『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』




                          第八十三話  呂布、あえて騙されるのこと

 連合軍は最初の関の前まで来た。しかしだ。
 攻撃には出ずにだ。集結しているだけだ。それを見てだ。
 董卓の兵達はいぶかしみながら関の上で話すのだった。
「来ないな」
「総攻撃に出ると思ったが」
「見ているだけか」
「どういうことだ?」
「しかもだ」
 キムがだ。その兵達に話すのだった。
「呂布殿も出陣命令を出されぬ」
「ですよね。おかしいですよね」
「呂布将軍が出陣されないとは」
「いつもまず御自身が出陣されて戦われるというのに」
「見られているだけとは」
「いえ、ここに出ても来られません」
 見ればだ。そこに呂布はいなかった。そのこともだった。
 彼等にとってはだ。おかしなことだった。それで話すのだった。
「御身体が悪いのでしょうか」
「御食事も殆んど召し上がられませんし」
「肝心の将軍がそれですと」
「困るのですが」
「推測を口にしてはいけませんよ」
 ジョンはその兵達に述べた。
「流言となって士気に影響します」
「そうですね。それでは」
「今は冷静にですか」
「そうせよというのですね」
「そうして下さい」
 ジョンは冷静な口調で彼等に話した。
「今は戦いの前ですから」
「そうだ。戦いは避けられない」 
 キムは腕を組んでそのことについてはこう言った。
「それならばだ」
「今は呂布さんの指示に従うべきです」
 ジョンもこう言う。
「まとまって動きましょう」
「わかりました。それでは」
「今は」
 こう話してだった。彼等は今はその連合軍を関の上から見るだけであった。
 そしてだ。連合軍ではだ。
 まずは先陣の劉備がだ。関を見上げて言うのであった。
「いよいよなのね」
「はい、いよいよです」
「策をはじめます」
 こうだ。孔明と鳳統が劉備に対して話す。
「既に用意はできています」
「あとは陳宮さんがこちらに来られて」
「わかったわ」
 劉備は二人のその言葉に頷いて返した。
「それなら。今は」
「はい、迂闊な動きを避けて」
「そのうえで」
 軍師二人もこう話す。
「陳宮さんをお待ちしましょう」
「そうしましょう」
「そうね。それで陳宮ちゃんは」
 劉備は彼女の話もした。
「どうしてるの?今は」
「今は第二陣にある本陣にです」
「そこにおられます」
 こう話す二人だった。
「そこで最後の打ち合わせをしておられます」
「今回の作戦の」
「そう。最後のね」
「はい、それでなのです」
「間も無くこちらに来ると思います」
 孔明と鳳統はまた話した。
「それであの関が陥ちればです」
「それでいいのですが」
「うん。無益な戦いはね」
 劉備もだ。二人のその言葉に頷いて返す。
「避けたいから」
「はい、問題は呂布殿です」
「あの方ですが」
 そのだ。関を守る呂布の話になった。
「あの方はただ強いだけではありません」
「非常に鋭い方です」
 呂布のその動物的な直感のこともだ。孔明と鳳統は知っていた。
「ですから。若しかするとです」
「見破られるかも知れません」
「若し見破られたら」
 劉備は暗い顔になって話すのだった。
「その時は」
「戦になります」
「呂布殿が怒られれば」
「そうよね。そうなったらね」
「ですがそれでもです」
「これも若しもですが」
 だがここでだった。軍師二人の言うことが変わった。
 そしてだった。彼女達はこう劉備に話すのだった。
「その呂布殿の勘です」
「そのことですが」
「それで気付かれるんじゃないの?」
 劉備は眉を曇らせて二人に問うた。
「だから心配なんじゃ」
「はい、ですが呂布殿の勘の鋭さは尋常なものではありません」
「あの方の武芸と同じだけ凄いものがあります」
 そうだというのである。
「ですから。陳宮ちゃんの心にもです」
「気付かれるかも知れません」
「陳宮ちゃんの」
 呂布をあくまで慕い気遣うだ。その心にだというのだ。
「あの娘の心に」
「そうなれば。どうなるか」
「また若しかしたらですが」
「戦いは避けられるかも知れません」
「起こったならば無益なものとなる戦いをです」
「それなら余計に」
 劉備の声に期待が宿った。
「成功させたいけれど」
「そうですね。本当にです」
「ここは何としても」
 軍師二人の言葉もだ。期待するものになった。
 そしてその声でだ。彼女達は話すのだった。
「陳宮ちゃんもそう思ってます」
「あの娘が一番」
「そうよね。陳宮ちゃんの呂布ちゃんへの思いは」
「素晴しいです」
「あそこまで大切に思えるなんて」
「確か」
 劉備もだ。その陳宮のことは聞いていた。彼女はというと。
「あの娘は住んでいた村を追い出されて」
「はい、各地を転々として」
「それで呂布さんと御会いして」
「そうして助けてもらって」
「今に至ります」
「そうだったのね」
 そのことを聞いてだ。劉備も話す。
「それであの娘は」
「呂布さんをお慕いしてるんです」
「それもとても強く」
「だからこそ」
 劉備はまた言った。
「陳宮ちゃんは呂布ちゃんを絶対に」
「助けたいんです」
「この無益な戦いから」
「本当の敵は宦官達」
 そのだ。張譲達だというのだ。
 そしてだ。さらにだった。
「それとオロチよね」
「その彼等の他にです」
「どうやらです」
 ここで孔明と鳳統はさらに話した。
「様々な勢力がこの世界に来ています」
「あちらの世界から」
「それは月ちゃんやミナちゃんが言っていた?」
「そうです。常世の勢力や」
「魔神アンブロジアの勢力」
 そうした者達もだというのだ。
「他にもネスツやアッシュ」
「そうした勢力が来てです」
「この漢を壊そうとしているの」
「いえ、世界全体をそうしたいみたいです」
「この世界全体を破壊しようと目論んでいるようです」
 軍師二人はこう劉備に話した。
「しかもそうした勢力が一つになっています」
「さらに悪いことにです」
「そうなのね。一つになっているのね」
「力がばらばらなら対処は楽ですが」
「力が一つになるとです」
 どうなるか。それも問題だった。
「それだけ強くなります」
「ですから脅威です」
「そうよね。力は一つになる方がね」
 それは劉備もわかった。彼女もこれまでのことからそうしたことがわかってきていた。そうした意味で彼女は普通の少女ではなくなってきていた。
「強くなるわね」
「今の私達もですが」
「そのことは」
 孔明と鳳統はこの連合軍のことも話した。
「力は一つになろうとしています」
「そうなってきています」
「それでもなのね」
「はい、それでもです」
「草薙さん達のお話を聞きますと」
 そのだ。あちらの世界で彼等と戦ってきた者達の話を聞いてだった。孔明も鳳統もだ。その彼等について考え検証していたのだ。
 そうしてだ。二人はオロチ達にこう話した。
「かなりの力です」
「それぞれで。世界一つを脅かすまでに」
「それが幾つも集って一つになって」
「正直。かなりの強敵です」
「余程気を引き締めて戦わないと」
「それもあってなのね」
 それでだとだ。話す劉備だった。
「今の戦いは何があっても」
「避けないといけないです」
「敵は呂布さんではありません」
「董卓さんの軍自体もです」
「敵ではないのです」
 戦うべき相手ではない。二人は確かにそう見ていた。
 だからこそだというのだ。今は。
「全ては陳宮ちゃんにかかっています」
「この関でのことは」
 こう話す彼女達だった。そうしてだ。
 その陳宮は李典からだ。あるものを譲り受けたのだった。
 それは車椅子の上にある。車椅子自体が天幕に覆われている。その車椅子をだ。李典から譲り受けたのである。
 車椅子を渡した李典はだ。こう陳宮に話した。
「ほな。これからはや」
「はい、ねねがやるのです」
 強い目で李典を見上げてだ。李典に返した。
「ここは絶対に」
「それで呂布を戦わせへんのやな」
「オロチの話を聞いては余計にです」
 それならばだというのだ。
「恋殿は今戦ってはならないです」
「そやな。うち等は戦うべきやあらへん」
 李典も真面目な顔で話す。
「絶対にや」
「そうなのです。真の敵はオロチなのです」
「それに宦官連中やな」
「恋殿を苦しめたあの連中は許せないのです」
 何処までもだ。呂布を想う陳宮だった。それは忠義を越えただ。より強く深いものだった。
「何があってもなのです」
「呂布をそこまで想ってるんやな」
「恋殿は素晴しい方です」
 陳宮は断言した。
「ねねは。恋殿に」
「だからこそや」
 陳宮の目に涙が宿ったのを見てだった。
 李典は彼女が泣かないうちにだ。気を使って言った。
「あんた、何があってもや」
「はいなのです」
「呂布、助けや」
 こう言ってであった。李典はその車椅子を手渡して陳宮を送ったのだった。
 その彼女を見てだ。荀ケはふと呟いた。
「正直。成功して欲しいわね」
「貴殿もそう思うのだな」
「それはそうよ。戦いが避けられるのよ」
 だからだとだ。右京に返す。
「それならそれに越したことはないじゃない」
「それはその通りだ」
 右京も彼女のその言葉に頷く。
「無益な戦いはな」
「そうよ。それにね」
「それに。どうしたのだ」
「何か。私も変わったのよ」
 こうだ。右京にさらに話すのだった。
「ああいうの見てたら成功して欲しいと思わざるを得なくなったのよ」
「そうなのか」
「そうよ。あの陳宮って娘呂布を必死に想ってるわ」
 それでだというのだ。
「そんなあの娘が失敗したらそれはもう」
「希望はないか」
「そんなの私が許さないわよ」
 いささか感情を込めて話す荀ケだった。
「絶対に成功してもらわないと」
「この話はか」
「ほら。貴方の世界にいる」
 荀ケは話を変えてきた。
「覇王丸っているじゃない」
「あの男のことか」
「あいつ、あれなんでしょ?お静って人の気持ちをわかっていて自分自身もそうだったのに。あえて剣の道を選んだのよね」
「そうした。それがあの男だ」
「それ聞いて私言ってやったのよ」
 彼と一緒に飲んでいる時にだ。実は荀ケは無類の酒好きでもあるのだ。
「そんなのおかしいって。男ならね」
「男ならか」
「女でもよ。想う相手の気持ちに応えなさいって」
 実際にこう言ったのだ。覇王丸自身に対して。
「それで剣もそのお静って人もよ」
「両方取るべきか」
「そうよ。私だってね」
「貴殿もか」
「軍師の力量を極めることも華琳様への想いも」 
 どちらもだ。荀ケにとっては絶対のことだ。その両方をだというのだ。
「取るから」
「そうするのだな」
「そうよ。だからあの娘もね」
 陳宮の話に戻った。
「呂布を救わないと。どうにもならないわよ」
「そうだな。それはな」
「そう思うでしょ?貴方も」
「思う。私もだ」
 ここでだ。これまで聞き役に徹していた右京が話してきた。
「この世界に来るまでは己の想いを殺していた」
「貴方の想いを?」
「胸を患っていた」
 それでだ。彼は苦しんできた。剣の道を極めながらもだ。
「それが為にだ」
「その好きな人への想いを捨てていたのね」
「長くは生きられない身体だった」
 それを理由にしてだ。どうだったかというのである。
「それでだった」
「そう。病でだったの」
「しかしそれが治り」
 華陀にだ。そうしてもらったのだ。
「そのうえで心の病も消えた」
「それでなのね」
「そうする」
 右京は言った。
「若し元の世界に戻ったならば」
「そうなのね。貴方もそうしたことがあったのね」
「人はそれぞれある」
 右京はこうも言った。
「私も然りだ」
「そして私も陳宮も」
「だがだ。その想いが純粋で清らかならばだ」
 その場合は。どうかというのだ。
「それは最後まで果たされるべきだ」
「そうよね。本当にね」
「さて」
 ここまで話してだ。右京は。
 あらためてだ。荀ケにこんなことを話した。
「さっきから気になっていたのだが」
「どうしたの?」
 荀ケは目をしばたかせて自分の左隣にいる右京を見上げて尋ねた。
「貴殿は二人いるのか」
「二人って?私は一人だけれど」
「私達の世界ではよく分家や偽者、生き別れとしてだ」
「何か色々な場合があるのね」
「それで外見は同じでただ色が違う相手がいるのだ」
「世の中にはそっくりさんが三人いるっていうけれど」
「それでだ」
 そうだからだとだ。右京は話すのだった。
「今あそこにもう一人貴殿がいるが」
「私がもう一人って・・・・・・あっ!」
 そのもう一人を見てだ。荀ケはだ。
 忽ち怒りの声をあげてだ。その黒猫に叫ぶのだった。
「ちょっと陳花!」
「あっ、桂花!」
 向こうもだ。荀ケに気付いて言い返した。
「あんた何でここにいるのよ!」
「それはこっちの台詞よ!」
 荀ケは荀ェに対して叫ぶ。
「何で私の目の前にいるのよ!」
「ただ散歩していただけよ!」
「散歩は私のいないところでしなさい!」
「そういうあんたもね!」
「何だってのよ!」
「私のいるところにね!」
 こんな調子で言い合う二人だった。その二人を見てだ。
 右京はだ。たまたまそこに来た高覧に尋ねた。
「まさかこの二人は」
「そうよ。凄く仲が悪いの」
 高覧もこう右京に話す。
「もうね。桂花はその為に麗羽様にお仕えしなかったのよ」
「そこまでなのか」
「陳花がいたから」
 そのだ。荀ェのことだ。
「それで曹操殿のところに行ったのよ」
「そうした理由があったのか」
「とにかくこの二人仲が悪いの」
 高覧が言い合う間も喧嘩をしている二人だった。
「こっちの世界じゃかなり有名な話でね」
「困っているのだな」
「まあ二人だけのことだから」
 それでだとだ。高覧は突き放して述べた。
「気にしなくてもいいけれどね」
「そういうことか」
「そう、そういうこと」
 高覧の声は素っ気無い。
「通り雨の様なものだと思って」
「わかった。それならだ」
 こうしてだった。右京も二人の喧嘩のことは気にしないことにした。そうしたやり取りの間にだ。
 陳宮はグリフォンマスクやイワンと共にだ。関の前に来た。ここでグリフォンマスクが彼女に言って来た。
「若し何かがあればだ」
「その時はなのです?」
「貴殿は一目散に逃げることだ」
 そうしろというのだ。
「私達が守るからな」
「有り難うなのです」
「何、気にすることはない」
 グリフォンマスクは腕を組んで述べた。
「私は子供達のヒーローなのだからな」
「ねねはもう子供じゃないのです」
 一応はこう言う陳宮だった。しかしだった。
 彼女は同時にだ。グリフォンマスクにこうも話した。
「けれど」
「けれど。どうしたのだ?」
「有り難うなのです」
 俯いてだ。グリフォンマスクにこう礼を述べたのだ。
「その御心、感謝するのです」
「また言うが気にすることはない」
 グリフォンマスクの言葉が変わることはなかった。
「これが私の務めなのだからな」
「それでなのです」
「そうだ。そういうことだ」
 こう陳宮に話すのである。
「何かあれば私が全力で守るからな」
「私もいる」
 イワンも言ってきた。
「私はヒーローではないが戦う者だ」
「だからなのです」
「そうだ。だから君を守る」
 そのだ。陳宮をだというのだ。
「必ずだ」
「そうしてくれるのです、イワンさんも」
「安心して自分の果たすべきことをしてくれ」
 イワンの言葉はこうしたものだった。
「わかったな」
「はいなのです」
 陳宮はイワンのその言葉にこくりと頷いた。
「ねねは。絶対にやるのです」
「その意気だ」
「でははじめるとしよう」
「わかりましたです」
 こう二人と話してだ。それからだった。
 関の前に来た。そのうえでだ。
「恋殿!」
 呂布を呼ぶのだった。
「おられますか。ねねです!」
「あれっ、陳宮殿か?」
「関におられるんじゃなかったのか?」
「何でそれであそこにおられるんだ?」
「しかもあの車椅子何なんだ?」
「一体」
 まずはだ。関の上にいる兵達がそれぞれ声をあげた。
「連合軍の方にいるみたいだけれどな」
「寝返った?」
「裏切った?」
 こうした意見も出て来た。
「まさか。陳宮殿が」
「そんなことをするとは思えないが」
「何があったんだ?」
「しかも呂将軍を御呼びしている」
「どういうことなんだ」
 兵達には訳のわからないことだった。だが陳宮のその言葉を聞いてだ。
 呂布が出て来た。そのうえでだ。
 関の上からだ。陳宮を見て言うのであった。
「ねね」
「恋殿・・・・・・」
「何の用?」
 いつもの無表情な顔と声で陳宮に問う。
「いないと思ったら」
「関を勝手に出たのは申し訳ありません」
 まずはそのことを謝罪する陳宮だった。呂布を見上げて必死な顔で話す。
「けれどなのです」
「けれど?」
「大変なことがわかったのです」
 今は真実を隠してだ。そのうえで真実を話す陳宮だった。
「月殿は捕らえられていたのです」
「捕らえられていた。月が」
「はい、そうなのです」
 この事実をだ。過去形で話すのだ。
「そうなのです」
「そう。じゃあ」
「そうなのです。張譲になのです」
 その名前を聞いてだ。関の兵達は。
 それぞれ顔を見合わせてだ。驚きの声をあげた。
「馬鹿な、宦官達は粛清されたのではなかったのか!?」
「董卓様によって」
「それで今都は董卓様が治めているのではなかったのか」
「違うのか」
「月は粛清なんかしない」
 ここで呂布がこのことを言った。
「そして表に出ないなんてこともしない」
「ではやはり」
「董卓様は生きておられて」
「それで宦官達に幽閉されている」
「そうなのですか」
「そう。やっぱりそうだった」
 呂布もその事実はわかった。
「月は捕まっていた」
「そうなのです」
 ここでまた呂布に話す陳宮だった。
「それで月殿は」
「そこにいる」
「はい、そうなのです」
 陳宮の顔が意を決したものになった。
「劉備殿達が助けて下さいました」
「劉備達が」
「月殿はここにおられます」
 こう言ってだ。陳宮は車椅子の天幕を開けた。
 そこに董卓がいる。しかしだった。
 よく見れば違っていた。動きはしないし目も虚ろだ。それが精巧だが人形に過ぎないことは近くから見ればわかることであった。
 そしてだ。呂布はその目も尋常なものではない。
 その目で董卓を見てだ。すぐにわかったのだ。
 だがそれと共に陳宮の真摯な顔、何よりもその目を見てだ。言うのだった。
「わかった」
「わかった!?」
「月は宦官達に捕まっていた」
 これは事実だとだ。呂布にもわかったのだ。
「そして月は助け出された」
「そうなのです」
 このことはあえてだ。騙されてみせたのだ。
 しかし同時にだ。呂布はこうも言った。
「そして敵は劉備達じゃない」
「それでは敵は」
「誰なのですか?」
「宦官達」
 彼等だとだ。呂布は左右にいる兵達に話した。
「あの連中が恋達の敵」
「ではそれなら」
「我々は」
「関を開ける」
 こう言うのだった。
「今から開ける」
「えっ、それでは将軍」
「戦はどうなるのですか」
「どうされるのですか」
「月は利用されていた」
 その事実を話すのだった。
「その月は助け出された」
「それではですか」
「最早戦う理由はない」
「そういうことですか」
「だからこそ」
「そう。恋は戦わない」
 誰と戦わないのかも。彼女は話した。
「目の前の劉備達とは」
「左様ですか。それではです」
「関を開けて」
「そうしてですか」
「劉備達と話をする」
 実はだ。呂布は袁紹のことはほぼ頭に入っていない。あくまで知り合いである劉備のことを頭に入れてだ。そのうえで話をするのである。
「そうする」
「わかりました。それではです」
「我等はこれで」
「関を開けます」
「そうします」
「うん、そうする」
 こう話してであった。実際にだ。
 呂布は関を開放してだ。そのうえでだ。
 陳宮を介してだ。関の一室で劉備達と話すのだった。劉備は五虎将軍と二枚看板の軍師を連れてだ。呂布と話をするのだった。
 それを聞いてだ。本陣の袁紹は面白くない顔をしていた。
「総大将はわたくしですわよ」
「それはそうだけれどね」 
 曹操がその彼女に応える。
「ただ。今回はね」
「仕方がないといいますの?」
「だって。呂布が知っているのは劉備達なのよ」
「それで、なのですね」
「そうよ。私達のことは知らないから」
 それでだと話す曹操だった。
「だったら。降伏の話もね」
「劉備さん達となのですね」
「私達は報告を待っていればいいのよ」
 曹操は袁紹に話した。
「ゆっくりとね」
「ううむ、何か腑に落ちませんわ」
 袁紹はそれも気に入らないというのだ。
「こうした話は是非わたくしが」
「だから。本当に何でもかんでもでしゃばらないの」 
 曹操が言いたいことはそのことだった。
「そういうところ子供の頃から変わらないじゃない」
「確かに。そうですね」
「麗羽殿は昔からですね」
 曹操の言葉に曹仁と曹洪も応えて話す。
「そうしたところは」
「何といいますか」
「悪いのでして?」
「思いきり悪いわよ」
 曹操は袁紹に思い切り突っ込みを入れた。
「だから。自重しなさい」
「自重?聞き慣れない言葉ですわね」
「そういうことだから駄目なんでしょ、全く」
 というようなことを言ってもだ。実は呆れていない曹操である。
 それでだ。袁紹にこうも話した。
「まあいいわ」
「いい?何がでして?」
「こうしてただ待っているのも何だから」
「それでは一体」
「お茶にしましょう」
 曹操は割り切った感じで提案した。
「いいわね、それで」
「ええ、それでしたら」
 袁紹もだ。納得する顔で応えた。
「お茶ですわね」
「とりあえず最初の関は無事越えられるし」
「いい結果になりましたわね」
「だからよ。そのお祝いの意味でもね」
「お茶ですわね」
「飲むわよ。いいわね」
「わかりましたわ」
 こんな話をしてであった。袁紹達は今は茶を飲んで話の結果を待つのだった。そうしてだ。
 その一室でだ。呂布は自身の向かい側に座る劉備に言った。
「恋は劉備達とは戦わない」
「そうしてくれるんですね」
「戦う理由がないから」
 それでだと話すのである。
「だからもういい」
「有り難う、呂布さん」
 呂布のその言葉を受けてだ。劉備はだ。
 明るい笑顔になってだ。呂布に話した。
「それならもうこれで」
「関もいい」
 そこの守りもだ。放棄するというのだ。
「先に行っていい。ただ」
「ただ?」
「月には手を出さないでいて欲しい」
 董卓にはだというのだ。
「月は。詠が大事にしてる娘だからな」
「それでなのだな」
「そう」
 関羽の言葉にもだ。こくりと頷いて返す。
「だから」
「うむ、わかった」
 関羽は呂布のその言葉にも応えて話した。
「それも約束しよう」
「後で袁紹さんにお話してみます」
「そのことも」
 孔明と鳳統が応えた。
「それではそれはその様に」
「そういうことで」
「御願い。ただ恋は」
「むっ、今度は何だ」
 趙雲が呂布の今の言葉に問うた。
「御主は何かあるのか」
「そう。月の傍にいたい」
 それが呂布の願いだというのだ。
「そうしたい」
「ああ、董卓を守る為なんだな」
「そう」
 またこくりと頷いて答える呂布だった。
「そうしたい。いいか」
「けれどあれはなのだ」
 ついついだ。張飛は言いそうになった。
「実は」
「あっ、それ以上は言っちゃ駄目よ」
「むぐっ」
 後ろからだ。黄忠が手を伸ばしてだ。
 そのうえで張飛のその口を塞いだ。それで喋らせなかった。
 そうしてだった。黄忠は呂布に対して言った。
「気にしないでね」
「何かわからないけどわかった」
 無表情で応える呂布だった。
「そういうこと」
「は、はい。あまり御気に召されずに」
「そのことは」
「わかった」
 呂布もこくりと頷く。そのことはすぐにだった。
 そうしてからだ。あらためてだった。 
 呂布はだ。劉備達にこう話した。
「とにかく。それで御願い」
「はい、わかりました」
 満面の笑顔で応える劉備だった、
「ではそうしよう」
「はい、ではそうでは」
「うん」
 劉備に対して頷く。こうした話をしてだ。
 彼女はだ。こうも話した。
「じゃあ皆と一緒に行く」
「あたし達とか」
「そう、皆と行く」
 こう馬超にも話すのである。
「そこに月がいるから」
「だからなんだな」
「うん、それでいい」
「ええ、こちらこそ」
 劉備が呂布のその言葉も受け入れた。そしてだ。
 一連の話が袁紹に伝えられだ。彼女はすぐにだった。
「わかりましたわ」
「それではですか」
「それでいいんですね」
「ええ、いいですわ」
 こうだ。お茶を飲みながら顔良と文醜にも話すのである。
「戦は終わりましたし董卓さんも謀反人ではないとわかりましたし」
「その董卓さんの配下の呂布さんもですか」
「連合軍にいていいんですか」
「宜しいですわ。元々このお話は劉備さんにお任せしていますし」
 そのだ。先陣の彼女がだというのだ。
「わたくしは何も言いませんわ」
「わかりました。それでは」
「そういうことで」
 笑顔で応える二人だった。その話をしてからだった。
 呂布は関を明け渡し連合軍に加わった。そのうえで董卓の傍についたのだ。
 その彼女を見ながらだ。張飛は言うのだった。
「ばれないかどうか不安なのだ」
「ああ、それな」
 馬超も張飛のその言葉に応える。
「確かに。かなりやばいよな」
「あんな簡単な人形だとすぐにわかるのだ」
 張飛は目を困らせて話す。
「若しばれれば」
「呂布怒るだろうな」
「そうならない方が不思議なのだ」
 こうも話す張飛だった。
「人を騙すことだし。後ろめたいのだ」
「だよなあ。ちょっとな」
「はい、騙すことはよくありません」
 それはだ。徐庶もそうだと話す。
「けれどです」
「けれど?」
「けれどっていうと?」
「呂布さんは全てわかっておられます」
 徐庶が指摘するのはそのことだった。
「董卓さんのこともです」
「わかってるのだ!?」
「あの董卓が人形だってことを」
「そうです。わかっておられます」
 そのことをだ。張飛と馬超に話すのである。
「それでも。陳宮さんの御心もわかって」
「それでなのだ」
「騙されたふりをしてるってのかよ」
「はい、そうです」
 まさにだ。その通りだというのだ。
「呂布さんはそうされてるんです」
「ううん、じゃあ呂布は何もかも全部わかって」
「それで動いてるんだな」
「そうです。あの方も凄い方です」
 徐庶は呂布を賞賛さえした。
「そのうえでなのですから」
「ただ強いだけじゃないと思ってはいたのだ」
「そうした気配りもできるんだな」
「そうさせているのは陳宮さんです」
 彼女がだというのだ。
「あの方の真心がです」
「呂布をそうさせたのだ」
「そうなんだな」
「そうなります。陳宮さんは呂布さんにとって」
 どうかともだ。徐庶は話した。
「本当にかけがえのない方なんです」
「心と心で結ばれている」
「そうした関係か」
「はい、まさにそうなっています」
「そうなのだ。じゃあ呂布にとって陳宮は」
「陳宮にとって呂布はだ」
 まさにだ。お互いにであった。
「無二の存在なのだ」
「そこまでの相手なんだな」
 そのことがだ。二人にもわかったのだった。
 そうした話をしながらその呂布を見ていた。呂布は。
 車椅子の傍にいる。無論陳宮も一緒だ。
 その陳宮にだ。こう言うのだった。
「ねね」
「はい、恋殿」
 陳宮もすぐに呂布の言葉に応える。
「何でしょうか」
「有り難う」
 こう言ってだ。礼を述べるのだった。
「今回も有り難う」
「有り難う。まさか」
 今の言葉でだ。陳宮も察した。
 そのうえでだ。彼女に問い返した。
「恋殿は」
「これで美味しく食べられる」
 呂布は答えない。その代わりにこう言うのだった。
「また。食べ物を美味しく食べられる」
「はい、それはなのです」
 陳宮もだ。そのことには笑顔で応えた。
 そしてだった。呂布に対してこんなことを話した。
「では恋殿」
「うん」
「今から食べましょう」
 こう話すのだった。呂布に対して。
「何がいいのです?」
「御饅頭」
 それだと答える呂布だった。
「肉まん。ただ」
「ただ?」
「ねねと二人で食べたい」
 そのだ。陳宮とだというのだ。
「二人で食べたい」
「そうしたいのです」
「そう。そうしたい」
 また言う呂布だった。
「そうしたい。二人で」
「はい、わかったのです」
 陳宮はその顔を明るくさせてだ。すぐに応えた。
「なら今すぐに二人で」
「食べよう」
「そうするのです」
 こう話してだった。二人はだ。
 久し振りに楽しい昼食を食べることができたのだった。それもたらふく。
 二人がその昼食を食べている間にだ。陳琳は。
 不意にだ。一羽の鳩を西に放ったのだった。
 それを見てだ。ミッキーが彼女に問うた。
「何だ?伝書鳩か?」
「あっ、何でもないです」
 こうミッキーに応えて誤魔化す彼女だった。
「気にしないで下さい」
「とか言ってもな。気にはなるだろ」
 笑ってだ。ミッキーはこう陳琳に話した。
「あれか?袁紹さんの命令か」
「むっ、おわかりなのですか」
「それ以外にねえだろ」
 それでだ。わかるというミッキーだった。
「違うか?それは」
「ううむ、鋭いですね」
「伊達にチャンプじゃないさ」
 彼もカムバックしてだ。そうなったのだ。
「だからな。わかるさ」
「そうですか。チャンピオンになるのには勘も必要なんですね」
「まあな。とにかくな」
「はい、とにかくですか」
「鳩のことはいいさ」
 それはいいというミッキーだった。
「俺達にとって悪いことじゃないのはわかるからな」
「それでなのですか」
「ああ、いいさ」
 また言うのだった。
「特に気にしないさ。で、話を戻してな」
「はい、それで」
「どうだい?飯一緒に食わないか?」
 陳琳をだ。それに誘うのだった。
「ジャックやジョンの旦那もいるぜ」
「皆で、ですか」
「飯は皆で食うのが美味いからな」
 それでだというのだ。
「それでどうだ?」
「わかりました」
 笑顔で応える陳琳だった。
「それでは皆で」
「そうしようか。それではです」
「さて、じゃあ鍋でいいな」
「鍋ですか」
「ああ、鳥鍋な」
 それをだ。今から仲間達と一緒に食べるというのだ。
「思いきり濃い味にしたな」
「いいですね。御飯が進みます」
「そうしような」
「それでは」
 こんな話をしてだった。彼等もだ。
 食事を楽しむのだった。彼等はそんな話をしてであった。
 今は食事を楽しむのだった。その中でだ。
 キングもいた。そのジャックと同じ場にだ。それでだ。
 彼を睨んでだ。こんなことを言うのだった。
「まさか御前と一緒とはな」
「へっ、俺もそう言いたいぜ」
 ジャックもだ。そのキングを睨んで話すのだった。
「同じ釜で飯を食うなんてな」
「とんだ話もあったものだ」
「じゃあここにいなかったらいいだろ」
「生憎だがその気にもならない」
 こう返すキングだった。憮然とした顔であるがそれでもだった。
「何しろ久し振りに会う面子ばかりだからな」
「そうじゃのう。こうして会うのもじゃ」
 リーもいる。
「何かの縁じゃな」
「そうだな。ただな」
 ジョンはここで彼の名前を出した。
「藤堂の旦那はどうなった」
「ああ、あの人な」
 ミッキーも彼のことを話した。
「そういえばいないな」
「どうしたんだ?娘さんはいるぜ」
 ジャックもだ。ここで思い出したのだった。
「それでおっさんがいないっていうのはな」
「何か寂しいな」
 キングも何時の間にか話に入っている。
「あの人もいないとな」
「そのうち会うんちゃうか?」
 ロバートは気軽な口調だった。
「あのおっさんのことや。死んでるとかはないで」
「そうだな。そうした人じゃない」
 リョウもいる。
「気付いたらあちこちにいる人だからな」
「どういう人なんですか?」
 陳琳もその彼に興味を持った。
「その藤堂さんという人は」
「香澄がいるわね」
 キングは彼女から話した。
「あの娘の父親なのよ」
「お父さんなんですか」
「ええ、そうよ」
 そうだというのだ。
「その人なのよ」
「ではその人もですか
「そう、格闘家なの」
 キングはこのことも話した。
「そうなのよ」
「そうなんですか」
「ただね」
 ここからがだ。本題だった。
「すぐに何処かにいなくなる人でね」
「何ちゅうかな。隠れキャラみたいなや」
「そういう人なんだ」
 ロバートもリョウもそうだと話す。
「探すのがちょっと苦労やけれどな」
「意外と色々な場所にいる人だ」
「ううん、やっぱり変わった人ですね」
 陳琳は興味のある顔で述べる。
「その藤堂さんは」
「変わってるっていうかな」
「永遠の行方不明者や」
 リョウとロバートはそうだというのだ。
「一体何処にいるのか」
「全然わからへんしな」
「それで何か話書けそうですね」
 こんなことも言う陳琳だった。
「藤堂師範を探す香澄さんを主人公として」
「実際にそうなっているわね」
 キングがここで言った。
「あの娘は」
「やっぱりそうなんですか」
「とにかく。あの人は行方がわからないのよ」
「そういえば店の経営どうなってるんだ?」
「それは奥さんがやってるぜ」
 ミッキーにジャックが話す。
「あの奥さんやり手でな。店が出来た時から切り盛りしてるんだよ」
「何だ、じゃああの人いなくてもいいんだな」
「店もな」
 そうだというのである。
「全然平気だったりするんだよ」
「全然立場ないんだな」
 ミッキーも首を捻りながら話す。
「そう思うと気の毒な人だな」
「そうだな。謎の失踪もしてるしな」
「まあ会えたら運がいい人だ」
 ジョンはこう陳琳に話す。
「そういう人もいるんだよ」
「わかりました。では御会いするその時を楽しみにしています」
 笑顔で応える陳琳だった。そんな話をしてだ。
 彼等は最初の関を抜けたことを喜んでいた。そして真の敵が誰なのかもだ。次第にわかってきた。この世界自体の敵が誰なのかをだ。


第八十三話   完


                      2011・5・17







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