『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』




                          第三十五話  守矢、雪を止めんとするのこと

 孫策は建業に帰るとだ。すぐに政務の日々に入った。
 己の席で木簡を見ながらだ。うんざりとした顔になっていた。
「あ〜〜〜あ、いつもながら」
「何でしょうか」
「嫌になるわね」
 こう左右にいる張昭と張紘に対して言う。
「政務はね」
「雪蓮様、しかしです」
「政務こそはです」
「わかってるわよ」
 長老二人の言葉に今度は苦笑いになる。
「絶対にしないといけないのよね」
「戦も大事ですが政もです」
「怠ってはなりません」
「わかってるけれどどうもね」
 また言う彼女だった。
「私はこういうのが好きになれないのよ」
「我儘を言わずにです」
「しっかりとやって下さいませ」
「ええ。しかしこういうのってね」
 何だかんだで手を動かしながら話す。
「蓮華の方が好きみたいね」
「蓮華様は真面目な方ですから」
「それにどちらかというと政務の方がお好きです」
 それが孫権だというのだ。
「しかし雪蓮様も真剣にやられれば政務はお見事です」
「ですから頑張って下さい」
「ううん、わかってるけれどね」
 それでもだというのだった。
「こういう仕事はどうもね」
「あの、雪蓮様」
 ここで陸遜が来た。
「いいですか?」
「いいですかってまたなのね」
「はい、またなんですう」
 陸遜はおっとりとした声でにこにことして話す。
「お仕事が来ました」
「仕事ってのは減らないものね」
「だからです」
「怠ってはならないのです」
 ここでまた二人の長老が言う。
「遊んでいる暇はありませんから」
「今日の分は今日終わらせましょう」
「やれやれ。貴女達には適わないわね」
 孫策も揚州の二人の長老には頭が上がらなかった。
「それでこれが終わったらよね」
「はい、また人材が来ていますので」
「御会い下さい」
「今度は誰かしら」
 少し首を傾げさせて言う孫策だった。
「揚州もそれなりに集まりだしてるけれど」
「それは御会いしてからですね」
「見極められるといいかと」
「そうね。それにしても本当に」
 孫策は木簡を一つ処理し終えてから話す。
「これだけ色々な人材が来るのもね」
「凄いですよね」
 陸遜がここで言う。
「ユニークで楽しい人達ばかりだし」
「袁術のところはさらに壮絶らしいけれどね」
「その様ですね」
「董卓殿のところも」
「董卓のところには鬼が二人いるらしいけれど」
 その鬼達の噂も遠く揚州にまで聞こえてきていた。
「どんな連中なのかしら」
「何でも情け容赦が全くないとか」
「冷酷にして凶悪だとか」 
 張昭と張紘もこう聞いていた。
「規律に厳格なこと鬼の如し」
「しかも疲れを知らないとか」
「絶対に会いたくないわね」
 孫策は難しい顔になって述べた。
「揚州に来ても入れないわよ」
「雪蓮様の為にはいいかと」
「そうした鬼達がいても」
「冗談じゃないわよ」
 孫策の言葉は半分本気だった。
「何でそんなおっかない連中入れるのよ」
「ですから雪蓮様のお目付けにです」
「それと小蓮様もです」
「蓮華はいいのね」
「蓮華様は真面目で素直な方ですから」
「別に」
 だから彼女はいいというのである。
「しかし雪蓮様は違いますので」
「ですから」
「全く。信頼がないのね」
「雪蓮様に対する信頼が揺らいだことはありません」
「それは御安心下さい」
 二人の長老はこう返すのだった。
「我々のこの絶対の忠誠」
「疑われている訳ではありますまい」
「ええ、それを疑ったことはないわよ」
 これは孫策もわかっていることだった。
「お母様の頃からの家臣だしね」
「大殿は立派な方でした」
「そして雪蓮様はです」
 ここからが二人の忠義だった。その絶対のだ。
「その大殿を超える方になってもらいますので」
「是非共」
「で、そんなおっかないのがこっちに来ればなのね」
 孫策は多少うんざりとした顔になっていた。
「そういうことなのね」
「左様です」
「だからこそ」
 こう話してであった。二人は孫策に政務をさせるのだった。孫策は仕事自体は速かった。そしてそれが終わってからであった。
「さて、終わりよ」
「では次は」
「人材とですね」
「ええ、会うわよ」
 機嫌が急によくなった。それでだった。 
 謁見の間に向かう。その時だった。
「ねえ姉様」
「あら、小蓮じゃない」
「これから何処に行くの?」
 こう長姉に問うてきたのである。
「若しかして人と会うの」
「あら、聞いてるのね」
「うん。何かまた別の世界の人が来たってね」
「そうよ。それでこれから用いるかどうかを決める為にね」
「会うのね」
「そうよ。小蓮もどうかしら」
「勿論行くわよ」
 にこりと笑って応える孫尚香だった。
 そうしてだ。二人で行く時にだった。孫策はここで御供をしている長老達に問うのだった。
「それで蓮華は?」
「蓮華様も謁見の間に御呼びしています」
「今向かってもらっています」
「そうなの。じゃあ三姉妹揃ってというのね」
「左様です。蓮華様も孫家の方としてです」
「学ばれることは多いので」
 それでだというのだ。
「無論小蓮様もです」
「遊ばれてばかりでは駄目ですから」
「何でよ、遊んだら駄目なの?」
「駄目ではありません」
「しかしです」
 それでもだというのである。
「ですからここはです」
「宜しいですね」
「断ったら駄目?」
「駄目です」
「当然です」
 二人の厳しさは小蓮に対しても健在だった。
「小蓮様も孫家の方なのです」
「それでは。遊んでばかりでは」
「ちぇっ、人と会うのとか戦なら大好きなのに」
 孫尚香は廊下を歩きながら口を尖らせる。今はその謁見の間に向かう廊下を進んでいるのである。
「何でそんなのしないといけないのよ」
「政務も忘れてはなりません」
「決してです」
「まあまあ二人共」
 ここで孫策が妹に助け舟を出してきた。
「この話は今はこれでね」
「全く。雪蓮様もですよ」
「もう少し政務も熱心にです」
「わかってるわよ。まあとにかくね」
 自分にも矛先が来たのはかわした。
「今度はどういった相手かしら」
「また剣を使う者です」
「一人は居合というものを使うそうです」
「居合?」
 居合と聞いてだ。孫策の目が興味深そうに動いた。
「面白そうね、それって」
「はい、刀を抜き一気に斬るそうです」
「そういった技だとか」
「やっぱり面白そうね。何はともあれね」
「はい」
「それで、ですね」
「その人材と会いましょう」
 こう話してだった。そうして謁見の間に入った。
 入る時にだ。孫権と会った。
「あっ、姉様」
「こうして姉妹三人揃うのがやっぱり一番いいわね」
「はい」
 孫権は静かな微笑みを浮かべて姉の言葉に応えた。
「確かに」
「そうそう。ちゃんと三姉妹でね」
「共にいるのが一番ですね」
「そうよね。じゃあこれからね」
「人材と会いましょう」
 こうしてだった。三姉妹でその彼等と会う。すぐにだ。
 呂蒙がだ。畏まって彼等を連れてきた。
「案内してきました」
「お疲れ様」
 主の座に座る孫策が優しい声をかける。右に孫権、左に孫尚香がいる。そして主の座の下の階段の終わりにだ。二人の長老がそれぞれ控えている。
 その座にいる孫策はだ。こう彼等に言ってきた。
「それでだけれど」
「ああ」
 中央のだ。精悍な男が応えた。
「何だ」
「居合の使い手がいるそうね」
「私のことだろうか」
 静かな趣の青い長髪の男だ。肌は紙の様に白くやつれた感じである。白い着物に青い袴だ。
「それは」
「貴方は何というのかしら」
「橘右京」
 男はこう名乗った。
「これが私の名前だ」
「そうなの。橘というのね」
「そうだ」
「居合の腕、かなりだそうね」
「自信はある」
「その腕、見せてもらうわ」
 孫策は口元に笑みを浮かべて男に応えた。そうしてだった。
 後の面々にも声をかける。まずはだ。
 先程の中央の男にまた声をかける。癖のある黒髪を後ろで束ね袴である。やはり手には剣がある。
「貴方は何というのかしら」
「榊銃士浪」
「榊ね」
「そう呼んでくれ」
 こう返すのだった。
「俺はそれでもいい」
「何かわからないけれど過去があるわね」
 孫策は直感からこのことを察した。
「心に傷を負った」
「言うつもりはない」
 榊はぶっきらぼうに返した。
「生憎だがな」
「別にいいわ。過去は過去よ」
 あっさりとした性格の孫策らしい言葉だった。
「とにかく。貴方もね」
「雇ってくれるか」
「そうよ。これから宜しくね」
 彼もであった。そしてだ。
 残る三人は中華風の赤い上着に白いズボンという格好で黒髪を左右でリングにした少女に上半身裸の白髪の男、それと見事な金髪に青紫の服の勝気な顔の女だった。
 その三人はだ。それぞれ名乗ってきた。
「李香緋よ」
「リック=ストラウド」
「B=ジェニーよ」
「貴方達は拳で戦うみたいね」
 孫策は三人を見てすぐに言った。
「そうね」
「ええ、そうよ」
「この拳で戦っている」
「あたしは海賊だけれどね」
「あら、海賊なの」
 孫策はとりわけジェニーの言葉に注目した。
「そうなの」
「そうよ。ここは河が多いけれど」
「もう河ばかりよ。だったらね」
「私も活躍できるわね」
「できるんじゃなくてしてもらうわ」
 これが孫策の返答だった。
「それでいいわね」
「ええ、それじゃあね」
「貴方達もよ」
 この三人もだというのだ。
「働いてもらうわ」
「よし、じゃあ早速だけれど」
 香緋は大喜びで言うのだった。
「御馳走食べよう、御馳走」
「いいわね。さっき馬で当てたしね」
 ジェニーが彼女に同意して続く。
「それならね」
「それで何食べる?」
「豚なんてどう?」
 ジェニーのお勧めはそれだった。
「それかステーキでも」
「ジェニーってそれ好きよね」
「イギリスで数少ないまともな料理よ」
 随分な言葉である。
「だからなのよ」
「まともな、ね」
「イギリスに美味しい食べ物なしよ」
 これまた随分な言葉だ。
「そういうことよ」
「そうなんだ」
「そうなのよ。ステーキはいけるけれど」
 それはだというのだ。
「けれどそれ以外は」
「凄い絶望的な話ね」
「そう、イギリス料理は絶望の味よ」
 まさにそうだと。断言であった。
「食べられたものじゃないから」
「イギリス人というのは不幸ね」
 それを聞いた孫権の言葉だ。
「そういえば我が陣営にイギリス人は」
「オーストラリア人はいるけれどね」
 孫尚香も言う。
「ビッグベアね」
「そうね。あの人がいるけれど」
「イギリス人ははじめてだし」
「そんな国だったの」
「シャオそんな国行きたくないわ」
「ううん、食べ物は勧めないから」
 ジェニーは二人にもこう言った。
「それ以外はともかくね」
「ステーキは食べたことがあるわ」
 孫策はジェニーにこのことを話した。
「あれはいいわね」
「そうでしょ。じゃあ今度一緒にね」
「ええ、食べましょう」
「それじゃあ私達全員」
「さっき言ったでしょ。登用よ」
 そうだというのだった。
「それでいいわね」
「わかった」
 右京が頷いてだった。そうしてだった。 
 彼等も孫策の配下になった。客将として彼女と共に戦うことになったのだった。
 劉備達はだ。守矢と話をしていた。
 団子に茶を楽しみながらだ。そこで彼は話すのだった。
「人を探している」
「人?」
「人というと?」
「雪という」
 こう一行に話した。店の席に座って周りにいる乙女達にだ。
「金髪の女だ」
「金髪っていうと」
「キングがそうだな」
「ええ、そうね」
 彼等は金髪と聞くと彼女を思い出した。
「それとマリーもな」
「そうよね、あの人も金髪だし」
「目立ちますよ」
「そうした人ですか」
「そうだ、そして髪はかなり長い」
 こうも話す守矢だった。
「そして薙刀を持っている」
「ふむ、こうしたものだな」
 関羽がここで自分の得物を見た。
「これと同じようなものだったな」
「そうだ。それよりも小振りだが」
 守矢もその青龍偃月刀を見ながら答える。
「ああしたものを持っている」
「そうか。それでだが」
「次は服か」
「うむ、どんな服を着ているのだ?」
 関羽が今度聞くのはこのことだった。
「それで」
「白だ」
 守矢は色で答えた。
「白い服を着ている」
「金髪に白い服なのだ」
 張飛はその二つを頭の中に入れてから述べた。
「それって凄く目立つのだ」
「そうだな。もう見つかるとなればすぐだろ」
「うむ、特徴はわかった」
 馬超と趙雲も言う。
「問題は何処にいるかだな」
「この国は広い。探すのは用意ではないぞ」
「大体察しはついている」
 だが守矢はここでこう言うのだった。
「この辺りにいる」
「調べたのね」
「最初は洛陽という街にいた」
 こう黄忠に話す。
「そこで話を聞いてだ。ここまで来た」
「そうなのね」
「そうだ、間違いなくこの辺りにいる」
「だからここにいるんだ」
 馬岱もそれがわかった。
「成程ね」
「探している。ここでな」
「それだったらですね」
「私達も」 
 孔明と鳳統が言ってきた。
「私達も協力させて下さい」
「是非」
「それでいいのか」
 守矢は二人の言葉に問い返した。
「私はこの世界の人間ではないのだが」
「私達だってそうよ」
「その通りよ」
 こう話すのは神楽とミナだった。
「私達だってね」
「劉備さんのところにいるから」
「劉備。聞いたことがある」
 ここで守矢の言葉が少し変わった。
「確か北にいる皇族の姫将軍だったな」
「あれっ、私将軍だったの?」
 劉備は今の守矢の言葉にきょとんとした顔になった。
「そうだったの」
「そう聞いているが違うのか」
「だって私ただ桃家荘にいるだけだし」
 劉備はありのままこのことを話した。
「そんなことは」
「ないか」
「全然。そんなのありませんよ」
 こう守矢に話す。
「官位もありませんし」
「そうだったのか」
「はい。それでなんですけれど」
 劉備も彼に言うのだった。
「その雪さんですよね」
「そうだ」
「この辺りにおられるんですよね」
 またこの話になった。
「それだったら本当に」
「探すことに協力してくれるか」
「はい、それでよければ」
「よければ?」
「私達のところに来ませんか?」
 無自覚のうちに勧誘もしている。無自覚なのが劉備らしい。
「桃家荘に」
「そこにか」
「ここからかなり離れていますけれど」
 このことを話すことも忘れない。
「幽州ですし」
「幽州といえばかなり北だな」
「はい。そこにどうでしょうか」
 笑顔で彼を誘う。
「宜しければ」
「そうだな」
 守矢は一呼吸置いてから彼女の言葉に応えた。
「そちらさえよければ」
「はい、じゃあ御願いしますね」
「済まないな。人探しだけでなく宿まで貸してくれるとは」
「いえ、それはいいです」
 それはだというのだ。
「それじゃあこのお話が済みましたら」
「北に行かせてもらう。既に地図は持っている」 
 地図のことは守矢から話してきた。
「だから自分で辿り着ける」
「随分としっかりとした御仁だな」
 関羽はそんな彼に感心している。
「腕が立つだけではないか」
「中々切れ者なのだ」
 張飛も言う。
「それによく見れば鋭いけれど奇麗な目をしているのだ」
「目、か」
「悪いことはできない目なのだ」
 こう言うのであった。
「けれど誤解を受けそうな感じがするのだ」
「そうかもな。しかし」
「しかし?」
「私は誤解なぞ怖れはしない」
 守矢の考えである。
「それよりもだ」
「己の果たすべきことを果たすか」
 関羽が言った。
「貴殿はそうした人物か」
「そう考えている。駄目か」
「いや、ただ」
「ただ、か」
「生きにくい生き方だな」
 彼のその考えを知ってであった。
「私も人のことは言えないだろうが」
「そうかも知れない。しかし私はそうしたことしかできない」
「難儀なものだな。だが」
「だが?」
「その生き方気に入った」
 関羽は微笑んで彼に告げた。
「これからも宜しくな」
「かたじけない。それではだ」
 団子を食べ終わった。茶も飲んだ。
 それが終わってからだ。守矢は言うのだった。
「食べ終わってから。はじめるとしよう」
「そう思うんですけれど」
「あの」
 ここでだった。孔明と鳳統が言うのであった。
「若しかしてですね」
「あそこから来られる人は」
「むっ」
 見ればだ。店の右手から続く道からだ。ある者が来た。
 守矢の言った通りだ。長い金髪に白い服とズボン、鉢巻もしている。そして右手には薙刀を持っている。すらりとして整った顔立ちである。
 その少女が来てだ。守矢は言った。
「雪、遂にか」
「やはりな。あの者か」
「へえ、奇麗な顔してるな」
 趙雲はその雪の凛とした顔を見て言う。
「腕もかなりのものだな」
「ああ、凄い気配だな」
「それで守矢さん」
 馬岱は守矢に声をかけた。
「早速なのね」
「そうだ。それではだ」
 雪の前に出た。そうしてだった。
「久し振りだな」
「兄さん・・・・・・」
 雪はだ。その彼を前にしてこう言葉を出した。
「まさか。兄さんもこの世界に」
「楓達もいる」
 彼は妹にこのことを話した。
「御前はまた」
「・・・・・・・・・」
 雪は兄と呼ぶ男の問いに沈黙してしまった。それを見てだ。
 黄忠はいぶかしむ顔になってだ。一同に話すのだった。
「そうやらあの二人は」
「ええ、そうね」
「兄妹ね」
 こう神楽とミナが返す。
「ただ。全然似ていないから」
「血のつながりはないのかも」
「それも。色々とあるみたいね」
 黄忠はこのことも察していた。
「どうやら」
「ええと、それじゃあ」
 劉備は少し考えてから述べた。
「あの、守矢さん」
「何だ」
「お団子とお茶、またどうですか?」
 こう彼に勧めたのである。
「雪さんも」
「私もですか」
「はい、立ったままお話するのもあれですし」 
 だからだというのである。
「御一緒に。座って」
「そうだな。話は長くなる」
「はい、それに」
 雪はここで劉備の顔を見た。そうして言うのだった。
「貴女は」
「私が?」
「どうやら貴女がですね」
「私がどうしたんですか?」
「この国を大きく変えられます」
 そうだというのである。
「その運命を担う方です」
「私がなんですか」
「とにかく。兄さん」
「ああ」
 劉備と少し話してからまた守矢に顔を向けた。
「私も話すことはあるわ」
「それならばだな」
「ええ、座って。お話しましょう」
「それならばな」
 こうしてだった。二人は団子と茶を食べながらそのうえで話を始めた。その時にだ。守矢はこう妹に対して話したのであった。
「感じ取っているな」
「ええ」
「刹那が来ている」
 こう妹に話していた。
「あの男もまた、だ」
「なら。私はまた」
「よせ」
 妹を止める言葉だった。
「私が御前を探していたのはだ」
「それを止める為に」
「御前は巫女だ。それはわかっている」
「それならどうして」
「それでもだ。御前は私の妹だ」
 言うのはこのことだった。
「妹がむざむざ命を犠牲にして喜ぶ兄がいるか」
「けれど私は」
「刹那は私が倒す」
 守矢は言った。
「四霊の力を使わずともだ」
「常世も」
「それも封じる」
 そうするというのである。
「私のこの力でだ」
「兄さん、まさか」
「私もまた力を得た」
 そうだというのである。
「黄龍の力をだ」
「父上のその御力を」
「この力があれば誰も犠牲にすることなく刹那を倒し常世を封じられる」
「だから私を」
「そうだ、今度は命を捨てるな」
 また告げた。
「わかったな」
「だから私を止めに」
「命を粗末にするな。いいな」
「いえ、けれど私は」
「どうしてもか」
「ええ。私はその為に生まれ生きているから」
 だからだというのである。
「だから」
「それなら御前がそれを行う前にだ」
「行う前に」
「私が封じてやる」
 強い決意の言葉だった。
「それでいいな」
「・・・・・・ええ」
 雪もここで折れた。
「それなら」
「わかった。しかしだ」
「そうね。この世界はね」
「邪悪な存在が集まってきているな」
 守矢の言葉が強くなる。
「これだけそれが集まっている世界はだ」
「私達の世界以上に」
「オロチ」
 この名前も出た。
「邪神アンブロジアもいるな」
「そう、他にも」
「この世界で何かをしようとしている。止めなければならない」
「私もそう思っているわ。それで」
「それで、か」
「それを止められる方は」 
 二人の話はわからないがそれでも話を聞いている劉備に顔を向けた。そうして言うのであった。
「見つけたわ」
「劉備殿がか」
「ええ、この方なら必ず」
 こう言うのである。
「それをしてくれるわ」
「そうだな。劉備殿はな」
「兄さんも感じるわね」
「うむ」
 その通りだというのだ。そしてだ。
 彼もだ。言った。
「私は既に劉備殿に誘われている」
「そうなの」
「これも神の導きだ。共に戦わせてもらう」
 これが彼の言葉だった。
「御前はどうするのだ」
「私は」
「そうだ、御前はどうするのだ」
「ええとですね」
 劉備が言ってきた。
「何のお話かはよくわからないですけれど」
「私もです」
「私も」
 孔明と鳳統は困った顔になっている。
「あの、刹那とか常世って」
「不吉なものは感じますが」
 それでもだった。
「けれど。具体的に何なのかは」
「わからないです」
「申し訳ないがこちらの話だ」
 守矢は彼女達にこう返すのだった。
「また時が来れば話させてもらう」
「そうなんですか」
「それなら」
「それでだ」
 また雪に話すのだった。
「御前も劉備殿と共に行くか」
「それは」
「はい、いいですよ」
 劉備の方から返事が来た。
「雪さんもどうですか、私のところに」
「いいんですね」
「はい」
 また答える彼女だった。
「人は多い方が楽しいですね」
「そうですか。それでは」
「決まりだな。では私はだ」
「兄さんはどうするの?」
「私は今から幽州に行く」 
 そうするというのだった。
「その桃家荘に向かう」
「そうするのね」
「そうだ。それで御前はどうするのだ」
「私は。劉備さん達と」
 その劉備達の顔を見てだった。そうしてである。
「共に」
「そうか。ならそうするといい」
「ええ」
「そしてだ。私はだ」
「私を止めるというのね」
「その時が来てもだ。もう御前が犠牲になることはない」
 だからだというのだった。
「わかったな」
「それはわからない。けれど」
「それでもか」
「この世界も。救わないといけないから」  
 思い詰めた顔になって俯いてであった。
「だから私は」
「しかし私もいる」
 今は止めなかった。かわりにこう言うだけだった。
「それは忘れるな」
「ええ、有り難う兄さん」
「御前に兄らしいことはしてやれなかった」
 雪から顔を離してそれで空を見上げての言葉だった。
「だがこれからはだ」
「違うのね」
「私は御前の兄だ」
 こう言うのであった。
「それならばだ。当然のことだ」
「有り難う」
 雪はその兄に礼を告げた。
「けれど兄さん」
「何だ?」
「楓は」
「あいつか」
「楓も同じなのね」
 こう兄に問うのだった。
「そうなのね」
「そうだな。そして私達もだ」
「そうね。この世界でも」
「それは覚悟のうえだ。だからこそここに来たのだろうな」
「だからこそなのね」
「誰が私達をこの世界に呼び寄せたのか」
 守矢はこのことも考えた。
「それが気になるが」
「そういえばそうですよね」
「確かに」
 ここで孔明と鳳統が気付いた。
「皆さんどうしてこの世界に」
「偶然来られたというのもおかしいですし」
「そうよね、だとしたらやっぱり」
「誰かが皆さんをこの世界に」
「目的があってそれで」
「そしてその目的とは」
 二人は考えていく。しかしだった。
 答えが出ずにだ。それでまたそれぞれ言うのだった。
「皆さんは悪い方ではないですし」
「むしろ。正しい力と御心を持っておられます」
 そこから考えるとだった。
「何かを止める為に呼ばれた」
「そうですよね」
「ということは」
「その刹那、常世でしょうか」
「あの、それでなんですけれど」
 劉備は二人の言葉を聞いてから雪に問うた。
「雪さん、刹那というのは」
「その常世の者です」
 まずはこう答える雪だった。
「元は戦乱で死んだ赤子に常世の思念が取り憑いたもののようです」
「?では常世というのは」
「この世とは違う世界ですね」 
 孔明と鳳統はこのことにも気付いた。
「そしてどうやらその世界は」
「冥界やそうした世界ですね」
「そうです、まさにそうした世界です」
 雪は二人のその言葉に頷いて答えた。
「その世界は」
「ううん、じゃあその刹那という人は」
「この世界と常世をつなげるつもりですね」
「はい、その通りです」
 雪は二人のその危惧にその通りだと返した。
「それが常世の狙いなのです」
「はわわ、それって恐ろしいことですよ」
「ええ。そんなことになったら」
 二人は雪の言葉を完全に理解してだ。顔を青くさせた。そうして誰が見てもすぐに狼狽とわかる有様でだ。こう言うのであった。
「この世界は破滅しますよ」
「死んだ人達がどんどん出て来て」
「おそらくそれだけではあるまい」
 ここでまた言う守矢だった。
「刹那だけではない」
「ということは」
「他にも」
「いるだろう。私達はその多くの存在と戦う為にこの世界に来たのだ」
 これが彼の考えだった。
「それでなのだ」
「そして劉備殿」
「はい」
 今度は雪だった。彼女が劉備に声をかけるのだった。
 劉備もそれに応える。そしてその話を聞く。
「この世界自体もです」
「この世界も?」
「大きな危機が訪れようとしています」
 こう彼女に話すのだった。
「そしてそれにです」
「それに」
「貴女は大きく関わるでしょう」
 こう劉備に話す。
「そして。貴女はその危機からこの世界を救い」
「私がですか」
「そうです、そのうえでこの世界を導かれます」
「そんな、私ただの蓆売りですよ」
「今はそうでもです」
 それでもだというのだ。
「貴女はやがてそうされるでしょう」
「何かお話がわからないんですけれど」
「今はおわかりになられなくともやがては」
「そうなんですか」
「はい、それでなのですが」
 態度があらたまってだ。そうしてであった。
「私は。貴女と共にこの世界で戦わせて頂きます」
「はい、宜しく御願いします」
 劉備はこのことは笑顔で迎え入れたのだった。
「ではこの旅もですね」
「劉備殿さえよければ。先程もそうお話しましたが」
「あらためて御願いします」
 劉備はにこりと笑っていた。
「多い方が楽しいですから」
「はい、それじゃあ」
 こうしてだった。雪も劉備達と行動を共にすることになった。そして守矢は。
「ではな」
「ええ」
「先に桃家荘に行っている」
「そこで待っていてくれるのね」
「そうさせてもらう」
 こう妹に対して告げていた。雪の後ろには劉備達がいる。
「これからな」
「わかったわ。じゃあ兄さん」
「ああ」
「また会いましょう」
 兄に笑顔で告げた。
「それじゃあ」
「また会おう」
 こうして兄妹は別れた。守矢は幽州に先に向かい雪は劉備達と行動を共にするのだった。そしてその時にであった。 
 劉備がだ。こう皆に言うのだった。
「じゃあこれからいよいよね」
「そうですね。袁術殿のところに」
「そこに行くのだ」
 関羽と張飛が応えてだった。そうして。
 一行は袁術のところに向かう。そこでだった。
 馬岱がだ。不意に言った。
「これで終わりじゃなくてね」
「何だ?蒲公英」
「まだ旅が続いたりしてね」
 こう言うのだった。
「袁術さんのところだけじゃなくてね」
「まさか。それはないだろ」
 馬超は従妹のその言葉を否定した。
「だってよ。袁術が剣を持ってるんだろ?劉備殿のその剣を」
「それは間違いない」
 趙雲が馬超に対して答える。
「剣は袁術殿のところにある」
「それならそれで終わりじゃねえか」
 馬超は言った。
「剣を取り返したらな」
「ただ。問題はです」
「その袁術殿です」
 孔明と鳳統はその袁術を問題視していた。
「どうもかなり癖のある方のようなので」
「そうおいそれと剣を返して頂けるかどうか」
「またあの催しかしら」
 黄忠はこう考えた。
「袁紹さんの時みたいに」
「あれはね。疲れたわね」
「ええ、確かにね」
 神楽とミナは苦笑いになっていた。
「あれやこれやとあって」
「本当に」
「何か袁家ってそういうところが不安なのだ」
 張飛も困った顔になっている。
「何があるかわからないのだ」
「しかしそれでも行くしかないな」
 関羽は正論を口にしていた。
「ここはな」
「そうよね。それじゃあね」
 最後に劉備が言った。
「行こう、袁術さんのところに」
 こうして雪も加えた一行はいよいよ袁術のところに向かうのだった。劉備の剣はその主のところに戻ろうとしていた。だがそれにはまだ困難があるのだった。


第三十五話   完


                        2010・9・23



呉と劉備の所にまた新たな仲間が。
美姫 「今の所、オロチとかの動きは特にないみたいだけれど」
それも何時までか分からないしな。
美姫 「どうなっていくかしらね」
だな。次回も待っています。
美姫 「待ってますね」



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