ナコルルがいたらわかるのに」
 ナコルルの話が出た。そこで、だった。
 一人の男が出て来た。それは。
 赤い髪を前に長く伸ばした鋭い目の男だ。黒く短い左前の上着に赤い細いズボンという格好だ。その男が出て来て言ったのである。
「その虎とは付き合いがあってな」
「貴殿の虎か」
「買っているわけではない。この山の中で少し知り合っただけだ」
 こう関羽に話す。
「それだけだ。腹が減っているその時にお互いに餌をやり合っただけだ」
「虎となのだ?」
 張飛はこのことに首を捻ってしまった。
「それはまた変わったことなのだ」
「俺にとっては変わったことではない」
 男は何でもないといった口調で述べた。
「人間も動物も同じだ」
「そうね。貴方はね」
 神楽はその男を見ながら口を開いた。
「戦う相手かそうでないか。それだけの違いというわけね」
「ふん、やはり御前も来ていたか」
「そうよ。八神庵」
 神楽はここでこの名前を出した。
「貴方もこの世界に来ていたのね」
「来るつもりはなかったがな」
 八神はこう神楽に返した。
「気付いたらここにいた」
「そう。私と同じね」
「貴様とは別に闘う理由はない」
 八神はその鋭い目で神楽を見据えながら告げた。
「他の奴等ともだ。俺は相手が女でも闘うがだ」
「そうだな」
 趙雲が応えた。
「どうやら貴殿はそうした者だな」
「闘うからには相手が誰でもだ」 
 八神はさらに話した。
「俺の前に立つのならその時は容赦はしない」
「その時はかよ」
「すぐに楽にしてやる」
 馬超にも話したのだった。
「その時はだ」
「随分と物騒な奴だな」
 馬超も思わず唸った。
「そうね。何か常に剣を持っているような」
 黄忠もその八神を見ながら述べた。
「そうした鋭さを持っているわね」
「それで八神さん」
 孔明は八神を見ながら彼に問うた。
「貴方は今どうされているのですか?」
「どう、か」
「はい。誰かのところにおられるのですか?」
「群れるのは嫌いだ」
 八神の声もまた常に剣を持っているようなものだった。
「俺は誰の下にもつかん。そして仲間にもならん」
「そうなんですか」
「それよりもだ。神楽」
 神楽に目を向けた。横にいる虎はそのまま彼の足元に猫の様に寝転がった。そしてそのうえでだ。ゆっくりと眠りはじめたのである。
「あいつも来ているか」
「ええ、その通りよ」
 神楽は彼を見据えながら言葉を返した。
「来ているわ」
「そうか。それならだ」
 それを聞いてだ。また話す八神だった。
「そこに行く」
「貴方達はこの世界でも闘うというのね」
「あいつがいるならだ」
 八神の言葉は変わらない。
「そうする。それではな」
「今から行くのね」
「俺はそれだけだ。闘うだけだ」
 また話す八神だった。
「それでだが」
「草薙京が何処にいるのか知りたいのね」
「行ってそこで殺す」
 言葉は一言だった。
「あいつがいるならそこに行ってだ」
「悪いけれど居場所は言わないわ」
 神楽はそのことは答えようとはしなかった。
「それはいいわね」
「安心しろ。最初から聞くつもりはない」
 それはだというのだった。
「俺が探し出してそのうえで殺す」
「そう。じゃあこれでお別れね」
「そこの女達だが」
 八神は今度はあらためて劉備達を見回した。目だけでだ。
「この世界でも女も闘うのだな」
「それが普通じゃないんですか?」
 劉備はこの世界での常識を話した。
「それは違うんですか?」
「こちらの世界のことはまだよく知らないが」
 八神はこう前置きしてから劉備に言葉を返した。
「俺の世界よりも闘う女は多いな」
「そうなんですか」
「そこにいる女達は」
 関羽達も見たのだった。
「相当な腕を持っているな」
「それはわかるのだ?」
「わかる。見ただけでだ」 
 そうだというのだった。
「それはわかる」
「そうなのか」
「そういうあんたも相当な腕なのだ」
 張飛もはなす。
「使うのは何なのだ?」
「これのことか」
 八神は張飛の言葉に応えてだ。右手を胸の前に出した。そうしてそこにだ。青い炎を出してみせたのである。
「青い炎か」
「それがあんたの炎か」
「京の炎は既に見ているな」
「うむ」
「赤い炎だった」
 二人はすぐに草薙の炎について答えた。
「だが貴殿のそれは青い」
「どうしてなんだ、それは」
「青い炎の方が熱いのですが」
 孔明はこのことを話した。
「貴方の炎もそうなのですか?」
「さてな。熱さまでは知らないが」
 それはだという八神だった。
「だが」
「だが、か」
「それでもなのだ」
「俺の青い炎は八神家の炎だ」
 それだと今度は関羽と張飛に対して述べた。
「その炎だ」
「八神家の炎なのね」
 黄忠もその青い炎を見ながら述べた。
「その青い炎こそが」
「どうして青いのかなんですけれど」
 劉備は自分でも気付かないうちに確信を衝いていた。
「それはどうしてなんですか?」
「それを聞きたいか」
「はい、どうしてですかそれは」
「では話そう。かつて俺の祖先はオロチと血の契約を交えさせた」
 劉備達にこのことを話すのだった。
「それからだ。八神家の炎は青くなったのだ」
「それまでは赤いものだったのよ」
 神楽も話したのだった。
「けれどオロチの炎は青いから」
「オロチ、あれか」
 関羽の顔がその言葉を聞いて険しくなった。
「草薙がいつも言っているあの一族か」
「そうだ。祖先はオロチと血の契約を交えさせた」
 それを話す八神だった。
「だが。俺はオロチとも群れない」
「オロチとは違うのか」
「違う」 
 関羽への返答も一言だった。
「それどころかオロチの奴等は俺を憎んでいる」
「何をやったのだ?」
 張飛は既に八神の剣呑さを実にはっきりと感じていた。だからこそこうしてだ。彼に対してかなりぶしつけに尋ねたのである。
「殺したのか?」
「死にはしなかった」
 八神も答えた。
「オロチの血が騒いでだ」
「おいおい、またそりゃ物騒だな」
 馬超も今の言葉に眉を顰めさせる。
「そんなのが潜んでるのかよ」
「それじゃあ何時それが出て来るかわからないの?」
 馬岱はこれまで話を聞くだけだった。だがここではじめて八神に問うのだった。
「八神さんのそのオロチの血って」
「安心しろ。俺はオロチではない」
 八神自身それは必死に否定した。
「しかしだ」
「しかしって言われても」
 まだ難しい顔になっている馬岱だった。
「何かあったらその時は」
「安心して。少なくとも今はそれではないわ」
 神楽が槍を構えそうになる馬岱を制した。
「オロチの血が影響するのはオロチ一族が傍にいる時だから」
「オロチ一族。話に聞いているけれど」
 黄忠はここでも草薙の話を思い出して考える目になっていた。
「この世に。よからぬ存在なのね」
「最初はそうではなかったわ。けれど」
 神楽の言葉だ。
「それでも今はね」
「そうした存在なんですか」
「そうよ。私達はオロチを封じる為にいるのよ」
 神楽はまた劉備にも話した。
「そう、アンブロジアを四つの宝珠を持つ如来達が封じていて」
「アンブロジアもなのだ」
 張飛も話をした。
「ナコルルが言っていたあれなのだ」
「そうよ。そして常世は四神と巫女が封じている。それと同じで」
「オロチは貴殿達がか」
「ええ。私の神楽家と草薙家、そして八神家」
「その時は姓が違っていた」
 関羽に述べる神楽に続いて八神が述べた。
「今の俺も本来はその名前らしいな」
「それに戻るつもりはないのね」
「ない」
 八神ははっきりと答えた。
「俺の名前は八神庵だ。それ以外の何でもない」
「けれどそれは」
「関係ない」
 今度も一言だった。
「俺はオロチもネスツもどうでもいい。ただ、だ」
「草薙ね」
「あいつを殺す。それだけだ」
 あくまでそれだけだというのだった。
「この世界にも来ているならそれでもだ」
「そうするのね」
「俺はその為だけに生きている」
 こうまで言い切るのだった。
「だからだ」
「貴方のその青い炎は貴方自身を焼くわ」
 神楽の忠告だった。
「それでもなのね」
「それでもだ。それではな」
 八神は一歩足を前に出した。虎も起き上がり前に出ようとする。しかしだった。
 八神はその虎に顔を向けてだ。そして告げた。
「いい」
「虎に対して言ったのね」
「御前は御前の居場所にいろ。ここがそうなのならな」
 馬岱の言葉をよそに話すのだった。
「別れる。いいな」
 虎に告げてだった。それで世界を離れるのだった。
 そのうえでだ。劉備達とも離れる。背中を向けているがそこには三日月があった。
 三日月を見てだ。劉備はここでも言った。
「草薙さんの太陽と違うのね」
「そうよ。草薙は太陽よね」
 また神楽が話す。
「けれど八神はね」
「月なんですか」
「草薙家は日輪、八神家は三日月」
 この二つの違いがそのまま両者の違いだった。
「そういうことよ」
「そうなんですか。陽と陰なんですね」
「そして赤と蒼よ」
 この二つだというのだった。
「それよ。ただ」
「ただ?」
「両家は闘う宿命ではないわ」
「けれど草薙さんと八神さんは」
「ええ。その両家の因縁を終わらせる為にも」
 神楽の言葉が強いものになった。
「闘わなくてはいけないのでしょうね」
「そうなんですか」
 その話を聞いて沈んだ顔になる劉備だった。
「それであの人達は」
「宿命なのね。八神家は罪を犯してきたし」
 神楽はこのことも話した。
「その長い因縁もまた終わらせないといけないし」
「オロチと契約したことなのね」
 馬岱もそのことについて言った。
「それが罪なのね」
「そうよ。罪よ」
 神楽の言葉を続ける。
「一族の長い罪を。彼は終わらせないといけないのよ」
「八神さん自身はそのことをわかっておられるのでしょうか」
 孔明はこのことを問題にした。
「どうなのでしょうか、それは」
「わかっていない筈はないわ」
「そうなのですか。それでもなのですね」
「そうよ。わかっていてもそれでも」
「草薙さんとの闘いを」
「それがそのまま彼の宿命を終わらせることなのでしょうね」
 神楽は今ではこうも考えてもいた。
「だからこそ」
「しかしそれをすれば」
 黄忠は眉を顰めさせて述べた。
「どちらか、あるいは両方が」
「死ぬな」
「ああ、どっちも尋常じゃない強さだからな」
 趙雲と馬超も話す。
「それでもか」
「やらないといけないんだな」
「そういうことよ。けれどどちらも死なせないわ」
 神楽の言葉もまた強いものになった。
「それはね。私が」
「神楽さんがですか」
「両家の宿命には神楽家も関わるものだから」
 だからだと。劉備に話した。
「あの二人は死なせないわ」
「それが神楽さんの宿命なんですね」
「そうね」
 神楽は今の劉備の言葉にだ。少し微笑んだ。
「そうなるわね」
「そうですよね、やっぱり」
「劉備さんもまたそうなのかも知れないわ」
 今度は劉備にかかるのだった。
「貴女もまた」
「私もなんですか」
「だから今ここにいるのよ」
 また話す神楽だった。
「そうなるわ」
「?」 
 劉備は今の神楽の言葉には首を捻った。その首を左に傾けさせて述べた。
「どういうことですか、それって」
「やがてわかるわ。それじゃあ」
「そうですね、袁紹さんのところにですね」
 孔明がこのことに話を戻した。
「それじゃあすぐに」
「行きましょう。袁紹殿がどういう顔をするかわからないけれど」
「わからないところのある方だからな」
 関羽も難しい顔になっている。
「あの人は。どうも妙なところが多い」
「またあの変な大会をするのだ?」
 張飛もこのことを不安に感じていた。
「そういうこととか探検とか訳のわからないことをするから困るのだ」
「まあそれでも行きましょう」
 孔明が話をやや強引に進めさせた。
「行かないとはじまりませんよ」
「そうよね」
「その通りね」
 劉備と神楽が孔明のその言葉に頷いた。
「まずは袁紹さんのところへ」
「全てはそれからね」
「はい、その剣を取り戻しましょう」
「けれどどうしてなのかしら」
 劉備は今度は首を右に捻った。
「どうして袁紹さんが私の剣を」
「多分勝ったんじゃないでしょうか」
 孔明はそう推理した。
「袁紹さんの袁家はかなりのお金持ちですよね」
「そうだな。袁家はな」
 関羽もこのことはよく知っていた。
「四代に渡って三公を出しているしな」
「それでそうしたお宝も集めているのだと思います」
 こう話す孔明だった。
「それでなんですよ」
「だから私の剣も」
「多分盗んだ泥棒が売ったんだと思います」
 孔明の推理は続く。
「そうして袁紹さんのところにも」
「天下の回りものなのだ」
 張飛はここまで話を聞いて述べた。
「まさにそれなのだ」
「そうよね。それで劉備さんのところに戻る」
 馬岱が笑顔で話す。
「それで見事大団円ね」
「そうだな。だが」
「袁紹殿だからな」
 趙雲と馬超も袁紹を問題にしていた。
「何かあるな」
「絶対に何か引き起こすな」
「それは覚悟しないといけないわね」
 黄忠も少し苦笑いだった。
「そうしていざ、といきましょう」
「そうだな。ところでだ」
 ここで最後の一人が口を開いた。
「いいか」
「あっ、白々ちゃん」
「白蓮だ」
 公孫賛が劉備に言い返す。
「これまで何度真名を間違えたんだ」
「御免なさい」
「まあいい。それでだが」
 彼女は難しい顔になって一同に話すのだった。
「あの八神庵という男私には一度も声をかけなかったな」
「あっ、そうね」
 馬岱も言われて気付いた。
「そういえば一度も」
「それは何故だ?」
 このことを言うのだった。
「何故私には一度も声をかけなかったのだ?」
「ええと、それはですね」
 孔明が苦笑いを浮かべ顔に汗を見せていた。
「やっぱり」
「影が薄いからか!?」
 自分から言ってしまった。
「私の影が薄いからか。それで気付かれなかったのか」
「だから自分で言ったらだ」
「おしまいなんだけれどな」
「凄く気にしてるんだ」
 その彼女に趙雲と馬超と馬岱が言う。
「しかし。確かにな」
「八神の奴一瞥もしなかったからな」
「そうだったわよね」
「何で私はいつもこうなのだ!」
 今更ながら嘆く公孫賛だった。
「いつもいつも。何故気付かれない!」
「まあまあ」
 その彼女を劉備が宥める。
「気を取り直して行こう。ねっ」
「そうね」
 神楽が劉備のその言葉に頷いた。
「それじゃああらためてね」
「袁紹さんのところに行こう」
 こう話してだった。一行は再び袁紹のところに向かうのだった。
 その頃だ。董卓のところではだ。いかつい何かふざけたところのある男がだ。キムの飛翔脚を受けて思いきり倒されていた。
「おいおい、まただぜ」
「キムの旦那も容赦がないでやんす」
 チャンとチョイがそれを見て言う。彼等は今は強制労働中である。キムはその中でその男に対して思いきり必殺技を繰り出したのだ。
 そのうえでだ。彼は言った。
「一体何をしている!」
「何って何だよ」
「そ、そうだよ」
「俺達だって真面目にやってるんだよ」
 ここで三人出て来た。一人は女だ。
「それで三九六の親分を蹴り飛ばすなんて」
「あんた、鬼?」
「それとも悪魔か!」
「さぼっていて何が真面目だ」
 キムは両手を腰に当てて四人に言い返した。
「萬三九六だったな」
「おうよ」
 先程蹴ったその男に対して問う。男も答えてきた。
「そうだよ、旦那よ」
「貴様は特に許さん!」
 こう彼に言うのだった。
「今もさぼる、そしてやること為すこと外道の限り!」
「まあそうだよな」
「あっし等より酷いでやんすよ」
 これにはチャンとチョイも同感だった。
「捕まえた女は片っ端から売り飛ばそうとするしよ」
「おかげで華雄さんに斬られそうになっていたでやんす」
 とにかくとんでもない男なのは間違いない。
「俺達暴れるだけだからな」
「最低でやんすよ」
「御前は特別に私が性根を叩きなおしてやる!」
「俺は特別かよ」
「そうだ、覚悟しろ」
 キムはまた言った。
「わかったな。貴様は許さん」
「ちっ、覚えてろよ」
 だがこれで反省したりする三九六ではなかった。
「何時かよ、これでよ」
「あっ、親分そんなの出しても」
「キムの旦那はちょっと」
「無理なんじゃ」
「うるせえ、最強の俺の手にかかればよ」
 子分達に言われても勿論反省したりはしない。
「こんな奴よ」
「むっ、その銃は何だ」
 そしてキムも当然の如く気付いた。
「それで何をするつもりだ」
「い、いやこれはよ」
「そうか。まだ反省していないのだな」
 キムの顔に凄みのある怒りが宿った。
「どうやらここは」
「ここは?」
「さらなる制裁が必要なようだな。行くぞ!」
 三九六に向かって跳んでだ。あの技が出た。
「アチャッ、アチャッ、アチャチャッ!」
「ぐ、ぐわっ!!」
 蹴り回される。そして止めに。
「飛燕斬!」
 これであった。三九六は無惨に吹き飛ばされたのだった。
「あがががががががが・・・・・・」
「一八、二四、五七だったな」
 キムは三人に対して言った。
「この男を独房に連れて行くのだ。一週間程入れておけ」
「は、はい。わかりました」
「それじゃあ今から」
「行って来ます」
「それからすぐに戻れ」
 キムはまた三人に告げた。
「御前達はそのまま労働だ」
「わかりました。それじゃあ」
「まずは戻って」
「それでここにですね」
「急げ」
 今度は一言だった。
「いいな、すぐにだ」
「わかりました」 
 こうしてだった。三人は重傷を負い気を失っている三九六を運んでいく。その周りでは山崎や幻庵達が働かせられていた。後ろにはジョンがいる。
「さあ皆さん頑張るのです」
 その足元ではアースクエイクが転がっている。
「これが終われば次は楽しい稽古の時間です」
「休みねえのかよ」
「起きて寝て飯食う以外は何もないケ」
 山崎と幻庵はツルハシを使いながら文句を言う。
「ったくよ、ちょっと怠けたらよ」
「ああなるケ」
 幻庵はアースクエイクを見る。見れば気を失っている。
「恐ろしい場所だな、ここは」
「わし等にとっては地獄だケ」
「なあ、あの二人ってな」
「地獄から出て来たのか?」
「鬼なのか?」
 三人の男が二人のところに来て問う。
「容赦なく働かせて修行させてよ」
「手加減なしで殴って蹴るしよ」
「おまけにずっとここから出られないしよ」
 労働と修行の日々なのである。
「何だってんだよ」
「首刎ねられないで済むって聞いたのによ」
「何だよ、死ぬよりやばいだろ」
 皆で話す。そしてだった。
 ここにジョンが来てだ。彼等に言う。
「君達、わかっていますね」
「は、はい。よく」
「仕事はしてます」
「安心して下さい」
「それならいいのです。労働は美徳です」
 見ればジョンにしろキムにしろ自分達もツルハシなりシャベルを持って爽やかに汗をかいている。ただし爽やかなのは二人だけだ。
「それでは今日もです」
「働きますです」
「その後は修行をさせてもらいます」
「笑顔で」
「そうです。笑顔で頑張りましょう」
 こう話してだった。彼等はチャンやチョイ達を隔離して強制労働と修行をさせていた。そこには光なぞ一切なかったのだった。
 そしてだ。それについてだ。董卓も気にかけていた。
「キムさんとチョイさんだけれど」
「ああ、あの二人ね」
「どないしたんや?」
 今の彼女の前には賈駆と張遼がいる。二人が彼女に応えた。
「やり過ぎじゃないかしら」
「やり過ぎって?」
「そう思うんやな」
「うん。ずっと強制労働と修行よね」
 董卓もこのことを聞いていたのだ。
「それはちょっと」
「仕方ないでしょ」
「人によるけれどな」
 二人はそれについてはこう言うのだった。
「特にあの萬三九六っていうのは」
「うちが殺してもよかったんやで」
 二人の目はここで剣呑なものになった。
「あんな奴。もうね」
「華雄やなくてもや」
「殺すべきだったというのね」
 ここで董卓の顔が暗くなった。
「二人は」
「ええ、あいつだけはね」
「何やったら今から首刎ねて来るで」
「それはちょっと」
 董卓は張遼の言葉にさらに暗い顔になった。
「そこまでは」
「いいえ、あいつみたいな奴はね」
 賈駆もまだ言う。
「本当に殺しておくべきよ」
「同感や。恋もそう言うで」
「ううん、それでも」
 董卓はここでもだった。暗い顔を見せるのだった。
「そこまでは」
「だから。月は優し過ぎるのよ」
 賈駆は困った顔で彼女を見て言った。
「ああいう奴は本当にさっさと処刑しないと」
「そや。むしろキムとジョンのところに入れたんは温情やで」
 張遼もここまで言う。
「どうせ反省もせんしな」
「でしょうね。他の面々も大体同じやけれどな」
「特に山崎はね」
 賈駆は彼も問題視していた。
「あいつ、相当悪事慣れしてるわよ」
「そやな。そういう目してるわ」
「ああいう奴も首を刎ねればいいのよ」
「むしろキムやジョンは更正させようとする分優しいで」
「優しいの?」
 二人の言葉にだ。董卓は難しい顔になった。
「そうなの」
「そうよ。まあ二人のやることは口出ししないでおきましょう」
「したらややこしいことになるで」
 また言う二人だった。
「そういうことでね」
「ほな次のことやけれど」
「治水よね」
 董卓は政治の話をはじめた。
「黄河が。また荒れてきたし」
「そうよ。今のうちに何とかしましょう」
「どないする?お金はあるけれど人手は足りんで」
「人はいるわ」
 だが董卓はこう返してきた。
「兵隊さん達が」
「えっ、兵を使うんかいな」
 張遼はそれを聞いて目を少ししばたかせた。
「戦に使うんやなくてか」
「だって。戦は民を守る為にあるでしょう?」
 これが董卓の考えである。
「そして治水もまた」
「そうよ、民を守る為よ」
 賈駆もそのことはわかっていた。そしてだ。
「だから。同じだというのね」
「うん。それでどうかしら」
 また言う董卓だった。
「人手はそれで」
「そうね」
「ええんちゃうか?」
 二人はそれを聞いてまずは頷いた。
「それじゃあすぐにね。兵達を集めて」
「そないするか」
「そうして。治水はそれで行きましょう」
 あらためて言う董卓だった。
「兵隊さん達を集めてね」
「うん、細かいことは私も手伝うから」
「うちが現場の指揮にあたるわ」
 こうしてだった。キムとジョンのしごき地獄はとりあえず放っておいてだ。そのうえで内政にかかるのだった。董卓達も多忙だった。


第二十五話   完


                        2010・8・13



庵とも出会ったな。
美姫 「だから、オロチに関する話が少し出たわね」
アンブロジアにオロチに。本当に何が起ころうとしているのか。
美姫 「そして、毎度の如く可哀相な白蓮」
いや正直、今回は俺もその存在を忘れる所だった。
だって、台詞なかったよな?
美姫 「本当にもうそういう運命だと諦めるしかないのかもね」
本当に可哀相だが。ともあれ、桃香たちは袁紹の元へと。
美姫 「果たして何事もなく返してくれるかしらね」
次回も待ってます。



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