『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』




                         第四十七話  顔良、仲間外れになるのこと

「えっ、曹操さんのところにですか」
「今からですか」
「そうですわ」
 袁紹が顔良と文醜に告げていた。彼女の左右は今は田豊達である。後ろにはいつも通り審配がいて彼女を護衛しているのだった。
「使者として。宜しいですわね」
「今度の幽州のことでしょうか」
「それで前以て話しをですか」
「その通り。そのことでしてよ」
 まさにそれだと話す袁紹だった。
「華琳には前以て」
「お話しておくんですか」
「何か律儀ですね」
「暫く私達は動けませんわ」
 袁紹はここでは少し困った顔になった。
「異民族を落ち着かせることと」
「それとその幽州のことで」
「暫くそうですよね」
「中原で反乱が起こっても」
 その時にもというのであった。
「動けませんわ。それを伝えておきますわ」
「ううん、そういえば孫策さんのところも」
「今動けないんでしたっけ」
 顔良と文醜はここで孫策のことも話に出した。
「山越を平定して」
「それで御褒美に交州を貰ってその統治をはじめるから」
「私達が動けないとなると」
 袁紹はここでは孫策もその話に入れていた。
「中原の有事は華琳だけで対処しなくてはなりませんから。前以てですわ」
「それを考えますと」
 田豊がここで袁紹に話してきた。
「今は危険な状況ですね」
「確かに」
 沮授も言う。
「何者かが反乱を起こすとなるとこの時にこそですね」
「それにです」
 審配も袁紹に言ってきた。その顔を彼女の顔に近付けてだ。
「徐州と益州にはまだ牧がいません」
「徐州に行くのは」
 袁紹はその州のことを聞いて難しい顔を見せた。
「無理ですわね」
「はい、四州とその幽州、異民族の統治だけで」
「今は手が一杯です」
 田豊と沮授がここでまた話す。
「ですからそこまではとても」
「無理です」
「そうですわね。参りましたわね」
 それがわかっているからこそだ。袁紹もそこまでは進出できないのだった。そしてであった。
「華琳はあそこには」
「曹操殿も今は二つの州で手が一杯のようです」
「ですから」
 軍師二人が袁紹にこのことを話した。
「孫策殿はこちらと同じ状況ですし」
「徐州には誰も」
「あそこに反乱が起こればどうにもなりませんわね」
 袁紹が危惧しているのはまさにこのことだった。
「頭が痛い話ですわ」
「そうですよね」
「そっちも何とかしないといけませんよね」
 顔良と文醜も言った。
「じゃあそのこともですね」
「曹操さんに話しておきますか」
「そうですわね。ここは」
 少し考えてからだ。袁紹は二人に述べた。
「誰か適当な人がいれば」
「その人を徐州の牧に薦める」
「そのことですね」
「そうですわ。ただし」
 ここでだった。袁紹の目の光が強くなった。今度はその顔に嫌悪の色を見せる。
「間違っても宦官達やその息のかかった者は」
「絶対に薦められませんね」
「牧には」
「それは絶対ですわ。最悪でも中立ですわ」
 実は袁紹は宦官達と対立する立場にいる。これは曹操も同じだ。
「そうした方でなければいけませんわ」
「それに益州もありますし」
「問題山積みですね」
「洛陽も今はさらにややこしいようですし」
 このことも話す袁紹だった。
「ですがさしあたっては」
「はい、それじゃあ」
「あたい達は今から」
「頼みましたわよ」
 こうしてだった。二人は曹操のところに向かった。そしてすぐに曹操にそのことを話すのだった。彼女は今は左右に曹洪と曹仁を擁している。
 そのうえでだった。二人の話を聞くのだった。
「成程ね、わかったわ」
「はい、それではです」
「そういうことで」
 二人は微笑んで曹操に述べていた。
「申し訳ありませんがその際はです」
「そちらで御願いしますね」
「ええ。わかってるわ」
 曹操も微笑んで二人に返す。己の執務室のその机に座りながらの話だった。
「それは安心して。それと」
「徐州のことですけれど」
「それもそういうことで」
「私も考えていたところなのよ」
 曹操は溜息めいた口調で述べた。
「あそこにしっかりした人が来てもらいたいってね」
「やっぱりそうなんですか」
「曹操様も」
「そうよ。今は只でさえ混乱しているのね」
 漢王朝の力が衰えているからだった。
「帝もね」
「帝、そうですね」
「あの方はまあ」
 皇帝の話になるとだ。口ごもる彼女達だった。
「宦官達の言いなりですから」
「どうにもなりませんね」
「宦官の中でもね」
 曹操は憂いのある顔で話していく。
「張譲がね」
「聞いています」
「相当やばい奴なんですよね」
「そうよ。だからね」
 それでだというのであった。
「何とかしたいところだけれど」
「何進将軍もどうしようもないですか」
「あいつだけは」
「司馬慰がいるようだけれど」
 曹操はこの名前を言う時その顔を微妙に歪ませた。
「それでもみたいね」
「司馬慰さんですか」
「あの名門の嫡流の」
「そうよ。清流のね」
 曹操の口調が忌々しげなものになってきていた。
「麗羽も言っているわね」
「はい、何かと」
「すっごく面白くなさそうに」
「ちょっと文ちゃん」
 顔良は文醜の今の言葉を咎めようとしてきた。
「その言葉は」
「いいじゃねえかよ、本当のことなんだし」
「そういうことじゃなくて。曹操様の御前よ」
「あっ、そうか。そうだったな」
「だからね」
「ああ、それはいいわ」
 曹操は微笑んで二人の言葉はいいとしたのだった。
「私達も言ってることだし」
「そうなんですか」
「そっちもですか」
「そうよ。私もあの女は嫌いよ」
 嫌悪を見せた言葉だった。
「どうもいけ好かないのよ」
「麗羽様も仰ってます」
「名門の嫡流で大将軍のお傍にあって」
「しかも頭が凄く切れるんですよね」
「何でもある感じですよね」
「そんな人間だからよ」
 また言う曹操だった。
「私も嫌いよ。どうせ私はね」
「華琳様、それ以上は」
「やはり」
 曹仁と曹洪が話すのだった。
「仰らぬ方が」
「そう思いますが」
「そうね。失言だったわ」
 曹操もここで止まった。二人に言われてだった。
「仕方ないわね。それじゃあ」
「はい、話を戻して」
「それで」
「話はわかったわ」
 曹操はあらためて顔良と文醜に述べた。
「私の方はそれでいいわ」
「はい、それでは」
「そういうことで」
「ここまで来て御苦労だったわね」 
 二人に微笑みを向けての言葉だった。
「それじゃあこれからだけれど」
「また御会いしましょう」
「そういうことで」
「待ちなさい。すぐに帰るつもり?」
 微笑みはそのままだった。
「ここに来てすぐに」
「はい、そうですけれど」
「それが何か?」
「水臭いわね。折角ここに来たんだし」
「折角といいますと」
「何かあるんですか?」
「少し楽しんでいきなさい」
 こう二人に話すのだった。
「いいわね。何かね」
「えっ、ですが」
「何かそれって」
「図々しいとかいう言葉はなしよ」
 二人の言葉を事前に察してであった。
「いいわね」
「ううん、それじゃあ」
「それでいいですか?」
「文醜を満腹にさせてあげるわ」
 こうも言ってみせる曹操だった。
「楽しみにしていなさい」
「そりゃ凄いですね」
 文醜は曹操のその言葉を聞いて明るい顔になった。
「じゃあ曹操様、お言葉に甘えまして」
「顔良もね。楽しんでね」
「すいません、何かあって来た時はいつもですよね」
「それが礼儀よ」
 何でもないといった感じの曹操の今の言葉だった。
「私達だってあれじゃない」
「こちらに来た時は」
「まあそうですけれどね」
「お互いにそうしてるじゃない。だからいいのよ」
 こう話すのだった。
「そういうことでね。それじゃあね」
「有り難うございます」
「たっぷり食わせてもらいますね」
「じゃあ二人共ね」
「楽しみましょう」
 曹仁と曹洪も笑顔で二人に話してきた。そうしてだった。
 二人は曹操に御馳走による歓待を受けた。その後でだった。
 文醜は許緒とだ。笑顔で話をしていた。
「いやあ、満腹満腹」
「たっぷり食べたね」
「ああ、全くだよ」
 二人で向かい合って座りながらの話だった。
「お互いよく食べたよな」
「だよね。そういえばさ」
「んっ、何だ?」
「これから面白い集まりがあるらしいよ」
 こう文醜に言ってきたのだった。
「何かね」
「面白い集まり?」
「うん。何か胸がどうとかね」
「胸?胸がどうしたんだ?」
「僕もよく知らないけれどね」
 許緒はここで首を傾げさせた。
「何か桂花様が主催になってね」
「ああ、あの猫耳がかよ」
「そうなんだ。それでなんだ」
「一体何なんだ?」
「顔良さんもどう?」
 許緒は顔良にも声をかけた。彼女も満腹して休んでいたのだ。
「これからだけれど」
「胸なの」
「そう、胸らしいよ」
 また顔良に話した。
「その胸のことでね」
「一体何かしら」
「行けばわかるだろ」
 文醜はいささか適当な調子で彼女に話した。
「そんなことはさ」
「何かいい加減ね」
「いいじゃねえかよ。出たとこ勝負でよ」
「またそんなこと言うんだから」
「いいのいいの」
 勝手にこう言う文醜だった。
「じゃあ許緒、行くか」
「うん、そうしよう」
 許緒はにこりと笑って文醜に話す。
「何か春蘭様や秋蘭様はお断りらしいけれどね」
「あの二人が?」
「どうしてかしら」
 そう言われて首を捻る二人だった。
「あの二人って曹操殿の腹心中の腹心だろ」
「そうよね。曹仁さんと曹洪さんと並ぶね」
「曹操殿の四天王が?」
「来たらいけないって」
「僕のその辺りの事情は知らないけれど」
 それはという許緒だった。
「とにかくそうらしいよ」
「そういう集まりなの」
「何かさらに面白くなってきたな」
 顔良はいぶかしみ文醜は楽しげな感じになってきていた。
「何なのかしら」
「あたいうきうきしてきたぜ」
「僕もだよ」
 許緒が同意したのは文醜に対してだった。
「今からとてもね」
「だよな。あたい達気が合うよな」
「だよね。ずっと一緒にいたい位にね」
「全くだぜ。あとな」
 ここでさらに言う文醜だった。
「ほら、張飛な」
「ああ。あの娘ね」
「あいつとも馬が合うよな」
「御飯一杯食べるしね」
「それに胸が小さい」
「だからね」
 それでだという二人だった。
「似た者同士だからね」
「だよな。考えるのだってな」
「そんなこと面倒だし」
 この辺りも同じだった。
「あれだよ。あまり考えてもな」
「仕方ないしね」
「ちょっとは考えて欲しいけれど」
 顔良は二人、特に文醜を横目でじとりと見ながら呟いた。
「文ちゃんって。いつも猪突猛進だから」
「それがあたいなんだよ」
「許緒ちゃんも。それさえなかったらいいのに」
「僕は僕だよ」
 許緒も許緒で言う。
「他の誰でもないしね」
「だよなあ。だからな」
「僕達はもう突っ込むだけだよ」
「それでどうして死なないのかしら」
 顔良はこのことが不思議になってきていた。
「しかもいつも傷一つつかないし」
「運もあるからな」
「そうそう」
 それもあるというのであった。
「あたい達戦うしかできないからな」
「お仕事はそうだよね」
「ううん、それで私はあれなのかな」
 顔良は少し困った顔で話すのだった。
「そんな文ちゃん達のフォローがお仕事?」
「そういやそうだよな」
 文醜もここで話す。
「昔から斗詩はあたいと一緒だけれど」
「何かっていうと。文ちゃんが無茶やって」 
 顔良はその昔のことを思い出しながら話すのだった。
「それでね」
「斗詩があたいを助けてくれてな」
「そんな関係なのかしら」
 顔良はいささか困ったような顔になっていた。
「やっぱり」
「そうかもな。まあそれでもさ」
「それでも?」
「あたいもそれなりに斗詩助けてると思うけれどな」
 文醜の今の言葉はいささか申し訳なさそうなものだった。
「それはどうかな」
「確かにそうだけれど」
 それは認める顔良だった。
「実際にね。それに」
「それに?今度はどうしたんだ?」
「文ちゃんと一緒にいて嫌だって思ったことはないし」
「袁紹軍五人衆の中でもあたい達は特に絆が深いしな」
「馬賊の頃から一緒だったし」
 実は二人は馬賊出身なのだ。名門の生まれやそうしたものではないのだ。そこを袁紹に誘われて彼女の配下になったのである。
「だから」
「だよなあ。じゃあ斗詩」
「ええ」
「これからも頼むな」
「わかってるわよ。それはね」
 こんな話をする二人だった。そうしてだった。
 二人は許緒に案内されある場所に向かう。そこは。
「あれっ、街かよ」
「そこに出てなの」
「そうなんだ」
 こう二人に話す許緒だった。
「それで場所は」
「ああ、何処だ?」
「何処かのお店かしら」
「そうみたいだよ」
 許緒は地図を見ながらまた二人に述べた。
「桂花さんがいるお店はね」
「何だよ、ここって」
「飯店じゃないのね」
 文醜と顔良はそれを見て話すのだった。その地図をだ。
「何だ?飾りものの店か?」
「ええと、それも怪しい店みたいだけれど」
「何か髑髏とかそういうのを売ってる店だよ」
 許緒もこう話す。
「そういうのを元にして作ったのを売ってるお店だよ」
「ああ、曹操さんが身に着けてるみたいなやつだよな」
「ああいうのが売ってるお店ね」
「僕はそういうのは身に着けないけれど」
 これは許緒の趣味だった。
「けれど沙和さんは結構行くね」
「んっ?あの眼鏡っ娘か」
「曹操さんのところに新しく入った」
「うん、あの人そういうのが好きだから」
 こう話すのだった。
「それでなんだ」
「成程な。そういえばあたいもそうした装飾って着けないんだよな」
「私も」 
 二人はそういうものには興味がないのだった。
「髑髏とか。そういう怖可愛いっていうのか?」
「何か合わないから」
「僕もね」
 それをまた言う三人だった。
「まあ。そこでやるのが楽しいのならいいがな」
「何か心配だけれど」
「そう?僕すっごく期待してるけれど」
 許緒は文醜と同じ意見だった。
「桂花さんが何をしてくれるかってさ」
「あの猫耳軍師あれで結構腹黒いからなあ」
「陳花ちゃんと仲悪いしね」
 文醜と顔良も荀ケのことはよく知っていた。袁紹陣営と曹操陣営は共に何進の下にあるのでその関係で交流が多いのである。それでだ。
「あの二人顔を見合わせたら喧嘩するからなあ」
「何とかならないのかしら」
「桂花さんって強情だしね」
 許緒も言う。
「おまけに陳花さんもだし」
「似た者同士だよな」
「姉妹で」
「あとね」
「ああ、今度そっちに加わった姪の人のことだよな」
「叔母さんって言ったら凄く起こるのね」
「そうなんだ。それも注意してね」
 許緒は二人にこのことを囁いた。
「言ったら凄く起こるから」
「やっとあの極端な男嫌いがかなりましになってもか」
「相変わらず難しいのね」
「覇王丸さん達と一緒に飲むようになったよ」
 それはできるようになったのである。
「あの人お酒好きだし」
「私も好きだけれど」
「あたいもだけれどな」
 顔良と文醜も酒は好きなのだった。
「幾らでも飲めるし」
「食う方も好きだけれどな」
「僕もそっちは好きだけれどね」
 許緒もだった。酒好きなのであった。
「お酒っていいよね。ただ幾ら飲んでも酔ったりしないけれど」
「えっ、それって」
「かなり凄いな」
「そうよね、許緒ちゃんってまさか」
「うわばみかよ」
「違うよ、僕は猪だよ」
 わかっているのかわかっていないのかだ。彼女は笑ってこう言うのだった。
「文醜さんと同じだよ」
「おっ、あたいと同じかよ」
「うん、そうだよ」
 その通りだとだ。許緒はにこりと笑って話すのだった。
「一直線に進むからね」
「だよな。やるからには一直線だよ」
 文醜も楽しい顔で応える。
「そういうことだからな」
「うん、じゃあ着いたよ」
「おっ、早いな」
 まず看板が目に入った。黒い看板に何かわざと赤い血をイメージするような文字で描かれている。そうしてなのであった。
 外観もだ。蔦があったり髑髏が飾られたり蝙蝠があったりしてだ。何かが違っていた。
 顔良がそれを見てだ。怪訝な顔になってこう言うのであった。
「何か中にいるみたいね」
「だよなあ。何だよここって」
 文醜もそこを見て言った。
「見ているだけでうきうきしてくるな」
「えっ、そうなの」
「そうだよ。あの猫耳軍師いい趣味してるじゃねえか」
「本当にそう思うの?」
「ああ、そうだけれどよ」
「そうなの」
「だってよ。中にお化けでも何でもいておかしくないだろ」
 だからだというのであった。
「だからだよ」
「だよね。若しお化けが出たら」
 許緒も同じであった。にこにことしている。
「僕の鉄球で退治してやるよ」
「おう、あたいの剣もな」
 文醜もにかっと笑ってその巨大な剣を背負うのだった。
「化け物の血に餓えてるぜ」
「うん、それじゃあね」
「入るか」
 こう話してだった。三人は店の中に入った。そしてだった。
「桂花さん、いる?」
「よお、来てやったぜ」
 許緒と文醜が笑顔で話すのであった。
「それで何するの?」
「酒でも飲むのか?」
「あっ、いらっしゃい」
 典韋が三人の前に出て来た。
「季衣ちゃんだけじゃないんだ」
「おう、あたい達もな」
「お邪魔します」
「文醜さんと顔良さんも来てくれたんですね」
 典韋は二人の顔を見てにこりと笑って述べた。
「それじゃあ中に」
「うん、それでさ」
 許緒が典韋に尋ねた。
「何するんだよ、一体」
「それが私も知らないの」
 そうだというのであった。
「今来たばかりで」
「えっ、流琉ちゃんもなの」
「そうなの。けれど桂花さんはもう用意されてるらしいよ」
「ふうん、そうなんだ」
「行こう」 
 典韋は笑顔で三人に告げた。
「お店の奥にね」
「ああ、じゃあな」
「お店の中にね」
「お店の人には許可を取ってるから」
 典韋は三人にこのことも話した。
「だからそれは安心してね」
「そうなんだ、じゃあ気兼ねなく遊んでいいんだね」
「そうみたいよ」
 典韋はまた笑顔で許緒に話す。
「それじゃあね」
「何をするのかな」
 うきうきとして話しながらだった。四人で店の奥に行くとであった。
 そこには郭嘉と程cがいた。そしてこう言うのであった。
「桂花さんに呼ばれましたが」
「一体何なのでしょうか」
「それがわからなくて」
「期待できます」
 二人の言葉はここでは確かな違いがあった。
「ただの親睦会ではないようですし」
「桂花さんもわからない人ですから」
「あれじゃねえのか?」
 ここで程cの頭の上の人形が言ってきた。勿論腹話術である。
「酒じゃねえのか?」
「宝ャ、そうなの」
 程cはその人形に対して目を向けて尋ねた。
「お酒なのですね」
「だってよ。あの猫耳軍師無類の酒好きだぜ」
 人形のふりをしてさらに話す。
「だったらそれしかねえだろ」
「そうでしょうか」
 自分で言っておいてとぼけてみせる程cだった。
「何か違う気もしますが」
「ううむ、怪しいものでなければいいのですが」
 郭嘉は困った顔で話してきた。
「桂花さんも突拍子のないところがありますし」
「だからそういうのがいいじゃねえの?」
 文醜が郭嘉の言葉に突っ込みを入れてきた。
「出たとこ勝負って感じでさ」
「そんでそっから先は考えてるのかい?」
 人形ということで問う程cだった。
「あんたは」
「いいや、全然」
「僕もだよ」
 それは許緒もだった。
「全然ね。もう何が起こるか楽しみでさ」
「こりゃこの二人戦しかできねえや」
 また人形のふりをした。
「厄介な話だよ」
「そろそろのようですが」
 郭嘉がここで言った。
「では。それぞれの席に座って」
「はい、わかりました」
 典韋が素直な声で応える。
「じゃあ今からですね」
「桂花さんを待ちましょう」
 こうして一同は着席して荀ケを待つ。見れば彼女達の前に壇がある。そしてだった。
 そこに荀ケが出て来たのであった。
「皆いるわね」
「ああ、ここにな」
 文醜が笑顔で荀ケに声をかける。
「で、何するんだよ」
「あら、貴女達も来てたの」
 荀ケは文醜と顔良の顔を見て声をかけた。
「成程ね」
「別にいいよな」
「私達がいても」
「ええ、いいわ」
 それはいいとだ。目を少ししばたかせてから述べる荀ケだった。
「この会には一つ条件があるけれどね」
「条件?」
「条件って?」
「それはこれから話すわ。それじゃあね」
「ああ、じゃあな」
「何なのかしら」
 こうして二人も荀ケの話を聞くことにした。するとだった。
 彼女はだ。こう言うのであった。
「諸君!」
「えっ、諸君!?」
「諸君って」
「いきなり物々しいよな」
 皆この言葉にすぐに驚きの声をあげた。
「何なんでしょうか」
「わからないです」
「けれどさ、何か」
「凄く真剣なのはわかりますね」
 曹操陣営の四人はそれはすぐにわかった。
「けれど何でしょうか」
「妙な劣等感も感じます」
「何かあるのかな」
「怒ってません?桂花さん」
「胸についてどう思うであろうか」
 荀ケが言うのはこのことだった。
「胸が大きい。このことについてだ」
「胸?」
「胸が?」
 今度は袁紹陣営の二人が言う。
「胸か」
「そのことについてどう思うかって」
「世間では大きい胸を持て囃す」
 今度はこう言う荀ケだった。
「山女に壁女という言葉もある」
「最低の言葉だよね」
「そうよね」
 許緒と典韋が顔を見合わせて話す。
「そんな言葉って」
「人間として間違ってるわ」
「そう、胸が大きいのが何だというのだ!」
 荀ケは右手を拳にしてそれで壇を叩いた。
「胸が大きければそれだけ肩に負担がかかる」
「実感できませんね」
「凛ちゃんもよね」
 曹操陣営の軍師二人の話であった。
「外はいいけれど中が」
「だから。胸が大きいことを自慢することは」
「最低よね」
「確かに。最低よ」
 これが二人の意見であった。そうとしか思えない彼女達だった。
「そう、それで肩が凝る」
「そういえば春蘭様も」
「秋蘭さんも」
 また許緒達が言う。
「何か胸が重いとか言う時あるよね」
「御身体を動かしておられるから肩は凝ったりされないらしいけれど」
「それの何処がいいのか」
 荀ケの言葉は続く。
「しかもだ。ものを書く時に邪魔になる」
「そういえば袁紹様もだよな」
「確かにね」
 今度は文醜と顔良だった。
「隠し事の時胸が大きくてな」
「それが邪魔になってるように見えるわよね」
「そう、胸が大きいのは余計である」
 荀ケは断言した。
「それを持て囃す男達、そして女達は何か!」
「何かというと」
「それは」
「それって」
「つまりは」
「愚かである!」
 そうだというのであった。
「愚かでしかない!間違っているのだ!」
「よし、そうだよ!」 
 文醜は彼女のその言葉に両手を拳にして叫んだ。
「あんたわかってるじゃないか!」
「ひょっとして文ちゃんも」
「そんなの見ればわかるだろうがよ」
 こう顔良に顔を向けて話す。
「あたいに胸はねえよ」
「私もです」
 郭嘉もだった。
「それはありませんから」
「あれっ、けれど」
 顔良は彼女の胸を見て怪訝な顔になって述べた。
「郭嘉さんは胸は」
「いえ、外見はそうなのですが」
「外見は?」
「中がなのです」 
 困った顔になって話す郭嘉だった。
「ですから」
「胸、ないですか」
「はい、ありません」
 こう顔良に話す。
「まな板とも呼ばれています」
「それでなんですか」
「それでなのですが」
 ここで郭嘉はさらに言うのであった。
「噂によると袁術殿もかなりのものだとか」
「あっ、袁術さんですか」
「あの方か」
 顔良だけでなく文醜も言ってきた。
「あの人はまだ幼いですし」
「隔世遺伝だから絶対に将来もそうだよな」
「是非御会いしたいですね」
 こんなことを言う郭嘉だった。
「同じ仲間として」
「そういえば郭嘉さんと袁術様って」
「だよなあ」
 顔良と文醜は顔を見合わせて話をはじめた。
「意外と気が合いそうだけれど」
「絶対に仲良くなれるよな」
「私もそう思います」
 郭嘉自身も思っていることだった。
「実際に」
「ううん、まだ一度も御会いしていないのに」
「そう思えるなんてな」
「それだけ相性がいいってことかしら」
「だよなあ、やっぱり」
「機会があれば本当に御会いしたいですね」
 郭嘉は真剣だった。
「お話したいです」
「そういえば袁術さんも何進様のところにおられるし」
「会っても問題ないか」
 二人もそれを聞いて話す。
「それじゃあ縁があればな」
「会うといいな」
「はい、その時を楽しみにしています」
 何気に色々なパートナーのいる彼女だった。決して孤独ではない。胸は寂しくともだ。
 そしてだ。荀ケの演説は最後に向かっていた。
「今私は言おう」
「むっ、それで」
「何と」
「その言葉は」
「どういったものでしょうか」
「巨乳は不要である!」
 断言であった。
「何故必要なのか、邪魔なものが!」
「その通りです!」
「よくぞ仰いました!」
「荀ケ様!」
 気付けばだ。六人以外にも娘達が集まっていた。皆胸が寂しい。
「流石曹操軍きっての名軍師!」
「偉大なる先生!」
「貧乳の救世主!」
「私は戦う!」
 こんなことまで言う荀ケだった。
「貧乳の為、何があろうとも!」
「ハイル荀ケ!」
「ジーク荀ケ!」
「貧乳万歳!」
「今こそ貧乳の時代よ!」
「諸君、私と共に来てくれるだろうか」
 荀ケは歓喜の声の中で同志達に問うた。
「この戦いに。巨乳に対する闘争に!」
「今こそ我等の立ち上がる時!」
「巨乳信仰への反撃ののろしの時!」
「そうだ、今こそ!」
「立ち上がるのよ!」
「では諸君」
 荀ケの手にだ。何時の間にか杯があった。そこには赤いワインがある。
「その誓いのしるしとしてだ」
「飲むんだな」
「如何にも」
 その通りだと文醜に答える彼女だった。
「文醜、貴女もわかってくれたのね」
「当たり前だろ。あたいだってな」
 自分はどうかというとであった。
「見ればわかるだろ」
「胸ね」
「ああ、ないんだよ」
 そういうことだった。
「全然な」
「貴女を今まで誤解していたわ」
 急に会話の調子が変わってきた。
「頭があれだとしか見ていなかったけれど」
「確かに考えるのは苦手だけれどさ」
「けれど。同志だったわ」 
 こう文醜に言うのである。
「では同志文醜よ」
「おう、同志荀ケよ」
「貴女を巨乳撲滅委員会袁紹陣営支部長に任命するわ」
「おっ、格好いいねえ」
「では同志よ」
 荀ケの暴走は続く。
「共に!巨乳を撲滅せんことを!」
「わかったぜ、ところでな」
「ええ、何かしら」
「あたいが袁紹陣営の支部長だよな」
 今任命された無茶苦茶な役職についての問いであった。
「それはわかったんだけれどな」
「言っておくけれど本部は曹操陣営にあるわよ」
 荀ケはこのことも話すのだった。
「当然委員長は私よ」
「いや、袁紹陣営だけかって思ってさ」
 文醜が言いたいのはこのことだった。
「やっぱりあれか?孫策さんのところや董卓さんのところにも支部あるのか?」
「ええ、あるわよ」 
 何とあるというのであった。
「勿論ね。それでね」
「ああ、それで支部長はどうなってるんだ?」
「孫策陣営は周泰よ」
 彼女だというのであった。
「そして董卓陣営は陳宮よ」
「陳宮?」
「小生意気なチビよ」
 荀ケの顔がここで忌々しげなものになった。
「性格はかなりむかつくけれどね。いつもあのぼーーーーっとしたのと一緒にいて」
「何か知らねえがすげえ嫌ってんだな」
「あっ、それはです」
「この前の話ですけれど」
 いぶかしむ文醜にだ。曹操陣営の残る二人の軍師が話してきた。
「董卓殿のところからその呂布殿と陳宮殿が来られた時にです」
「桂花さん陳宮さんと大喧嘩しちゃったんですよ」
「向こうが悪いのよ」
 口を尖らせてこう言う荀ケだった。
「私が呂布と話そうとしたらムキになって言ってきてね」
「それでなのです」
「大喧嘩になったんですよ」
「何か些細な理由で喧嘩になったんだな」
 それを聞いてこう言う文醜だった。
「それって」
「まあとにかくよ」
 荀ケは話を変えてきた。
「袁紹陣営は貴女に任せるわ」
「ああ、巨乳をぶっ潰すぜ」
 こう話す彼女だった。
「任せてくれよ」
「御願いするわ。ところでね」
「ああ、今度は何だ?」
「同志になったからにはね」
 荀ケは微笑んで文醜に話すのだった。
「お互い真名で言い合いましょう」
「そうするんだな」
「ええ、同志だからね」
 それでだというのであった。
「それでいいかしら」
「ああ、いいぜ」
 文醜も明るい笑顔になって承諾した。
「それじゃああたいからな」
「真名は何ていうのかしら」
「猪々子ってんだよ」
 こう名乗るのだった。
「宜しくな」
「猪々子ね」
 荀ケもその名前を確かに聞いた。
「わかったわ。それじゃあね」
「ああ、あんたの名前は何ていうんだ?」
「って聞いてない?周りの話から」
「あっ、そうだったか」
「そうよ。桂花っていうのよ」
 荀ケもまた名乗るのだった。
「宜しくね」
「ああ、じゃあ桂花よ」
「ええ、猪々子」
 もう二人で真名を言い合っていた。
「お互い巨乳をな」
「やっつけましょう」
「何か物凄い話になってるけれど」
 話から放っておかれている顔良がここで呟いた。
「文ちゃんと荀ケさんって意外と仲良くなれるのね」
「うん、そうだね」
 許緒が彼女のその言葉に頷く。
「けれど仲良くなれてよかったじゃない」
「ええ、確かに」
「ただ。顔良さんだけれど」
 ここで許緒は彼女に声をかけてきた。
「多分。委員会には入られないよ」
「うっ、そうなるの」
「だって。貧乳じゃないから」
 それでだというのだ。見れば彼女の胸はそれなりにある。許緒もそれを話すのであった。
「だから悪いけれどね」
「ううん、じゃあ私は」
「話は聞いていいのよ」
 荀ケからの言葉だ。
「それはね。ただ」
「委員会には入られないんですね」
「その通りよ。悪いけれどね」
「そうなの。じゃあ」
「ええ、私はこのことでは貴女の真名を聞かないから」
 実にしっかりしている荀ケだった。
「だから私もね」
「真名をね」
「お互いにそうしましょう。他に何かがあればね」
「ええ、その時に」
「話して。聞かせてもらうから」
「わかったわ」
 顔良は荀ケのその言葉に微笑んで返した。
「それじゃあ。その時に」
「そうしましょう」
 顔良は駄目だった。二人はそれを話しても笑顔で言い合うのだった。文醜にとっては楽しい、顔良にとっては心地よく終わった会合だった。
 そしてこの時だ。袁術はだ。
 張勲にだ。こう話していた。
「ううむ、さっき会ったあの者じゃが」
「藤堂竜白さんですか?」
「あの者のこと、中々覚えられぬ」
 腕を組んで難しい顔で言う袁術だった。
「目立つ顔なのにのう」
「口髭で黒髪を伸ばしていて」
 張勲はこう彼の容姿について話すのだった。
「それで白い着物に赤の胸当てをしていて黒い袴ですね」
「外見は目立つのにのう」
「それでもですね。実は私も」
「七乃もか」
「はい、今一つ覚えにくいです」
 実際そうだというのであった。
「どうしても」
「何故かはわからぬがのう」
「まあとにかくですね」
「うむ」
「我が陣営にもまた一人人材が加わりましたね」
 それは間違いないというのであった。
「それはよしとしましょう」
「そうじゃな。それでなのじゃが」
「はい、それで」
「とりあえず蜂蜜水をじゃ」
 それが欲しいというのであった。
「それを飲んでから仕事じゃ」
「一杯だけですよ」
「ううむ、一杯だけか」
「飲み過ぎると後でお腹が痛くなりますよ」
 にこりと笑って怖いことを話す張勲だった。
「ですから」
「仕方ないのう。それではじゃ」
「はい、一杯飲まれてから」
「お仕事の再開ですね」
「そうしないと今は駄目じゃな」
 それは確かに話すのだった。
「南部の統治もあるからのう」
「何しろ今までさぼってたから大変ですよ」
 ここでもにこりと笑ってこんなことを言う張勲だった。
「それを埋め合わせる為に今はがんがん働いてもらわないと」
「ううむ、お化けがいたからのう」
「お化けですねえ」
「そうじゃ。あれは真に噂だったのか?」
「あれは噂でした」
 それはなのだった。
「しかしです」
「しかしとは?」
「どうやらお化け自体はいたみたいですよ」
 こんなことを話す彼女だった。
「どうやら」
「何っ、それはまことか」
「はい、辺境の地、場所はよくわかりませんが」 
 それでもだというのだ。
「ですが何かいたようですよ」
「お化けがのう」
「巨大な。腹が膨れてそれでいて身体は痩せ細った」
「餓えておるのか?」
 何故そんな姿になるのかは袁術も知っていた。餓えの極限になればそんな姿になってしまうのである。それは知っていたのである。
「それでなのじゃな」
「どうやら。それで人を襲い食うとか」
「むむむっ、そんな化け物が実際にこの国におるのか」
「そう聞いています。ただ」
「ただとは?」
「何か退治されちゃったみたいですよ」
 張勲はここでこう主に話した。
「どうやら」
「そうか。退治されたのか」
 袁術はそれを聞いてだった。ほっとした顔になって言うのだった。実は失禁しそうになっていたがそれもせずに済んだのである。
「それは何よりじゃ」
「何か退治した方も謎みたいですけれどね」
「あれか?近頃国中をうろついておる白い髪の男か」
「違うみたいです。青い服で金色の髪をした」
「むっ?その者のことも聞いたことがあるぞ」
 袁術は己の席でいぶかしむ顔になった。張勲は彼女の前に立って話をしているのだ。
「その者もうろついておるそうじゃな」
「そうみたいですね」
「どうも近頃この国には怪しい者が多くうろついておるのう」
「はい。ですからこの州の統治も」
「わかっておるぞ。わらわとて牧じゃ」
 その自覚はある袁術だった。
「しかと治めるぞ。よいな」
「はい、それではお仕事を」
「歌の稽古もしたいのう」
「それはまた時間があれば」
「やれやれじゃ。そういえばなのじゃが」
「はい、今度は何でしょうか」
「曹操の陣営に郭嘉とかいう者がおるそうじゃな」
 奇しくも袁術も彼女の名前を口にしたのであった。
「その者に一度会いたいのう」
「あっ、それは私もです」
「七乃もか」
「どういう訳かわかりませんけれど」
 張勲は前置きしてから話す。
「それでも。機会があれば」
「そうじゃな。会ってみたいものじゃ」
「はい、一度曹操さんのところに行くことがあれば」
「会うとしようぞ」
「特に美羽様はあの人と相性がいいと思いますよ」
「わらわもそう思うぞ」
 袁術の顔がにこにことしている。実際にそう思っているのである。
「郭嘉か、いい名前じゃな」
「以前は戯志才と名乗ってたそうですけれど」
「ううむ、何かと仲良くなれそうじゃ」
「陣営は違ってもですね」
「うむ、ではその時のことをじゃ」
「楽しみにしておきましょう」
 二人で言い合うのであった。そうして袁術は大好きな蜂蜜水を飲んだ後で仕事に戻る。彼女達も楽しみにしていることがあるのであった。


第四十七話   完


                       2010・11・23



荀ケが結成した委員会。
美姫 「って、各地に支部があるのね」
一体、いつの間に。と言うか、そんな暇があったのか。
美姫 「流石は魏の軍師という事かしらね」
顔良は委員会に入れなかったみたいだがな。
美姫 「まあ、それはね」
さてさて、次はどんな話になるのかな。
美姫 「次回も待ってますね」



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