『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』




                          第三十七話  呂布、張飛から貰うのこと

 劉備達はだ。ようやく袁術の下に来た。そこは荊州の南陽であった。
 まずはだ。鳳統が劉備達に話す。
「袁術さんですけれど」
「確かあれだったよね」
 馬岱が彼女に応えて言う。
「袁紹さんの従妹よね」
「はい、そうです」
「だったらかなり癖のある人ね」
 馬岱はすぐにこう察した。
「袁紹さんがあんな感じの人だし」
「筋はいいみたいです」
 それはいいという鳳統だった。
「まだ若いですが牧ですし」
「ただ。州全体は治めていません」
 孔明もここで話す。
「あくまで荊州の北部だけです」
「何でなんだ?それは」
 馬超がそのことに問う。
「何で北だけなんだ?」
「荊州は広くて」
「袁術さんはそこまで手を広げられないんです」
 そうだというのだった。
「それで南部はです」
「統治を広げられないんです」
「つまり人材がそこまでいないのだな」
 趙雲が言った。
「そういうことだな」
「はい、そうです」
「その通りです」
 こう話す二人だった。
「そういうことでして」
「ですから南部は」
「誰も治める者がいないか」 
 関羽は腕を組んで考える顔になっている。
「それは問題だな」
「それに何かこの街もおかしいわね」
「そうですね」
 神楽と月が話す。
「賑わってはいるのに」
「何か偏っているような」
「っていうか何なのだ、一体」
 張飛は店の中を見て呆れた声を出した。
「女の子の絵やそうしたものばかりあるのだ」
「金髪の小さな女の子ね」
 劉備はその女の子の絵を見て言った。
「何かしら、これって」
「あっ、それがです」
「袁術さんです」
 孔明と鳳統が話す。
「この荊州の牧です」
「その癖のある人なんです」
「この少女がか」
 関羽は湯呑みに描かれているその少女を見て言う。
「確かに袁紹殿に似ているな」
「袁家の嫡流らしいわね」
 黄忠がこのことを言った。
「確かね」
「そういえば袁紹さんって」
「そうなのだ。妾の子だったのだ」
 馬岱と張飛もこのことを知っていた。
「だからあそこまでなるのに苦労したらしいけれど」
「その袁紹殿と違うのだ」
「袁家の嫡流っていったらな」
 馬超の家である馬家にしても名門である。だから言うのだった。
「そりゃ相当なものだろ」
「それもあってまだ幼いのに牧なのだな」
 趙雲も言う。
「それでだな」
「けれどそれだけでまだ幼いのに牧はなれないわよ」
 黄忠はこのことを指摘した。
「だからそれなりにできるのは間違いないわね」
「けれど何でそれで北にばかりなのだろう」
 関羽はこのことが不思議だった。
「何かあるのか?」
「そのことも一緒に聞きましょう」
「これから袁術さんのところに行って」
 孔明と鳳統がここでまた話す。
「一体どうしてなのか」
「剣のことと一緒に」
「あっ、そうね」
 劉備は剣のことをここで思い出した。
「剣があって来たのだったわ」
「いや、劉備殿それは」
「幾ら何でも有り得ないのだ」
 関羽と張飛も劉備の今の言葉にはいささか呆れていた。
「御自身の剣のことだから」
「それは困るのだ」
「つい皆と楽しく旅してたから」
 忘れていたというのである。
「御免なさい」
「ううむ、仕方ないな」
「劉備殿らしいといえばらしいのだ」
 こう言うしかない二人だった。
「だが。それでもだ」
「行くのだ」
「ええ、それじゃあ」
「今から」
 最後に神楽とミナが言った。そうしてだった。
 袁術の宮殿に向かおうとする。だがここで。
「むっ!?」
「あれは」
 関羽と張飛が最初に声をあげた。
「呂布だな」
「そうなのだ」
「あれが呂布さんですね」
 劉備がそれを聞いて言った。
「あの赤紫の髪の人が」
「そうだ、間違いない」
「ここに用があるのだ?」
 張飛が前に出てだった。
「呂布、どうしたのだ?」
「んっ?」
 呂布が張飛に顔を向けようとした。しかしその時だった。
 何処からか陳宮が来てだ。そうしてだった。
「陳宮・・・・・・」
「んっ!?」
「陳宮って?」
「キィーーーーーーーーーック!!」
 皆がその声に耳を向けているとだった。そこで。
 張飛に蹴りを入れた。その背中に思いきり入った。
「ぐわっ!」
「恋殿に気安く声をかけるななのです!」
 蹴ってからの言葉だった。
「恋殿はこのねねが御護りしますのです!」
「護る必要あるのか?」
 馬超も呂布のことは聞いて知っていた。
「洒落にならない位強いだろうに」
「ええい、それでも御護りするのです!」
 まだ言う陳宮だった。
「恋殿はこのねねが!」
「大体あんた誰よ」
 馬岱はそのことから尋ねた。
「呂布さんの関係者みたいだけれど」
「ねねですか」
「そうよ。それ真名よね」
「そうなのです。それでねねはなのです」
「名前は?」
「陳宮なのです」
 ここで名前を言った。
「覚えておくのです」
「それでなのだが」
 趙雲がここで話す。
「貴殿は呂布の何なのだ?」
「聞いて驚くです」
 誇らしげな笑みを浮かべて腕を組んでだ。そのうえでの言葉だった。
「ねねは呂布殿の軍師なのです」
「軍師?」
「そうなのね」
 神楽と月が話す。
「呂布さんの」
「軍師なの」
「そうなのです。呂布はまさに天下随一の武勇の持ち主」
 これはもう言うまでもないことだった。誰もが知っている。
「その恋殿の軍師なのです」
「軍師いるのか?」
「そもそもそれが問題なのだ」
 関羽と張飛が言う。その蹴られた張飛もだ。
「呂布は頭も凄いぞ」
「勘も桁外れなのだ」
「その様ね」
 ミナもそのことを見抜いていた。そうして話すのだった。
「見たところ」
「それにしても」
 黄忠が話す。
「いきなり蹴るというのはどうかしら」
「そうなのだ。思い出したのだ」
 それを思い出した張飛だった。
「御前何なのだ、いきなり蹴るなんて論外なのだ」
「ふん、当然なのです」
 陳宮は腕を組んだまま悪びれない。
「恋殿に気安く声をかけるからなのです」
「うう、口の減らないチビなのだ」
「チビは御前なのです!」
「御前の方がチビなのだ!」
「チビじゃなくて小柄なのです!」
 言い争いになった。しかしであった。
 ここでだ。呂布がやっと口を開いた。
「ねね」
「れ、恋殿!?」
 劉備達はここで蹴られたことを怒ると思った。しかしであった。
「チビと小柄は」
「は、はい」
「同じ意味」
 彼女が言うのはこのことだった。それを聞いた一同は。
 思いきりこけてしまった。その思いも寄らぬ言葉にだ。
「そ、そこ!?」
「言うのはそこなのか」
「これは予想しなかったわね」
「し、しかも」
 月が起き上がりながら劉備達に言う。
「劉備さん達」
「え、ええ」
「下着見えてたし」
「えっ!?」
「劉備さんはピンクで」
 まずは彼女の下着の色からだった。
「それがばっちりと」
「あっ、見られた?」
「関羽さんと趙雲さんは白ね」
「うっ、見られてたか」
「困ったことだ」
「孔明ちゃんと鳳統ちゃんはそれぞれ熊とお花の柄ね」
「はわわ、その通りです」
「あわわ、恥ずかしいです」
「最後に馬超さんがいつものエメラルドグリーンで」
「あたし緑好きだからな」
 全員その通りだった。まさにだ。
「ずっこけるのはいいけれど」
「ううん、見られるのは」
「恥ずかしいものだな」
 劉備と関羽は頬を赤らめさせていた。
「スカートが短いのは好きだけれど」
「いつもこれが気になるな」
「そうね。私はスカートの丈が長いけれど」
 黄忠はそれで助かっていた。
「気をつけないとね」
「呂布さんのスカートも短いけれどね」
 馬岱はスカートを見ていて話す。
「それでも見えないのかしら」
「それが困ってるです」
 陳宮はその困った顔で話す。
「恋殿は無防備なのでしょっちゅう見えてしまうです」
「それは大変なことなのだ」
 張飛もこのことには同情した。
「洒落にならないのだ」
「ところで」
 ここで趙雲が言ってきた。
「何故貴殿等がいるのだ?」
「そのことなのですか」
「そうだ、どうしてなのだ?」
 このことを陳宮に問うた。
「何故ここにいるのだ?」
「使者」
 呂布が答えてきた。
「それで来た。朝廷の使者として」
「朝廷?ああ、そうだな」
 関羽はすぐにわかった。
「貴殿は朝廷の官位も授かっていたな」
「うん」
 呂布は関羽の言葉にすぐに頷いた。
「だから」
「それでだったな。朝廷の使者もできるな」
「呂布は凄いのです」
 陳宮がその呂布の傍でまるで己のことのように誇らしげに語る。
「僅かな兵で一万の賊を征伐したのです」
「僅かって」
「どれだけで?」
「五百です。ねねも一緒だったのです」
 つまり二十倍の敵を倒したのだというのだ。
「その強さ、まさに鬼神だったのです」
「流石だな」
 関羽も唸る話だった。
「呂布、さらに腕をあげたな」
「悪い奴は許さない」
 その呂布がぽつりと呟く。
「けれど」
「けれど?」
「悔い改めたらいい」
 呂布はこうも言うのだった。
「その時はそれで」
「いいのだ?」
「そう、いい」
 また言った。
「だから確かにやっつけたけれど」
「恋殿はその賊達を赦したのです」
 また陳宮が誇らしげに話す。
「ねねは呂布殿のお優しさにも感動したのです」
「呂布はいい奴なのだ」
 張飛も笑顔でこう言った。
「このチビとは全く違うのだ」
「ねねはチビではないのです!」
「チビなのだ。どっからどう見てもチビなのだ!」
「まだ若いだけなのです。チビではないのです!」
「じゃあ子供なのだ!」
「御前に言われたくないのです!」
「ねね、落ち着く」
 その陳宮を呂布が嗜める。
「怒っても何にもならない」
「恋殿、しかし」
「お茶飲む」
 陳宮が言い返してもだった。まだ言う。
「そして落ち着く」
「うう、わかったなのです」
 呂布にこう言われてはだった。陳宮も弱かった。
 そうしてだ。陳宮が落ち着いてからだ。呂布はこう一同にも話した。
「それで」
「それで?」
「今度は何だ?」
「とりあえず袁術には伝えた」
 こう一同に話すのだった。
「朝廷からの言葉は」
「その袁術殿にか」
「南部もちゃんと治める」
 そうしろということをだ。
「それを伝えた。袁術はやればできる」
「少なくともこの街を見ればな」
「ああ、そうだよな」
 趙雲と馬超も話す。
「中々以上によく纏まってる」
「最初噂聞いてどれだけやばいかって思ったけれどな」
「けれど南部は」
 ここでまた話す呂布だった。
「大変なことになってるから」
「そうね。治める者がいないとね」
 黄忠が考える顔になって話す。
「そうなるわよね」
「その通り。だから伝えた」
 呂布はぽつりとした感じで述べた。
「南部のこと」
「けれどどうしてなんですか?」
 孔明は袁術がどうして南部を治めないのかを呂布に尋ねた。
「それは」
「それが下らない理由なのです」
 陳宮がむっとした顔で話す。
「それもかなり」
「下らないですか」
「そうなのです。下らなさ過ぎて涙が出ます」
 こう鳳統にも言う。
「お化けが出るとかで」
「お化けって!?」
 馬岱がそれを聞いてまずは唖然となった。そうしてだ。
 鳳統に顔を向けてだ。くすくすと笑いながら言うのだった。
「何かそれって子供みたいよね」
「袁術さんは実際にまだそういう御歳ですが」
「あっ、そういえばそうね」
「はい。それは仕方ないかと」
「けれどお化けなんていませんよ」
 孔明は自信に満ちた声で言い切った。
「そんなの絶対に」
「いないのだ?」
「はい、いません」
 張飛に対しても断言だった。
「いる筈がありません」
「そうなのだ。それだったらいいのだ」
 孔明の断言にまずは落ち着いた顔になる張飛だった。そのうえでだった。
「だったら鈴々も安心するのだ」
「そ、そうだな」
 関羽も不安を何とか隠したような顔で言った。
「それだったらな」
「お化けね」
 だが神楽はそうしたものを聞いてこんなことを話した。
「そういえばかつて」
「そう、妖怪がいたわ」
 ミナが神楽のその言葉に応えた。
「私も戦ったあの」
「腐れ外道ね」
「人を襲い喰らう邪悪な妖怪だったわ」
 その妖怪のことを話すのだった。
「巨大な餓鬼の姿をしていて」
「はい、私も聞いたことがあります」
 月もミナのその言葉に頷いてきた。
「そうでなくとも。常世という世界は」
「だ、大丈夫ですよ」
 孔明は三人の話を耳にしてだ。不安になった顔になったがそれでもその不安を何とか押し隠しながらこんなことを言うのであった。
「それは。この世界にはいませんから」
「他の世界にはいるかも」
 しかし鳳統が話す。
「そう。神楽さん達みたいにこの世界に」
「はわわ、そうなったら大変ですよ」
 孔明は鳳統のその言葉に狼狽を見せはじめた。
「私達の世界が無茶苦茶になってしまいます」
「もう既に滅茶苦茶」
 また呂布が言う。
「漢王朝の力が衰えてるし」
「それでなのです」
 陳宮もだった。
「袁術殿には南部もなのです」
「けれど袁術はお化けが退治されない限り嫌だと言う」
「なら退治すればいいだろう」
「そうだよな」
 趙雲と馬超が二人の話にすぐに突っ込みを入れた。
「その場合は」
「何ならあたし達がやらせてもらうしな」
「どっちにしろ袁術さんとは会わないといけないしね」
「そうよね。それはね」
 馬岱の言葉に黄忠が頷く。
「だからここはね」
「袁術さんに提案してみようよ」
「ただ。袁家の人ですから癖の強い人なのは間違いありません」
「それは確実です」
 孔明と鳳統はこのことを問題として述べた。
「ですからここは」
「何か考えて」
「贈り物を渡すといい」
 呂布は言った。
「袁術に」
「贈り物!?」
「贈り物っていうと」
「恋は果物をあげた」
 それをだというのだ。そうしてである。
「桃を」
「贈り物っていうとそんなのでいいの?」
 劉備がすぐに呂布に問い返した。
「桃ならお店に」
「そう、それを贈る」
 まさにそうだという呂布だった。
「袁術は蜂蜜水とかそうした甘いものが好き」
「じゃあここは?」
「甘いものを?」
「お店はそこ」
 呂布は左手を指差した。するとそこに確かに店があった。果物屋である。葡萄や西瓜が置かれている。当然桃もである。
 その桃を見てだ。劉備はまた言った。
「まさかあそこで桃を」
「そう、買って贈った」
「袁術殿はそのこと自体は喜んでくれたのです」
 陳宮も話す。
「ただ、お化けはどうしてもと言って」
「袁術さんのところに人はいないのかしら」
 劉備は少しきょとんとなって首を傾げさせた。
「関羽さんや張飛さんみたいな強い人は」
「う、うむ」
「お化けなのだな」
 関羽と張飛はここでも少し戸惑ったような顔になってだった。
「そうだな。それはな」
「怖くとも何ともないのだ」
「本当?」
 鳳統が少し怪訝な顔でその二人に問うた。
「あの、まさか」
「い、いや別に」
「何ともないのだ、へっちゃらなのだ」
「だといいのですけれど」
「ふむ、これは」
「そうですよね」
 だが、だった。趙雲と馬岱はその二人を見てくすくすと話す。
「この二人どうやらな」
「あれですよね」
「あれって何だ?」 
 馬超には従妹達のやり取りの意味がわからない。
「何かよくわからないんだがよ」
「まあとにかくね」
 黄忠が言った。
「まずは何か贈り物を買いましょう」
「それなら果物にしましょう」
 神楽がこう提案した。
「それをその袁術さんにあげましょう」
「そうですよね。じゃあ桃は呂布さんが贈ったから」
 劉備が明るい顔に戻って言う。
「私達は他のものを」
「葡萄?」
「それとも梨?」
 ミナと月がそれぞれそうしたものを話に出す。
「甘いものは多いし」
「それならここは」
「西瓜がいいかしら」
 劉備が言うのはそれだった。
「贈り物は」
「いいと思う」
 彼女の提案に最初に賛成したのは呂布だった。
「袁術は西瓜も好きだから」
「そうなんですか」
「会った時西瓜も食べたいとか言ってた」
「はい、言ってましたです」
 陳宮もその通りだというのだった。
「袁術殿、西瓜をやたらと欲しがってましたのです」
「そう。じゃあ決まりね」
 劉備は呂布と陳宮の言葉を受けて笑顔になった。
「西瓜。袁術さんに贈りましょう」
「よし、そうだな」
「それでいいのだ」
 関羽と張飛もここでは明るい顔になっていた。
「では早速西瓜を買おう」
「あのお店に行くのだ」
「ただし西瓜は」
 また話す呂布だった。
「当たり外れがあるから」
「袁術殿は特に黄色い西瓜が好きなのです」
 陳宮は一行にこのことも話した。
「だからそれを持って行くといいのです」
「そんなの外からじゃわからないのだ」
 張飛は陳宮のその言葉に困った顔になって述べた。
「西瓜の中身の色なんて」
「そうだよな。切らないどうしてもな」
「わからないものよね」
 馬超と黄忠もそのことに言及する。馬超はとりわけ困った顔になっている。
「そんなのどうやって調べるんだ?」
「それが問題だけれど」
「大丈夫」
 だがここでまた呂布が話すのだった。
「それは」
「若しかして西瓜の中の色がわかるのか」
「そう」
 こう趙雲に対してこくりと頷いてみせる。
「その通り」
「それはかなり凄い才能だな」
「っていうか呂布さんって天才なんじゃないの?」
 馬岱は呂布を尊敬の目で見ていた。
「西瓜の中身がわかるなんて」
「勘」
 呂布は一言だった。
「それでわかる」
「あわわ、勘で西瓜の色がわかるなんて」
「凄いなんてものじゃないですよ」
 鳳統と孔明も驚くことだった。
「私達それがわかる方法を知りたいのに」
「勘でわかるなんて」
「恋の勘は当たる」
 ここでも言う呂布だった。
「外れたことがない」
「その通りなのです」
 また腕を組んで自信たっぷりに言う陳宮であった。
「恋殿の勘はまさに百発百中なのです。恋殿の弓の腕と同じなのです」
「そういえば呂布は弓の名手でもあったな」
「そのこと聞いてるのだ」
 これは関羽と張飛だけでなく誰もが知っていた。
「しかし。勘がそこまで凄いとなると」
「若しかして軍師はいらないのだ?」
「そ、そんなことはないのです」
 陳宮は張飛の今の言葉を必死に否定しようとする。
「ねねはちゃんと。呂布にとってかけがえのない」
「そう。ねねは大事」
 ここで呂布も言った。
「恋の。家族」
「恋殿・・・・・・」
「かけがえのない家族」
 こう言うのである。
「必要。離れられない」
「その通りなのです。だからこそねねは恋殿の為なら火の中水の中なのです」
「お互いに幸せなんですね」
 劉備はそんな二人のやり取りを聞いてにこりと笑って述べた。
「呂布さんと陳宮さんは」
「幸せなのですか!?ねね達は」
「はい、お互いを信頼し合って大事に思えるのは幸せです」
 まさにそうだというのである。
「ですから。御二人はとても幸せです」
「そう、恋は幸せ」
 実際に言う呂布だった。
「ねねがいてくれて。幸せ」
「ねねもです」
 そして陳宮もだった。
「呂布と御会いできて一緒にいられて。幸せなのです」
「その幸せ、永遠に続くといいですね」
 劉備はここでもにこりをしている。
「御二人が」
「そうですね。それじゃあ」
「西瓜、買いましょう」
 話が一段落したところでだ。孔明と鳳統が言ってきた。
「あちらのお店で」
「その黄色い西瓜を」
「恋も一緒に行く」
 呂布はこう言うと席を立った。
「見分ける。その西瓜を買う」
「かたじけないな」
「では早速なのだ」
 関羽と張飛が頷いてだった。一行は呂布が選んだその西瓜を買った。それ自体はすんなりと終わった。だがそれからであった。
 店を出たところでだ。劉備が言うのだった。
「あっ、あれ」
「あれ?」
「はい、あのお店です」
 こう呂布に答えながらさっきまでいた喫茶店の左手にある店を指差す。その店は土産ものを扱っている店だった。そこだったのだ。
「あのお店に行きませんか?」
「そうですね」
「何か面白いものがあるかも知れませんし」
 孔明と鳳統がそのことに頷いた。
「行きましょう」
「二人で」
「よし、それなら」
「今から」
 こうしてだった。一行はその土産ものの店に入った。その時だった。
 関羽はふと呂布の方天画戟を見た。その刃の付け根にだった。
「待て、呂布」
「何?」
「前にあった犬の作りものはどうしたのだ?」
「赤兎のあれ?」
「ああ、あの犬の名前だったか」
 関羽はこのことを思い出して頷いた。
「そうだ、あの犬のだ」
「なくなった」
「なくなったのか」
「そう、なくなった」
 そうだというのである。
「その賊との戦いの時に」
「残念だな、それは」
「恋、悲しい」
 実際に呂布はここで俯いてしまった。
「赤兎がいないと思うと」
「恋殿、きっとまた見つかります」
 陳宮がその俯いた呂布を励ます。
「悲しまれてはなりません」
「うん、陳宮」
「ですからまずはこの店にです」
「入ろう」
 こうしてだった。呂布は劉備達と共に店の中に入った。するとだった。
 店の中には色々なものがあった。その中には。
「これなのです」
「この芸人みたいな幼い娘がなのか」
「はい、袁術殿なのです」
 陳宮はこう関羽に述べる。金髪のこまっしゃくれた感じの幼女が描かれている湯呑みを手に取ってだ。
「この人がなのです」
「何か袁紹に似てるのだ」
 張飛もその湯呑みを見て話す。
「袁紹が子供になったらこうなると思うのだ」
「ですから袁家の人ですから」
 孔明はこのことを指摘した。
「それも当然です」
「本当に癖が強い人が多い家なのね」
 神楽はある意味感心していた。
「袁家っていうのは」
「四代三公の家柄です」
 鳳統はこのことを話す。
「家柄は見事です。ですが」
「ですが?」
「そこでなのね」
「はい、代々妙な癖や趣味を持っている方ばかりなのです」
 こうミナと月に話す。
「困ったことにです」
「袁紹さんだけじゃなかったのね」
「はい、それでこの国でもお騒がせ一族でもあるんです」
「ううん、それは何か」
「問題だと思うけれど」
 ミナと月は自分達の本来の世界でないのにそれでも親身になっている。
「それでも深刻じゃないみたいだし」
「そうですね。それは」
「はい、悪い人達じゃありませんから」
 だからだと。鳳統はまた話す。
「それは曹家と同じです」
「そういえば曹操さんも」
 劉備が鳳統の話を聞きながら言う。彼女は袁術が描かれた手拭いを手に取っている。
「悪い人じゃなかったし」
「た、確かに」
 だが関羽は困った顔を見せる。
「悪い人ではないのだが」
「操を捧げるところだったしな」
「そうだ・・・・・・いや待て翠」
 関羽は横にいる馬超にすぐに言った。
「元々は貴殿が」
「悪い、あの時は」
 手を合わせてそれを顔の前にやって謝る馬超だった。
「本当にな」
「全く。曹操殿を仇と誤解してだ」
「わかったよ。曹操はそんな奴じゃない」
 今は彼女もよくわかっていることだった。
「それに愛紗も何だかんだで手を出さなかったな」
「そうだな。無理強いはしないと」
「それ考えるとやっぱりいい奴だな」
「うむ。どうも宦官の孫ということを異様に気にしておられるがな」
「あれはかなり問題だな」
 趙雲はおもちゃを見ていた。
「曹操殿にとってな。厄介な話だ」
「私達が想像している以上にか」
「そうだ、厄介だ」
「劣等感ね」
 神楽がここでこう言った。
「要するにね」
「自分のそうした部分を忌む気持ちですね」
「そうよ。それを何とかしたいのよ」
 神楽はそのことをはっきりと指摘したのだった。
「曹操さんはね」
「そして袁紹殿もか」
「あの人もなのだ?」
「そうだ、劣等感だったな」
 関羽毛は張飛に答えながら神楽に問うた。
「それだったな」
「ええ、そうよ」
「それだったのか」
 また言う関羽だった。
「あの方も袁紹殿も」
「そうしてね」
 ここでまた言った神楽だった。
「劣等感が強い人はね」
「うむ」
「そうしたことを持っていない人には」
「そうした者にはか」
「かなり強い対抗心を燃やすわ」
 そうだというのである。
「それが問題ね」
「そうなのか。では袁紹殿は袁術殿に」
「いや、それはないな」
「ないのか?」
「歳が離れ過ぎている」
 趙雲が言ったのだった。
「だからだ」
「それでないのか」
「ないな。嫌っていてもだ」
「ううむ、そうしたことも関係あるのか」
「そういえばあたしもな」
 馬超は槍を見ていた。子供用のおもちゃであるがそれでもだった。
「蒲公英を見てもな」
「その劣等感を抱かないの?」
「ああ、歳が離れてるとな」
 こうその従妹を見ながら話す。
「別にだよな」
「そういうものなのね」
「ああ、そうだな」
 また従妹に告げる。
「別にな」
「歳って大事なのね」
 馬岱は自分の手を自分の口にやりながら述べた。右手は自分の槍を持っている。
「それを考えたら」
「そうね。本当にね」
 黄忠はだ。お菓子を見ていた。
「私も瑠々が私より凄くなってもね」
「嬉しいんですか?」
「やっぱり」
「そうよ。娘の成長は当然ね」
 嬉しいとだ。孔明と鳳統に話す。
「嬉しいわ」
「私まだよくわかりませんけれど」
「そういうものなんですね」
 その孔明と鳳統はガイドブックを見ている。
「親子って」
「子供が自分を超えることが嬉しいんですか」
「劣等感を抱く対象にも条件があるのよ」
 また話す神楽だった。
「袁紹さんも袁術さんもお互いに対抗意識はあってもね」
「劣等感は抱かないんですか」
「そう、劣等感はもっと複雑で深刻なものなのよ」
 神楽は今度は劉備に話していた。
「特に曹操さんや袁紹さんみたいな人にとってはね」
「袁紹は妾腹で」
「曹操殿は宦官の家の娘か」
 張飛と関羽がまた述べた。
「それが二人には」
「深刻なのだな」
「そういうことよ。若し完璧な相手が出たら」
 そうした相手が出たならばと。神楽は話していく。
「二人がどうなるかね」
「そういえば何か」
 劉備がきょとんとしたような顔で話す。
「都に何か凄い人が出て来たらしいけれど」
「司馬慰さんですね」
「あの人ですね」
 孔明と鳳統が言った。
「名門司馬家の嫡女の方で」
「物凄い切れ者だとか」
「凄い人なんだ」
 劉備にとってはこの程度で終わる存在だった。しかしである。
 神楽はその司馬慰のことを聞いてだ。顔を曇らせて言った。
「まずいわね。そうした人こそなのよ」
「問題なんですか?」
「曹操さんや袁紹さんにとってはね」
 そうだというのである。
「厄介なのね」
「そうなんですか」
「何もなかったらいいけれど」
 神楽は期待する言葉を出した。
「本当にね」
「そうね。この国自体に不吉なものを感じるし」
「それがよからぬことにならなければいいのですが」
 ミナと月はあるものを見ていた。
「それが本当に」
「そうならなければ」
「あの、それでなんですけれど」
 劉備はその二人に顔を向けて尋ねた。
「御二人は今何を見ておられるんですか?」
「ええと。動物の」
「おもちゃを」
「あっ、これですね」
 見ればだった。十二匹の動物達の小さな置物である。それぞれ紐が着いていてだ。それを見るとであった。彼等は話すのだった。
「十二匹ですか」
「干支ね」
「それですね」
 ミナと月がここでまた話す。
「鼠に牛に」
「他の生き物も」
「ええと、鼠は」
 劉備がその鼠の置物を見ながら言う。
「子沢山の効用があるんですね」
「お守りの意味もあるのね」
 神楽が話す。
「この置物は」
「あっ、この犬の置物いいのだ」
 張飛がその置物を見てすぐに手に取った。
「可愛いのだ」
「むっ、その置物は」
 関羽はその置物を見て話した。
「似てるな」
「そうなのだ」
 張飛も関羽の言葉で気付いた。
「赤兎に似ているのだ」
「というよりかそっくりだな」
「全くなのだ」
「むっ、赤兎なのです!?」
 陳宮もそれを聞いて二人の方に顔を向けた。
「見せるのです、早く」
「何なのだ、急に」
「むむっ、これは確かに」
 陳宮がその置物を見ながら話すのだった。
「赤兎なのです」
「そっくりなのだ」
「寄越すのです!」
 陳宮は急にだった。張飛にその置物を渡すように迫った。
「早く、それをねねに!」
「一体何を急に言うのだ!?」
「そうなのです、寄越すのです!」
 また言う陳宮だった。
「ねねに。早く!」
「嫌なのだ、これは張飛のものなのだ!」
 張飛も陳宮に対してムキになって言い返す。
「それで何で渡すのだ」
「お金はもう払ったのか?」
「払ったのだ」
 こう関羽にも言うのだった。
「とっくの昔になのだ」
「ううむ、それではだ」
 関羽は腕を組んで難しい顔になってだ。そうして言った。
「鈴々が正しいな」
「そうね。ここは」
「間違いなくですね」
 ミナと月も話す。
「張飛ちゃんが先に見つけて先に買ったから」
「それは」
「けれどそれでもなのです!」
 その言葉を聞こうとしない陳宮だった。
「ねねはそれを恋殿に!」
「いい」
 だがここでだ。呂布が話した。
「恋は別にいい」
「いえ、そういう訳にはいきません」
 陳宮はその呂布に顔を向けて返した。
「恋殿と赤兎の絆、それを見ればわかります」
「わかる?」
「この置物、恋殿にとって必要なのです」
 陳宮は確信していた。
「ですからどうしてもなのです」
「しかしそれは」
 ここで言ったのは神楽だった。
「陳宮ちゃんが間違ってるわ」
「はい、私もそう思います」
「私も」
 月とミナも神楽のその言葉に同意して頷く。
「陳宮ちゃん、だから」
「ここは」
「うう、我慢するしかないですか」
「そうだな。残念だがな」
 関羽も同情する顔になっていたがそれでも言うのだった。
「珍しく鈴々が正しい」
「珍しくなのは余計なのだ」
「しかし正しいことは事実だ」
 それはだというのである。
「そういうことだ。陳宮殿、ここは諦めてくれ」
「諦める訳にはいかないのです」
「それでもだ。諦めるのだ」
 また言う関羽だった。そうしてだった。
 陳宮を諭そうとする。だがここでだ。
 張飛は先程聞いた呂布と陳宮のこれまでの出会いと絆のことを思い出した。そうしてであった。
 陳宮にだ。手に持っている犬の置物を差し出したのだった。そしてだ。
「ほらなのだ」
「何ですか、急に」
「やるのだ」
 こう陳宮に言うのである。
「好きなようにするのだ」
「ねねにあげるのですか?」
「急にいらなくなったのだ」
 憮然としたような顔で話す。
「だからだ。やるのだ」
「御前、本当に」
「さあ、気にすることはないのだ」
 こうも言ってであった。
「さっさと受け取るのだ」
「わかったのです」
 陳宮も頷いてだった。その置物を受け取るのだった。
 それからだ。こう張飛に言った。
「御礼は言ってやるのです」
「ふん、そんなものいらないのだ」
「恋殿、これを」
「有り難う」
 まずは礼を言う呂布だった。だがこう陳宮に言うのだった。
「ただ」
「ただ?」
「もう二度とこんなことはしないこと」
 抑揚がないのは相変わらずだが厳しい言葉だった。
「絶対に」
「は、はい」
「恋の為でもこんなことはしたらいけない」
「も、申し訳ありません」
「そういうことだから」
 呂布が言うのはここまでだった。そうしてだった。
 呂布と陳宮は店を出る。劉備一行もそれぞれ欲しいものを買って店を出ていた。外はもう夕刻になっていた。赤い世界の中だった。
 その中でだ。彼女達は話すのだった。
「恋達はこれで帰る」
「そうされるんですね」
「うん、帰る」
「この街も出るのです」
 陳宮も話す。
「そういうことなのです」
「そうなのですね。ただ」
 劉備が一行を代表してだ。そのうえで二人に話す。
「これで永遠のお別れではないですよね」
「多分」
 呂布はぽつりと答えた。
「そうなる」
「そうですね。それじゃあまた」
「うん、また会おう」
「その時を楽しみにしてますね」
「うん」
 呂布がここでにこりと笑った。微笑みだったが確かにだ。
 そしてだ。陳宮にも言うのだった。
「ねねも」
「ねねもなのですか」
「お別れの言葉を言う」
 こう話すのだった。
「早く」
「そう言われてもなのです」
 陳宮は俯いて難しい顔になって話した。
「ねねはこの連中とは」
「置物貰った」 
 呂布はこのことも言った。
「だから」
「うう、それじゃあ」
「早く言う」
「お別れの言葉を」
「少しだけ別れる言葉を」
 その時のことをというのだった。
「言う」
「わかったのです」
「笑顔で言う」
 呂布はこのことも言い加えた。
「そう、笑顔で」
「笑顔でなのですか」
「人は別れる時の顔を覚えている」
 関羽と張飛の話をそのまま告げたのだった。
「それじゃあ今から」
「今からなのですか」
「そう。お別れの言葉を言う」
「笑顔で」
「そう。言って別れる」
 そう告げてだった。陳宮を見てであった。
「いい」
「わかったのです。それじゃあ」
 何とか笑顔を作ってだ。そうして告げたのだった。
「また会うのです」
「わかったのだ」
 張飛が挨拶を返した。お互い笑顔になっている。
 そうして言い合ってだ。別れたのだった。
 お互いに手を振り合って別れた後でだ。孔明がにこりと笑ってその張飛に言ってきた。
「それで鈴々ちゃんは」
「何なのだ?」
「優しいんですね」
 こう彼女に言うのである。赤い夕焼けの中でだ。
「本当に」
「鈴々が優しいのだ?」
「はい、とても」
「それは気のせいなのだ」
 ムキになった顔で言い返す張飛だった。
「鈴々は全然優しくないのだ」
「そうなんですね」
「そうなのだ。だからそれは気のせいなのだ」
「わかりました」
 笑顔のまま頷く孔明だった。
「それじゃあ今はですね」
「今はなのだ?」
「晩御飯食べましょう」
 こう提案した。
「いいですね」
「晩御飯なのだ」
「はい、何がいいですか?」
「何でもいいのだ」
 料理の種類にはこだわらないというのだ。
「ただ」
「ただ?」
「たっぷり食べるのだ」
 そうするというのである。
「もう嫌になるまで食べるのだ」
「はい、じゃあそうしましょう」
「全く。御前は」
 関羽はそんな張飛を見て優しい笑顔になっていた。
「相変わらずだな」
「相変わらずとはどういう意味なのだ」
「言ったそのままだ」
 こう言うのだった。
「本当にな」
「そうなのだ」
「じゃあ早く行くか」
 馬超も笑顔で言った。
「あたしもお腹ぺこぺこだしな」
「そうだな。メンマをだな」
 趙雲はここでもそれだった。
「食べに行くとしよう」
「そうですね。それじゃあ」
 最後に劉備が言ってだった。
「明日の袁術さんとの面会の為に」
「英気を養いましょう」
 黄忠が応えてだった。一行は夕食を食べに向かったのだった。そうしてその袁術とだ。いよいよ会い剣の話をするのであった。


第三十七話   完


                                        2010・10・12



ようやく袁術の元に。
美姫 「とは言え、面会は今度みたいね」
だね。今回は呂布と陳宮と街を回った感じに。
美姫 「でも、もう目的地だから慌てなくても大丈夫よね」
流石にそうそう騒動に巻き込まれないだろう、多分。
まあ、問題は素直に返してくれるかだけれどな。
美姫 「さてさてどうなるかしらね」
次回を待っています。



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