『マクベス』




                          第二幕 血塗られた玉座


 二人の王子が亡命しマクベスは王となった。王族であり勇敢な将軍でもある彼の即位を反対する者はなく彼は皆から讃えられて王となったのであった。
 王となった彼は紫の衣を羽織り王の間にいた。そこには夫人もいる。当然ながら彼女も王妃となりそこにいたのだ。彼女にしてみれば本来の場に戻っただけであったが。
 その彼女が夫に対して問うた。二人は玉座の前で立っていた。
「何を怯えておられるのですか」
 夫人は夫に対して問うた。
「近頃。王になられたというのに」
「では聞くが」
 マクベスはそれに応えて言う。
「そなたは恐ろしくはないのか。今の事態が」
「何がですか?」
 夫人は平然と笑って言葉を返すのだった。
「王になったというのに」
「それだ。確かにわしは王になった」
 それは認める。しかしだ。
「だが。あのダンカン王の息子達はまだ生きているではないか。あの二人を殺し損ねたことこそが恐ろしいのだ」
「何を仰るかと思えば」
 そんな夫の怯えた言葉を一笑に伏してしまった。
「その様なことですか。下らない」
「下らないだと」
 マクベスは夫人のその言葉に顔を向けた。暗くドス黒い顔になっていた。目の下にはクマもありそれが余計に彼を不吉なものに見せていた。
「あの二人が生きていることが」
「それはそれで好都合ではないですか」
 それが夫人の言葉であった。
「よいですか。あの二人に嫌疑をかけました」
「うむ」
 理由は簡単であった。王位を狙って自身の父を殺した。それも共謀でだ。王を殺した罪と父を殺した罪、そのうえ共謀の罪。実に罪深いとしたのだ。
「それであの二人は終わりです。そのせいで今イングランドとアイルランドにそれぞれ逃げているではありませんか」
「だから安心なのか」
「そういうことです」
 夫に対して述べた。
「大したことではありません」
「しかしだ」
 それでもマクベスの不安は消えない。なおも妻に対して言う。
「まだいるのだ」
「今度は誰ですか?」
「バンクォーだ」
 今度はバンクォーの名前を出してきた。
「あの男のことは知っているな」
「魔女達のあの予言ですか」
 それについては夫人も知っていた。だからこそ夫を王へと唆したのだから。知らない筈もなかった。ただそれは彼女にとっては天の言葉でありマクベスにとっては地獄の言葉であったが。
「そうだ。あの者の子孫がスコットランドの王となる」
 マクベスはあの魔女の予言をまた妻に述べた。
「そうなればわしは」
「では答えは簡単です」
 夫人は実に素っ気無く述べた。
「バンクォーもまた」
「そうか。そうだったな」
 マクベスは夫人の言葉を聞いて納得したように頷いた。夫人はその彼の後ろに立っているのだった。正面を見て言う夫を右に見ていた。
「そうすればいいのだ」
「ではすぐにでも手筈を」
「わかった」 
 その言葉に頷くとすぐに手を打つことにした。
「刺客を送る。それでいいな」
「はい。御覧下さい」
 ここで夫人は玉座を指し示した。マクベスもそれを見た。
「美しいと思いませんか」
「確かに」
 今度は素直に妻の言葉に頷いた。
「これ程美しいとはな」
「その美しいものを手に入れるのに手段を選んではなりません」
 夫人はじっと玉座を見ていた。そこから目を離さない。
「宜しいですね」
「わかった。それではな」
 こうして妻の言葉に頷く。だがその顔は暗く声は空ろなものであった。
 バンクォーは自身の城にいた。そこで一人呟いていた。彼の部屋は質素でこれといった装飾もない。色彩にも乏しく荒涼としていた。そこで言うのだった。
「全ては予言通りだな」
 マクベスが王位に就いたことを言っていた。同時に魔女の予言を。
「グラーミス、コーダー、そして王か。もっともその為には何かあったようだが」
 ダンカン王の死について気付いていたふしがあった。それも呟く。
「だがそれもいい。あの予言通りなら」
 ここで不敵に笑った。
「わしの子孫が王なるのだからな」
「父上」
 ここで彼の息子が来た。彼に似た顔だが若い。その名をフリーアンスという。
「そろそろ時間です」
「うむ、そうか」
 我が子に顔を向けて応えた。
「それではな。行くとするか」
「はい」
 彼は我が子を連れて城を出て森に入る。その森には不気味な濃緑のフードとマントにみを包んだ不気味な男達が潜んでいたのであった。
「そろそろか」
「そうだな」
 彼等は森の闇に潜んでいた。もう日も落ち森全体が闇の中に沈もうとしていた。
「来るぞ、バンクォー卿が」
「その息子もだな」
「そうだ、間違いなく来る」
 彼等はその闇の中で話をしていた。
「だからだ。待っていればいい」
「獲物は二人」
 そしてまた囁き合う。
「父と息子」
「それが陛下の望まれるもの」
「さすれば」
 目の前にその二人が来た。バンクォーとフリーアンスが。二人は辺りを見回しながら森の中を進んでいた。
「フリーアンスよ」
 バンクォーは彼に対して言葉をかけてきた。
「はい」
「気をつけよ。嫌な予感がする」
「左様ですか」
「思えば陛下が殺された時もそうだった」
 ダンカン王と自身のことを重ね合わせていた。それは予言の影響からであった。
「こうした感じがした。夜の闇の中で」
「父上っ」
 そこで闇の中から何かが出て来た。それは。
「何かが」
「いかんっ、我が子よ」
 バンクォーは彼等を見て咄嗟に息子の前に出た。
「逃げよ、ここは」
「ですが父上」
「私も後から行くっ」
 剣を抜いて立ち向かおうとするフリーアンスに対して告げた。彼ももう剣を抜いている。
「だから」
「わかりました。それでは」
「そなたは生きろ」
 父の言葉を受けて逃げ去るフリーアンスを見送って呟く。
「そうすればやがては」
「バンクォー殿」
 目の前に影の男達が来ていた。
「お覚悟は宜しいですか」
「くっ、多いな」
「御子息は何処へ」
「知らん」
 そう刺客達に告げた。
「だが。もう追いつくことはできぬぞ」
「そのようですな。ですが御身だけは」
 バンクォーに剣を指し示して言う。
「一つ聞きたい」
 観念したバンクォーは彼等に対して問うことにしたのだった。
「何でしょうか」
「これはマクベス卿、いや陛下の為されたことか」
「答えるつもりはありません」
 それが答えであった。
「それで宜しいでしょうか」
「わかった」
 そこまで聞けばもう充分であった。
「では。好きにするがいい」
「はい。それでは」
「せめて苦しまれぬように」
 刺客達の剣が彼の身体を貫いた。そうしてバンクォーも倒れたのであった。
 マクベスの居城。そこの大広間で宴の準備が為されていた。
 上等の酒に肉が出される。彼等はそれをテーブルの上に置いて王を讃える言葉を告げていた。
「マクベス王万歳!」
「スコットランドに栄光あれ!」
「いや、ようこそ」
 マクベスは上機嫌で彼等に応えていた。
「ようこそおいでくださいました皆様」
「さあまずはお楽しみ下さい」
 夫人も言う。彼女も上機嫌であった。キャンドルが宴の場を華やかに照らし出しそこに着飾った貴人達と御馳走があった。
「ではまずは我が妻が」
 マクベスは妻の方に顔を向けて述べた。
「玉座に就きそこで乾杯の音頭を取りますので」
「おお、王妃様が」
「はい、まずは妃を」
 妻を立てて言うのだった。それは彼女こそが王家の血を引いているからであった。
「さあさあ皆様」 
 夫人は夫の言葉に従い玉座についてそこから乾杯の音頭を取りはじめた。
「あらゆる怒りや哀しみ、憎しみを消して」
 自ら杯を取る。そうして言う。
「悦びと愛、陽気に身をゆだねてしまいましょう。さあ」
「是非共」
 客達もそれに応える。めいめい杯を掲げる。
「陛下」
 そこに誰かが来た。それは刺客の一人であった。
「どうした」
 マクベスはそれを見てこっそりと部屋の隅にも向かった。そこで話をはじめた。
「やったのか」
「はい」
 刺客はマクベスの言葉に頷いた。
「見事」
「そうか。その血が証拠だな」
「如何にも」
 刺客の顔には返り血があった。その服にも。
「これが何よりの証拠です」
「でかした。どちらもか」
「申し訳ありませんがフリーランス殿は」
 ここで刺客の顔が曇った。
「討ち漏らしてしまいました」
「だがバンクォーは死んだのだな」
「左様です」
 その言葉に頷く。これは真実であった。
「申し訳ありませんが」
「いや、いい」
 マクベスは今のところはバンクォーだけでよしとしたのだった。
「まずは一人だ」
「左様ですか」
「そうだ。では後で褒美を取らせよう。下がれ」
「はっ」
 刺客は下がった。マクベスはそれを見届けて戻ろうとするがそこで夫人が言うのであった。
「陛下」
「うむ」
 マクベスは彼女に顔を向けて応える。
「そうだったな、済まぬ」
「ここにお戻り下さい。それにしても」
 夫人はここで芝居をすることにした。
「ここに勇者がいないのは」
「まことに残念なことだ」
 マクベスもその芝居に乗った。
「バンクォーがな。一体どうしたのか」
「全くです。ですが仕方がありません」
 夫人は目の奥だけで笑っていた。
「ですからここは」
「座って待つとしよう」
 マクベスは玉座に向かった。だがそこには。
「なっ」
 玉座を見て身体を凍らせてしまったのだった。
「何故貴様がここに」
「どうされたのですか?」
「見えないのか?そなたの横に」
 夫人に対して言った。
「いるのが。あの男が」
「私には何も」
 これは芝居ではなかった。彼女には本当に見えなかった。
「見えませんが」
「馬鹿な、どうしてだ」
 マクベスにはそれが信じられなかった。
「見えないのか。そこに血塗れになった姿で座っているのが」
「ですから何を」
 夫人は話を聞きながら周囲を見ていた。見れば客達が不穏なものを感じ取っていた。
「生きていたのか。いや、死んでいるな」
 マクベスはなおも言っていた。
「間違いなく。それがどうして」
「おかしいな」
「うむ」
 客達はそれぞれの顔を見合わせて話し合っていた。
「陛下は」
「何もいないというのに、玉座には」
「ふむ」
 その中で一人鋭い目をさせている者がいた。マクダフである。
「どうやら間違いないな」
「去れっ」
 マクベスは玉座の亡霊に対して告げた。
「王の命令だ。地獄にさっさと行くのだ」
「陛下」
 夫人は玉座から下りた。そうして夫の横に来て言うのだった。
「御気を確かに」
「そなたか」
「はい。落ち着かれるのです」
 また彼に囁くのであった。
「宜しいですね。何もいません」
「そうか。いないのか」
「思うからこそ見えるのです」
 あえてこう言って夫を安心させた。
「宜しいですね。だからこそ」
「わかった。思わないようにしよう」
 マクベスは妻の言葉にようやく落ち着きを取り戻したのであった。
「それではな」
「はい。それでは皆様」
 落ち着いたばかりの夫に代わって乾杯の音頭を取るのであった。
「今こそ喜びの杯を。憎しみも怒りも忘れて愛と陽気を楽しみましょう」
「はい」
「それでは」
 客達もそれを受けて杯を手にした。
「全ての悪を消すもの。それは」
「正義だ」
 マクダフは誰にも聞こえないようにして呟いた。
「それは」
「これしかありません」
 だが夫人はそれに気付かずに杯を掲げるのであった。
「新しい命の糧。それを楽しみ」
「また新しい喜びを」
「まだ来ていないバンクォー殿の分まで」
 あえてバンクォーの名を出した。
「楽しみましょう」
「その通りだ」
 マクベスもようやく気を取り直して言う。
「私もまた彼の為に」
「杯を」
 客達も続いた。その時であった。
 また亡霊が姿を現わしたのだった。しかも同じ場所に。
「まだいたのか」
 マクベスはまた彼を見て顔を青くさせた。
「何処までも。生きているのか。いや」
 そうではない。それはわかる。
「死んでいる。では地獄に行け」
「見ているな」
 マクダフはまた呟いた。
「あの方の亡霊を。ということはだ」
「全てを地獄の炎に焼かれて。死んでしまうのだ」
「陛下」
 また夫人が彼に囁く。
「ですからそんなものは」
「いや、いる」
 今度は妻の言葉を退けた。
「恐れてはいないぞ、私は」
 自分自身への言葉であった。
「貴様なぞ。だから」
「どうしたのだ?」
「やはりこれは」
 客達はまた疑念に包まれた。もうそれは止められなかった。
「妙だな」
「あそこに。誰かいるのか」
「わしには予言がある」
 マクベスは玉座の男に対して高らかに宣言した。
「それがある限り。貴様なぞには、いや」
 その予言にギクリとする。
「まさか。そんなことが」
「皆様」
 それでも夫人は平然とその場を取り繕いにかかった。
「陛下はお疲れです。ですから」
「違うな」
 やはりマクダフはそれに騙されはしない。
「この男は王ではない」
 マクベスを見て言う。
「ただの。謀反人だ」
「だがそれは違うのだ」
 マクベスはなおも己のものである筈の玉座を見て言っていた。
「わしこそが。わしこそが」
 うわ言の様に繰り返す。影が灯りの中に揺れそれはまるで別の生き物のようであった。



うーん、殺伐としてきたと言うか。
美姫 「亡霊を見ているみたいだけれど」
果たして、それは亡霊なのか幻覚なのか。
美姫 「どちらにしても、これからどうなるのかしら」
予言ではバンクォーの子が王になる感じだったけれど。
美姫 「その肝心の子供を逃がした訳だしね」
どんな結末が待っているのか。
美姫 「次回も待ってますね」



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