『ナブッコ』




            第二幕  神を恐れぬ男

 バビロンの王宮は巨大かつ壮麗であった。様々な富で飾られそこにないものは何もなかった。まさに栄華を誇る大国バビロニアの首都であった。今そこに王女としてみらびやかな服に身を包んだアビガイッレがいた。
 その姿は気品と威厳を兼ね備えており美しい。だがその美しさはやはり王女としての美しさではなかった。凛とした女将軍としての美しさであった。
 その長い黒髪をたなびかせ彼女は今武装した将校から一枚の羊皮紙を受け取っていた。そしてそこに書かれていることを読んで顔を曇らせていた。
「これなのだな」
「はい」
 その将校はアビガイッレに対して一礼した。
「王室の図書館の奥にありました」
「そうだったのか」
「何度も何度も探した結果」
 その将校は言う。
「ようやく見つけ出したものです」
「この文字は間違いない」
 アビガイッレは述べた。
「父上の文字だ」
「左様ですか」
「それでだ」
 アビガイッレは将校を見据えて問うてきた。
「中は読んだのか」
「はい」
 彼はそれに答えた。
「ですが申し上げます」
 それでも彼は言った。
「我が主はアビガイッレ様のみ」
「まことだな」
「私とてバビロニアの武人」
 自分の言葉を誇りにかけてきた。
「何故偽りなぞ申しましょうか」
「そうか」
「ですからお渡ししたのです」
 そこまで言った。
「それで宜しいでしょうか」
「うむ」
 そこまで言われてはアビガイッレとて信じた。それに彼は長い間自分に仕えている。信頼に足る人物であることははっきりとわかっていた。そのうえで用心で問うたのであるが。
「ならばよい」
「はい」
 将校はその言葉に応えた。
「その心確かに受け取ったぞ」
「有り難き幸せ」
「それではだ」
 アビガイッレはあらためて彼に言う。
「おって指示を出す。今は下がっておれ」
「はっ」
 彼は一礼してその場から姿を消した。後にはアビガイッレだけが残った。
 彼女は険しい顔をしていた。そして身体をわなわなと震わせながら今その羊皮紙を見ていた。
「私が奴隷の娘だったと。王と卑しい女の間に生まれた」
 そこには彼女の出生のことが書かれていたのだ。他ならぬナブッコの手で。
「王妃、あの母上の娘ではなかった。それはフェネーナだった」
 実は今までは逆に思っていたのだ。だがそれは違っていた。それは彼女の方でありフェネーナこそがナブッコと今は亡き王妃の間に産まれた正統な娘であったのだ。
 つまり彼女はバビロニアの王位にを継ぐことはできないのだ。血筋の故である。それを知り今憤怒に身を焦がしていたのである。
「そんなことはさせない」
 彼女の目には権力への野望があった。
「王座は私のもの。そして」
 彼女は同時に別のものも見ていた。
「あの人も。全てを手に入れる」
 今ここに決意していた。
「今までそれを隠していた父上も、そして私の王座を阻む場所にいるフェネーナも許しはしない。全ては」
 復讐と粛清、それもまたその目に宿っていた。
「私自身の為に。今こそ剣を持つ」
 全てを決意した。そしてその羊皮紙を破り捨てるとその場を後にした。そのまま彼女はバビロニアの神々を祭っている祭壇に向かった。
 そこではイシュタルが祭られている。バビロニアの愛と戦いの女神である。美しく、そして同時に凄惨な性格をしている。愛を持つと同時に血をも欲する神であった。
「王女様」
 その祭壇の前でイシュタルの巫女の一人に声をかけられた。若い美しい巫女であった。
「どうされたのですか、今は」
「巫女長はいるか」
 アビガイッレは彼女に問うた。
「巫女長ですか」
「そうだ、話したいことがある」
 彼女はそう述べた。
「どうなのだ」
「ええ、こちらに」
 彼女はアビガイッレの剣幕に怖れを抱きながらも答えた。
「おられますが」
「そうか。では中に入らせてもらう」
 彼女は言った。
「よいな」
「あの」
 巫女はおずおずとした様子でアビガイッレに問うた。
「一体どの様な御用件でしょうか」
「少しな」
 アビガイッレはここで微かに笑ってみせたがそれは酷薄な色があった。
「悩みがあってだ」
「悩み、ですか」
「どうしてもそれを聞いて頂きたいのだ。それでよいかな」
「はあ」
 彼女はそれに答えた。
「それでしたら」
「うむ」
 アビガイッレは重厚な青銅の扉を開けて祭壇の中に入った。そこの奥には美しくも猛々しいイシュタルの巨大な像が置かれていた。剣と鎧で武装したその姿は何処か戦場にいるアビガイッレを思わせるものであった。
「おお、これは」
 彼女が祭壇の中に入ると声がかけられてきた。アビガイッレがそちらに顔を向けるとそこには三十代前半の着飾った妖艶ささえ漂う女性がいた。その厳かな服装から彼女が巫女長であるとわかる。
「王女様、ようこそ」
「巫女長、お元気そうですね」
 アビガイッレはまずは彼女に顔を向けて微笑んだ。
「暫くぶりです」
「左様で。どうしてこちらに」
「はい」
 アビガイッレの顔から映見が消えた。
「実はですね」
「ええ」
 言葉まで深刻なものになってきているのがわかる。巫女長はそんな彼女に正対していた。
「まずは御聞きしたいのですが」
「何でしょうか」
「貴女は私の味方であられますね」
「無論です」
 巫女長はむべもなくそう答えた。
「貴女こそが次のバビロニアの主。そうイシュタルも申し上げております」
「そう、イシュタルが」
 彼女はここでイシュタルの巨大な像を見上げた。それは何処かアビガイッレに似ている感じがした。武装している女だからであろうか。何か漂わせるものまで同じであった。
「そうです、それに」
「それに?」
「貴女だからこそ」
「私だからこそですか」
「そうです、貴女はまさしくイシュタルの申し子」
 こうまで言った。
「その美しさと強さ。それこそまさしく」
「左様ですか」
「ですから私は貴女の友でありたいのです」
 彼女はじっとアビガイッレを見据えていた。
「それでは駄目でしょうか」
「いえ」
 アビガイッレはその言葉を慎んで受けた。
「勿体無い御言葉。それでは」
「何かあったのですか?」
「妹のことです」
 彼女は巫女長に問うてきた。
「フェネーナを。どう思われますか」
「フェネーナ様ですか」
「そうです。エルサレムから帰って来た娘を。どう思われますか」
「そうですね」
 ここで巫女長は慎重に祭壇の中を見回した。それでまずは二人の他には誰もいないのを確認した。アビガイッレも同じである。そして誰もいないのを確認し終えようやく話を再開した。
「まず言わせて頂きますが」
「ええ」
 巫女長は真剣な顔で口を開きはじめた。アビガイッレはそれを聞く。
「あまりいい印象は持てません」
「それは何故」
「ヘブライ人のことです」
 巫女長が言った言葉はアビガイッレの予想通りであった。
「フェネーナ様は彼等に寛大過ぎます。あの傲慢なヘブライの神官を宮殿の中に入れておりますし」
 ザッカーリアのことである。彼はフェネーナの許しを得て王宮の中にも出入りしそこでもしきりにヘブライの神の正当性とバビロニアの神々の異端を訴えているのである。
 これがバビロニア人、とりわけ神官や巫女達の怒りを買わないわけがない。当然ながら彼は王宮の中では命さえ狙われている有様である。
「王女様はあの者達に対して寛容過ぎます」
「それでは」
「はい」
 巫女長は答えた。
「到底支持なぞできません。ですから我々は貴女に従います」
「そうなのですか」
「この言葉に偽りはありません」
 こうまで言った。
「何でしたか王女様」
 じっとアビガイッレを見てきた。そして言う。
「これからあの儀式をしますか」
「あの儀式を?」
「そうです。私と貴女であの王の儀式をするのです」
 実はイシュタルの信仰では今の視点から見れば大変奇妙なものがあった。イシュタルの巫女が信者の男と交わるのだ。これはイシュタルが愛と豊饒の女神だからこそはじまったことであり、また王とイシュタルの代理人である巫女長が交わることは神と王の交わり、つながりをも意味しているのである。メソポタミアにおいては非常に重要な神の儀式であったのだ。これが後の世にキリスト教のイシュタル攻撃の根拠になったのであるが。
「如何ですか」
「宜しいのですか?」
「ええ」
 巫女長はこくりと頷いてきた。
「後は貴女次第です」
「わかりました。では」
 アビガイッレは自分の身体を巫女長に近付けてきた。そして囁く。
「私はこれより」
「はい、イシュタルの御加護を」
 アビガイッレはそのまま巫女長と交わった。これで彼女は王の根拠を得た。だがそれはまだ秘密のことであり彼女は影の中で動きはじめただけであった。
 王宮の王の居間の側である。右手には扉が回廊に続きこの宮殿の巨大さと壮麗さを教えている。その中で今ザッカーリアが教典を手にする従者と共にいた。
「あの祭司長」
 従者が不安げな顔で彼に声をかける。
「あまり王宮の中を歩き回られるのは」
 彼を気遣っているのだ。王宮の中でもしきりにヘブライ以外の神々を批判するので蛇蝎の如く嫌われているからだ。だが本人はそんなことは全く意に介してはいなかった。
「構わん」
 彼はそう言ってがんとして聞き入れない。
「これもまた試練なのだからな」
「試練ですか」
「そうだ」
 彼は言い切る。
「だから恐れることはない。よいか」
「はあ」
 従者に対して語りはじめた。
「神はヘブライの者達を救い出し、一人の不埒な男の闇を切り裂く為に私をこちらに導いて下さったのだ」
「神がですか」
「そうだ、それでどうして恐れることがあるのか」
「それでもですね」
 従者は困った顔で彼に述べる。
「命を狙われていますよ」
「そんなことはわかっている」
「ではどうして」
「安心せよ。私は神に護られている」
 あくまで強固な信仰がそこにあった。
「今の私の言葉は神の御言葉。それで異端の者達を撃つのだ」
「異端の者をですか」
「このバビロンを見よ」
 そう言って宮殿のあちこちを指し示す。
「腐敗と堕落に満ちている。それに気付くであろう」
「ええ、まあ」
 彼等にとっては他の神々への信仰とそれに捧げられる富は全てそうなのだ。ザッカーリアはそれに気付かないだけであるのだが。しかし今の彼にはそれを言っても無駄であった。
「では行くぞ」
「あっ、待って下さい」
 ここで従者が彼を止めた。
「どうした?」
「誰か来ます」
「誰だ?」
「イズマエーレ将軍ですね」
「あの裏切り者がか」
 ザッカーリアはその名を耳にして急に不機嫌な様子を見せてきた。
「バビロニアの者達の軍門に下り私を殺しに来たか」
「まさか」
 従者はそれは否定した。彼はイズマエーレを知っていた。だからそのようなことをする男ではないとわかっていたのだ。
「そんなことはありませんよ」
「果たしてまことか」
「同胞ですよ」
 そう彼に言った。
「同胞を信じないでどうするのですか」
「だがあいつは」
 ザッカーリアの言うことにも根拠があった。彼はそれを主張してきた。
「あの時我々を裏切りそして今ここに連れて来られているのだぞ」
「ですが命はあります」
 従者は懸命にイズマエーレを擁護する。
「ですから」
「まあよい」
 彼はとりあえずは従者の言葉に従うことにした。
「では会おう。それでよいのだな」
「左様です」
「祭司長」
 そこで丁度マントを羽織ったイズマエーレがやって来た。見事な格好であった。
「こちらですか」
「一体何用だ」
 ザッカーリアは彼をジロリと睨み据えて問うた。
「同胞を裏切った者が」
「祭司長」
 従者がザッカーリアを宥めようとするがそれは適わなかった。彼は尚もイズマエーレを見据えて詰め寄る。
「おかげで我等はこの堕落の街に連れて来られた。誰のせいだと思っておる」
「ですが命だけは」
「命!?そんなものが何になる」
 彼はそれを言い捨てた。まるで塵芥の様に。
「そんなものを護って生き長らえるより信仰を抱いて死んだ方がましだ」
「では死なれるというのですか」
「私は死なぞ恐れはしない」
 ザッカーリアはこう言い切る。
「民もまた信仰に殉じるのですか」
「その通りだ」
 返答には何の迷いもない。
「何があろうともな。御主とは違うのだ」
「では民達はどうなるのですか」
 彼はそれを問う。
「やはり神に殉じるというのですか」
 もう一度それをだ。
「どうなのですか」
「今言った通りだ」
 そしてザッカーリアの言葉も変わりはしない。
「それこそがヘブライの民の務めだ」
「それは違うのではないでしょうか」
 イズマエーレはあえて異議を申し立てる。
「何ィ!?」
「確かに私は神殿をバビロニアに手渡しました」
 それは自分でも認めた。拭い去ることのできない事実であると。
「しかし。民は皆生きているではありませんか。神を讃える民達が」
「恥辱に責め苛まれているがな」
「彼等はきっとエルサレムに戻ります」
 イズマエーレは言う。
「それは間も無く果たされるでしょう」
「何だ?バビロニア王の気まぐれか!?」
 ザッカーリアの言葉は底意地すら悪くなっていた。いい加減イズマエーレと話すのが苦痛になってきていると言わんばかりである。実に不愉快そうである。
「どうなのじゃ?」
「気まぐれではありません」
 イズマエーレはそれを否定する。
「それは確かなものです」
「ほう、確かか」
 ザッカーリアの言葉がさらに底意地悪い性質になろうとしていた。
「はい、私もヘブライの者です」
 イズマエーレも引かなかった。
「神に誓って」
「では聞く」
 ザッカーリアの目にも剣呑な光が宿る。
「そなたはこのバビロンから民を救い出せるのだな」
「必ずや」
「ふむ」
 ここでイズマエーレの目を見る。そこには邪な光は何もなかった。
「わかった。では一度は信じよう」
「有り難い御言葉」
「しかしだ。若し偽りあらば」
「その時は喜んで裁きの雷を受けましょう」
「よし、行くぞ」
「兄上」
 ここでふっくらとした顔立ちの若い女性がやって来た。小柄でその金髪と青い目が目立つ。
「ここにおられたのですか」
「アンナか」
「はい」
 その女性はザッカーリアに頷いた。
「大変なことになりました」
「どうしたのだ?」
「ここにいては危険です」
「賊なのですか?」
 イズマエーレが険しい顔でそれに問う。
「ならば私が」
「私のことはいいです」
 だがアンナは自分はいいとした。
「ですから彼女達を」
「彼女達!?」
「そうです」
「イズマエーレ様」
「貴女は」
 そこにやって来たのはフェネーナであった。ヘブライの同胞達も一緒である。
「どうされたのですか、一体」
「大変なことになった」
「反乱だ」
「反乱!?」
「この王宮でか」
 イズマエーレとザッカーリアは同胞達からそれを聞いて顔を顰めさせた。
「祭司長」
「うむ」
 そしてまずは顔を見合わせた。それからまた同胞達に問うた。
「まずは落ち着くのだ」
 ザッカーリアが同胞達に厳かな声で語り掛ける。
「よいな。そして落ち着いて話せ」
「はい」
「それでは」
「ではあらためて聞こう」
 少し時間を置いてからまた問うた。
「反乱とな」
「そうです」
 ヘブライの者達は自分達の祭司長に答えた。
「それもかなり大規模な」
「そうか。そしてその指導者は」
 これが肝心であった。それによって反乱の性質も成功するかどうかもかなり違ってくるからだ。ザッカーリアの問いはことさらに鋭い声で行われた。
「アビガイッレ王女です」
「何っ」
「あの王女が。まさか」
 ザッカーリアもイズマエーレもそれを聞いて思わず声をあげた。
「馬鹿な、そんな筈がない」
 イズマエーレはまずはそれを否定した。
「何故彼女が」
「いえ、これは本当ですが」
 だがフェネーナもそれに応えてきた。
「姉上は兵士達を率いて反乱を」
「何ということだ」
「可能性としては大いに有り得ることだ」
 ザッカーリアは話を聞き終えたうえでこう述べた。
「有り得るのですか?」
「王女はバビロニアの将軍でもあった」
「はい」
「そして民衆や神官達の支持も高い。それはわかっておるな」
「確かに」
 それは事実であった。アビガイッレは苛烈ではあるが公平で勤勉な性格でありカリスマ性も備えていた。だからこそ身分の高い者からも低い者からも支持を集めていたのである。しかも元々権力志向の強い人物であった。ザッカーリアはそれを見抜いていたのだ。
「だからこそだ」
「ですが祭司長」
 イズマエーレはそれでも彼に問う。
「どうしてここで反乱なぞ。放っておいても王座が彼女を待っているというのに」
「そこまでの詳しい事情はわからぬ」
 彼もその理由まではわかりかねるものであった。
「だが反乱を起こしたのは事実。見よ」
 彼等のところに兵士や神官達を引き連れたアビガイッレがやって来る。王宮の外では民衆達の叫びが聞こえてくる。
「アビガイッレ様万歳!」
「今こそアビガイッレ様に往還を!」
 アビガイッレはその声を聴きながらゆっくりとヘブライの者達、そしてフェネーナのところにやって来た。その全身をみらびやかなまでに整え鎧兜に身を包んでいた。その姿は戦いの女神そのものであった。
「姉上・・・・・・」
「妹よ」
 アビガイッレはその長身をさらに反らせ妹と対峙してきた。そしてイズマエーレに守られている彼女に対して一言だけ言った。
「玉座は私のものです」
「いえ、玉座は父上のものです」
 だがフェネーナはそれに反論する。
「それ以外の誰のものでも」
「私に逆らうというのね」
 姉は妹のその言葉に剣呑な光を返した。
「この私に」
「姉上、どうされたのですか」
 フェネーナは恐怖を必死に抑えつつアビガイッレに問うた。彼女の後ろには神官や巫女達、そして武装した兵士達が集っていた。だが何よりもアビガイッレ自身の迫力が彼女を恐れさせていたのだ。
「どうして反乱なぞ」
「これは反乱ではありません」
 しかしアビガイッレは言う。
「私が正統な場所に座るだけです」
「しかしそれは」
「愚かな者達よ」
 だがここでその場に全てを圧する恐るべき声が鳴り響いた。
「この声は」
「我が愛する兵士達よ」
「お、王よ」
 兵士達はその声を聞くだけで畏まってしまった。
「そして神に仕える者達よ。ここは王宮である」
 王の紅の衣とマントを身に纏ったナブッコがその場にやってきた。その迫力はアビガイッレをしても太刀打できない程であった。
「お父様・・・・・・」
「くっ・・・・・・」
「娘達よ、常に言っている筈だ」
 ナブッコはその場にやってきてフェネーナとアビガイッレに述べた。
「王宮の中で騒ぐことは許さぬと。違ったか」
「それは・・・・・・」
 さしものアビガイッレもその威圧感の前に言い返すことは出来なかった。
「違うか?」
「いえ・・・・・・」
 止むを得ず頷いてしまった。彼はそれを見届けてから他の者達に対しても言った。
「御前達は今王を前にしているのだ。神をな」
「何とっ」
 ザッカーリアはその言葉を聞き逃さなかった。
「王よ」
 そして彼に問う。
「今何と言われたか」
「聞こえなかったか、私は神なのだ」
 これはバビロニアの信仰からは当然であった。だがザッカーリアにとってはそれは恐るべき不遜であった。
「何と恐ろしいことを」
「神を恐れぬというのか」
 ザッカーリアだけでなくヘブライの者達も恐れずにはいられなかった。彼等にとってはまず神があるのであるからだ。その神を恐れぬというのがどれだけ不遜かということである。
「言った筈だ」
 しかしナブッコには恐れは微塵もない。
「私は御前達の神殿を滅ぼし神を下したと。いや」
 そして言う。
「今や私は全ての神々の長となるのだ。このバビロニアの王としてな」
「神は唯一だ」
 ザッカーリアがそれに反論する。
「それでどうしてその上に立てるというのだ」
「では私を崇めぬというのか」
「元よりそのつもりはない」
 ザッカーリアはきっぱりと言い返す。
「私が仕えるのはヘブライの神のみだ。王よ、貴方に対してではないのだ」
「ほう、神々の長に対してそこまで言うのか」
 だがナブッコはその言葉を聞いても怒りはしなかった。むしろ自信と傲慢に満ちた笑みを浮かべてきた。
「私は貴方を認めない。いや、あえて言おう」
 そして言う。
「我々の神を認めないのならば貴方には神罰が下るであろう」
「神罰か」
 その言葉を聞いてもナブッコは身震い一つしない。
「ではそれを見せてもらいたいものだな」
「くっ」
「フェネーナ」
 ナブッコは今度はフェネーナに声をかけてきた。
「はい」
「ヘブライの者達から離れよ」
「どうされるのですか?」
「安心せよ、殺しはしない」
 王としての余裕と寛容を見せてきたのだ。
「しかしだ。その神罰を与える」
「神罰を」
「そうだ。兵士達よ」
 自分の後ろとアビガイッレの後ろにいる兵士達に命じてきた。
「ヘブライの者達を連れて行け。そしてそれぞれ鞭で打て」
「鞭でですか」
「剣は」
 この場合剣とは斬首をさす。すなわち死刑である。
「殺しはしないと言った筈だ。よいな」
「はっ」
「わかりました」
「鞭もだ。あくまで私の、神の罰を教えるという意味でやれ。よいな」
「わかりました」
「では適度に」
「そうだ。御前達に真の神罰を教えてやろう」
「まだ言うというのか」
 ザッカーリアはなおも己を神だと言うナブッコに怒りを隠せなかった。
「その様な不遜を」
「不遜ではない」
 ナブッコはあくまで傲然としたままである。
「その証拠をすぐに教えてやる。さあ」
 兵士達に対して言う。
「連れて行け」
「ええい、寄るな!」
 ザッカーリアは兵士達に対して叫ぶ。
「貴様等に掴まれはせぬ!これも神が与え給うた試練!」
「ふむ、まだ恐れてはおらぬか」
「わしが恐れるのは神のみ!そして」
 ナブッコを憤怒の形相で指差し叫んだ。
「天罰よ、下れ!」
「!!」
 その瞬間雷が落ちた。それはナブッコを撃った。
「何っ」
「王よ!」
 兵士達が驚いて声をかける。だがナブッコはそこに立ったまま何も発しようとはしない。
「どういうことなのだ」
「まさかこれが」
 その場にいた全ての者が顔を見合わせ語り合う。だが答えは出ない。
 しかしアビガイッレはその中で一人傲然としていた。そして他の者達に対して言う。
「王は今は失われた。だが次の王がいる」
「それは一体」
「私だ!」
 彼女は今ここにはっきりと宣言した。
「私がその王だ!よいな!」
「アビガイッレ様!」
「貴女が王に!」
「そうだ、私こそが次のバビロニアの王だ!」
「何ということだ」
「まさかこの女が」
 喜びに沸こうとしているバビロニアの者達に対してヘブライの者達は言葉を失っていた。
「今私はここに誓う。バビロニアの栄光を。そして」
 きっとヘブライの者達を見据えてきた。
「それにあがらう者達への容赦ない裁きを。今こそ!」
「アビガイッレ様万歳!」
「バビロニアの繁栄は貴女と共に!」
 兵士達の声が宮殿の外の民衆の声と重なる。そしてそれがさらに大きくなっていく。
 その中でアビガイッレはフェネーナを見据えていた。その強い目にフェネーナは怯む。
 しかしそこにイズマエーレが来て彼女を庇う。アビガイッレは彼も見たが今は何も言わなかった。
 ナブッコは最早抜け殻と化していた。王冠を持たない抜け殻になっていた。王冠はもうアビガイッレのものになっていた。彼女はそこで傲然と立っていたのであった。





まさか、あっけない最後だな。
美姫 「偶然なのかしら、それとも」
うーん、これからどうなるんだろか。
美姫 「新たな王の誕生。一体、何が起こるのかしらね」
次回を待ってます。
美姫 「それじゃ〜ね〜」



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