『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』




                          第六十六話  バイスとマチュア、闇の中で話すのこと

 張三姉妹は乱の後でだ。曹操達の後援を受けながら慰問の舞台を開き続けていた。その中でだ。
 舞台が終わってから張角がだ。楽屋で妹達に言っていた。
 三人共同じ部屋だ。あちこちに衣装やら何やらが散らかっている。その中でお菓子を食べながらだ。彼女は妹達に話すのだった。
「あの、今ね」
「何、姉さん」
「どうかしたの?」
「私達のマネージャーってどうなってるの?」
 彼女が尋ねるのはそのことだった。
「親衛隊の人達は健在だけれど」
「まあね。あの娘達は頑張ってくれてるけれど」
「マネージャーになると」
「曹操さんのところの人が許昌で取り仕切ってくれてるらしいけれど」
 所謂中央のマネジメントはだ。そうなっているのだ。
「あの中になると胸の小さい人とか猫が好きな小さい人とかがよね」
「ええ、そうよ」
「凛さんと風さんがね」
 その二人がしているというのだ。
「軍師の仕事の合間にね」
「してくれてるわ」
「けれど現場は?」
 そこはどうかとだ。張角はそれを尋ねるのだった。
「誰が仕切ってくれてるの?」
「私」
 ここで言ったのは張宝だった。
「私がやってるの」
「あっ、人和ちゃんがだったの」
「そうだったのね」
 張角だけでなくだ。張梁も気付いたのだった。
 そうした声でだ。あらためて妹を見て言うのだった。
「じゃあ最初と同じね」
「そうなのね」
「そうね。けれど曹操さん達が助けてくれるから」 
 末妹は姉達にこのことを話した。
「それに。固定のファンもついたから」
「前の。無名だった頃とは」
「そこが違うのね」
「そう」
 少なくともだ。かつてとは違っていた。
 そしてだ。さらにであった。
「カーマンさんもいてくれるから」
「カーマンさんね」
「あの人もついてくれてるわね」
「実質私はマネージャーの仕事はしていないから」
 張宝も実はそうだというのだった。
「あの人が全部してくれるから」
「凄いよね、あの人って」
「強いし」
 マネージャーとして優秀なだけではないというのだ。
「あの人がいてくれたら」
「安心できるわね」
「そうそう。何か今まで通り?」
「楽しくやれるわね」
「けれど」
 それでもだと。ここで張宝は妹達に言った。
「気になることは」
「あっ、そういえば」
「バイスとマチュア何処に行ったのよ」
 二人もそのことに気付いた。
「あの乱が終わったら急にいなくなったけれど」
「どうしたのかしら」
「それがわからないの」
 張宝もそれは知らないというのだった。
「曹操さん達も。わからないって」
「そうよね。どうしていなくなったのかしら」
「おかしな話よ、それって」
 バイスとマチュアの失踪にだ。二人の姉もいぶかしんで話す。
「折角これからもマネージャーを御願いしようって思ったのに」
「どうしてなのかしらね、消えたのって」
「死んだ訳じゃないみたいだけれど」
 張宝はその可能性はないと見た。
「それだと死体があるし」
「ううん、じゃあやっぱり何処かに行ったの?」
「そうよね」
「それに」
 ここでだ。張宝はあることを話した。
「あの時草薙さんと八神さんがいたけれど」
「あっ、あの火を使う人達」
「あの人達ね」
「あの人達はバイスさん達の名前を聞いて」
 どうなったかというのである。このこともまた話される。
「顔を曇らせてたわね」
「草薙君だけじゃなくて」
「八神の奴もね。さらに険しい顔になってたわよね」
「オロチがどうとか言って」
「何よ、オロチって」
 二人の姉は腕を組んでいぶかしむ顔になって述べた。
「蛇?お姉ちゃん蛇苦手」
「鰻を食べるのは大好きだけれど」
「本当に何なのかしら」
 張宝はここでもいぶかしんで述べた。
「あの二人の失踪とオロチは」
「蛇なんて山に入れば一杯いるわよね」
「飽きる程ね」
「それじゃないのかしら」
「ううん、幾ら考えても」
「わからないわね」
 三人も考えてもどうしてもだった。そしてだ。
 その三人のところにだ。カーマンが来た。まずは部屋の扉をノックした。
「はい」
「どうぞ」
 張角と張梁がそのノックに応える。
「カーマンさんですか?」
「そうだ」
 その通りだとだ。彼は張角に対して述べた。
「私だ」
「どうぞ。入って下さい」
「とりあえず着替え終わったし」
 張角と張梁がまた話す。それを受けてだ。
 カーマンは三人の楽屋に入った。そうして言う言葉は。
「もう少し奇麗にしてもらいたいがな」
「ううん、そういうの苦手なの」
「別にいいじゃない」
 張角も張梁もものぐさを見せる。
「だからそれはまあ」
「言いっこなしでね」
「仕方ないな。せめて下着は隠しておくようにな」
「それはしてます」
 張宝がそれは大丈夫だと述べた。
「流石に」
「その様だな。それでだ」
「それで?」
「どうだっていうの?」
「舞台も終わった。早く宿に帰ることだ」
 彼が三人に言うのはこのことだった。
「いいな、そして休め」
「そんな、これから町に出ようって思ったのに」
「それで遊ぼうって思ったのに」
 この辺りは実に能天気な二人の姉達だ。
「お金もあるし」
「何か食べようって思ってたのに」
「店はもう予約している」
 この辺りは流石と言えるカーマンだった。
「料理もな。それを食べてすぐに宿に入れ」
「安全の為ですか?」
 張宝がそれを尋ねた。
「それでなんですか」
「そうだ。それに夜更かしはよくない」
 それも駄目だというのだった。
「早寝早起き、さもないと肌が荒れるし身体にもよくない」
「うう、何かお坊さんみたい」
「そんな生活じゃない」
「仕方ないわ。私達アイドルだから」
 張宝がまた話した。
「カーマンさん達が言うには」
「私達の世界ではそう呼ぶ」
 三姉妹はそれだというのだ。
「アイドルならアイドルらしくすることだ」
「恋愛禁止?」
「ってあたし達男の子と付き合ったことないけれど」
「それもですね」
「そうだ。わかったら早く寝ることだ」
 カーマンはまた話した。
「いいな。健康と安全の為だ」
「わかりました。残念だけれど」
 項垂れて答えた張角だった。
「そうします」
「料理はいいものを予約しておいた」
 それは保障するカーマンだった。
「存分に楽しむといい」
「ええ、それはね」
「期待しています」
 張梁と張宝が述べる。
「カーマンさんの仕立てなら」
「絶対に確かですから」
「絶対ではないがな」
 それは違うというカーマンだった。笑顔はないがだ。
 それでもだ。三姉妹を飯店に連れて行ってだ。美味いものを食べさせる。そのうえで宿で休ませてだ。三人を完璧にマネージングしていた。
 三姉妹は至って平和であった。だが、だ。
 八神はだ。ふと立ち寄った町でだ。こんな話を聞いていた。
 何処かで見た様な三人組がだ。店で飯を食いながら話をしていた。
「何かよ、青い服の男がな」
「兄貴、青い服か?」
「その男なんだな」
「ああ、南の方で化け物を退治したらしいな」
 そんな話をするのだった。
「白い髪の毛に赤い服の奴な」
「何か目立つ奴だな」
「そいつがどうしたんだな」
「あちこち歩き回ってるって話だな」
 そんなことを話していた。
「最近何かと物騒だけれどな」
「何だろうな、一体」
「気になるんだな」
「その二人を洛陽で見たって話もあるんだよ」
 今度はだ。帝都のことも絡んできた。
「最近洛陽って物騒だけれどな」
「ああ、大将軍と宦官の対立が激しくなってるよな」
「帝大丈夫なんだな?」
「あと数日らしいな」
 口髭の男が暗い顔でこのことを話した。
「いよいよな」
「崩御かよ」
「お亡くなりになられるんだな」
 小さいのとでかいのも暗い顔になった。本当に何処かで見た顔だ。それは八神が見てもだ。そう言わざるを得ないことだった。
「じゃあ。帝が崩御されたら」
「いよいよ」
「大変なことになるかもな」
 そんな話をしていた。それを聞いてだ。
 八神は静かに店を後にしてだ。何処かに向かうのだった。 
 そしてその洛陽ではだ。
 何進がだ。難しい顔で司馬慰に話していた。彼女のその屋敷でだ。
 司馬慰をわざわざ招きだ。そうして話すのだった。
「では帝は」
「はい、明日にでもです」
 帝がだ。どうなるかというのである。
「崩御されます」
「左様か。それではじゃ」
「その時に備えますか」
「新しい帝になられる時に奴等を除く」
 具体的にはどうするかというのである。
「そうするぞ。よいな」
「では兵を用意しておきますか」
「そうじゃな。近衛の者達を集めておけ」
 こう述べる何進だった。
「よいな」
「いえ、将軍」
 しかしだ。司馬慰はここで彼女に言うのだった。
「近衛の者達だけではです」
「不十分だと申すのか」
「はい」
 まさにだ。その通りだというのである。
「数が足りませぬ」
「宦官達を捕らえるだけじゃぞ」
 何進はいぶかしむ顔で述べた。
「それだけじゃが」
「兵は多い方が宜しいかと」
 策士の顔を作っての言葉だった。
「ですからここはです」
「より多くの兵をか」
「はい、都に集めましょう」
「しかし。都におるのは近衛の者達だけじゃぞ」
 何進が直接率いている。彼女の意のままになる兵達だ。
「さらにと申すと」
「牧達の兵を集めましょう」
 具体的にはだ。それだというのだ。
「そうしましょう」
「あの者達の兵をか」
「はい、袁紹殿や曹操殿達がいます」
 まず挙げられるのは何進の両腕とも言えるこの二人だった。
「袁術殿や孫策殿もおられますね」
「確かにのう。あの者達の兵は多い。それにじゃ」
 ここで何進も話す。
「徐州に劉備も入ったしのう」
「彼女達の兵を集めてはどうでしょうか。とりわけ」
「とりわけ?」
「擁州の董卓殿です」
 司馬慰が挙げたのはこの者のことだった。
「あの方の兵は如何でしょうか」
「董卓か」
「猛将呂布もいます。あの天下随一の武勇を誇る」
「何でも相当な強さだそうじゃな」
「しかも兵も精強です」
 それもあるというのだ。
「今現在内政に多忙な他の牧達とも違い擁州は治まっていますし」
「呼びやすくもあるな」
「はい、ですから董卓殿で如何でしょうか」
 あらためて彼女が推挙される。
「おまけに兵も多いですし。どうでしょうか」
「別にいらぬと思うが」
 しかしだ。何進はまだこう言うのだった。
「大袈裟に兵を都に入れるのものう」
「十常侍達は油断できないかと」
「それもわかっておる」
 そのことはだ。彼女自身が最もよくわかっていることだった。だからこそ今も司馬慰の言葉を聞いてだ。考える顔になって話をするのだ。
「だがのう」
「止められますか」
「しかし。それでもだというのじゃな」
「はい」
 司馬慰も引かない。どうしてもだというのだ。
「是非共」
「そう言うか」
「それでどうされますか」
「猶予はならんしな」
 帝の崩御は間近い。それではだった。
「では。ここは」
「はい、ここは」
「呼ぶとするか」
 何進もだ。遂に決断した。
 そのうえでだ。司馬慰に対して述べた。
「董卓をな」
「はい、それでは」
「出来るなら曹操か袁紹を呼びたいのじゃがな
 これは何進の望みに他ならなかった。
「あの者達は部下の者達までよく知っておるしのう」
「しかし将軍」
 司馬慰は誠実の仮面を被って彼女に述べた。
「御二人は今は」
「うむ、曹操は乱を平定したばかりじゃ」
 その黄巾の乱だ。それによってだ。
「新しく兵を得たとはいえその統率や出兵の疲れがあるのう」
「ですから曹操殿を洛陽に入れるのは気の毒です」
「袁紹は袁紹でまだ異民族征伐の後始末があるか」
「それは孫策殿も同じです」
「袁術も黄巾の乱に出した直後じゃ」 
 各地の牧達もそれはそれで動かしにくい事情があるのだ。
「後は劉備だけじゃな。徐州の」
「牧になったばかりですから」
「結果として董卓だけか」
「そうです。あの方だけです」
「そうじゃな。ではそうしよう」
 自然とだ。司馬慰によって選択肢を狭められていることに気付いていない何進だった。そうしてそのうえでだ。彼女は話すのだった。
「ではわらわはじゃ」
「どうされますか、これからは」
「まずは董卓とその兵を洛陽に入れる」
 細かい話をしたのだった。
「そしてそのうえでじゃ」
「宦官達を倒されますね」
「どちらにしてもあの者達は退けなければならん」
 真剣な顔でだ。こう言うのだった。
「漢王朝の為にもな」
「そうです。国はようやく落ち着いてきました」
 弱まっていた権威がだ。そうなってきたというのだ。
「乱も収まりましたし」
「そうじゃ。ここで帝を惑わす宦官達を一掃すればじゃ」
「国の憂いは消え去ります」
「漢は再び完全に力を取り戻すからのう」
 こう言ってだ。彼女は国の為に動こうとする。しかしであった。
 司馬慰は彼女の前から去るとだ。すぐに。
 闇の中に消えた。そしてその闇の中でだった。
 そこにはバイスとマチュアがいた。彼等と話すのだった。
「戻って来たのね」
「如何にも」
「その通りよ」
 妖しい笑みでだ。こう答える二人だった。
「あの三姉妹のところからね」
「気付かれないようにしてね」
「そう。乱は不首尾に終わったわね」
 司馬慰はそのことについても言及した。
「残念だったわね」
「いえいえ、そうではありませんよ」
 于吉がだ。闇の中に来た。
 そしてそのうえでだ。こう司馬慰に述べるのだった。
「あの娘達はかなりの力がありましたから」
「それで書にはなのね」
「はい、かなりの念が溜まりました」
 そうなったというのである。
「その通りです」
「そう。ならいいけれど」
「そして宜しいでしょうか」
 今度は于吉が司馬慰に問うた。
「貴女の方はどうなのでしょうか」
「私ね」
「はい、そちらの首尾はどうでしょうか」
「あの将軍はあれで」
 何進のことだ。彼女が今仕えているその主のことだ。
「慎重なのよ。そして無能ではないわ」
「一介の肉屋の娘だったのに?」
「妹のお陰で大将軍にまでなったのになのね」
 バイスとマチュアが話す。
「無能ではないの」
「そうなの」
「皇后の姉というだけで大将軍にはなれないわ」
 司馬慰はこのことを指摘した。
「大将軍は国の柱石よ。三公と並ぶかそれ以上のね」
「そこまでにはなのね」
「無能では決してなれないのね」
「そうよ。ただね」
 また言う司馬慰だった。
「何とか。話を進ませたわ」
「それはいいことです」
 また一人出て来た。今度はだ。
 青い丈の長い服の男だった。黒い顎鬚を生やしている。髪は上が金色で左右が黒い。その男が闇の中に出て来たのである。
 彼の姿を認めてだ。于吉が言った。
「ゲーニッツさんですか」
「はい、お久し振りです」
 ゲーニッツは恭しく一礼して述べた。
「そちらの首尾はどうでしょうか」
「上手くいっているわ」
 司馬慰はそのゲーニッツに対して不敵な笑みを浮かべて述べた。
「あと一歩よ」
「では。後は」
「張譲が動いて終わりよ」
 それでだというのである。
「彼、彼女というのかしら」
「宦官ですから彼でいいでしょう」
 于吉が宦官についてはこう述べた。
「元は男なのですから」
「そうね。それで」
 それでだと言ってだ。司馬慰はさらに話す。
「董卓とその兵を都に入れるということは必ず張譲の耳に入るわ」
「私が入れておきましょう」
 また于吉だった。
「彼とは既に接触しています」
「じゃああの書は」
「彼の手に渡すのね」
「いい手駒です」
 于吉は張譲をこう評した。上から見る笑みでだ。
「悪い意味で政治力と知略があり」
「そして欲望が強い」
「己に関する欲望が」
「さらに我々の陰謀に気付いていない」
 それがまだあるのだった。
「そうした人物こそが最高の手駒です」
「そうね。確かにね」
 司馬慰もだ。今度は楽しげな笑みになった。
「己のことしか考えない悪人は。使い勝手がいいわ」
「彼には書を渡しておきます」
「それはするのね」
「はい、欲望を集め力を強くしていく書」
 それをだ。張譲に渡すというのだ。
「彼がそれを手にすればです」
「張譲はその書の力を使うわ」
 間違いないというのだ。それをするとだ。
「国を。己のものとする為にね」
「己の欲望の為に」
「張譲の頭の中にはそれしかないのだから」
 つまりだ。完全な利己主義者というのだ。
 そしてだ。その張譲をだ。どう使うかというのである。
「非常に使い勝手がいいわね」
「宦官というのはいいものね」
「そうね」
 バイスとマチュアはその宦官についてほくそ笑んで話す。
「隠れられる場所にいて蠢くことができる」
「私達の様にね」
「ただ。権力を握ることには私達は興味はないけれど」
「それはね」
「はい。そしてです」 
 ここでまた話す于吉だった。
「あの方はどうでしょうか」
「刹那さんですね」
 ゲーニッツが彼のことを話した。
「あの方はあの方で、です」
「順調に動かれていますか」
「そろそろ私達と合流します」
 そうなるというのである。
「よいことにです」
「確かに。それではです」
 さらにだった。于吉はその言葉を続ける。
「北方から。骸さんもですね」
「あとは社達もね」
「ここに呼びましょう」
 そうするというのだった。
「私達の仲間達をね」
「洛陽に集めて」
 そしてだ。そのうえでだった。
 彼等はさ。何をするかというのであった。
「復活させましょう」
「そうしましょう」
「そして。そのうえでね」
「それからだけれど」 
「この世界でしていいのね」
「それを」
 二人はだ。于吉と司馬慰に対して問うた。
 そしてそのうえでだ。尋ねるのだった。
「私達は別に問題はないけれど」
「そちらの世界はいいのね」
「ええ、いいわ」
「全然構いません」
 司馬慰とだ。于吉がすぐに答えた。
「私達もそれが望みだからね」
「この国に混乱ともたらすね」
 こう話していく。そしてだった。
 また一人来た。今度はだ。
 小柄な男だった。砂色の髪に紫の目、そして鋭いが中性的な顔をしている。頬や額に赤い模様がある。黒と白、所々に金の模様がある。
 その男が出て来てだ。そうして話すのだった。
「そうだ。そしてだ」
「あら、左慈」
「戻って来たのね」
「そうだ。バイスにマチュアだったな」
 その男左慈はだ。二人に応えて述べた。
「元気そうだな」
「ええ、そうよ」
「こちらはね」
「俺もだ。それで于吉よ」
「何かあったのですか?」
「気付いていると思うがあの連中も来ている」
 左慈は今度は于吉に対して述べた。
「厄介なことにな」
「そうですね。彼等も我々に気付いた様ですね」
「全く。忌々しい奴等だ」
 左慈は顔を顰めさせて言った。
「何処でも俺達の邪魔をしようとする」
「我々と彼等の目的は違いますから」
「彼等は調和が目的です」
「そして俺達は破壊だ」
「我々は混沌ですが」
「奴等は秩序だからな」
 それもまた話す。そうしてだった。
 左慈はさらにだ。彼の名前も出した。
「華陀とかいったな。あの医者の力も侮れない」
「しかもバイスさん達と同じ世界からも大勢来ておられますし」
「誰かが気付いた?」
「それは一体」
「彼等と考えるのが妥当でしょう」
 于吉がこう言うとだ。左慈もだった。
 その顔を険しくさせてだ。また述べたのだった。
「そうだな、奴等と考えるのが一番だな」
「そうです。では我々はです」
「奴等を出し抜いてだ」
「はい、我々の目的を達しましょう」
「動きは着々と進んでいます」
 ゲーニッツは不敵な笑みのまま話した。
「司馬慰さんのお言葉に。大将軍も乗りましたし」
「これで張譲が焦るわ」
 そこまで読んでだ。司馬慰は何進に話したのである。そこまで計算してだったのだ。
「そして。大将軍を宮中に読んで」
「その口実は何だ」
「口実は色々とあるわ」
 司馬慰は楽しげな笑みで左慈に話した。
「特に今はね」
「今はだな」
「皇帝が死ぬわ」
 皇帝に仕える者だがそれでもだ。司馬慰は皇帝への敬意を見せなかった。
 そしてだ。そのうえでだった。
「そうなれば大将軍は必ず宮中に赴かなくてはならないわ」
「皇帝が死ねば。臣下としてですね」
「そうよ。だからよ」
 また言う司馬慰だった。今度はゲーニッツに対してだ。
「赴かないわけにはいかないわ」
「けれどその時は貴女も」
「行かなくてはいけないわ」
 ここでまた問うバイスとマチュアだった。
「それはどうするの?」
「そのことは」
「簡単よ。いなくなればいいのよ」
 それで済むと。司馬慰は素っ気無く答えた。
「私はいなくなるわ」
「流石ですね」
 于吉は司馬慰のその言葉を聞いて楽しげに笑ってみせた。
「重病ということにしてですね」
「療養に出たということにしてね」
「そうされますね」
「ええ、そうするわ」
 こう話すのだった。そしてだ。
 次にだ。司馬慰はこうも話した。
「ただ。皇帝はもうね」
「死んでいるかも知れないな」
 左慈の言葉も素っ気無い。
「既にな」
「そうかもね。本当に明日も知れない命だから」
「美食と美酒と美女」
 于吉がここで話に出したのはこの三つだった。
「それに溺れていては倒れるのも道理です」
「実は毒を盛ろうとも考えていた」
 左慈はその陰謀を話した。
「だが。それはだ」
「するまでもありませんでした」
「その三つは何よりもの毒だからな」
「好都合でした。本当に」
「ええ。暗君だったけれど」
 司馬慰の言葉はここでは過去形だった。しかも皇帝への忠誠は微塵もなかった。それをはっきりと出してしまっている言葉だった。
「あっさりと死んでくれそうで何よりだわ」
「さて、それではです」
 ゲーニッツが笑みを浮かべながら述べる。
「我が同胞達、同志達は洛陽に集うのですね」
「ただ。気付かれないようにね」
「それは注意しないと駄目ね」
 バイスとマチュアはそのことは忘れなかった。
「董卓の軍の中にも私達の世界から来ている人間は多いわ」
「彼等に見つかればことよ」
「ふん、忌々しい奴等だ」
 左慈は言い捨てた。
「あの連中がいなければより簡単に進められたのだがな」
「そこは仕方ありませんね」
 そのことにはこう返す于吉だった。
「むしろ面白くなっていいではありませんか」
「俺はそうは思わないがな」
「何、やるからには楽しむことです」
 于吉は実際に楽しげな笑みで話す。
「私はそう考えます」
「ふん、まあいい」
 于吉にはだ。左慈もそれ程尖ったところは見せなかった。
 そのうえでだ。彼はこう于吉に言うのであった。
「どちらにしろだ。あの連中はだ」
「はい、退けなければなりません」
「それは絶対にだな」
「その通りです。それにしても多いですね」
「そうですね。確かに」
 ゲーニッツが于吉のその言葉に応えて述べた。
「皆さん来られたようですし」
「それであの妖怪はどうしたの?」
「腐れ外道は」
「もう蘇ることはありません」
 今度はバイスとマチュアに述べるゲーニッツだった。
「完全に消し去ってあげました」
「魂までね」
「そうしたのね」
「この世界に妖怪は不要です」
 実に素っ気無く述べるゲーニッツだった。
「ですから消えてもらいました」
「人食いには興味はない」
 左慈も言う。
「そんな奴が来ればかえって邪魔だ」
「その通りですね。我々は破壊と混沌を求めはします」
 于吉もそれについて話す。
「しかし。人間を食事の素材にすることはです」
「何の意味もない。ただしだ」
「人が人を喰らう」
「その世の中にすることは望むがな」
 二人の笑みが変わった。邪なものにだ。
 そしてそのうえでだ。さらに話す彼等だった。
 その話になってからだ。バイスがこう一同に話した。
「ところで。話が一段落したし」
「そうね。だったらね」
「食事にしないかしら」
「それを提案するけれど」
「いいわね」
 最初に頷いたのは司馬慰だった。
「それじゃあ。私がいい店を紹介するわ」
「洛陽のレストランですか」
 ゲーニッツはその店をこう表現した。
「そこにですね」
「ええ。どうかしら」
 また言う司馬慰だった。
「洛陽で。最もいいお店よ」
「そうね。人目を忍んで入ってね」
「それで頂きましょう」
「ええ。人目も気にしなくていいわ」
 それも大丈夫だと話す司馬慰だった。
「そのお店は私の馴染みだから。裏手から入ってね」
「それから個室に入ってですね」
「それも用意してもらえるから。それじゃあね」
 こう話してだ。そのうえでだった。
 彼等は芝居が勧めるその店に向かう。そうして馳走を楽しむのだった。
 馳走を楽しんでいるのはだ。魏延もだった。彼女は劉備の手料理を食べながらだ。満面の笑顔で彼女にこう言うのであった。
「桃香様、お見事です」
「美味しいの?」
「最高です」
 こう言うのである。
「桃香様はお料理も得手とされているのですか」
「私のお家ってお母さんと二人だけだったから」
 つまり母子家庭だったのである。
「それで。お料理もね」
「しておられたのですか」
「ええ、そうなの」
 こうだ。エプロン姿で話す劉備だった。
「けれど。そんなに作ったことないけれど」
「いえ、最高です」
 魏延はあくまでこう言うのだった。
「これ程までの料理は食べたことがありません」
「そんな、大袈裟よ」
「大袈裟ではないです」
「そうじゃな。それは確かじゃ」
 このことは厳顔も認めた。彼女も同席しているのだ。
「焔耶にとってはのう」
「そうよね。誰がどう見てもね」
 馬岱はその魏延を横目に見ながら話す。
「焔耶は味覚以上にね」
「好きな相手の手料理を食べる」
「それでよね」
「絶対にそうじゃな」
「わ、私はただ」
 本人の必死の言い訳が来た。
「本当に。美味だからこそ」
「いや、そうは見えん」
「どう見てもね」
 しかし二人の言葉は冷静だ。それで魏延に言うのだった。
「まあそれでもよいがな」
「わかってるしね」
「何をわかっているというんだ」
「言わせるか?それを」
「今更」
 二人の言葉は実に醒めたものだった。
「最早殆どの者がわかっておるぞ」
「御本人以外はね」
「な、何が言いたい」
 言われてもまだ白を切ろうとする魏延だった。
「私はだ。桃香様の手料理に感謝してだ」
「そもそも何故それを食したいのじゃ?」
「御料理ならね。お店に言って食べてもいいし」
「そうじゃ。紫苑もいつも作るじゃろう」
「それで桃香様って」
「主の御心を食べているのだ」
 強引にこう言う魏延だった。
「だからだ。私は嬉しいのだ」
「そういうことにせよというのじゃな」
「何か強引ね」
「強引って?」
 しかしだ。劉備は気付いていない。きょとんとした顔でだ。
 三人、特に魏延に対してだ。尋ねるのだった。
「何がなの?」
「あっ、いやそれは」
 魏延は主のその言葉にだ。慌てふためきながら返した。
「何でもありません」
「何でもないの?」
「はい、桃香様の御心」
 それだというのである。
「堪能させてもらっています」
「そう。じゃあまだまだあるからね」
 魏延のその言葉にだ。劉備はにこりとして返した。
「じゃあね」
「はい、頂きます」
 魏延にとってもだ。願ってもない言葉だった。そうしてだ。
 劉備の手料理を貪る。そして食べ終わってから。
 待ち足りた顔と声だった。目がきらきらと輝き顔にも照りがある。
 喜びを全面に出し。言う言葉は。
「我が生涯に一片の悔いなし!」
「いや、まだ望みがある筈だ」
 今度は趙雲が彼女に突っ込みを入れる。
「まだな」
「それは何だというんだ?」
「寝屋だな」
 くすりと笑ってだ。こう魏延に言うのだった。
「それではないのか?後は」
「な、何が言いたいのだ」
「だからだ。桃香様と褥を供にだな」
「そ、それは別に」
 ここでも白を切ろうとする。だが顔は真っ赤だ。まるで林檎の様だ。
「違うというのだな」
「私にそうしたやましい気持ちはないっ」
 強引に断言する。
「桃香様に対する赤い心があるだけだ」
「ではこう言おう」
 趙雲の方が一枚上手だ。これはどうしようもないことだった
 その一枚上手の趙雲がだ。魏延に述べる。
「桃香様を御護りする為にだ」
「褥をというのか」
「それならどうだ?」
 妖しい微笑みでだ。魏延に問う。
「私は愛紗と翠とそうしたいのだがな」
「ま、待て」
「何でそこであたしなんだよ」
 名前を出された二人は戸惑いながら趙雲に言い返す。この二人も供にいるのだ。
「私はそうした趣味はないのだぞ」
「前から何かっていうとあたしに絡んでくるな」
「顔だけではないからな」
 二人の整った顔を見ているだけではなかった。
 その肢体も見てだ。話すのだった。
「美味そうな身体をしているな」
「私は料理ではないぞ」
「何だよ、食おうってのかよ」
「違う意味で食したいものだ」
 妖しい流し目がだ。来た。
「二人共な。二人一度でもよいがな」
「だからどうして食するのだ」
「あたしの何を食うってんだよ」
「唇に」
 二人のその麗しい唇を実際に見る。
「それに耳に」
「耳!?」
「それもかよ」
「それに胸に」
 次はそれだった。
「腰、尻。脚もよいな」
「全てではないか」
「丸焼きにでもするのかよ」
「いや、生け造りだ」
 それだというのである。
「おっと、腹に背中、指もいいな」
「全部ではないか」
「じゃあ醤油かけて食うのかよ」
「醤油はかけない」
 それは違うというのである。
「だが。堪能できるな」
「うう、まさかと思うが」
「そういう意味で食うってのかよ」
「そうだ。最初からそう言っているが」
「だから私はだ。まだそうした経験はだな」
「女同士の趣味はないって言ってるだろ」
「いいものだぞ。おなごの味も」
 顔を真っ赤にして戸惑う二人を手玉に取り続ける趙雲だった。しかしである。
 ここでだ。黄忠が出て来てだ。趙雲に述べる。
「それ位にしておきなさい」
「むっ、からかうのはこれ位にというのか」
「そうよ。二人共困っているじゃない」
「幾らか本気を入れているのだがな」
 まだこう言う趙雲だった。
「まあ蒲公英も悪くはないが」
「守備範囲広いのね」
「男もおなごも好きだ」
 黄忠にもこう返せる。
「今はおなごの方がいいか」
「とはいってもまだ経験はないわよね」
「それはそうだが」
 それを言われるとだ。趙雲も辛い。言葉がいささか濁る。
「どういったものかは知らないが」
「それなら一度誰かと寝てみたらいいわ」
「いや、私は決めた相手とでないと駄目だ」
 何故か少し大人しくなる趙雲だった。
「やはりな。互いに想い合う相手でないと」
「あら、星も意外と純情なのね」
「どうでもいい相手とは寝たくない」
 趙雲はまた言った。
「やはりな。それは」
「そうね。私も同じだし」
「紫苑もか」
「そうよ。想う相手でないとそうしたことはね」
 駄目だというのだ。そうした意味で黄忠も同じなのだった。
 そしてだ。あらためて言う黄忠だった。
「若し無理にというのなら」
「叩きのめすな」
「弓だけじゃないから」
 黄忠は確かに弓の使い手だ。しかし弓だけではないのだ。
「刀も拳もね」
「そうだな。弓だけでやっていけるものではないしな」
「そうよ。流石に皆程ではないけれど」
 それでもだというのだ。
「使えるからね」
「私もおかしな男が何人言い寄ろうともだ」
 これは趙雲もである。今度は不敵な笑みで述べる。
「勝手な思い通りにはならないからな」
「そうね。絶対にね」
「とにかくだ。私はだ」
「そんなつもりはないからな」
 話が一段落したところで反撃に出た関羽と馬超だった。
「想う相手とだ」
「最初はだからな」
「焔耶は特にじゃな」
 厳顔はまた魏延を見て述べた。
「桃香様以外は駄目じゃろ」
「私の主は桃香様だけだ」
 こう言い換える魏延だった。
「それ以外の者にはだ」
「有り難う、焔耶ちゃん」
 劉備はその言葉をそのまま聞いて笑う。
「これからも宜しくね」
「はい、この焔耶何があろうとも」
 魏延は劉備のその言葉に熱い言葉で応える。
「桃香様に全てを捧げます」
「まあ忠誠心が高いのは確かね」
 馬岱もそれは認めた。
「それは認めてもいいかな」
「けれど。何かが決定的に違うのだ」
 張飛もそれはわかる。
「御姉ちゃんを見る目が違い過ぎるのだ」
「そうね。それはね」
 こう話してだった。その魏延を見るのだった。あくまで劉備を熱く見る彼女をだ。


第六十六話   完


                      2011・3・10







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