『ラ=ボエーム』




              第一幕 冷たい手を

 広い屋根が上にある部屋だった。小さい窓からは雪に覆われたその屋根の表が見える。だが部屋の中は簡素なものであり、質素な木製のテーブルと戸棚の他は本箱に椅子、ボロボロのソファーとベッドがあるだけであった。他には本や画架が散らばり、部屋の中は無造作に散らばっていた。その部屋の中のテーブルには一人の優しげな顔立ちの青年が座っていた。見れば何かを書いていた。
 悩んでいるようであった。その愁いを帯びた顔はまるで貴族のそれの様に気品がある。くすんだ色の上着にズボン、そして部屋の中なのにコートを羽織っている。これは部屋の中が寒いからだろうか。
 ペンを手にし、目の前の紙に何かを書き綴っている。だがそれが容易にまとまらず、苦しんでいるようであった。
 彼の名はロドルフォ。生粋のパリジャンであり、実家は裕福な家である。親の金でソルボンヌ大学に入った後でその後詩人として生きていきたいと思い親の家を出て今こうしてこの屋根裏部屋で仲間達と共に暮らしている。まだ名の知られていない無名の詩人であった。
 その彼がペンを手に悩んでいる理由は一つしかなかった。その詩のことで悩んでいるのである。
 その後ろでは髭を生やした大柄な男が絵を前にして首を捻っていた。彼の名はマルチェッロ。シャンパーニュからパリに出て来ており、今こうしてロドルフォと共に暮らしている若き画家である。彼もまた無名であった。
「参った」
 彼はたまりかねて溜息と共にこう言った。
「紅海を描くには。この部屋は寒過ぎる」
「また何でそんな題材を選んだんだい?」
 ロドルフォはマルチェッロの方を振り返りこう尋ねた。
「紅海と言えばエジプトだよね」
「ああ、そうさ」
 見れば海が割れ、前にモーゼが立っている。聖書での有名な場面の一つである。
「冬なのに。そんな絵を描いて」
「仕事だから仕方ないさ」
 彼は苦笑いを浮かべて仲間にこう答えた。
「司祭様から頼まれたんだ」
「へえ」
「モーゼの絵を描いてくれって。それで描いているんだけれどね」
「よかったじゃないか。そんな仕事が入って」
「けれど生憎。思うように筆が進まないよ」
 肩をすくめてこう言った。
「こんなに寒いとね。どうしたものか」
「趣向を変えてみたらどうかな」
「趣向を?」
「そうさ、ファラオを溺れさせてみせるとか」
 ロドルフォはいささか冗談でこう言った。勿論実際にはファラオは溺れてなぞはいない。
「それは面白そうだけれどね」
 マルチェッロは目を細めて言葉を返した。
「生憎。厳しい司祭様でね」
「おやおや」
「きちんとした絵でなければ納得してくれないんだ。困ったことに」
「アレンジや新解釈は芸術の基本なんだけれどね」
「生憎その司祭様は写実主義なんだ。困ったことに」
「自然主義とかじゃないのか」
「あれは司祭様にとっては唾棄するものだろうね」
 マルチェッロは述べた。
「人の醜い姿ではなくて綺麗な姿を見たい人だから」
「それじゃあルネサンスの時代にでも行けばいいのにね」
 ロドルフォも笑いながら言った。
「あの時代だって芸術は凄かったけれど」
「人間も教会も凄かった」
「今の王様達だってびっくりさ」
「全く。醜い姿があるからこそ綺麗な姿もあるものだけれどね」
「何ならファラオの顔を醜くしてみたらどうかな」
 冗談めかして言う。
「どんなふうにだい?」
「例えば何処かの偏屈な学者とかさ」
「うちにも一人いるしね」
「確かに、ははは」
「ところでロドルフォ」
 マルチェッロはまたロドルファに声をかけてきた。
「何だい?」
「何を書いているんだい?」
「勿論詩だよ。けれどね」
「けれどね?」
「今はそれよりも。こいつを見ているんだ」
 そう言って暖炉を指差した。見れば真っ暗で火の一つもない。
「何も動かないなと思ってね」
「仕方無いさ、給料を貰ってないんだから」
「給料を」
「そうさ、もう長い間ね」
 つまり薪を買う金もないのである。名もない芸術家らしいといえばらしいか。
「困ったことに」
「どうしようかな」
「なあロドルフォ」
 マルチェッロは彼に声をかけてきた。
「どうしたんだい?」
「重大な提案があるんだけれどね」
「うん」
 その提案に顔を向けさせた。
「寒くはないかい?」
「確かにね」
 ロドルフォは友のその言葉に頷いた。
「けれどそれが一体」
「鈍いな」
 マルチェッロはそれを聞いて苦笑いを浮かべた。
「寒いならどうすればいい?」
「火が必要だね」
「そう、そしてそれには薪が必要だ」
「けれどそんなのはないよ」
「何言ってるんだ、ここにあるじゃないか」
 そう言ってニヤリと笑ってきた。
「おいおい、そんなのないって」
「今君の目の前にあるぜ」
「僕の?」
「そうさ、これだ」
 自分が今まで描いていたキャンパスを見せた。
「これなら。よく燃えると思わないかい?」
「いいのかい、それで」
「ああ。どのみち失敗しているしな。また描きなおすよ」
「そうか」
「今の寒い状況じゃあ。エジプトなんて描けはしないよ」
 その顔に憂いが宿った。
「ムゼッタもいないしね」
「別れたのは聞いてるよ」
「浮気な女さ」
 たまりかねたように言う。
「僕みたいなうだつのあがらない画家より。金持ちの男を選んだんだ」
「そうなのか」
 この時代のフランスではよくあることである。いや、ブルボン朝の時代からか。一人の若い女が生きる為にパトロンを探したり、身体を任せたりするのは。それは特に悪いことだとは思われていなかった。女優にしろ娼婦にしろ。針娘の様に普段は頼まれた刺繍等をして生きている娘達でもそれは同じであった。
「所詮僕とのことはお遊びだったんだろうね」
「それで心まで寒いと」
「ああ、男は薪さ」
 彼は言った。
「そして女は暖炉だ」
「片方は燃え上がり、片方はそれを眺めているだけ」
「いい言葉だな、流石は大詩人」
「そっちは大画伯だろ」
 ロドルフォは笑って返した。
「今更何を言ってるんだよ」
「そうだったな。では今からその大画伯様の絵を昇華させよう」
 そう言って暖炉に入れる為に壊そうとする。だがここでロドルフォが制止した。
「待ってくれ」
「どうしたんだ?」
「キャンパスを燃やしたら変な匂いがするじゃないか」
 絵の具の油のせいである。
「そんなの構ってはいられないだろう?」
「いや、油の匂いはちょっとまずい。ここは止めた方がいい」
「それじゃあ寒いままだぜ」
「僕にいい考えがあるんだ」
「何だい、それは」
「僕の芸術を燃やすんだ」
 彼は言った。
「君の?」
「そうさ、それはここにある」
 そう言って部屋の端に無造作に置かれていた原稿用紙を持って来た。かなりある。
「もう雑誌には発表したし。これなら構わないさ」
「僕に読んで聞かせるつもりかい?」
 マルチェッロは笑ってそう尋ねてきた。
「生憎だけれどもう読ませてもらった作品だろうから遠慮するよ」
「いや、そうじゃない」
 だがロドルフォはそうではないと返した。
「これを暖炉の中で燃やすんだ」
「これをか」
「そうさ。大詩人の草稿が失われるのは大きな損失だがこの偉大な作品の霊感を天空の世界に昇華させよう」
「それはまた崇高な行動だ」
「今ここは危機に瀕している。偉大な芸術家達の城が」
「君はそれを救う為に犠牲になるのか」
「そうだ、こうやってね」
 そして一気に原稿を暖炉の中に投げ入れた。
「さあ、次は」
「その神の火だ」
 マルチェッロが火を持って来た。そしてそれを暖炉の中に投げ入れた。
「これでよし」
「城は救われた」
 原稿は瞬く間に燃え上がっていく。そして部屋の中に急激に温もりが拡がっていく。二人はそれを感じながら満足の笑みを浮かべ合った。
「助かったな」
「ああ」
 二人は椅子に座って向かい合った。そして火を眺めていた。何はともあれ部屋は暖かくなった。そしてここで扉が開いた。
「何だ、大詩人と大画伯は御一緒か」
「やあコルリーネ」
「大哲学者のお帰りか」
「ああ」
 コルリーネと呼ばれた男はそれに応えて古い帽子を取って恭しく、そして知的なのを装って挨拶をした。黒いズボンの上にこれまたかなり古い、そして大きな外套を羽織っていた。彼は没落した学者の家の出身であり、生まれはナントであり哲学を学ぶ為にパリに出て来た。そこでロドルフォと知り合い今に至る。自称大哲学者である。貧しいながら手入れされた髪に如何にもといった感じの気難しそうな顔が印象的であった。
「少し散策をしていたがね。帰って来たよ」
「そして何か閃いたかい?」
「まさか。それどころか人にあてられたよ」
 苦笑いしてこう返す。
「今の時期は。哲学には向かないね」
「そうなのか」
「だって今はクリスマスだぜ」
 そしてこう言った。
「クリスマス」
 二人はその言葉に反応した。
「あれっ、知らなかったのかい?」
「そういえば」
 二人はそれを聞いてようやく思い出した。
「今日はクリスマスか」
「もうそんな季節になっていたのか」
「気付かなかったのかい」
「ずっと大作に取り掛かっていたからね」 
 マルチェッロは言った。
「モーゼを描いていて」
「僕も。何かと書いていてね」
「お互い暇なしってわけか」
「先生の方もその筈だけれど?」
「僕は今はそれ程じゃないよ」
 外套を脱ぎながら言った。
「また色々と忙しくなるだろうけれどね。閃きがあれば」
「流石は哲学者」
「未来を変えられるか」
「そういえば一つ奇妙な話を聞いたよ」
「奇妙な?」
「ああ。今は何はともあれブルボン朝の時代じゃない」
 それは否定された。少なくとも。
「うん」
「それが一体?」
「けれどまだ世の中はよくはなっていない。むしろ悪い資本家がのさばって利益を得ているってね」
「そりゃ商売だからじゃないのかい?」
「僕達だって芸術が認められればそうなるよ」
「けれどその話は違うんだ。革命を起こせって」
「あの革命をかい?」
 思わず声をあげた。
「そう、そして労働者の世界を作るんだって。そうした話さ」
「また極端そうな話だね」
「それを言っているのは誰なんだい?」
「マルクスだったかな。エンゲルスだったかな」
 彼は言った。
「その二人だったか。言っていたよ」
「随分過激だね」
「まあそのうち流行るかもね」
「僕はそれよりも愛を書きたいのだけれど」
「君はそれでいいのか」
「詩人だからね。何を書くっていうんだい?」
「言われてみれば」
 コルリーネはロドルフォの言葉に頷くしかなかった。
「詩人は詩人の、哲学者は哲学者のぶんがあるってことか」
「そうさ。まああたりなよ」
 ロドルフォは椅子を一つ差し出した。
「寒いだろうから」
「有り難う。それじゃあ」
 その申し出を受けて座ろうとする。だがここで扉が大きく開いた。
「やあやあお歴々」
 お洒落な感じに切り揃えた口髭を生やした男が部屋に入って来た。顔立ちは優しげであり、服装は貧しいながら見栄えに気を使っている。彼もまたロドルフォ達の仲間である。
 彼の名はショナール。音楽家である。カレーの生まれだがイタリアに留学し、そこで音楽を学んだ。そしてパリのカルチェ=ラタンでマルチェッロと知り合い彼等との共同生活に入った。仲間の間では洒落者として知られている。
「おう、大音楽家」
「どうも、大画伯」
 その誘ってくれたマルチェッロに挨拶を返す。
「フランス銀行が破産したよ」
「あの銀行がかい?」
「ギゾーの奴もヘマをしたな」
 この時代のフランスの首相である。保守派の大物であり、頑固なことで知られている。一方で歴史家としても知られている。あまり評判はよくない。
「いや、ギゾーではなく君達のせいさ」
 ショナールは笑ってこう言った。
「僕達のせいだって?」
「あそこにはお金は入れてないぜ」
 フランス銀行どころか何処にも入れる程余裕はないのであるが。
「いや、他ならぬ君達のせいさ」
 だが彼はまだ笑っていた。
「それがこの証拠さ」
 開けたままの扉に顔を向けて指を鳴らす。そして小僧達が部屋に入って来た。
「おお」
 三人は小僧達ではなく彼等が手にするものを見て思わず声をあげた。彼等はその手に薪や葉巻、そしてパンにワインを持っていたのだ。小僧達はそれを部屋に置くとショナールからチップを受け取り立ち去った。
「一体何をやったんだ!?」
 マルチェッロは驚いた顔でショナールに問うた。
「いきなりこんなものを持って来て」
「まるで犯罪者みたいに言うな」
 マルチェッロの顔を見て顔を顰めさせた。
「何だってこんな。これだけのものを」
「それは僕の才能に対する正統な報酬なんだ」
「報酬!?」
「そうさ、ほら」
 懐からコインを取り出した。
「これが何よりの証拠さ」
 そこにはフランス王が描かれている。ルイ=フィリップだ。その顔が描かれていることが何よりの証拠であった。
「ほら、わかっただろ」
「うむ」
「陛下の御顔を見せられてはな」
 三人も納得するしかなかった。
「実は今日街でバイオリンを弾いていつもの小銭を稼いでいると一人の紳士が声をかけてくれたんだ」
「紳士が」
「そうさ。イギリスから来た紳士でね。パリにある別邸でバイオリンを聴きたいと仰っていたんだ」
「そして君はそれに乗った」
「その通り。自己紹介をしてね。おっと、そっちに行ってもいいかな」
「ああ、来いよ」
 コルリーネはそれを受けて彼も暖炉の側に誘った。
「寒いだろ」
「悪いな。確かに寒かったよ」
 そう言いながらテーブルの上にパンとワインを置いていく。それから暖炉の側に座った。
「まあこれでも食べて」
「パイもあるのか」
「ソーセージもあるぞ」
「おいおい、本当に豪勢だな」
 三人はそうした山の様な食べ物を見て目を細めた。
「こんなものまであるなんて」
「それで話の続きだけれどね」
「ああ」
 四人はそれぞれその手に食べ物やワインを手にしている。それ等を口にしながら話をし、それを聞いていた。
「オウムと勝負しろって言われたんだ」
「オウムと!?」
「ああ、結構芸達者なオウムでね」
 ショナールはここでワインを口に含んだ。ボトルからそのまま口に流し込む。
「歌が歌えたんだ。それも何曲もね」
「面白そうなオウムだね」
「ところがそのオウムと勝負しろ、だ。曲が尽きた方、つまり止まった方が負けで。負けたら報酬はなし」
「それでどうしたんだい?」
 どこえお問うた。
「最初は勝負をしていたさ。けれどね」
「けれど?」
「紳士が用足しに出掛けた時にそこにいたメイドに尋ねたんだ。あのオウムはどうやったら黙るか、ね」
「ふん」
「そのメイドが言うにはオウムはパセリが嫌いでね。それを食べると黙ってしまうって聞いたんだ」
「それを食べさせたんだ」
「その通り」
 パンを流し込みニヤリと笑った。
「メイドさんがこっそり持って来てね。紳士が戻って来た時にはオウムはだんまりで僕だけ元気に弾いていたのさ」
「そういうことか」
「ああ。それで目出度く報酬を手に入れたんだ」
「それはお見事」
「天晴れだな」
「金はまだあるぞ」
 ショナールはニヤリと笑ったまま言った。
「外で食べる程にな」
「外でか」
「そこで諸君に提案だ」
 ショナールは三人に対して言う。
「今夜はクリスマスだ。派手にやらないか」
「悪くないな」
 まずマルチェッロが乗ってきた。
「せめて今夜だけはな」
「街に行けばソーセージや揚げ物で満ちている」
「おい、哲学者はそこにしか目が行かないのかい?」
「それでは詩人殿は何に目が行くのですかな?」
「女の子に決まってるじゃないか」
 ロドルフォは誇らしげに返した。
「可愛い女の子とその朗らかな歌に。他に何があるんだ」
「それもあったか」
「やれやれ。哲学的思考もいいけれどそんなことじゃもてないぞ」
「それは困った。何とかしないとな」
「それを何とかする為にも」
「今日は行くか」
「うむ」
 四人は頷き合いすくっと立ち上がった。そして扉に向かいノブに手をかける。
 開ける。するとそこには一人の太った男が立っていた。
「開けて下さったんですね」
 男はその開けられた扉と前に立つ四人を見て声をあげた。
「これは。有り難うございます」
「大家さん」
 ロドルフォがその男を見て声をあげた。
「またどうしてここに」
「いえ、大したお話じゃないんですけれど」
 四人が住んでいるこの屋根裏のあるアパートの大家であった。気のいい主人である。
「はあ」
 四人はまずは彼の話を聞くことにした。まずは部屋に入れる。
「寒いでしょうから」
「あっ、どうも」
 部屋を貸している立場だが腰は低い。確かに好人物である。
 四人もそんな大家は嫌いではない。ただ一つの点を除いて。
「それでですね」
 大家はゆったりと話をしていた。
「そのお話とは」
「はい」
「家賃のことです」
 その彼等が大家を嫌うただ一つの点がそれであった。大家は今それを口にしてきたのだ。
「もう三ヶ月になりますが」
「ああ、それですか」
 コルリーネがしれっとした顔で返す。
「そろそろ払って頂きたいのですが」
「まあ一杯」
「おや、ワインですか」
「そう、これは我々からのおごりです」
「家賃とは関係ありませんので。どうぞ」
「すいませんね」
 大家は疑うことなくそのワインを受け取った。そしてマルチェッロからコップを受け取った。
「乾杯」
「乾杯」
 乾杯の後でまずは注がれたワインを飲む。
「では一息ついたところで」
「もう一杯」
「これはどうも」
 すかさずショナールが勧めそれに乗る。
「すいませんね、気を使って頂いて」
「いえいえ、大家さんは我々の大事なパトロンですから」
「偉大な芸術の保護者です。無下に扱ったりはできません」
「えへへ、そりゃどうも」
 見え見えのお世辞であるが悪い気はしなかった。
「さぞかしもてるでしょうな」
「滅相もない」
 マルチェッロの言葉に謙遜してみせる。
「もてるだなんて。そんな」
「いえいえ、昨夜見ましたよ」
「えっ!?」
「マビュで。貴婦人を御相手に」
 当時シャンゼリゼ通りにあった舞踏場である。華やかな場所として知られていた。
「御見事なステップで」
「いや、あの時はね」
 マルチェッロは冗談のつもりだったがどうやら本当だったらしい。彼はえへへと笑って頭をかいていた。
「ほんの余興で」
「貴婦人の方に対してもひけをとらない男伊達っぷりでしたな」
「すみにおけませんなあ」
 ショナールが感心したように言う。
「流石は我等の保護者だ」
「ではもう一杯」
「はい」
 またショナールが勧めたワインを口に含む。
「では今宵もですな」
「いや、今宵は」
「いやいや、是非行かれるといいです」
「今宵は。そんな」
「今夜はクリスマスですぞ」
「それでは奥方と?」
「それもねえ」
 コルリーネの言葉には弱い苦笑いになった。酒でほんのりと赤くなった顔が笑ったように見えた。
「普段通りというのは」
「それでは?」
「いえ、私もね」
 ロドルフォの言葉に乗る形となっていた。
「若い時臆病だったのを埋め合わせしている時期でして。若い女性を相手に」
「熟練の手練を」
「心憎いことで」
「痩せた可愛い女の子に」
「いえ、痩せたのは駄目です」
 それは断りを入れてきた。
「何故ですか?」
「それはですね」
「まま、どうぞ」
 そしてまたショナールが酒を勧める。
「お話下さい」
「痩せた女は厄介なものなのですよ」
 彼は首を捻った後でこう述べた。
「特に冬はね」
「ほう」
「側にいても暖かくないですし。それに神経質な女が多くて付き合っていると気苦労が絶えませんよ」
「そういえばそうですね」
「大詩人、どう思うかね」
「さてね」
 コルリーネは仲間うちで最もスタイルと顔のいいロドルフォに尋ねてきた。
「まあ痩せている人はそんなタイプが多いかな。男も女も」
「じゃあ君も危ない」
「確かに僕は女の子の浮気は嫌だね」
 そして彼もそれは認めた。
「僕も付き合っている時は一人だし」
「偶発的恋愛を必然的恋愛に変えると」
「そういうことさ。愛は純粋なものでなければいけないよ」
 そう彼の考えを述べた。
「浮気だたんて。そんな」
「やれやれ、潔癖症なことだ」
 コルリーネはそれを聞いて肩をすくめさせた。
「パリでそんなこと言うなんてね」
 ブルボン朝の時代からそうした貞操観念はフランスではあまり強くはなかった。アンリ四世にしろ太陽王ルイ十四世にしろそれはなかった。むしろ多くの愛人を持っていた。
「では今宵も」
「はい」
 ベノアはショナールの言葉に頷いた。
「行くとしましょう」
「わかりました、ではここに留まっていてはいけませんな」
「えっ!?」
 マルチェッロの言葉に思わず驚きの声をあげる。
「それでは早く」
「行かれるがよいです」
「あ、あのちょっと」 
 マルチェッロとショナールの言葉に強引に立たされた。
「あの、私は」
「さあさあ」
「あちらで貴婦人達がお待ちですぞ」
「まずは家賃を」
「気付けです」
 ショナールはまた酒を勧めた。
「うっ」
 そして半ば強制的に飲まされた。
「ついでにもう一杯」
「大家さんの健闘をお祈りしてです」
「これはまたどうも」
 飲んだのが運の尽きだった。二人の術中に嵌まった。
「勝利への杯です」
「御機嫌よう」
 こうして彼を部屋から追い出した。そして四人は閉じられた扉を見てニヤリと頷き合った。
「これでよし」
「うむ」
 四人は見事大家を追い出すことに成功したのであった。
「家賃は払ったな」
「それも三ヶ月分」
「これでよし」
「さてと、街に繰り出そうか」
「カルチェ=ラタンへ」
「僕達の約束の地へ」
「行くとするか」
 こうして四人は出ることに決まった。そして身支度を開始する。コルリーネはまた外套を着た。
「本当にその外套が好きなんだな」
「僕の親友さ」
 マルチェッロにそう言葉を返す。
「長い間のね」
「そうなのか」
「寒い時は何時でも一緒だったんだよ」
 外套を着ながらいとおしげに言う。
「いつもね。本当に頼りにしているよ」
「何者にも代え難いかい」
「ああ」
 コルリーネは頷いた。
「これなくしての冬なんてね。とても考えられないよ」
「大哲学者の無二の親友に敬礼」
 マルチェッロは悪戯っぽく敬礼してみせた。
「それじゃあ行くとしよう」
「そうだな」
「ロドルフォ、君も行くんだろう?」
 ショナールが声をかけてきた。
「いや、ちょっと待ってくれ」
「どうしたんだい?」
「ビーバー誌の原稿があるから」
 当時出ていた雑誌の一つである。今で言うところの文芸誌であろうか。当時のフランスの雑誌は文化の先端をいっているとされていた。多分にフランス人達の自画自賛であるが。
「まだ仕上げていなかったのか」
「筆が乗らなくてね」
 マルチェッロに苦笑して答える。
「どうにもね」
「そうか。早く仕上げろよ」
「五分で出来る。その間待っていてくれ」
「わかった、五分な」
「それ以上は待たないぞ」
「ああ」
「それじゃあ下の門番のところで」
 コルリーネが待ち合わせ場所を指定してきた。
「遅くなったら呼ぶからな」
「ああ、待っていてくれよ」
「ビーバーの尻尾は短く切るんだぞ」
 ショナールが部屋を出る時ふざけて言った。
「いいな」
「階段に気をつけろよ」
 マルチェッロが言う。
「暗くなってきているからな」
「えっ、もうか」
 見ればその通りであった。夜の世界がパリを急激に覆おうとしていたのであった。
「早いものだ」
「手摺りに捕まろう」
「ああ」
「おっとと」
「おいコルリーネ」
 二人が慌てた声を出す。
「うわっ!」
 そして転んだのか鈍く、それでいて派手な音が階段から聴こえてきた。
「大丈夫か、コルリーネ」
 それを耳にしたロドルフォが扉を開けて尋ねた。
「ああ、何とかな」
 階段から落ちて背中をしこたま打っているようだが無事であった。
「無事だ」
「怪我はないか?」
「とりあえず骨折はない」
 彼は暗い階段の中で立ち上がりながら答えた。
「ちょっと打っただけだ」
「そうか、不幸中の幸いだったな」
「全く。これから遊びに行くのに縁起が悪いな」
「まあそう言うな」
「気を取り直して行くとしよう」
「ああ」
 マルチェッロとショナールの言葉に頷く。そしてアパートを後にする。
「早くしろよ」
 三人は最後にロドルフォに言う。そして彼はそれを受けてテーブルに座る。そしてペンにインクを付けて書こうとする。だがどうにも筆が進まないのだ。
「参ったな」
 彼はそれを見て顔を顰めさせた。
「あと少しだっていうのに」
「あの」
 ここで扉の外から声がした。女の声であった。そして次にノックが聴こえてきた。
「はい」
 ロドルフォはそのノックに気付いた。そして席を立ち扉の方に歩いて行く。
「何でしょうか」
 歩きながら考える。ここに尋ねて来るような女の知り合いがいるであろうかと。
「ムゼッタかな」
 マルチャッロの前の恋人だ。だが彼女にしては声が可愛い。
「違うな。それじゃあ」
 やはりわからない。誰なのか思いながら扉を開けた。
「どなたですか?」
「あの」
 扉を開けるとそこには赤と白のチェックの長い服を着た少女がいた。白といっても全体的に汚れていて暗がりの中でも灰色に見える。その暗がりがさらに増していく中で。
 髪は黒く、目は少し垂れ気味であるが切れ長ではっきりとしており、琥珀色の光を放っていた。鼻は高めでスラリとしている。だがその顔は白く、まるで雪の様である。そしてやややつれた印象を受けた。
「どうされました?」
「灯かりが消えてしまいまして」
「灯かりが」
「はい。宜しければ頂けないでしょうか」
「ええ、どうぞ」
 ロドルフォはそれを入れてその少女を迎え入れた。
 少女はそれを受けて部屋に入る。だが急に息が詰まった様になって顔を顰めさせた。
「どうかされたのですか?」
「はい、ちょっと」
 少女は苦しそうな声で答えた。
「階段で。少し疲れてしまいまして」
「そうなのですか」
 ロドルフォはそれを聞いて少し考えた。そしてコップにワインを注いで差し出した。
「どうぞ。気付けに」
「有り難うございます」
 少女はそれを受け取った。ロドルフォはワインを渡しながら彼女の顔を見た。
「大丈夫ですか?」
 顔色があまりにも悪いので尋ねた。
「あまり御気分がよくないようですが」
「いえ、大丈夫です」
 少女は弱い声で言った。
「お気になさらずに」
「いえ、そういうわけにはいきません」
 だがロドルフォはここでこう言った。
「ここは寒いですし。火でもあたりませんか?」
 そう言いながらもう火が消えた暖炉に薪を入れようとする。だがミミはそれを制止した。
「いえ、いいです」
「いいのですか?」
「はい。ワインであったまりましたので」
「そうなのですか」
「それで灯かりを」
「ああ、はい」
 ロドルフォはその言葉に動いた。そしてテーブルの上に置かれている蝋燭を差し出した。
「これを使って下さい」
「有り難うございます」
 少女はその蝋燭を受け取る。ロドルフォはその間に別の蝋燭を取り出してそれに灯かりを点ける。そしてそれをテーブルの上に置いた。それからまた書こうとする。そこでふと少女の顔をもう一度見た。
(可愛いな)
 最初見た時から実は思っていたがあらためて認識させられた。
(背も低いし楚々としていて。僕好みだな)
「あの」
 ここでまた少女が声をかけてきた。
「あ、はい」
「どうも有り難うございます」
「いえ、いいですよ」
 ロドルフォは平静を装って言葉を返す。
「蝋燭位」
「それではこれで」
「はい」
 二人は別れた。少女はそのまま部屋を立ち去ろうとする。だがここでふと声をあげた。
「あっ」
「どうされました?」
「いえ、鍵が」
 彼女は困った声をあげた。
「鍵が?」
「はい、部屋の鍵が。何処かしら」
 今もらった蝋燭の灯かりを頼りに床の上を探す。
「あれがないと」
「あっ、お嬢さん」
 ロドルフォは立ち上がって彼女に声をかけた。
「扉は閉めて。さもないと」
 だがその言葉は遅かった。風が吹いて来たのだ。
「ああっ」
「遅かったか」
 その風が少女が持っている灯かりを消してしまった。暗がりはさらに深くなっておりもう真っ暗であった。
「風が吹いて。火が消えてしまうので」
「そうだったのですか」
「申し遅れました。すいません」
「いえ、それはいいですけれど」
 それでも少女の声はこまったものであった。
「灯かりをまた。頂きたいのですが」
「今度は火だけでいいですよね」
「はい」
 声が頷いていた。ロドルフォはそれを受けてテーブルの上の蝋燭を持って少女のところへ向かおうとする。だがここでまた風が吹いた。そして火を消してしまったのだ。
「参ったなあ」
 ロドルフォは火が消えた蝋燭を見て困った声で呟いた。
「どうしましょうか」
「仕方ありませんね」
 とりあえずは扉を閉めた。それから言った。
「一緒に探しましょう」
「すいません」
 少女はそれを受けて申し訳なさそうに言う。
「いえいえ、困った時はお互い様ですから」
「そうなのですか」
「ですからお構いなく。では探しましょう」
「はい」
 こうして二人は暗がりの中うずくまり床の上を手探りで探しはじめた。やがてロドルフォの手に何かが当たった。
「あっ」
「見つかったのですか?」 
 少女が問う。だがロドルフォは答えようとするところでふと考えた。
(待てよ)
 いささか卑怯であるがここであることを思いついたのだ。
「えっ、いえ」
 それは確かに鍵であった。形でわかった。だが彼は嘘をついた。
「違いました。気のせいでした」
「そうでしたか」
 こっそりとその鍵を自分の上着のポケットに入れた。そして探しながら少しずつ少女に近付く。
 手が触れた。それは最初は微かに触れ合っただけだった。だがロドルフォはすぐにその手を握った。
「えっ」
 少女は驚きの声をあげる。ロドルフォはそんな彼女に対して優しい声で語りかけた。
「何という冷たい手なのでしょう」
 そして少女の顔を見据えていた。暗がりの中であったが目が慣れてきていた。その美しい顔が見えていた。
「僕に暖めさせてくれませんか?」
「けれど鍵が」
「この暗がりです。そう簡単には見つかりはしませんよ」
 後で鍵は返すつもりである。
「けれどそれよりは」
 少女を導きながら立ち上がり窓の方へ顔を向ける。
「御覧下さい。今夜は月夜です。私達の側に月があります」
 少女は離れようとした。だがロドルフォの手は掴んだままであった。
「待って下さい」
「ですが」
「少しでいいのです。僕のことを話させて頂いて宜しいでしょうか」
「貴方のことを?」
「はい」
 ロドルフォは頷いた。
「僕のことを。宜しいでしょうか」
 月の光が窓から入って来ている。その白く優しい光が彼の顔の右半分を照らしていた。優しげで整った顔立ちであった。その顔を見て少女も頷いた。
「はい・・・・・・」
 こくりと頷いた。
「お願いします」
「わかりました。それでは」
 ロドルフォはそれを聞いてゆっくりと口を開きはじめたのであった。
「僕は詩人なのです」
 彼は語った。
「詩を書き、そしてそれで生きています。貧しいですが豊かです」
「豊かなのですか?」
「そうです。その貧しい生活の中で僕は愛の詩と歌を惜しみなく、王侯の様に費やしているのです。この上なく豊かな日々を
送っています」
「幸せなのですね」
「ええ、幸せです。夢と空想、そして空に描く城が僕の心を満たしてくれています。これを幸せと言わずして何と言いましょう。
ですが同時に僕には二人の泥棒がいます」
「泥棒が二人も」
 ロドルフォの言葉に心を向けた。
「悪い奴等です。僕の豊かな宝石箱から全てを盗んでいきます。美しい目をいう二人の泥棒が。そして今も」
「何を盗んだのでしょう」
「僕の夢、いつも見る美しい夢を。貴女と一緒に入って来て盗んで行きました。けれどそれは少しも悲しくはありません」
「どうしてですか?」
「もうその宝石箱は楽しい希望の住処になったからです。貴女によって」
「私によって」
「そして今度は僕が尋ねさせてもらいます」
 ロドルフォは言った。
「はい」
「貴女は。一体誰なのでしょうか。宜しければお話下さい」
「私は」
 少女はそれを受けてゆっくりと口を開きはじめた。
「私はミミと申します」
「ミミ」
「はい。皆そう呼んでくれます。私の名前はルチアというのですが皆親しみを込めてミミと呼んで下さるのです」
「可愛らしいあだ名だ」
「私は絹や麻に刺繍をして暮らしています。心穏やかに幸せに、布に百合や薔薇を入れるのが仕事になっています」
「素晴らしい仕事だ」
「はい」
 これがお針子という仕事であった。当時若い女性が就いていた仕事の一つである。だがこれだけではなく時としてその身体を男に任せて糧を得る場合もあった。これは当時のフランスでは特に悪いことではなかった。パトロンという存在があり、金を持った男に囲われるのはフランスの女としては普通のことだと考えられていたのである。女優もそうした風潮があった。また男であっても芸術家もそうした中にあった。思想家であるルソーも金持ちの貴族夫人をパトロンに持っていたのである。
「私を喜ばせるものがあるのです」
「それは」
「甘い魔力です」
 彼女は言った。
「愛や青春について語ってくれるもの、そして夢や空想について語ってくれるものです。つまり詩という名前を持っているものなのです。おわかりでしょうか」
「はい」
 その言葉はロドルフォを喜ばせた。
「一人で静かに暮らしています。このアパートの西の屋根裏部屋で。青い空と白い雲が見えるだけの小さな部屋です。小さな部屋ですけれど雪が溶けて春になると最初にその春に出会えることが出来ます。四月の最初の接吻が私のものとなるのです」
「いい部屋ですね。僕達の寒い部屋とは違って」
「鉢の中に薔薇が芽をふいて、木の葉が一枚一枚出て来て。素敵な香りがして。私の作る花には香りがありませんがその花はどんな季節にも咲かせることが出来ます」
「つまり貴女は日々春を作り出している」
「はい、この手で」
 彼女は言った。
「そしてこの手で神様にお祈りしています」
「小さな冷たい手で」
「こんな私です。おわかり頂けたでしょうか」
「充分です」
 ロドルフォは彼女自身からそれを聞くことが出来て満足していた。それでもう充分であった。
「有り難うございます。それでは」
「おーーーーーいロドルフォ」
 だがここで下から声がしてきた。マルチェッロ達であった。
「いけない、忘れてた」
「もう五分はとっくに過ぎたぞ」
「原稿はまだあがらないのかい?」
「大詩人もスランプの時があるのか?」
「だからちょっと待ってくれって」
 三人はアパートの入り口から呼び掛けていた。ロドルフォはそんな彼等に窓から身を乗り出して言った。
「あと少しだからな」
「出る時もそう言ったぞ」
「明日書けばいいんじゃないのか?」
「それは」
「どうかしたのですか?」
 ミミも窓辺にやって来た。そしてロドルフォに尋ねる。
「いえ、ちょっとね」
 ロドルフォは苦笑いを浮かべて彼女に答えた。
「仲間が」
「だからまだか?」
「早くしろよ」
「仕方ないな」
 彼はまだ言っている仲間達を見て本当のことを言うことにした。
「後で僕も行くから。席を取っておいてくれよ」
「ああわかった」
「それも二人だ」
「二人!?」
「そうさ、二人だ。頼むよ」
 ロドルフォの言葉に皆耳を疑った。
「二人だって」
「これはまたどういうことだ」
「女かな」
「いつものモニュスで。頼むよ」
「ああ、モニュスだな」
「うん」
「わかった。そこでな」
 こうして三人は先にカルチェ=ラタンに向かった。後にはロドルフォとミミだけが残った。
「僕達も行きませんか?」
「カルチェ=ラタンに?」
「ええ」
 ロドルフォはミミの問いに頷いた。
「席はとってもらいましたし」
「それだと断るわけにはいきませんね」
「はい」
 そしてミミも頷いた。
「麗しいお嬢さん」
 ロドルフォはミミをこう呼んだ。
「その優しい面影が白く優しい月の光に包まれている。何と美しいことなのでしょう」
「私の顔を」
「はい、まるで夢の様です。僕がいつも見ていた夢の様です」
「そんな、夢だなんて」
「いえ、本当です」
 彼は言った。
「嘘みたいだ。こんな姿をした人がいるなんて」
「私も」
 ミミの声もうっとりとしたものになっていた。
「この想いに溺れそうです」
「それは愛ですか?」
「多分」
 顔を少し俯けさせて答える。
「この想いを愛と呼ぶのなら。そうなのでしょう」
「この上なく甘美な言葉です。愛とは。それこそが僕の夢」
「そして私を覆おうとしているもの」
「行きますか」
「はい」
 ミミはまた頷いた。
「一緒に」
「けれど外は寒い」
 ロドルフォはここで窓の外を見て言った。
「それでも。宜しいのですね?」
「貴方と一緒なら」 
 この言葉が決まりとなった。
「何処にでも」
「寒くても?」
「貴方が一緒なら寒くもないですから」
「帰る時も?」
「聞きたがりなんですね」
 ミミはショールを着ける。ロドルフォはそれを手伝っていた。
「君のことが気になるから」
「私のことが」
「そう。そして君も」
「ええ」
ロドルフォの言葉にこくりと頷く。
「僕のことが気になるんだね」
「そう。それは」
「僕を好きということなんだよね」
「それは」
 本来なら頬を赤らめる時なのだろう。だがミミの頬は赤くはならなかった。これはミミの心とはまた別の問題であった。
「好きと言えないの?それじゃあ」
「いいえ」
 その言葉には首を横に振った。
「それじゃあ」
「ええ」
 ミミは言った。
「貴方が・・・・・・好きよ」
「僕もだよ」
 そしてミミを抱き締めた。
「それじゃあ行こう」
「ええ」
「愛と共に」
「愛に誘われて」
 二人は部屋を出た。そして三人を追いかけてカルチェ=ラタンに向かうのであった。









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