『魔笛』




                             第一幕  魔笛を授けられ

 森の中から一人の若者が出て来た。
 見ればその服は濃い青と赤が複雑に入り混じった光を放つものだった。上着は日本の着物を思わせるものでズボンも何処かそんな感じである。
 金髪で癖のある巻いた髪を上にあげている。青い目がかなり美しい。彫のある顔でその小さな目には知的な光もある。その若者が森の中から出て来て必死に逃げていた。
「助けてくれ!」
 見れば後ろからとてつもない大きさの大蛇が彼に迫って来ている。
「このままでは蛇!」
 だが気力が尽きたのか倒れ込んでしまった。蛇は今にも彼を飲み込まんとする。しかしここで三人の不思議な女達が出て来てである。それぞれの指から光を放ってその蛇を倒してしまった。
「そうはさせるものですか」
「この大蛇め!」
 その光で大蛇を貫き仕留めてからの言葉だった。
「これでこの若者は救われたわ」
「私達の手によって」
「それに」
 その若者を見ての言葉である。
「この若者って」
「そうね。綺麗な顔をしているわ」
「こんなに綺麗な若者って」
「まるで絵になっているようね」
 三人はそれぞれ黒いドレスを着ている。一人は金髪で青い目をしていて一人が銀髪で緑の目、最後の一人は青銅の輝きの髪で黒い目をしている。
「こんな若者と一緒になれたら」
「それこそ」
「女王様も」
 女王という言葉も出て来た。
「御心を安らげさせられるわ」
「きっとね」
「そうなるわね」
「それじゃあ」
 ここでまた言い合う三人だった。
「私が残るわ」
 金髪の美女が言うのだった。
「だから貴女達はね」
「何、それじゃあ」
「貴女だけが残るっていうの?」
「まさか」
「そうよ、まさかよ」
 金髪の婦人は二人に話す。
「だからね」
「駄目よ、私よ」
「私がなのよ」
 銀髪の美女と青銅色の髪の美女も主張する。
「ここに残るのは」
「私がこの若者の前によ」
「残るわ」
「そうするわ」
 こう言い合いであった。三人共引かない。
「私が」
「いえ、私が残って」
「この若者を護るわ」
「蛇は倒したけれど」
「まだ何がいるのかわからないから」
 言っていることは三人共同じであった。
「絶対によ。私が残るわ」
「この美しい若者のところに」
「だからその間に」
「埒が明かないわね」
 ここで遂に銀髪の美女がたまりかねて言った。
「もうこうなったらね」
「そうね。少しの間だし」
「ここは結界を張って」
「そうして」
 三人はまた指を動かして光を放った。それによって彼の周りに結界を張った。それで守りを固めてであった。三人はその場を去るのだった。
「ではまた」
「会いましょう」
「すぐに戻るから」
 こう話してその場を後にする。するとそれと入れ替わりに。
 一人の若い男が出て来た。鳥の羽毛で作ったブラウンの服を着ている。帽子も鳥の頭の形であり非常に変わったものだ。黒い細めの多い毛が帽子の間から見える。目は黒く鼻が高い。やはり彫が深い。背はかなり高く身体つきはしっかりしている。その彼が着たのだ。
 彼の周りには鳥が舞っている。その鳥達を見ながら言うのだった。
「あれっ、ここは何処なんだ?」
 周囲を見回しながらの言葉だった。
「森から出てみたら。それにこいつが死んでいる」
 大蛇を見ての言葉だ。
「この化け物が何で死んだんだ?」
「あれ?」
 そしてであった。ここでタミーノも意識を取り戻した。そこで男が言っていた。
「おいらは鳥刺し家業。いつも朗らかエッサッサ!」
 こう明るく言っていた。
「老いも若きも国中で知らぬ者なく鳥刺し屋。罠のことなら任せておくれ笛の吹きよりも生かす腕!」
「何か変わった男だな」
 タミーノも彼を見て呟く。
「誰なんだろうか」
「鳥は全部おいらの獲物。捕まえて朗らかよい機嫌」
 さらに言ってであった。
「娘絡める鳥網欲しければ一ダースすつごっそりと絡め取って傍に置きたければ籠の中」
 こんなことを言うのだ。
「そして砂糖の山ととっかえて。一番好きな娘に砂糖を全部やろう」
 朗らかな言葉がさらに続く。
「そして優しく口をつけ合って女房亭主のひとつがい。おいらの傍でおねんねすれば赤子の様に揺すってやろう」
「ねえ君」
 タミーノはその彼に問うた。
「少しいいかな」
「おや、何だい?」
「君は誰なんだい?」
 立ち上がりながら彼に問うのだった。
「はじめて見るけれど」
「おいらが誰かか」
「うん、誰なんだい?」
 その名前等を問い続ける。
「それで」
「またそれは馬鹿な質問だね」
「馬鹿なだって?」
「そうだよ。見ればわかるじゃないか」
 笑ってこうタミーノに言うのである。
「見ればね。それでね」
「わかるっていうのかい?」
「人間だよ」
 そしてこう言うのだった。
「見ればわかるじゃないか」
「人間なのか」
「じゃあ他に何だっていうんだよ」
 また笑っての言葉だった。
「人間だよ。あんたと同じね」
「また変わった服だな」
「いや、あんたもかなりね」
 それはお互い様だというのだ。それを言うのであった。
「変わってると思うがね」
「そうかな。変わってるかな」
「そうじゃないか。変わってるよ」
 彼はタミーノに笑いながら話し続ける。
「随分とね」
「僕の国じゃこれが普通の服なんだけれどな」
「そうそう、おいらも聞きたいよ」
 今度は彼からの言葉であった。
「あんたは一体何者なんだい?」
「僕かい」
「そうさ。あんたは一体何者なんだい、そえで」
「僕はその国の王子なんだ」
「王子?」
「そう、東の彼方の国の」
 そこから来たというのである。
「父は広い領土と多くの人民を治める国の主なんだよ」
「だから王子様なのかい」
「うん、東の方のね」
「東というと」
 彼はタミーノのその言葉を聞いてそのうえで言うのであった。
「あれかい。あの山の向こうにも国があって人間があるのか」
「僕の方から見てもそうだったんだよ」
 お互いに東の彼方に連なって見えるその山々を指差しながら話す。
「あの山の向こうに本当に人がいるのかをね」
「わからなかったのかい」
「その通りさ」
「そうか、それならだ」
 彼はタミーノのこの話を聞いてあらためて述べた。
「おいらも大儲けができるな」
「大儲けって?」
「いや、鳥を売ってね」
 すっかり自分の話になっていた。
「それでね」
「君は商人なのかい?」
「さて」
 そう問われるとだった。首を傾げさせるのだった。
「それはどうかな」
「どうかなって君はわからないのかい」
「いや、どうやって生まれてきたのか自分でもわからないんだよ」
「御両親も何もかい?」
「そう、何もだよ」
 こう答えるのだった。
「わからないね」
「そうなのか」
「けれどそれがどうしたんだい?」
「いや、変わってるなって思ってね」
 こう素直に己の考えを述べるタミーノだった。
「この国の名前は」
「エジプトだよ」
 それがこの国の名前だというのだ。
「丁度この国の入り口だね」
「そうか。エジプトというのか」
「あんたの国の名前は?」
「日本だよ」
 その国から来たというのだ。
「そこから来たんだけれどね」
「日本ねえ」
「知ってるかい?」
「いや、悪いけれどね」
 今度は彼が首を横に振った。
「聞いたことのない国だね」
「そうなんだ」
「森も山も越えた向こうにあるんだ」
 それがかなり異様だというのだ。
「それはまた」
「まあ遠くではあるけれどね」
「少しだけ納得できたよ」
「それで君は?」
「またおいらのことかい」
「うん、そうだけれど」
 こう彼に話すのだった。
「君はどうやって生きてるんだい」
「生きているか、かい」
「うん、どうやって」
「皆と同じだよ」
 彼は素っ気無く答えた。
「皆とね」
「というと?」
「だからさ。飲んだり食ったりして」
「それじゃあ人間なのは間違いないんだね」
「そうさ。ものとものを交換してね」
 そうしてというのだ。
「星を煌かせた女王様とお付きの御婦人方においらが色々な鳥を捕って差し上げる」
「それが君の糧になるんだね」
「その通りだよ。そうして食べ物と飲み物を貰ってるんだ」
「成程」
「そういうことだよ」
「星を煌かせた女王か」
 タミーノはその存在の名前を聞いて少し俯いて考える顔になった。
「その人に会ったことはあるのかい?」
「いや、おいらはそれはないね」
「ないのかい」
「凄く偉い人だからね。おいらなんかが会うことはね」
「けれど君は女王を知っている」
「ああ、そうだよ」
 そのことは認めるのだった。
「けれどそれがどうしたんだい?」
「いや、それだよ」
「それ?」
「君は伝説の夜の女王を知っている」
 その存在は伝説だというのである。
「間違いなく」
「何かおかしいな」
 彼はそんなタミーノの目を見て怪訝な顔になった。
「いや、おいらをそんな目で見ても無駄だよ」
「無駄?」
「おいらは強いよ」
 一目で虚勢とわかるがこう言うのだった。
「千人力だからね」
「千人力?」
「そうだよ。強いんだよ」
「それじゃあこの大蛇は君が」
 タミーノはそれだけの力があると聞いて述べるのだった。
「倒したのかい?」
「あ、ああ。そうだよ」
 調子に乗ってでまかせを言う彼だった。
「その通りさ」
「それは凄いね」
 そしてタミーノはその話を信じた。
「いや、かなり」
「そうだろう?おいらは強いんだ」
 両手を誇らしげに掲げさせての言葉だ。
「だからね」
「ちょっと待ちなさい」
「パパゲーノ」
「何を言っているのかしら」
 しかしここで。三人の美女達が出て来た。そうして彼の名前を呼んだのだ。
「またそんなことを言って」
「おや、これはどうも」
 パパゲーノと呼ばれた彼はまずは彼女達に一礼した。
「暫くぶりです」
「この人達は?」
「さっきお話した女王様の侍女の方々なんだよ」
 パパゲーノは気さくに笑ってタミーノに話した。
「毎日おいらから鳥を手に入れてその代わりに葡萄酒とパンと甘いイチジクをくれるんだ」
「そうなのか」
「今日はです」
「葡萄酒はありません」
 その三人の侍女達が厳しい声でパパゲーノに告げてきた。
「言っておくますが」
「今日は水です」
「そしてパンではなく石です」
「それをあげましょう」
「えっ、石をですか!?」
 それを聞いて思わず声をあげたパパゲーノだった。
「何で石なんですか?そして水って」
「それにイチジクの代わりにです」
「これをです」
 こう言って彼の口に金の錠だった。早速それで喋れないようにしたのだった。
「フム!」
「何故こうしたのか」
「それは嘘の罰です」
「御前がこの大蛇を倒したなどと」
「よく言ったものです」
 それへの罰だというのだ。
「他人の勇敢な行動を己の手柄にする」
「そんな罪は許されません」
「だからこそ」
 あくまで厳しい彼女達だった。 
「女王様からの御命令です」
「わかりましたね」
「フム!」
「そしてです」
「貴方ですが」
 タミーノには一転してだった。優しい声をかけるのだった。
「この大蛇を倒したのは私達です」
「そして貴方にです」
「御願いがあるのですが」
「僕にですか?」
 タミーノは侍女達の言葉に怪訝な顔で返した。
「それは一体」
「我等が姫を助けて頂きたいのです」
「パミーナ様を」
「女王様の御為にも」
「パミーナ王女」
 タミーノも彼女が誰なのかすぐにわかった。
「その夜の煌く女王の娘」
「その通りです」
「そしてこれがです」
「この方です」
 そうして何処からか肖像画を出してきた。タミーノはその絵を見て一目で心を奪われた。そうしてそのうえで恍惚として言うのだった。
「この絵姿の心奪う美しさは見たことがない。この神々しい姿が僕の胸に新しい感動を呼び起こさせてくれる。この気持ちは名づけようがない」
 はじめて沸き起こる感情であった。
「僕はここで炎の様に燃え盛るのを感じる。まさかこの感情が」
 その名前は彼もわかっていた。
「恋なのか」
 それではないかというのだ。
「そうか。これが恋なのか、この人を見つけ出して会えたら」
 そうすればどうなるか。
「僕は温かく清らかになれる。恍惚に満たされて熱い胸に抱き寄せて。彼女は永遠に僕のものになるんだ」
「それでは美しい若者よ」
「いいですか?」
「それで」
 侍女達はそれぞれ言うのだった。
「勇気と不屈の心で用意を整えるのです」
「女王様は貴方の言葉を全て聞きました」
「そしてです」
「そして?」
「貴方を知りました」
「ですから」
 タミーノに優しい言葉で述べていく。
「勇気と雄雄しさも持っているならば」
「優しさだけでなく」
「王女様を救われるだろうというのです」
「僕が彼女を」
「そうです」
 まさにその通りだというのだ。
「ですから今こそ」
「あの悪人の手から姫を」
「悪人!?」
 タミーノはその悪人という言葉に反応した。
「それは一体誰なんですか?」
「恐ろしい悪人です」
「それが王女様をです」
「さらったのです」
「姫をさらったというのか」
 それを聞いたタミーノはいよいよ真剣な顔になった。
「それなら僕がです」
「救われるというのですね」
「姫を」
「勿論です」
 右手を強く握り締めての言葉だった。
「その為にも是非」
「お待ち下さい、今です」
「女王様が来られました」
「夜の女王様が」
 そしてだった。今黒い服に星の瞬きをちりばめた小柄な女が中空に出て来た。星の輝きは様々な色でまさに夜である。
 細く流麗な顔をしている。灰色の目は大きくはっきりとした二重で黒い流れる様な髪である。その髪に黒いやはり星の瞬きのある冠を被っている。
 その女王が現われてだ。パミーノに対して優しく言うのである。
「若者よ、恐れることはないのです」
「あれがなのですね」
「はい」
「夜の女王様です」
「我等が主です」
 侍女達はかしずきながらタミーノに答えた。タミーノは呆然と立って見上げておりパパゲーノは錠に苦しみ続けている。
「あの方こそ」
「そうなのですか」
「フム!」
「御身は穢れなく賢く謙虚です」
 タミーノに声を送り続ける。
「貴方こそが深い悲しみに沈む母親の心を最もよく慰めることができます」
「僕こそが」
「娘がいなくなった為に私は悲しみに包まれています」
 その声は悲しいものだった。
「娘がいなくなり全ての幸福が失われました」
「全てがなのですね」
「そうです。あの悪人が」
 声には悲しさそのものがあった。
「今もそれがありありと目に浮かびます。その時のあの娘の姿が。恐怖のおののきと儚い抵抗と共にあの娘が連れ去られるのを」
「何ということ」
「ですから」
 さらに言うのだった。
「娘の嘆願も私の役には立ちませんでした。ですが貴方は」
「僕が」
「それを救ってくれます。ですからどうか」
 こう言ってそれで静かに夜の中に消えるのだった。そして残ったタミーノは。
「僕が見たものは」
「どうしたのですか?」
「一体」
「現実なのか」
 女王がそれまで浮かんできたところを見上げながらの言葉だった。
「それとも五感が僕を欺いたのか」
「いえ、どちらでもありません」
「それは」
「では本当に」
「フム!」
 ここでまた叫ぶパパゲーノだった。やはり喋れない。
「フム!」
「可哀想だけれどね」
 タミーノは彼にはそのまま同情した。
「しかし僕には」
「パパゲーノ」
「それももう終わりです」
 しかしここで侍女達が彼のところに来て言うのだった。
「女王様が許して下さいました」
「ですからこれで」
「喋りなさい、好きなだけ」
「やっとか」 
 口の錠を外されてやっとほっとするのだった。
「喋れるんだな」
「けれど嘘は駄目よ」
「いいわね、それは」
「わかったわね」
「ええ、よくわかりましたよ」
 もう懲り懲りといった顔だった。
「これでよくね」
「ではこの錠を戒めに」
「そうします、本当に」
「嘘吐き共の口を」
 侍女達はさらに言うのだった。
「全てこうして防いだらその時は」
「憎悪と中傷、腹立ちが全て」
「愛と友情に変わるでしょう」
「そしてです」
 あらためてタミーノに顔を向けてあるものを出してきたのだった。
「これをです」
「どうか貴方に」
「お受け下さい」
「それは」
 見ればそれは一本の笛だった。横笛で少し曲がっている。黄金の輝きが神々しい。
「貴方が危機に陥った時にはです」
「この魔笛が貴方を救ってくれます」
「ですから」
「この笛が僕を」
「そうです」
 まさにその通りだというのだ。
「この魔笛があればどんなことでもできます」
「まさに全てのことがです」
「人の気質さえ変えられ」
 その言葉が続く。
「悲しみを晴れやかにさせ愛を知らない者もその虜をします」
「それだけのものがあるのですか、この笛には」
「そうです」
「その通りです」
 まさにそうだというのだ。
「この笛にはそれだけの力があります」
「黄金や王冠よりも尊く」
「人を変えることができるのです」
「成程」
「それでなのですが」
 ここでまた言うのはパパゲーノだった。
「おいらはもうこえで」
「いえ、貴方もです」
「そういうわけにはいきません」
「女王様は仰いました」
「えっ!?」
 それを聞いて唖然とするパパゲーノだった。
「それはどういうことですか?」
「ですから今言ったままです」
「その通りです」
「貴方もあの悪人ザラストロの寺院に」
「ちょっと、冗談じゃないですよ」
 パパゲーノはそれを聞いて咄嗟に怯えた声をあげた。
「何でおいらがそんな」
「嫌だというのね」
「勿論ですよ」
 有無を言わさぬ口調だった。
「ザラストロっていうのは悪い奴ですよね」
「ええ、そうよ」
「その通りよ」
「そんなのは」
 全く以てというのだ。
「死にたくないですから」
「それで嫌だというのね」
「その通りです」
 かなりムキになってさえいる。
「王子がいるのに?」
「タミーノ王子が魔笛を持っているというのに」
「それでもですよ」
 あくまで行こうとしない。
「何でそんなおっかない奴のところに」
「それでは仕方ないですね」
「そこまで言うのなら」
「じゃあそういうことで」
「これをあげましょう」
「貴方に」
 侍女達はこう言ってあるものを出してきた。それは。
 銀の鐘だった。細い銀色の台の上に同じく銀色の棒が木の様にありそこに無数の小さな鐘がそれこそ枝の葉の如くある。それだった。
「どうぞ」
「これをあげましょう」
「鐘をですか」
「そうです。その鐘が貴方を守ってくれます」
「その音が鳴れば何があってもです」
「貴方を守ってくれます」
「そうですか。だったら」
 それを言われてやっと納得する彼だった。
「行ってもいいですけれどね」
「じゃあそういうことで」
「宜しいですね」
「これで」
 こんな話をしてやっと行く気になるパパゲーノだった。
 そしてだタミーノは今度は侍女達にあることを聞くのだった。
「それでなのですけれど」
「それで?」
「どうしたのですか?今度は」
「まだ何か」
「その寺院ですが」
 彼が問うのはそれだった。
「一体何処にあるんですか?」
「ザラストロの寺院ですか」
「そこですね」
「はい、そこは何処に」
 場所をであった。どうしても聞きたいのだった。
「それについても心配は無用です」
「ほら、見なさい」
「彼等を」
 白い眩い服を着た三人の少年達が出て来た。三人とも赤い目をしていて純粋な金髪である。その彼等が出て来たのである。
「彼等が導いてくれます」
「ですから何の不安もなく」
「行きましょう」
「わかりました」
 タミーノは彼等を見てようやく頷いた。
「それなら」
「では今から御願いします」
「いざザラストロの寺院へ」
「向かって下さい」
「貴方もですよ」
 パパゲーノに釘を刺すことを忘れない。
「宜しいですね」
「では今から」
「向かいなさい」
「わかりましたよ」
 パパゲーノはかなり渋々ではある。
「じゃあそういうことで」
「では頼みましたよ」
「これで」
 こうしてだった。彼等は少年達に導かれザラストロの寺院に向かう。今その寺院では黒髪に青い服の美少女が黒い肌に白い上着と褐色の男に追われていた。
「まだなのかよ」
「まだも何もないわ」
 黒髪を清らかに長く伸ばし白く綺麗な肌をしている。紅の見事な唇に灰色の目である。その彼女が必死に黒人から逃げているのである。
「私は貴方とは」
「俺は嫌なのかよ」
「そうよ、嫌よ」
 こう言ってであった。
「私は貴方は」
「なあパミーナちゃんよ」
 この美少女こそがパミーナだというのだ。
「逃げても無駄なんだぜ」
「無駄?」
「そうだぜ」
 黒人は少し下卑た笑いを浮かべながらまた言い寄る。
「ここはザラストロ様の領土なんだぜ」
「それがどうかしたというの?」
「それがしたんだよ」
 こう言うのだ。
「あんたは何があってもここから逃げられないんだよ」
「いえ、私はそれでも」
「強情な娘だな」
「私は一人の方しか愛しません」
 あくまでこう言うのだった。
「何があっても」
「やれやれ。じゃあ捕まえて」
 黒人が言うとだった。不意に周りから彼と同じ格好の者達が出て来た。肌の色は様々である。
「どうしたんだモノスタトス」
「パミーナさんを追っかけてるのか」
「またか」
「無駄だよ、もう」
「無駄なんじゃないんだよ」
 黒人は名前を呼ばれた。そうして口を尖らせて彼等に反論するのだった。
「それがな」
「やれやれ、諦めの悪い奴だ」
「全くだ」
「どうしたものだか」
「俺だってな。恋人が欲しいだよ」
 彼は今度は眉を顰めさせている。
「だからだよ。何があってもな」
「それで俺達をか」
「呼んだのか」
「そうだよ。頼めるか?」
「だから無駄だよ」
「諦めろ」
 友人達の言葉はきついものだった。
「いい加減な」
「もうな」
「諦めるものか」
 しかし彼も強情である。
「俺も恋人が」
「何だここは」
 そこにパパゲーノがふらりと来たのだった。辺りをきょろきょろと見回している。だがそこは彼の全く知らない場所だった。遠くにピラミッドやスフィンクスが見える。それも彼がはじめて見るものだった。
「おかしな場所だな。それに誰かいるし。おおい」
「んっ、何だあいつは」
「化け物か!?」
「な、何だあいつは!」
 モノスタトス達もパパゲーノもだった。お互いを見て心臓を口から出さんばかりに驚いた。
「鳥の化け物か!」
「肌が真っ黒だ!」
「怪物だ!」
「悪魔だ!」
「逃げろ!」
 モノスタトス達は一目散に逃げ去った。後に残ったのはパミーナとパパゲーノだけだった。パミーナはとりあえず助かったことは自覚した。
「助かったのね、私は」
「恐ろしい奴だったな」
 パパゲーノはまだ驚いていた。
「あんな姿形の人間なのかな、それは」
「あの」
「いや、まだ信じられない」
 まだパミーナには気付いていない。
「あんなのがいるなんて」
「あのですね」
「あっ!?ああ」
 ここでやっと彼女に気付いた。それで顔を向けた。
「何かえらく可愛い娘だな」
「どなたですか?一体」
「おいらはパパゲーノっていうけれど」
「パパゲーノさんですか」
「あんたは一体?」
「パミーナです」
 彼女はそのまま名乗った。
「お母様は夜の女王ですけれど」
「そうか、じゃああんただったんですね」
「私だった?」
「はい、おいらはその使いです」
 一応恭しく一礼はした。
「女王様の」
「それじゃあ私を助けに来てくれたの?」
「はい、そうなります」
「有り難う・・・・・・」
 パミーナはそれを聞いてまずはほっと胸を撫で下ろした。
「これで」
「はい。それじゃあ今から逃げましょう」
「ちょっと待って」
 だがここでパミーナはパパゲーノに問うのだった。
「貴方の名前は?」
「おいらのですか」
「ええ。その名前は何というの?」
 こう問うのだった。
「貴方の名前は」
「パパゲーノといいます」
「パパゲーノ?聞いたことはあるけれど」
「ああ、おいらのこと御存知だったんですか」
「聞いたことはあるわ」
 それはあるというのだ。
「けれど会ったのははじめてね」
「そうですね。おいらもお姫様に御会いしたのははじめてです」
「そうね。本当に」
「それでなんですけれど」
 ここでさらに話してきたパパゲーノだった。
「とにかくここから逃げましょう」
「ええ、そうね」
「それにしても」 
 パパゲーノはここでパミーナの肖像画を出してきた。パミーナはそれを見て。
「これは私だわ」
「はい、そのままですよね」
「何故その肖像画が?」
「話せば長くなりますけれどいいですか?」
 パパゲーノは一旦こう断った。
「そもそも私がここに来た理由はです」
「ええ。どうなのかしら」
「おいらは今日も捕まえた鳥をお納めに侍女の方々のところに行きました」
「三人の侍女達のね」
「はい、そしてそこである方に御会いしました」
 話すことは正直だった。実は錠のことで懲りていたのだ。
「日本から来た王子様で」
「日本?あの東の果てにあるっていう?」
「ああ、そういえばそう仰ってました」
 パパゲーノはこのことも思い出した。
「何かそこから来られたて」
「それでその日本の王子が」
「この肖像画を見て貴女を救われようと決意されたのです」
「私の肖像画を見てなのね」
「はい」
 まさにその通りだというのだ。
「その通りです」
「それじゃあ」
 パミーナはその話を聞いてだ。あることに気付いた。それは。
「その方は私を愛して下さっているのかしら」
「はい、それは間違いありません」
 これはパパゲーノも傍で見て知っていた。
「ですからここからすぐに出て」
「わかったわ。それじゃあ」
「それにしても」
 ここでパパゲーノはふと思ったのだった。
「タミーノ様にはパミーナ様ができて」
「どうしたの?」
「パパゲーノには。パパゲーナかな」
 名前が自然に出て来た。
「彼女がいないとなあ」
「貴方はまだ一人なの」
「ずっと一人ですよ」 
 生まれた時も親もわからないからそれは当然だった。
「もうずっとね」
「そうだったの」
「ええ。困ったことに」
「相手はすぐに見つかるわ」
 パミーナは優しく少し落ち込んだパパゲーノに話した。
「だからね。気を取り直して」
「だといいんですけれど」
「恋を知る程の男の人は善良な心を持っているわ」
「甘い衝動を一緒に味わうのが女の人の第一の勤めですかね」
「そうよ」
 まさにそうだと答えるパミーナだった。
「だからね。貴方もそうした相手とね」
「一緒にですか」
「そうよ、一緒にね」
 こうパパゲーノに話すのだった。
「恋はあらゆる苦痛を鎮めて命あるものは誰もが恋にその身を捧げるのよ」「ですね。恋は」
 パパゲーノはさらに言った。
「日々の生活に味をつけてこの世を滑らかに動かしてくれます」
「恋を喜びそれによってのみ生きる」
「そうしていくと」
「ええ。夫婦であることで人は神々しさに達するのだから」
「じゃあおいらも」
 ここまで聞いてパパゲーノは遂に気を取り戻した。顔に陽気さが戻っている。
「相手を見つけます」
「ええ、それじゃあ今は」
「ここを」
「去りましょう」
 こう言って去るのであった。そしてこの頃タミーノは。
「さあ王子」
「もうすぐです」
「間も無くです」
 三人の少年達が彼を導いていた。
「この道を行けばもうすぐ辿り着きます」
「そして男らしく戦って下さい」
「その為にです」
「僕達はです」
 こう彼に声をかけて導くのだった。
「教えに従い穀然としてです」
「耐え忍び」
「沈黙を守っているのです」
「優しい少年達よ」
 タミーノはその彼等に問うのだった。
「僕はパミーナを救えるだろうか」
「それは何とも申し上げられません」
「言えないのか」
「はい、まだ」
「それは」
 できないというのだ。
「穀然として耐え忍び」
「沈黙を守るのです」 
 まずはそこからだというのだ。
「心掛けるのは男らしく振舞うことです」
「男らしく?」
「振舞うのです」
「そうすればです」
 少年達は口々に彼に話していく。
「雄々しい勝利を得られるでしょう」
「そうか」
 タミーノはその言葉を受けて確かな顔で頷いたのだった。
「それなら僕は。しかし」
 ここで門が出て来た。そこの左右にある円柱にはこの場所には智恵と労働と芸術があると書いてあった。厳粛な文字によって。
「ここは神々のいる場所なのだろうか」
 その門を見たタミーノの言葉だ。少年達は何時の間にか消えている。
 煉瓦の門が見える。その奥には峻厳な寺院が見える。城にも見える。
 そしてだ。タミーノはそうしたものを見てさらに話すのだった。
「行動が玉座につき怠惰が追い払われる場所では悪徳も容易く権力を握れない」
 そうだというのだ。
「勇気を出して門に入ろう。僕の意図は高潔でやましいところのない純潔なものだ」
 自信はあったのだ。
「怯えてはいけない、パミーナを救い出すんだ」
「待て」
 しかしだった。ここで門から声がしてきた。
「待つのだ」
「待て?」
「そうだ、待て」
「一体誰が待てというんだ?」
「そこの若者よ」
 ここで、だった。黒い法衣を着た男が出て来た。かなり背が高い。
「ここで何をするつもりなのだ?」
「愛と特性の所有権を主張したいのです」
「ふむ。それは」
 その僧侶はそれを聞いてまずは頷いた。
「立派な志だ」
「有り難うございます」
「しかしその二つをどうして見つけられるのか」
「どうして?」
「そう、どの様にして」
 見つけるのかと。彼に問うのだった。
「見つけられるのだ」
「見つけるとは」
「貴殿を導いているのはその二つではないな」
 僧侶は彼に言った。
「死と復讐に導かれているのではないのか?」
「悪人に報いるのは復讐あるのみです」
 パミーノはこう主張するのだった。
「ですから」
「そうした者はここにはいないが」
「いない?」
「女好きの困った者はいてもだ」
 そうした輩はいてもというのだ。
「そこまで荒んだ者はいないのだ」
「ですがここは」
「ここは?」
「ザラストロが治めているのですよね」
 このことを問うのだった。
「確か」
「如何にも」
 そのことは僧侶も認めた。
「ここはザラストロ様が治めておられる」
「しかしここは」
「叡智の神殿だ」
 まさにそうだというのだった。
「この叡智の神殿で治めておられるのだ」
「それでは偽善だ」
 タミーノは憤慨して言った。
「ここは」
「何故偽善だと?」
「そうではありませんか?ザラストロがここに住んでいるのですから」
「落ち着くのだ」
 しかしここで僧侶は彼に言った。
「もう少し落ち着いて考えるのだ」
「それは何故ですか?」
「貴殿は虚偽の中にある」
「嘘だ、それこそが嘘だ」
 タミーノは僧侶のその言葉を真剣な顔で否定した。
「僕はそれは」
「ザラストロ様を憎んでいるのか」
「倒さなくてはいけない相手です」
 夜の女王に言われた言葉をそのまま言っていた。
「何があろうとも」
「誰に言われたかはわかる」
 僧侶はそれは察していた。そのうえでの言葉だった。
「あの方だな」
「まさか夜の女王を御存知なのですか?」
「御存知も何もザラストロ様の奥方だった」
「嘘だ、それは」
「嘘ではない」
 タミーノを見据えて毅然と述べた。
「それはだ。嘘ではない」
「それではパミーナは」
「パミーナ様がお生まれになって喧嘩をされてだ」
「別れたのですか」
「我等は昼の世界にいる」
 それが自分達の世界だというのだ。
「しかしあの方は夜の世界を治めておられる」
「昼と夜が」
「そう、昼と夜だ」
 その二つの世界の対立であるというのである。
「パミーナ様は今まで夜の世界におられた」
「母親の場所だから当然なのではないのですか?」
「それは違う。世界は昼と夜からなる」
 そうだというのだ。
「夜の世界だけにいてはならないのだ」
「昼の世界にもですか」
「左様、いなくてはならない」
 僧侶はこうはっきりと述べた。
「だからだ」
「ではタミーノは」
「お父上のところにおられるのだ」
「しかしそれは」
「まずは待て」
 タミーノへの確かな言葉だった。
「友情の手が貴殿を導きこの聖域に永遠の絆で結びつける刹那に」
「刹那に?」
「貴殿も昼の世界を知るのだ」
 僧侶はこうも彼に告げた。
「わかったな」
「一体何が」
「若者よ」
 ここで寺院の中から声がしてきた。
「もうすぐに、さもなくば決して?」
「さもなくば、決して!?」
 タミーノはそれを聞いて眉を顰めさせた。
「そしてパミーナは」
「あの方はまだ生きている」
「それは間違いない」
「そうか、それなら」
 タミーノはそれを聞いてだった。意気を取り戻して述べた。
「全能の神々よ、御身等を讃えて一つ一つの音に僕の感謝を表せられれば」
 言いながらその笛を吹いた。
「今ここに湧き出るままに御前の魔法の調べは何と力強いのか」
「その魔笛もまた」
「貴方を導いてくれるもの」
「優しい魔笛よ」 
 タミーノは声の中で言う。
「御前が鳴り響くと」
 ここで何処からか獣達が出て来た。ライオンや豹もいれば象にキリン、そしてゴリラと様々な動物達である。その彼等がだ。
 彼等はタミーノを囲んで踊りだす。彼はその獣達を見てさらに言うのだった。
「獣達でさえ喜びを感じる。けれどパミーナは」
 まだ見ぬ彼女への想いだった。
「この笛を聴いて欲しい。君は何処にいるのだろう」
 するとここでだった。パパゲーノの笛の音を聴いたのだ。
「おや、あれは」
 それに気付いてであった。
「パパゲーノの笛の音。しかも明るい」
 そこまで聴き取っていた。明るく踊る獣達の中でだ。
「パミーナに会ったのかな。だとすれば」
 そこに向かうのだった。そしてその二人は。
「早く会いましょう」
「そのタミーノ王子とね」
「はい、そうです」
 まさにその通りだとパミーナに答えるパパゲーノだった。二人でとにかく逃げている。
「素早い足取りとです」
「臨機応変の勇気と」
「敵の企みと憤怒から護り」
 そう話して行くのだった。そうして。
 魔笛の音を聴いたのだ。ここで二人は顔を見合わせる。
「あの音です」
「そうなのね」
「はい、あれです」
 まさにそれだというのだ。
「タミーノ様が来られています」
「じゃあそこに行って」
「はい、行きましょう」
 こう話してだった。二人はさらに急ぐ。しかしその後ろにモノスタトスとその仲間達が来たのだった。
「やい待て!」
「逃がさないぞ!」
「うわっ、もう来た」
「困ったわ」
 二人は彼等の方を振り向いて苦境の中にある顔になった。
「もう来たなんて」
「一体どうすれば」
「お仕置きだ」
 モノスタトスは高らかに言う。
「悪い奴にはお行儀を教えてやる」
「そんなことができるものか」
「何としてもここは」
「逃がすか!」
 言いながら捕まえようとしてきた。しかしであった。
「そうだ、ここで」
「どうするの?」
「これです」
 今度はあの鐘を出してきたのだ。それをパミーナに見せて話すのだ。
「これを使ってです」
「これを使ってなのね」
「はい、やってみれば大当たりだってあります」
 この辺りは適当な彼らしい言葉だった。
「さあ、それじゃあ美しいグロッケンシュピールよ」
「グロッケンシュピールを」
「御前の小鈴を鳴らすんだ。奴等の耳が歌いだす程」
 そうして鐘を鳴らすとだった。すると。
「!?この鐘の音は」
「この音は何と」
「何と素敵で綺麗なんだ」
「聴いたことなんて今までなかった」
 モノスタトスと仲間達は言いながら自然と踊りだしてしまった。
「何て綺麗な」
「心の正しい人が皆」
「この鐘を持っていたら」
 パパゲーノとパミーナは怒りと憎しみを忘れ踊りだした彼等を見て言うのだった。
「敵は苦もなく消え失せて」
「敵のない世を最上の調和のうちにもたらすだろう」
「手を取り合った友情だけがこの世の苦労を和らげる」
「いたわりを抜きにしてこの世に幸福は有り得ない」
 そう言い合っているとだった。ここで。
「ザラストロ様万歳!」
「ザラストロ様万歳!」
 何処からか誰かを讃える声がしてきた。
「あれっ、この声は」
「ザラストロ?」
「逃げよう」
「けれど何処に」
「おいらが鼠だったらどんなに隠れたがることだろう。蝸牛みたいに小さかったら家の中に隠れるところだ」
 言いながら何とか隠れる場所を探すが何処にもない。
「けれどないな」
「こうなったら正直に言いましょう」
 パミーナが言うのはこのことだった。
「例えそれが罪になっても」
「そうしろというんですね」
「嘘はいけないわ」
 だからだというのだった。
「わかったわね」
「ええ、じゃあ覚悟を決めて」
「あの方こそは昼を治める方」
「世界の半分を治められる方」
「まさに」
 讃える声がさらに高まる。そして黄金の法衣を着た男が現われた。その手には太陽を表す杖がある。その彼が今やって来たのだ。
「パミーナか」
「はい」
 彼は二人の前に来た。厳かな声で告げるのだった。
 そしてパミーナもそれに応えてだ。こくりと頷いた。
「その通りです」
「何故ここにいるのだ?」
「ザラストロ様、私は罪を犯しました」
 こう言うのである。
「貴方の世界から逃げようとしました。ですがそれは私のせいではありません」
「そなたのせいではないというのか」
「はい、モノスタトスが私に迫り」
 正直に話し続ける。
「それから逃れてのことだったのです」
「わかった」
 ザラストロはそれを聞いて静かに頷いた。
「モノスタトスはまたやったのだな」
「その通りです」
「そなたは今別の者を愛しているな」
 ザラストロはパミーナにこうも言った。
「そうだな」
「おわかりなのですか」
「そなたの目を見ればわかる」
 その大柄な身体から小柄な彼女を見ての言葉である。
「その熱い目をだ」
「私の目から」
「愛は自由だ」
 ザラストロはそれは言う。
「しかしそなたはまだ自由を手に入れるべきではない」
「お母様のところへは」
「言おう。私はそなたの父だ」
「えっ!?」
「これは知らなかったのか」 
 それを聞いての言葉だ。
「何も聞かされてはいないのか」
「お母様は何も」
「かつては私の妻だった」
 このことも話すのだった。
「しかし今は。昼と夜は別れたままだ」
「そうだったのですか」
「左様だ。そして」
「そして?」
「一つに戻らなくてはならないものでもある」
「一つに」
「それもやがて行う」
 彼は言った。
「だが。今はだ」
「今は」
「そなた達の方が先だ」
「やい、こっちに来るんだ」
 ここでまたモノスタトスの声がしてきた。
「全く。手を焼かせてくれる」
「くっ、ここまで来て捕らえられるとは」
「あれはまさか」
「はい、そうです」
 ここでそれまで青くなっていたパパゲーノがパミーナに話した。
「あの方がです」
「タミーノ王子なのね」
「その通りです」
「あの人は」
 そしてタミーノも気付いたのだった。後ろ手に縛られている中で。
「ようやく出会えた」
「本当に来てくれるなんて」
「縄を解いてやるのだ」
 ここでザラストロが命じた。
「よいな」
「はい、わかりました」
「それでは」
 周りの者がすぐに動いた。そのうえでタミーノの縄を解いた。するとそれで彼は自由になりだった。パミーナと強く抱き合うのだった。
「ようやく出会えたんだね」
「まさか本当に出会えるなんて」
「夢みたいだ」
「全くだ」
「おい、待つんだ」
 モノスタトスがそれを見て口を尖らせて抗議する。
「すぐに離れるんだ、何をしている」
「待て」
 しかしであった。ここでザラストロはモノスタトスを咎めて言うのであった。
「御前はまたやったのだな」
「うっ、それは」
「御前はパミーナとは駄目だ」
 こう言うのである。
「それなのにまた言い寄るとは」
「それは」
「今度は懲らしめる必要がある」
 そしてだった。また周りの者に告げるのだった。
「踵の鞭打ちを」
「はい」
「わかりました」
「七十七回だ」
 回数も命じた。
「いいな」
「待って下さい」
「何だ?」
「それはあまりにも」
「何度も咎めた筈だ」
 怒った顔でモノスタトスに告げていた。
「そうだな」
「それはそうですが」
「では大人しく罰を受けるのだ」
「しかしですね」
「言い訳は止めておくのだ」
 それは許さなかった。
「わかったな」
「うう・・・・・・」
「それではだ」
 ザラストロは周りに命じた。
「この者の踵に鞭打ちを」
「わかりました」
「では」
「そしてだ」
 そのうえでだった。己の前にいるタミーノとパパゲーノを見てそのうえで言うのであった。
「この二人はだ」
「この者は知っています」
 一人がパパゲーノを指差しながらザラストロに話した。
「パパゲーノという鳥刺しです」
「鳥を捕まえてそれとものを交換しているな」
「はい、そういう男です」
「成程な。妻の国の者だろうか」
「ええ、そうですけれど」
 パパゲーノもそれを認めて答える。
「それが何か」
「ふむ、わかった」
 パパゲーノについてはそれでわかったとした。
「そしてこちらの者は日本からの客人か」
「わかるというのか」
「そうだ、服でわかる」
 それによってというのだ。こうタミーノに話した上でさらに言うのだった。
「この二人は試練の殿堂に案内しよう」
「試練の殿堂!?」
「そして身体を清めるのだ」
 こうも話すのだった。
「まずはだ」
「若しも美徳と正義が偉大な人間の道に誉れを振り撒くなら」
「この地上は天国となり」
「人は神々の如くになるでしょう」
「では君達はだ」
 ザラストロはあらためてタミーノ達に話した。
「いいな」
「何がどうなってるんですかね」
「わからない」
 タミーノはパパゲーノの問いにもいぶかしむ顔で首を捻るばかりだった。
「これは」
「そうですよね。何がどうなってるのか」
 だが二人は沐浴の場に案内されていく。パミーナも女性達に何処かに案内されていく。話が一変したのは間違いない状況だった。



攫われたかと思いきや、父親だったとは。
美姫 「何か大きな夫婦喧嘩に巻き込まれたって感じもするわよね」
確かにな。試練のようなものを受けるみたいになったけれど。
美姫 「うーん、どうなるのかしらね」
次回も待っています。



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