『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』




                             第六十話  楽進、辛い料理を作るのこと

 かくして袁術達三人を軸とした歌を使った策が決まった。
 だがだった。三人の一角の郭嘉がだった。
 妄想に耽っていた。そしてこんなことを言っていた。
「駄目です美羽様、華琳様が見ておられます」
 顔を真っ赤にしてだ。あらぬことを口走っていた。
「主の前でその様な、ああ御無体を」
「ううむ、最早ここまでくると」
「危ないというものではないな」
 夏侯姉妹も唖然となっていた。
「華琳様の御前で袁術殿に迫られているのか」
「いや、しかもだ」
「しかも?」
「どうもそこに張勲殿が入っているようだ」
 見ればその通りだった。郭嘉の妄想が続いていた。
「七乃殿、ですからそこは」
「ううん、中の関係なのね」
 曹操は今の郭嘉の暴走の原因をこう把握したのだった。
「そのせいね」
「しかしそれを言うとだ」
「そうだな」
 関羽と趙雲がその曹操に突っ込みを入れてきた。
「我々も所属している場所がだ」
「同じになるのだが」
「あの三人も前はそうだったらしいけれど」
 曹操はとりあえず郭嘉を見ながら話す。
「けれど。あれは」
「それ以上のものがあるな」
「そうだな」
 関羽と趙雲もそれはわかった。
「何処かで一緒だったな」
「特に袁術殿と郭嘉殿はな」
「あれじゃあ凛は褥には本当に呼べないわ」
 曹操はそのことを真剣に考えていた。
「全く。主というのに。あの娘は駄目なのね」
「というかあの三人の関係は」
「最早手がつけられないものがあるぞ」
 その郭嘉の妄想を見ながらの話だった。
 そんな話をしているうちにだった。華陀は。
 捕まったままだ。李典の尋問を受けていた。
「で、あんたここに来た理由は」
「それだというのか」
「そうだ、別に悪意があってじゃない」
 こうその李典と楽進に話す。
「その太平要術の書のことだ」
「あの書のことね」
 曹操が華陀が尋問を受けているその天幕の中に入って来た。そのうえで彼に対してこう言ってきたのだ。
「前に話していた」
「そうだ。それで曹操殿」
 華陀はここで失態を犯してしまった。
「その便秘は」
「それ以上言うことは許さないわよ」
 曹操は赤い気を身にまとい目も紅にさせて彼に顔を突きつけて告げた。
「本気で殺すわよ」
「なっ、言ってはまずいのか」
「私だって女の子なのよ」
 それでだというのである。
「それでそんな話をされていい訳ないでしょ」
「むう、そうなのか」
「そうよ。というか貴方そういうことわからないの?」
「ああ。俺は医者だ」
「医者だから?」
「患者のことは包み隠さず話さないといけないからな」
 少なくとも彼はこれまでそうしてきている。彼にとっては曹操も患者の一人に過ぎない。しかし彼は自分のデリカシーのなさは自覚していない。
 その彼がだ。また曹操に話した。
「わかった。では言わないでおこう」
「言ったら本当に首ないわよ」
「ううむ、俺とて首がなくなれば死ぬからな」
「あれ、あんた確か死なないんちゃうんか?」
 李典がこう華陀に突っ込みを入れた。
「勇者は死なへんのやろ」
「いや、俺とても流石に首をはねられるとだ」
「死ぬんやな」
「そうだぞ。幾ら何でもな」
「ううん、そうやったんか」
 それを聞いて納得はする李典だった。しかしである。
 ここでだ。李典はこんなことも言うのだった。
「そういやあんた宇宙で攻撃受けて光になったことあったな」
「その話か」
「そんでライオンがどうとかも言うてたな」
「よく知ってるな、あんた」
「あんた有名人やからな」
 少なくとも知らない人間はあまりいなかった。この国でだ。
 その彼がだ。何とか釈放されてだ。曹操に対して話すのだった。
「その書だが」
「私は持ってないわよ」
「それはわかっている。しかしだ」
「ああ、わかったわ」
 すぐに答える曹操だった。
「あの三姉妹が持ってるのね」
「そういうことだ。どうやらな」
「それでなのね」
 曹操は彼の話から全てを察した。この辺りの鋭さは流石だった。
「あの三人があそこまでなったのは」
「そうだ。確かにあの三人の歌い手としての技量は凄い」
 それは認める。しかしそれ以上のものがあるとだ。華陀は話すのだった。
「しかしそれだけであそこまでなるのはだ」
「流石にないわね」
「そうだ。やはりそこにはあの書の存在がある」
「あの書はそこまでの力があるのね」
「それが問題なのだ。あれは人が持つには力が大き過ぎる」
「そうなのよね」
「本当にね」
 ここでいきなりあの二人の怪物が出て来た。何処からともなく。
「だからあの書は何としてもね」
「封印しないといけないのよ」
 こう言ってだ。怪物達は姿を消した。一瞬のうちにだ。
 だが曹操達はその姿を見ていた。そのうえで真剣な顔で華陀に問うた。
「何や今のは」
「前に見たような気がするが」
「強制的に記憶から消したような気がするわね」
 曹操達は無意識のうちにそうしていたのだ。何はともあれ彼女達の前から怪物達は姿を消していた。何処に消えたのかは誰にもわからない。
 何はともあれだった。彼等が消えてだ。華陀はまた曹操に話した。
「それでなんだが」
「ええ。それで?」
「どうやら三姉妹に対して歌で対するようだな」
「ええ、そうよ」
 その通りだと答える曹操だった。
「ちょっとした経緯からね。そうなったのよ」
「それが一番いい」
 華陀は曹操の話を聞き終えてこう述べた。
「歌には歌だ。剣や弓では駄目だ」
「そうだったのね。正解だったのね」
「そうだ。ただ貴殿もだ」
「私も?」
「歌を歌えたと思うのだが」
 曹操のそのことを話すのだった。
「違うか、それは」
「それを言うと貴方もでしょ?」
 曹操は華陀の言葉に目をしばたかせながら返した。
「歌えるでしょ」
「私達もよ」
「ちゃんと歌えるわよ」
 ここでまた出て来たあの二人だった。
「乙女の歌をね」
「歌えるわよ」
 こう言ってまた姿を消す。曹操はまたこの話をする。
「人間じゃないのが見えた気がするわね」
「いや、あの二人は人間だ」
 華陀だけが主張できることだった。まさに彼だけができることだった。
「それは俺が保障するぞ」
「ううん、何かこのおっちゃんかなり」
「大物だな」
 李典と楽進はその華陀の器を認めた。
「やっぱ医者王はな」
「何かが違うか」
「うむ、それでだが」
 彼等の言葉をよそにだ。さらに話す華陀だった。
「あの書はかなりの力がある」
「それに対抗するにはなのね」
「そうだ。だからこれを持って来た」
 華陀は懐から何かを出して来た。それは。
 赤と青、それに紫のだ。小さな宝玉だった。それを曹操に差し出すのだった。
「宝貝だ」
「宝貝ね」
「これで三人の歌の力を強めるんだ」
「成程ね。それならね」
「まだ色々と必要だがな」
「ううん、歌は私が作るわ」
 曹操は歌の話に入った。
「ちょっと。後は劉備達と話してみるわ」
「ああ、劉備殿か」
「知ってるのね」
「ああ、旅の途中で会った」
 ここでその縁を話すのだった。
「いい御仁だな」
「そうね。いい娘達よ」
 そんな話をしてだ。華陀は曹操に案内されて劉備達の前に出た。そのうえで天幕の中でだ。彼女達とも話をするのだった。
「あれっ、じゃあ首は大丈夫だったんですか?」
「何とかな」
 こう劉備に話す華陀だった。劉備と曹操の主だった臣下達も揃っている。
「いや、あの時は殺されるところだった」
「全く。あの時のことは」
「何故か思い出せないけれど」
 曹仁と曹洪が話す。
「怪物が急に出て来た様な」
「そんなことがあったわね」
「そうだったか?」
 華陀は二人にも平然として返す。
「まあとにかくだ。大事なのはあの書のことだ」
「天下泰平の書なのだ?」
 張飛が名前を間違えて言った。
「何か凄い書みたいなのだ」
「凄いなんてものじゃない」
 こう張飛に話す。
「あの書があれば天下を左右することもできる」
「えっ、そんなに凄いのかよ」
 それを聞いた馬超が思わず声をあげた。
「その書って」
「だからだ。俺もあの書の力を封じておきたいのだ」
「それでその書はあの三姉妹が持っているね」
 黄忠が話す。
「そうなのね」
「そうだ。だから歌には歌で対して」
 それからだとだ。華陀は話す。
「あの書の力を一時抑えてその間にだ」
「華陀さんが書の力を完全に封じられるんですね」
「そうするつもりだ。それでいいか」
「はい、いいと思います」
「それで」
 孔明と鳳統が華陀の案に賛成の言葉を述べた。
「ただ。問題は」
「あの三姉妹の力は尋常なものではありません」
 このことがだ。問題だというのだ。
「袁術さん達が勝たれればいいですが」
「三姉妹に」
「あの三人の歌もかなりのものだけれど」
 今言ったのは荀ケだった。
「けれど。それでもね」
「万全ではない」
「互角といったところか」
 夏侯姉妹は双方の力を冷静に見て述べた。
「確実に勝つ為にはだ」
「まだ足りないな」
「あっ、それなら」
 ここでだ。劉備はふとした感じでこう話した。
「テリーさん達がいますよ」
「テリー?あの異界から来た面々ね」
「あの人達楽器の演奏ができますから」
 こう曹操に話すのだった。
「だからあの人達も加えて」
「そうね。それじゃあね」
 それに頷く曹操だった。劉備はその曹操にさらに話した。
「後はですね」
「後は?」
「それぞれの楽器を決めましょう」
「ああ、俺も楽器できるからな」
 草薙がここで言った。彼等もいるのだ。
「俺はギターだ」
「その俺はドラムできるからな」
 草薙に続いてテリーが述べた。
「後は他には」
「アテナも歌できたよな」
「はい、ですが私は」
 アテナはいささか謙遜した様子で述べた。
「今回は袁術さん達がおられますから」
「歌わないか」
「そうするんだな」
「はい、そうさせてもらいます」
 こう話すのだった。
「ですがギターとドラムだけだと」
「ベースにキーボードだな」
「その二つも必要だな」
 草薙とテリーは話しながら難しい顔になっていた。
「ベースか」
「誰かいないか?」
 二人がこんな話をしているとだった。アテナがここで言った。
「あっ、キーボードでしたら」
「誰かいるか?」
「それで」
「ナコルルちゃんがいますけれど」
 彼女だというのである。
「あの娘が」
「ああ、ナコルルか」
「あいつ楽器もできたのか」
「この前私がキーボード触っていたらそこに来て」
 そうしてだというのだ。
「してみたいっていうんで」
「させてみたんだな」
「そうしたのか」
「はい、上手でしたよ」
 ナコルルの意外な素養の一つだった。彼女はそうしたこともできたのだ。
「ですからここに呼びますか?」
「そうね。それじゃあ」
 劉備が応えてだった。実際に文を書こうとする。
 しかし天幕にだ。ナコルルが出て来たのだった。
「呼びましたか?」
「おいおい、いきなり来たな」
「幽州から徐州までかなりの距離があるが」
 馬超と趙雲が思わず突っ込みを入れた。
「瞬時かよ」
「どうして来たのだ」
「はい、ママハハを掴んで」
 そうして来たというのである。
「それでここまで来ました」
「あの、それでも一瞬は」
「流石にないです」
 孔明と鳳統は常識から話した。
「どういう現象なんでしょうか」
「これって」
「しかもキーボードとかベースって」
 馬岱はそのことに首を捻っていた。
「私達の世界にそんな楽器あったのね」
「ああ、俺達が持って来たんだ」
「向こうの世界からな」
 草薙とテリーがまた話す。
「まあ気がついたら持ってたっていうか」
「そんな感じだけれどな」
「俺作詞できるぜ」
 草薙がここでさらにこのことも話した。
「だから歌詞の方は任せておいてくれ」
「あら、そうなの」
 曹操がその話を聞いてだ。少し目をしばたかせて述べた。
「じゃあ私は作曲に専念できるわね」
「そやな。俺は応援に専念してや」
 ケンスウもいるのだった。
「何か楽しいことになってきたな」
「いえ、まだあるわ」
 ところがだった。ここで一言加える曹操だった。
「そのベースがまだよ」
「ベースか」
「それだけはないな」
「どないしよか」
 ケンスウを含めて三人で話す。
「誰かいるか?」
「ベースできる奴」
「俺は応援だけしかできんし」
「御主戦い以外には応援しかできぬのか?」
「黙って見ていればそうにしか思えないが」
 夏侯姉妹がそのケンスウに問う。
「楽器はできないのか」
「それは」
「ああ、俺そういうのあかんのや」
 実際にそうだとだ。平気な顔で話すケンスウだった。
「応援やったら一流やけどな」
「とにかくベースだな」
「誰かいないか」
「ベース?」
 ここで言ったのは紀霊だった。袁術達が歌や舞に打ち合わせでいないのでだ。彼女が今は袁術側の代表になっているのだった。
 その彼女がだ。ここでこう言うのだった。
「それはあの。琵琶に似た楽器ですね」
「ああ、まあ似てるな」
 草薙がその通りだと答えた。
「それ使える奴。誰かいるのか?」
「それを持っている方なら先程陣の外を見回っている時に見かけましたけれど」
 こう一同に話すのだった。
「赤い前が異常に長い髪で鋭い目の若い男の人が」
「んっ?赤い髪!?」
 それを聞いてだ。草薙の顔がすぐに顰められた。
「そいつはまさか」
「御存知ですか?その人のこと」
「ああ、ひょっとしたらな」
 こう前置きしてから答える彼だった。
「八神か。奴もここに来ていたのか」
「その人御呼びしますか?」
「いや、どうするべきかな」
 草薙は真剣な顔でこう紀霊に答えた。
「あいつか」
「本当に知り合いみたいね」
 曹操が草薙のその顔を見てそのことを見抜いた。
「貴方とその八神という人物は」
「ああ、そうだ」
 その通りだとだ。その顔で答える草薙だった。
「正直なところな。因縁がある相手だ」
「因縁ね」
「俺達の家は何百年も前から殺し合ってきた」
 その関係を話すのだった。
「そういう相手なんだ」
「宿敵ってことね」
「そうなるな」
 そのことをだ。草薙は認めるしかなかった。
「あいつがか。本当に因果な話だな」
「しかしだ」
「そのベースを演奏できるのはだ」
 関羽と趙雲が言う。
「その者しかいないのだな」
「ここにいる者では」
「色々と問題のある奴だ」
 草薙はその彼のことをさらに話した。
「俺の命も常に狙っているしな」
「何か凄い物騒な人なんですね」
「そうみたいだね」
 典韋と許緒も言う。
「草薙さんも大変ですね」
「そんなのにいつも狙われてるなんて」
「けれどその人がですか」
「一番ベースが上手なんだ」
「そのあいつがいるなら」
 草薙はまた話す。
「ここは力を借りるのが一番なんだがな」
「じゃあ草薙さん死ぬな」
 程cの頭の上の人形がこんなことを言った。
「いい人なのに残念だな」
「これ、そんなことを言ってはいけません」
 程cがその人形を叱る。
「せめて殺し合うと言っておきなさい」
「おっと、俺としたことがこれは失言だったな」
「そもそも草薙さんの強さだと死なないのでは?」
「どっちも死ぬってことだよ」
「成程」
「おい、待てよ」
 草薙が一応二人ということになっている彼女達に突っ込みを入れた。
「さらっと凄いこと言うな、あんたも」
「そうでしょうか」
「ああ。まあとにかくな」
「とにかく?」
「俺とその八神はそれこそ数百年の因縁がある相手なんだよ」
 草薙は程cにもこのことを話した。
「そういう相手と一緒だったらそれこそな」
「修羅場になると」
「これまで何度も闘ってきた」
 草薙のその顔が鋭いものになる。
「けれどそれでもな。決着はついていないんだ」
「実力伯仲ですね」
「そうだな。そうした相手なんだ」
「ではここは」
 程cはここまで聞いたうえでこう草薙に話した。
「八神さんとは会われない方がいいですね」
「いや、けれどベースがな」
「そこまで因縁のある方ですと間違いなく修羅場になります」
 程cの指摘は冷静なものだった。
「下手をすれば演奏どころではありません」
「そうね。風の言う通りね」
 曹操も彼女のその言葉に同意して頷く。
「殺し合いしながら音楽なんてできる筈がないわ」
「じゃあベースは抜きか?」
「そうなるのだ?」
 馬超と馬岱は眉を顰めさせて述べた。
「残念だけれどな」
「演奏できるのだけで」
「別にそれでもいけるわよね」
 曹操は草薙達にこのことを確認した。
「それで」
「不十分だけれどな」
「ベースがないとな」
「どうしてもです」
 草薙だけでなくテリーとナコルルも話す。
「けれどそう言うのならな」
「やっぱりここは」
「ベース抜きで」
「安心しろ」
 しかしだった。ここで、だった。
 その赤い髪の男が天幕の中に来た。徐晃が案内してきたのだった。
「俺は今は貴様とは闘わない」
「八神、来たのかよ」
 草薙はその彼に顔を向ける。警戒する顔になっている。
「手前もまた」
「久しいな、京」
 八神もだ。険しい顔で草薙に言葉を返す。
「貴様もこの世界に来ているのだな」
「そうだな。ここでもな」
「それでだ」
 八神からの言葉だった。
「俺の今の言葉だがな」
「俺とは闘わないっていうんだな」
「そうだ。少なくとも俺は嘘を言う趣味はない」
 それは確かだというのである。
「この世界には御前より先に俺に借りのある奴がいる」
「そいつ等を倒してからっていうんだな」
「そうだ。だから今は貴様とは闘わない」
 こう草薙に話す。
「それは言っておこう」
「それはわかった」
 草薙もだ。八神のその言葉を受けて述べた。
「手前は少なくとも嘘は言わないからな」
「そういうことだ」
「それでだ」
 ここまで話してだ。八神に対してあらためて言うのだった。
「何でここに来たんだ」
「そのことだな」
「そうだ。俺とやり合うつもりがないならどうして来たんだ?」
 二人の間には緊迫した空気が漂っている。それは誰が見てもわかることだった。見ている者達もだ。緊張した面持ちでことの成り行きを見守る。
 その中で徐晃がだ。こう曹操に話すのだった。
「何でも用があるとのことで」
「それでここまで案内したのね」
「はい、そうです」
「それはいいわ」
 曹操は徐晃のその判断はいいとした。しかしこうも言った。
「けれどね」
「けれど?」
「あの八神って男」
 その彼を見ながらだ。あらためて話すのだった。
「かなり危険な男ね」
「それは私も」
 感じていたというのだ。徐晃も彼を見ながら警戒する顔になっている。
「感じました」
「しかも強いわね」
「そうですね。それもかなり」
「草薙と同じ位ね」
 曹操はその強さの域も見抜いていた。草薙と同じ位だというのだ。
「本当にお互いに闘えばね」
「どちらもですね」
「死ぬわ。確実にね」
「けれど今は」
「ええ。草薙と闘わないって言ったわね」
 曹操は八神のその言葉について言及した。
「確かにね」
「では今は」
「あの男尋常な危険さではないわ」
 そのことはだ。曹操は嫌になる程わかった。流石に彼女の目はそれだけのものを見抜いていた。
「けれどね」
「嘘はですか」
「それは言わないわ。絶対にね」
「じゃあ言葉は」
「嘘を言わないっていうのは信じられるわ」
 それはだというのだ。
「ただ。話が終わればいきなり、ってのはあるわね」
「それではやはり」
「信用できませんか」
「あの男は野獣ね」
 夏侯姉妹への返答だった。
「牙と爪を剥き出しにしたね」
「若し華琳様に何かをすれば」
「その時は」
 二人は既に心に剣を持っていた。曹操を護る為にだ。
「我等がいます」
「ですから御安心を」
「ええ、私もその時はね」
 曹操もだ。既にその手に鎌を持っている。八神のその危険さを感じ取りながら。
「闘うわ」
「しかし今はですか」
「向かって来る危険はありませんか」
「とりあえずはね。じゃあ」
 あらためて草薙にだ。声をかけたのだった。
「草薙、それではだけれど」
「あんたはいいっていうんだな」
「ええ、私はいいわ」
 微笑んでだ。こう草薙に述べた。
「楽器が揃うのならね」
「そうか。じゃあ劉備さんは?」
「姉上には指一本触れさせぬ」
「その赤い髪の奴」
 関羽と張飛が劉備の前に立っていた。彼女達も八神がどれだけ危険な男か察していた。だからこそ警戒の念を露わにしているのだ。
「いいな、そこから動くな」
「動いたら承知しないの」
「この男、野獣だ」
「ああ、こんな危険な奴はそうはいないな」
 趙雲と馬超も槍を構えている。
「一瞬でも油断すればな」
「あたし達もやられちまうな」
「剣を抜いたままで持っているような」
 黄忠も弓を携えて厳しい顔になっている。
「そうした感じね」
「俺がそこののろそうなのや小さいのを手にかけると思っているのか」
 八神はその鋭い目で彼女達を見ながら述べた。
「安心しろ。それはない」
「ないっていうの?」
「そうだ。俺は今は誰ともつるむことはしない」
 こう馬岱に答える。
「そしてだ」
「そして?」
「この男よりもまずだ。俺が礼をしなくてはならない相手もいる」
 今度は草薙を見ながらの言葉だった。
「貴様等が何もしない限り俺からは何もしない」
「その言葉、信じろというのか」
「それだけ殺気を撒き散らしておいてなのだ」
「俺は暴力は嫌いだ」
 また関羽と張飛に話した。
「殺すことはするがそれは必要な時だけだ」
「人を殺すことは厭わない」
「暴力は嫌いでも」
 孔明と鳳統は何とか踏み止まっていた。八神のその殺気を感じてもだ。
 そしてそのうえでだ。彼女達もこう話すのだった。
「そう言うんですね」
「貴方は」
「そういうことだ。厭いはしないが自分から進んではしない」
 草薙を見てだ。また話すのだった。
「こいつは殺すがな、何時か必ず」
「八神はそういう奴だ」
 草薙も周囲に八神のそうした性格を話してきた。
「確かに危ない奴だがな」
「そこまで危ない奴はいないのだ」
 張飛にしてもはじめて見る程であるのだ。
「本当に何時何をしてくるかわからないのだ」
「否定できないけれどな。とにかく今は大丈夫だ」
「ああ、あとな」
 ここでテリーが八神について一言話した。
「こいつが闘うのは自分と同じ位強い奴だけだ」
「何だよ。じゃあ暴力が嫌いってのは」
「そうさ。弱い奴はいたぶったりしないんだよ」
 テリーはこう馬超にも話した。
「卑怯なところはないから安心してくれ」
「そうなのかよ」
「とにかくだ。音楽だな」
 八神からだ。言ってきたのだった。
「それなら俺もだ」
「協力してくれるんですね」
「そうさせてもらう」
 劉備に対しても答えた。
「それではな」
「有り難うございます」
 劉備は八神のその言葉を受けて笑顔で礼を述べた。だが八神は劉備のその笑顔を見てだ。いささかいぶかしみながらこう言った。
「礼か」
「どうかしたんですか?」
「いや、俺は礼を言われたことが殆どない」
「そうなんですか」
「その俺が礼を言われるとはな」
 そのことにだ。違和感を見せているのであった。
「妙な感じだな」
「そうなんですか」
「だがいい。それではだ」
 劉備の礼を受けてだ。それからだった。
 彼もまたベースを持つのだった。それを聞いてだ。
 それまで陣中で袁術達が乗る車を作っている李典がだ。楽進からその話を聞いてだ。笑顔でこう言った。
「よかったやないか」
「よかったのか」
「そや。これで楽器は全部揃うたんやな」
「それはそうだが」
「ほなええやん。これで話が進むで」
「しかし。あの八神という男はだ」
 楽進もだ。警戒する顔でこう話した。
「あまりにも危険だ」
「そやから気をつけろっていうんやな」
「そう思うがな。私も」
「まあそやろな」
 李典もだ。それは否定しなかった。そして彼についてこう話すのだった。
「あの兄ちゃんな」
「うむ」
「相当やばいで。強いだけやなくて」
「性格もだな」
「その性格が問題や。あの兄ちゃんは人間の世界の外にいる」
 そうした人間だというのである。
「本能で闘う。そんな人やな」
「本能か。そうだな」
「そんなんと闘ったら洒落にならんで」
「御前も私もだな」
「ほなあの兄ちゃんに勝てるか?」
 李典は真剣な顔で楽進に問うた。
「勝てても生きられるか?あの兄ちゃんとやり合って」
「それは」
「そやろ。死ぬの覚悟せなあかんで」
 そこまでの相手だというのだ。八神はだ。
「そういうこっちゃ。あの兄ちゃんはほんまにやばいお人や」
「出来るなら相手に回さないことか」
「敵におったら。覚悟するこっちゃな」
「そういうことになるか」
「そういうこっちゃ。まあ何はともあれ」
 李典はだ。明るい声で話した。
「楽器も揃ったし。うちも車作れるし」
「いよいよだな」
「この乱、終わらせるで」
「それで真桜」
 楽進は李典に対してあらためて言ってきた。
「もうお昼だが」
「ああ、もうそんな時間かいな」
「一緒に食べるか?作るぞ」
「あんたがかいな」
「そいうだ。だから一緒にどうだ」
 微笑んでだ。李典にこう言って誘うのだった。
「昼食を」
「そやな。ほな一緒にな」
「食べるとしよう」
「他の人も呼ぶか?」
 李典はこんなことも言った。
「飯は大勢で食べる方が美味しいしな」
「そうだな。それではな」
「とりあえず呼べるだけ呼ぶで」
「そうするとしよう」
 こう話してだった。楽進が料理にかかり李典が人を呼ぶ。そうして集められたのは。
「えっ、楽進の料理?」
「っていうとどんなのだ?」
「どんな料理なんだ?」
「中華料理だよな、やっぱり」
 こう言ってだ。寄ってきたのは。
「何かおもろい顔触れやな」
「あっ、そうか?」
「別にそうではないと思うが」
「そうだ。たまたまだ」
「そう思いますが」
 ガルフォードに王虎、それに秦兄弟だった。それにだ。
「あんたもやねんな」
「うむ、おなごの料理とはよいものよ」
 狂死郎も来ていたのだった。相変わらず派手である。
「いや、有り難たや」
「五人やな。ほな早速食べるか」
「それでどんな料理なんだ?」
 ガルフォードがそれを尋ねた。
「楽進が作るんだよな」
「ああ、その通りじゃ」
「じゃああれだよな」
 ガルフォードは彼女が作ると聞いてだ。すぐにこう述べた。
「辛いんだよな」
「あれか。麻婆豆腐か」
「私の好物です」
 秦兄弟はそれぞれこう言った。
「俺もよく作るな」
「あれはいいものです」
「ふむ、豆腐は身体にもいい」
 王虎は豆腐について述べた。
「では有り難く頂くとしよう」
「そういうこっちゃ。ほな皆で食べるか」
「あいや、待たれよ」
 ここで狂死郎が一行を止めてきた。
「楽進殿の料理ならば」
「どないせいっちゅうねん、一体」
「これだけで食するのはいささか勿体無い」
 こう言うのであった。
「より多くの者にだ。味わってもらうべきだ」
「そやな。言われてみればそうやな」
 李典も狂死郎のその言葉に納得して頷いた。
「大勢で食う方が美味いしな」
「そうであろう。ではより多くの者を呼ぶとしよう」
「ほな。もっと呼ぶか」
 こうして呼ばれたのはだ。フランコやホンフゥといった面々だった。他には夏侯姉妹もいる。
「ううむ、この顔触れで食うのも」
「面白いな」
 姉妹は集まっている面々を見ながら微笑んでいる。
「しかし。狂死郎は名前に反して」
「いつも気配りをしてくれて有り難いな」
「いや、これこそ日本男子の心遣い」
 それだとだ。狂死郎は見得を切りながら述べた。
「わしとてその端くれよ」
「ふむ。傾きだったな」
 夏侯淵がそれだと述べた。
「貴殿のそれは」
「左様。歌舞伎よ」
「中々面白いものだな」
「その真髄はかなり果てにあるにしても」
 いささか芝居がかった動きと共にだ。狂死郎で話す。
「目指しておる」
「目指しているのだな」
「そうじゃ。それが我が道なり」
 姉の方に対しても述べたのだった。
「歌舞伎の道よ」
「歌舞伎か。面白そうだな」
「今度演じるが見えるか?」
「うむ、それではな」
「喜んでそうさせてもらおう」
 姉妹で応える。そうした話をしているうちにであった。
 楽進がだ。巨大な鉄の鍋を持って一行の前に出て来たのだった。
「皆、待たせたな」
「いや、今来たばかりだからな」
「待ってはおらん」
 ガルフォードと王虎がこう彼女に述べた。
「それよりもだよ」
「御主も早く座るのだ」
 二人が言うのはこうしたことだった。
「それでな。皆でな」
「楽しく食おうぞ」
「そうか。それではな」
 いつもの服の上に赤い三角布を被り白いエプロンを着けている。それが今の楽進の格好だった。
 その姿を見てだ。秦兄弟がこんなことを言った。
「へえ、楽進さんもな」
「意外と家庭的なところがあるのですね」
「べ、別に私は」
 そう言われるとだ。顔を赤くさせる楽進だった。
「そうしたことは。別に」
「こんなこと言ったら照れるところがな」
「さらにいいのです」
 まだ言うこの兄弟だった。
「いや、強くて可愛いってな」
「しかも料理上手とは」
「褒めても何もでないのだが」
 その二人にだ。困った顔で返す彼女だった。
「それでも言うのか」
「何度でも言うぞ」
「事実ですから」
 まだ言う兄弟だった。
「俺も料理には自信があるが」
「兄さんのそれに比肩しますね」
「ああ、そういえばあんた」
 李典が秦崇雷に対して述べた。
「料理の腕めっちゃ凄かったな」
「そちらには自信があるからな」
「何かうちの陣営って料理上手多いな」
「例外もいますがね」
 秦崇秀は何気に夏侯惇を見る。
「まあ誰とは言いませんが」
「どうしてそこで私を見る」
「いえ、別に」
「御主、前から思っていたがだ」
 夏侯惇は秦崇秀に言った。その料理を前にしたうえでだ。
「性格が悪いぞ」
「いや、口ではないのか?」
 夏侯淵はそれではないかというのだった。
「この者の毒舌は。桂花よりも上だからな」
「あ奴も常に言い負かされるからな」
「あの方は詰めが甘いですから」
 秦崇秀は微笑みながら荀ケに話した。
「言い負かすのは簡単です」
「つうとこいつはや」
 李典が彼の話を聞きながら呆れながら話した。
「桂花より性格が悪いんやな」
「性格か?」
「それなのか?」
 ガルフォードと王虎はそのことには首を傾げさせた。
「性格はそれ程な」
「悪くはないと思うがな」
「口は確かに悪いけれどな」
「それでも性格自体はな」
「崇秀は性格は悪くないぞ」
 それは兄が証明した。
「特にな」
「そうか?」
「あまりそうは思えないがな」
 夏侯姉妹はそうは思えずだ。こう言った。
「確かに私は料理はできないがだ」
「姉者は家事はな」
「いや、これでもそういうことは嫌いではないぞ」
「華琳様のことを思えばだからな」
「私とて女だ」
「それは確かだ」
「それはいいんじゃないのか?」
 フランコもそれはいいとした。
「ただな。それでもな」
「それでもだというのか」
「あんたが料理が下手なのは事実だな」
 それはだという彼だった。
「俺達じゃなければ食ってそれで死んでたぞ」
「そこまで言うのか」
「俺は嘘は言わないからな」
 本当に嘘を言わないフランコだった。
「だからそれはな」
「うう、私は言われるのも仕事なのか」
「姉者、それは諦めてくれ」
 妹も今回はそれを否定できなかった。
「姉者は言いやすい相手だからな」
「だからだというのか」
「そうだ。しかしだ」
「しかし。今度は何だ」
「それが姉者のいいところだ」
 微笑んでだ。姉に告げた。
「姉者のその言いやすさは親しみやすさでもあるのだ」
「ううむ、そうなのか」
「安心しろ。誰も姉者を嫌ってはいない」
 それはないというのである。優しい笑顔でだ。
「むしろ好きだ」
「私は好かれているのか」
「そうだ。だからこそ言うのだ」
「はい、私も嫌いではありません」
 ここでだった。秦崇秀も微笑みで話した。
「夏侯惇さんのことは」
「本当にそうか?」
「では毒舌を抜きにお話しましょうか」
「うむ、頼む」
「曹操さんに対してあくまで一途で」
 まずはそれがいいというのである。
「それに純真で天真爛漫で」
「そういったところがいいというのだな」
「そうです。だからこそいいのです」
「褒められているのはわかるな」
 それは夏侯惇本人にもわかった。実によくだ。
「ではいいとするか」
「はい、誰にも向き不向きがあります」
 秦崇秀はだ。何処か邪な笑みになって述べた。今度はそうなっていた。
「夏侯惇さんはあくまで。脳筋であるべきなのです」
「それは毒舌だな」
「そう思われて結構です」
「全く。つまり私はあれか」
 困ったような顔でだ。今共にいる仲間達に話した。
「女らしいことよりも。力仕事がいいのか」
「それはまあ。あれだな」
 ここでガルフォードの言葉が濁った。
「あんたはいつも通りやってくれればいいからな」
「では女の仕事は」
「絶対にするべきじゃないな」
「はっきり言うな」
「けれどはっきり言わないとあんた怒るだろ」
「私は優柔不断やそういったことが嫌いだ」
 本人もそれは否定しない。腕を組んで言い切る。
「積極果断だ。それこそがいいのだ」
「竹を割った様にだな」
 王虎はそれだというのだった。
「成程な」
「さて、それでなのだが」
 楽進がここで述べる。
「冷めないうちにだ」
「ああ、そうだな」
 フランコが笑顔で応えた。
「熱いうちに食べるか」
「それでこれはどういった料理なのだ」
 狂死郎は怪訝な顔で楽進に問う。
「鶏肉に魚に野菜、それに豆腐が入っておるのう」
「唐辛子に山椒か?」
 フランコは鍋から漂う香りからそこまで察した。
「この香りは」
「そうだ、私の好みの味にさせてもらった」
 実際にそういったものを入れているとだ。楽進も話す。
「口に合うかどうかはわからないが」
「辛いのは事実よのう」
 それはすぐにわかるという狂死郎だった。
「ふむ。それではその辛さを楽しむとしよう」
「そうだな。それではな」
 夏侯淵も頷いてだった。こうして一同で楽進が作った鍋を食べ始めた。その味は。
「美味いな」
「はい」
 まずは秦兄弟が言った。
「確かに辛いがな」
「非常にいい味です」
「楽進さん、やっぱりあんた料理上手いぞ」
「いい奥さんになりますね」
「お、奥さんか」
 そう言われるとだ。楽進の顔が桜色に染まった。
「私はそんな」
「いや、これだけのもの作れるしな」
「その心根もいい」
 ガルフォードと王虎も秦兄弟の言葉に頷く。
「絶対になれるさ」
「よい奥方になれる」
「いや、全くよ」
 狂死郎も太鼓判を押す。
「貴殿を妻にできる者は。まことに」
 どうかとだ。立ち上がって言った。
「果報者よのう」
 見得を切っての言葉だった。そんなやり取りをしながらだ。一行は今は食事を楽しんでいた。楽進が作ったその辛い鍋をである。


第六十話   完


                      2011・2・8







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