『ニーベルングの指輪』

 第二夜 ジークフリート


                               第二幕  倒れる竜

「御前か」
「何っ、貴様か」
 アルベリヒは森の中にいた。そこでさすらい人と会ったのである。
「何故ここにいる」
「それはこちらの台詞だ」
 さすらい人は彼を見据えながら応えた。
「何故ここにいる」
「知れたことだ」
 アルベリヒもまた彼を睨んでいた。
「わしのものを取り返す為だ」
「御前のものだというのか」
「そうだ」
 忌々しげに彼に言葉を返す。
「その為にここに来て何が悪い」
「まるで巨人の門番だな」
 さすらい人はその彼を侮蔑して述べた。
「まさにな」
「わしが門番なら貴様は何だ」
 アルベリヒの怒りはさらに高まる。
「何だというのだ」
「私は見る為に来たのだ」
 さすらい人自身が言うにはそうなのだった。
「何かをする為ではない」
「貴様の言うことなぞ信じるものか」
「何故そう言えるのだ?」
「あの時わしを騙したのは誰だ」
 彼を指差しての言葉である。
「忘れたとは言わせん」
「あれは当然のことだ」
 しかし彼は言うのであった。
「貴様の邪な野心を止める為にだ」
「必要だったというのか」
「そうだ」
 こう言ってそれを正当化する。
「その通りだ」
「悪辣な策略家よ」
 さすらい人を評しての言葉である。
「昔御前に縛り上げられた時の様にわしが馬鹿であったならば」
「どうだというのだ?」
「貴様が指輪を手に入れるだろう」
「そう思っているのだな」
「だが今は違う」
 はっきりと言い返したのだった。
「今のわしは違うぞ。もう貴様のことは知っている」
「では騙されないというのだな」
「何があってもだ」
 それはないというのだ。
「貴様の弱みも知っている」
「おう」
「わしの宝で御前は借りを返した」
 ここでも話は過去の事柄になっていた。
「御前にヴァルハラを築いてやったあの巨人達の労力に対してな」
「それも今はだ」
「あの傲慢な連中と貴様が契約したことはだ」
 その時のことの話が続く。
「支配の源である貴様の槍の柄に今も文字として残っている」
「この槍にだ」
 それは他ならぬ彼が最も知っていることだった。
「その通りだ」
「貴様があいつ等に支払ったものは再び巨人達から奪うことはだ」
 アルベリヒは彼を指差して言い続ける。
「許されてはいない。貴様が自分でその槍の柄を否定することになるのだぞ」
「それはその通りだ」
「ではわかっているな」
 彼はさらに言う。
「貴様の手の中にありながらその槍は籾殻の如く砕け散るのだ」
「この槍の文字はだ」
 さすらい人はその槍の文字を見ながら述べてきた。
「貴様の如き悪党と結託する為にあるのではない」
「では何だというのだ」
「貴様を屈服させる為にあるのだ」
 そしてその槍で彼を指し示した。
「戦いの為にある槍なのだ」
「そんなことを言っているがだ」
 何とか不敵な笑みを作っての言葉だった。
「心の中では不安なのだな」
「私が不安に思っているだと?」
「そうだ。宝を守っている奴がわしの呪いで死んだのならだ」
 アルベリヒが指輪にかけたその呪いによってだ。
「誰が指輪を受け継ぐのか」
「誰だというのだ?」
「それは再びニーベルングのものになるのか」
 つまり自分のものに戻るというのである。
「貴様は永遠にそれを恐れ続けるのだ」
「私が恐れているというのか」
「そうだ。わしが再び指輪を手に入れたならば」
 その時のことを話すのだった。
「愚かな巨人達とは違う」
「同じだがな」
 ここでさすらい人はこんなことを言うのだった。
「大男総身に知恵が回りかねだな」
「あいつ等はそうだ」
「御前にこの言葉を教えてやろう」
「何だというのだ?」
「小男の総身に知恵も知れたものだ」
 告げたのはこの言葉だった。
「そのことを言っておく」
「少なくともわしは違う」
 アルベリヒは己を愚かだとは思っていないのだった。
「指輪の力を存分に引き出しだ」
「そして世界を治めるのだな」
「そうだ」
 まさにその通りだというのである。
「聖なる守護者の勇士達も震え上がるだろう」
「エインヘリャル達もか」
「わしはニーベルングの軍勢を引き連れヴァルハラに進む」
 戦争を挑むというのだ。
「そして世界はわしが支配するのだ」
「貴様の考えはわかっている」
 さすらい人はそのことはもう読んでいるのだった。
「既にな」
「わかっているというのか」
「そうだ」
 まさにその通りだというのである。
「しかしそんなことは気にはかけてはいない」
「そう言うのだな」
「指輪を手に入れた者が指輪を支配するのだ」
「わしにははっきりと分かっていることを何故ぼかすのか」
 アルベリヒはこう彼に返してみせた。
「貴様がそれだけ強情なのはだ」
「強情である気はない」
「貴様の血を受けた息子達を頼りにしているからだな」
「だとしたらどうなのだ?」
「貴様は自分でそれを取ることはできん」
 見透かしているということを殊更彼に見せている。
「その為に一人の英雄を用意しているな」
「争いたいならばだ」
 だがさすらい人はまだ彼に告げるのであった。
「その相手は私ではない」
「何っ!?」
「ミーメだ」
「あいつだというのか」
「そうだ、あの男だ」
 ここで彼の名前を出すのである。
「貴様の弟こそが御前を脅かす男だ」
「あの臆病者がか」
「ファフナーを倒す為に」
 ここで自身の後ろを見た。そこには巨大な黒い洞穴の入り口がある。
「今奴は一人の英雄を連れて来る」
「人間の英雄をだな」
「神の血を引くな」
「つまり貴様のだな」
 やはり全てをわかっているアルベリヒだった。
「そうだな」
「その若者は私のことを知らない」
 さすらい人はまた言った。
「ニーベルングが自分の為に利用しているのだ」
「あいつの為にか」
「だから貴様に言っておく」
 さすらい人の言葉は続く。
「用心するのだな」
「それでは貴様はだ」
 アルベリヒは敵の言葉を聞き終えてからまた述べた。
「指輪から手を引くのか」
「私は愛する者にそれを任せる」
 それが彼の考えであった。
「生きていようが倒れようがその自由だ」
「ふん、どうだかな」
「英雄だけがわしの役に立つのだ」
 彼は言い切った。
「それこそがだ」
「わしが指輪を奪い合うのはだ」
 アルベリヒの言葉は剣呑なものになってきていた。
「ミーメだけなのか」
「今のところはな」
 さすらい人はさらに彼に忠告してきた。
「奴だけだ」
「それなのにわしが手に入れられないというのか」
「その英雄が手に入れるのだ」
 やはり彼ではないというのである。
「二人のニーベルングが指輪を欲し」
「ふん」
「指輪を見張るファフナーは倒れる」
「あの竜が倒れ」
「そして英雄のものとなるのだ」
 そうなると今話す。
「それ以上も知りたいか?」
「まだ言うことがあるのか」
「あの場所にいる竜だ」
 また後ろを見ての言葉である。その洞穴を。
「貴様が奴に命が危ないと伝えればだ」
「どうだというのだ?それで」
「喜んでその下らないものをやるかも知れんぞ」
 彼をからかっているのは明らかであった。
「それでな。それではだ」
「今度は何をするつもりだ」
「貴様の為にあの竜を起こしてやろう」
 そうするというのである。
「ファフナー!」
「呼ぶのか」
「起きるのだ竜よ」
「誰だ」
 するとだった。地の底から響き渡る様な恐ろしい声が聞こえてきた。
「わしを呼ぶのは誰だ」
「貴様の危機を知らせに来た者がいる」
「危機だと?」
「そうだ、貴様が守っているその宝をだ」
 こう彼に告げるのであった。
「命の代わりに差し出せば死から救うとな」
「何が欲しいというのだ?」
 竜は洞穴から彼の言葉に問うてきた。
「それで何をだ」
「わしだ」
 アルベリヒがここで彼に告げた。
「このわしだ」
「貴様だというのか」
「そうだ、いいか竜よ」
 アルベリヒはさらに彼に告げるのだった。
「英雄が来る、貴様を倒そうとな」
「ではその英雄を喰らおう」
 ファフナーはこう答えた。
「出て来たその時にな」
「その英雄は大胆不敵だ」
 またさすらい人が彼に告げた。
「剣は鋭いぞ」
「そいつは指輪だけが欲しいのだ」
 アルベリヒも言う。
「その指輪をわしにくれるのならばだ」
「指輪をだと」
「そうだ」
 まさにそれだと答える。
「そうすれば貴様の代わりに戦ってやるぞ。そして貴様は」
「どうなるというのだ?」
「他の財宝を守って静かに長く生きることができるのだ」
 こう彼に告げる。
「これからも長くな」
「受けるつもりはない」
 こう返す竜だった。
「そんなことはな」
「受けぬというのか」
「わしはここにいる」
 彼はアルベリヒに対して答えた。
「横になってわしのものを守る。このままな」
「失敗したな」
 さすらい人はすぐに彼に告げてきた。
「どうやらな」
「ふん、何ということだ」
「私は善意のアドバイスをした」
 ここでこのことを言ってみせるのだった。
「それは言っておこう」
「それでどうだというのだ?」
「最早貴様に悪党と言われる謂れはない」 
 彼は告げた。
「それは言っておくぞ」
「聞くつもりはない」
「だが確かに忠告はした」
 彼はこのことを強調する。
「それはな」
「ではどうだというのだ」
「最後にまた言っておこう」
 そしてさらに言ってきた。
「よく覚えておくことだ」
「何を言うつもりだ?」
「全てはなるようになるものだ」
 このことを告げるというのである。
「全てはな」
「貴様が言う言葉ではないな」
 アルベリヒはまたしても忌々しげな顔になっていた。
「それはな」
「そう思うのなら思えばいい」
 またそれには構うところはないというのであった。
「だが告げた」
「まだ言うのか」
「御前は何も変えることはできないのだ」
 そうした意味で自分と同じだというのだ。
「自分ではな」
「その言葉忘れるな」
 アルベリヒの声の剣呑さは増していく。
「絶対にな」
「無論貴様が何を言いたいのかもわかっている」
 さすらい人の言葉に微かに陰が指した。
「その子を作れなくなった貴様がな」
「わしの髭は全て落ちてしまった」
 見ればその通りだった。かつてはあったその髭は全くない。それが何故かというとこれこそが彼が愛を捨てたということの証なのである。
「だが子は作れたのだ」
「おかしな方法でだな」
「愛がなくともだ。そして髭がなくなろうともだ」
「ニーベルングの技術でだな」
「そうだ。作れるのだ」
 そうだというのである。
「子もな。それは言っておく」
「確かに聞いた。だが」
「だが?」
「精々しっかりとやることだな」
 さすらい人は話を戻してきた。
「それを忠告しておこう」
「その忠告をして去るつもりか」
「少なくともここは去る」
 彼は言った。
「ミーメとやり合うのだな」
「あいつとか」
「そのやり方は貴様が最もよくわかっているな」
 これについてはというのである。
「そうだな」
「あいつは昔から愚図だった」
 兄弟でありながらお互いにいい感情はないのだった。
「あの臆病者ならば恐れることはない」
「では好きにするがいい」
 こう言って去ろうとした。
「ではな」
「謀りを好み虚言を弄する神々の一族め」
 その去ろうとする彼を見送りながらの言葉だ。
「貴様等の滅亡を見届けてやる、何があろうともな」
 こう言ってその場から一旦姿を消す。すると彼と入れ替わりにジークフリートとミーメが来たのであった。
「さあ、ここじゃ」
「ここなのか」
「ここには来たことがあったか?」
「そういえばなかったな」
 言われてそのことに気付くジークフリートだった。
「他の辺りは行ったことがあったのに」
「ここは遠いからじゃ」
 だからだというミーメだった。
「来ていないのも無理はない」
「そうか」
「それでじゃが」
「ミーメ」
 ジークフリートから言ってきた。
「ここで若しもだ」
「若しも?」
「恐れだったな」
 このことを話に出してきた。
「それを学べなかったらだ」
「どうだというのじゃ?」
「それでも森を出るぞ」
 そうするといのである。
「それでいいな」
「ここで若しも」
 ミーメも彼の言葉を受けて返してきた。
「御前が学べなければじゃ」
「恐れをだな」
「そうじゃ。もう他のところや他の時には学べないじゃろう」
 ジークフリートをわかったうえでの言葉であった。
「決してな」
「そうなんだな」
「あの暗い洞穴じゃが」
 今彼はその洞穴を見ていた。ジークフリートもそこを見ている。
「見えるな」
「はっきりとな」
「あそこには残忍で荒々しい竜がおるのじゃ」
「ずっと言っているそいつがだな」
「そうじゃ。凶暴でしかも大きい」
 ミーメは竜についてさらに言う。
「そうそう勝てる奴ではない」
「そんなに強いのか」
「御前なら一呑みじゃな」
「それならだ」
 そう言われても臆することのないジークフリートだった。
「その口を塞ぐだけだ」
「随分と簡単に言うのう」
「そうすれば食べられることはない」
 恐れを知らないだけはある言葉だった。
「それだけじゃないか」
「口からは毒の涎が流れ出ておるのじゃぞ」
 しかしミーメはさらに言うのだった。
「その涎を受けるとじゃ」
「どうなるっていうんだい?今度は」
「肉も骨も溶けてしまうのじゃ」
 そうなるというのである。
「それで終わりじゃ」
「それならだ」
 そう言われてもジークフリートは臆しない。
「涎がかからないようにかわせばいい」
「長い尾で打ちのめされるぞ」
 ミーメも負けずという調子で返す。
「尻尾を巻きつけて締め上げられるとどんなものでも砕け散るのじゃぞ」
「じゃあそれに用心しよう」
 ジークフリートはそれを言われても平気であった。
「そしてだ」
「そして?」
「倒すだけだ」
 一言だった。
「そいつには心臓があるんだな」
「残忍で堅い心臓がある」
「そうか。それで」
 さらに聞く彼だった。
「場所は何処なんだ?」
「場所か」
「そうだ。心臓の場所は何処なんだ?」
 それを問うのだった。
「人間や動物なら誰でも鼓動しているそこにあるのか?」
「そうじゃ」
 そうだと答える。
「そこにあるのじゃよ」
「そうか、わかった」
 それを聞いてまた言うのだった。
「ならそこにノートゥングを突き刺す」
「そうするというのか」
「そうだ。これが恐れなのか?」
 また逆に彼に問うてきたのだった。
「こんなのがだ。何でもないじゃないか」
「怖くないというのか」
「怖い!?」
 そう言われても平気な顔のままであった。
「怖いとは何なんだ?」
「だから恐れじゃ」
「何も感じないさ」
 やはりそうなのだった。
「全くな」
「何という奴じゃ」
「やっぱり御前は駄目じゃないか」
 こう言ってまたミーメを否定する。
「所詮その程度なんだな」
「そこまで言うならばじゃ」
 いい加減ミーメも頭に来ていた。
「実際に見てみるのじゃ」
「その竜をか」
「そうじゃ。見てみればわかることじゃ」
「なら見てやる」
 ジークフリートはただ前を見ていた。
「その竜をな」
「見たことはなかったのう」
「ない」
「なら余計に見るのじゃ」
 そして言うのだった。
「それこそじゃ」
「それこそ?」
「見ただけで気が遠くなるわい」
 くすくすと笑っての言葉であった。
「それだけでじゃ」
「そこまで言うのか」
「言うぞ。真実じゃからな」」
 あくまでこう主張するのであった。
「目の前が真っ暗になり足元がぐらついてじゃ」
「それでどうなるっていうんだ?」
「胸が締め付けられ鼓動が激しくなってじゃ」
 そしてさらに言葉を続けていく。
「御前にこのことを教えてやったわしにじゃ」
「何だというのだ?」
「感謝して愛することになるぞ」
「僕が御前を愛する!?」
 ジークフリートにとってはこれは全く心外な言葉だった。
「馬鹿を言え」
「馬鹿にだと!?」
「そうだ。そんな筈があるものか」
 こう言うのだった。
「戯言を言うな」
「戯言ではないぞ」
「もう御前に話すことはない」
 いい加減彼も頭にきたのである。
「さっさと何処かに行け」
「またそんなことを言うのか」
「何度でも言ってやる。とにかくだ」
 今にもノートゥングを抜こうとする。それを見たミーメも流石に去る。
「やれやれ、わかったわ」
「さっさと何処かに行け」
「ではそろそろ出て来るからじゃ」
 ミーメはこそこそと去りながらジークフリートに告げる。
「用心するのじゃぞ」
「用心なぞ必要ない」
「泉に水を飲みに出て来るからな」
 竜の動きも教えておくのだった。
「ではな」
「おいミーメ」
 その去ろうとするミーメにまた来たジークフリートだった。
「御前が泉のところに行くならな」
「何だというのじゃ?」
「竜をそこに追い立てるぞ」
 半分本気の言葉だった。
「いいな」
「何ということを言うのじゃ」
「そいつが御前を飲み込んでしまったらそれから竜を倒してやる」
 こう言うのである。
「それでいいな」
「また何ということを言うのじゃ」
「それが嫌なら泉の側で休むな。遠くで休め」
 そしてさらに告げた。
「それで二度と僕の前に出て来るな」
「戦いの後で御前を元気付けてやるのは嫌なのか」
「元気付ける!?」
「そうじゃ。何かあったらわしを呼んでくれ」
 こう言うのである。
「わかったな」
「そんなことがあるものか」
「まあその時は呼んでくれ」
 あくまでこう言うのだった。
「いいな」
 ここまで話して姿を消す。その時にこっそりと呟いた。
「共倒れになってくれればいいのじゃがな」
 こうしてジークフリートは一人になった。ここでまた言うのであった。
「あいつが僕の親父でないとは何といいことだ」
 そして今度は周りを見回す。
 そこは森の中でもとりわけ緑が多い。その緑の中で呟く。
「この爽やかな森も今はいい。やっと楽しい一日も微笑みかけてくれる。それにしても」
 ここでふと思った。
「僕の父親はどんな人だったんだろう」
 それを思うのだった。
「ミーメに息子があったらあいつそっくりになる」
 まずはそれを考えた。
「灰色で醜くいやらしく小さく歪んでいて垂れ下がった耳を持っていて」
 まさにミーメそのものである。
「眼はただれているんだろう。あんな醜いアルプはもういい」
 言葉は続く。
「そして僕のお母さんはどんな人なのか。それは考えられない」
 そう思いながら想像していく。
「牝鹿のそれよりも美しい瞳だったのだろうか。それに」
 想像は続く。
「不安の中で僕を生んで死んだのか。人間の母親は子供を生むと死ぬのか」
 こうも思うのだった。
「それは悲しいことだ。余計に僕のお母さんに会いたくなった」
 ここで気付いたのは。森の小鳥だった。
「小鳥か。そういえば御前の声も聞いたな」
「さあ、どうなるかな」
「面白そうだね」
 小鳥達はここで囁いているがジークフリートにはわからない。
「竜に勝てるかな」
「いけるんじゃないの?」
 こう言っていく。
「甘いさえずりがわかったらお母さんのことがわかるかな」
「あれ、何か言ってるね」
「そうだね。お母さんって?」
 小鳥達にはジークフリートの言葉がわかった。
「そういえばあの人が死んで随分経つけれど」
「あの子も大きくなったね」
 こう言いながらであった。ジークフリートを見守る。ジークフリートはさらに言う。
「ミーメは小鳥のさえずりも聞こえるようになると言っていたが」
「まあそれはね」
「特別な方法が必要だけれど」
 また言い合う小鳥達だった。
「できるかな」
「それがわかるかしら」
「真似をしてみようか」
 こんなことも考えた。
「声の響きを。そうすればわかるかな」
 そしてまた言った。
「言葉は駄目でも鳥の言葉を使ってみればお喋りもわかるかも知れない」
「おや、そう考えるんだ」
「面白いじゃない」
 実際にやってみるジークフリートだった。葦笛を吹いてみる。しかしであった。
「駄目か」
 上手くいかなかったのだった。
「これでは駄目だ」
「まあそれじゃあね」
「難しいね」
「小鳥達に恥ずかしいな」
 こう言って顔を俯けさせた。
「こんなことになって」
「気を落とした?」
「仕方ないのに」
「参ったな、どうすればいいんだ」
 彼は俯きながら述べる。
「どうすれば聞かせてやれるんだ」
「僕達にその声を」
「そういうことね」
「どうすればいいんだろう」
 そして考えるのであった。
「小鳥達に対して。けれど」
 今度はだった。角笛だった。腰のそれを取って高らかに吹くのだった。
 笛の音は遠くまで響く。それが返っても来る。それを聞いてジークフリートはまた呟いた。
「さて、何が出て来るかな。狼か熊、それとも」
「あっ、来たな」
「そうね」
 するとであった。洞穴からそれが出て来たのである。
「出て来たな。楽しい仲間になってくれるか」
「貴様は一体」 
 巨大な竜だった。黒く禍々しい姿をしている。眼は赤く四肢は太い。そして鋭い牙や爪からどす黒い毒汁が滴り落ちている。その竜が出て来たのである。
「喋れるのか」
「だとしたらどうする」
「それなら答えろ」
 その竜に対しての問いだった。
「御前がこの森の竜だな」
「そうだ。我が名はファフナー」
 こう名乗ったのである。
「巨人達の主でもある」
「そうか。御前がその巨人達の主か」
「そうだ」
 まさにそれだというのである。
「わかったな」
「そしてだ」
 その彼にさらに問うジークフリートだった。
「教えてもらいたいことがもう一つある」
「今度は何だ?」
「ここに一人恐れを知らない男がいる」
「それは誰だ?」
「御前の目の前にいる」
 つまり自分だというのである。
「御前はその男に恐れを教えられるか」
「無鉄砲なのか勇気なのか」
 ファフナーはそれを聞いて言った。
「そんなことはどうでもいいが」
「何だ?」
「わしは水を飲みたいのだ」
 己の事情の話であった。
「それを邪魔するのか」
「だとしたらどうするのだ?」
「食い物になるというのか」
 こうジークフリートに対して言ってきたのだった。
「なら容赦はしないぞ」
「その口で僕を飲み込むのか」
「どかぬならそうする」
 その長い舌を出しての言葉だった。それ自体がまた蛇の様に蠢く。
「どうするのだ?それで」
「恐れを教えてもらう」
 あくまでこう言うのだった。
「御前にそれができるか?」
「できる」
 竜もまた言う。
「それはな」
「できるんだな。じゃあ教えてくれ」
「一口で飲み込んでやる」
 そうするというのだ。
「それで教えてやる」
「残念だがそれは遠慮する」
 言いながら不敵な笑みを浮かべてみせたのだった。
「それはな」
「嫌だというのか」
「考えるまでもないことだ」
「では去るのだな」
「それも考えるまでもない」
 あくまで不敵だった。
「だからだ。ここで御前を」
「わしをどうするというのだ?」
「倒す」
 そうすると告げて剣を抜いてみせた。その白銀の刀身が眩く輝く。 
 それを見た竜もだった。赤い目をさらに輝かせてきた。
 そのうえで突進してきた。竜は若者を一口で飲み込もうとする。しかしそれは適わなかった。
 ジークフリートは一突きだった。その心臓の場所を見て突きを入れた。それで終わりであった。
 胸を突かれた彼は瞬く間に巨人の姿に戻った。そのうえで言うのだった。
「うう・・・・・・」
「これで終わりだな」
 ジークフリートはその彼に対して告げた。
「僕の勝ちだな」
「御前の心臓にはノートゥングが刺さった」
 こう告げるのだった。
「これで終わりだな」
「貴様は誰だ」
 ファフナーはジークフリートに対して問うてきた。今まさに息絶えんとしている。
「わしを倒したのは」
「僕はまだ多くのことを知っていない」
 こう彼に言うのだった。
「誰かもそれさえもだ」
「知らないというのか」
「だがこの戦いは御前自身が僕を駆り立てた」
「そうか。知らないのか」
 それを聞いて述べたファフナーだった。
「御前のしたことは御前が考えたことではないのか」
「それは」
「明るい目をした若者よ」
 ジークフリートを見ての言葉だった。
「自分のことさえ知らぬ子よ」
「何だ?」
「御前が誰を倒したのか言っておこう」
 こう彼に言うのだった。
「御前がな。誰をだ」
「竜になった巨人ではないのか」
「今言ったなわしの名はファフナーだ」
 仰向けになって今まさに息絶えようとしている中での言葉だった。
「かつて力の強い巨人族にファゾルトとファフナーという兄弟がいた」
「その兄弟がか」
「そうだ。神々から与えられた呪いの黄金を得る為に」
 遥かな昔の話である。
「兄ファゾルトを殺し竜にその身を変えて宝を護ったのがだ」
「あんただな」
「そうだ。わしだ」
 自分だというのだった。
「このファフナーだ」
「そうだったのか」
「そのわしも今御前に倒された」
 こう言うのである。
「巨人族はこれで指輪を手にすることはなくなった」
「指輪?」
「わし等は元々権力を望んではいなかった」
 自分達のことを言うのだった。
「わしはそれに目を眩ませた。それが過ちだったのだ」
「そうなのか?」
「わからずともいい」
 ジークフリートに対してそれはいいとした。
「しかしだ。わしを倒した御前にだ」
「僕に?」
「一つ忠告しておく。御前はおそらく」
 こう話していくのだった。
「ミーメにそそのかされたな」
「ミーメを知っているのか?」
「知っている」
 知らない筈のないことだった。
「あのずる賢いニーベルングのことはな」
「そうだったのか。あいつのことを」
「あいつは自分のことしか考えない奴だ」
 もうその顔には死相が出ていた。
「御前も愛しているわけじゃない」
「僕もだ」
「それとはまた違う。あいつはだ」
 さらに言っていくのだった。
「御前を道具として育てていたのだ」
「道具?」
「いらなくなった道具は捨てられる」
 一つの現実だった。
「御前は殺されようとしているのだ」
「僕がか」
「そうだ。気をつけるのだ」
 彼への忠告だった。
「わかったな」
「ミーメが僕を」
「そして最後に聞きたい」
 死にそうな顔で告げてきたのであった。今まさに息絶えようとするその中で。
「御前の名前は何というのだ」
「名前?」
「そうだ。御前の名前は何というのだ」
「ジークフリート」
 こう名乗ったのだった。
「それが僕の名前だ」
「ジークフリートか」
「そうだ。それが僕の名前だ」
「わかった。ではな」
 こう言い残して事切れてしまった。ファフナーはこれで死んでしまったのだった。
「死んだ奴は何も語らない」
 ジークフリートはファフナーの亡骸を見下ろしながら呟いた。
「せめてだ。葬ってやろう」
 その力でファフナーの亡骸を洞穴の中に運ぶ。そしてその中の深い部分に埋めて土をかける。そうして彼を葬ったのであった。
 そのうえで剣に手をやる。するとであった。
「熱いっ、血か」
 その血に触れて思わず手を退けた。咄嗟に指を口の中に入れた。するとだった。
「じゃあ僕はこれでね」
「ええ、じゃあ」
 小鳥の一羽が去った。何とその声が今聞こえたのである。
「小鳥の声が」
「ニーベルングの財宝はジークフリートのものね」
 こう言った声が聞こえたのである。
「洞穴の中にある隠れ兜もあるし」
「隠れ兜?」
「それに指輪を」
 次に指輪のことも言う小鳥だった。
「手に入れれば世界の支配者になれる」
「世界の支配者か。わかった」
 それを聞いて頷くジークフリートだった。
「それなら」
 彼には何もかもがわかった。そうしてまた洞穴に入るのだった。そしてその頃。
「貴様か」
「むっ、兄貴か」
 ミーメの前にアルベリヒが出て来た。そうして言い争いをはじめた。
「何でこんなところにいるんだ」
「御前こそだ」
 アルベリヒは憎しみに満ちた顔で弟を見ていた。
「こんなに急いで抜け目なく」
「抜け目ないだと!?」
「そうだ、何処に行くのだ悪党が」
「悪党だと、それは兄貴の方だ」
「わしが悪党だというのか」
「そうだ」
 まさにそれだと言い返すミーメだった。
「貴様が悪党でなくて何だ」
「わしの宝を狙っているな」
 アルベリヒは既にそれを察しているのだった。
「そうだな」
「ここはわしの場所だ」
 ミーメもミーメで言い返す。
「ここで何を探し回っている」
「御前の泥棒を見過ごすものか」
「わしが苦労して手に入れるものを邪魔するのか」
「あの指輪は誰のものだ」
 アルベリヒも負けてはいない。
「御前がラインから取ったものか?」
「それを言うのか」
「御前が指輪に魔力を仕込んだものか?」
 それを問うのだった。
「どうなのだ?それは」
「隠れ兜は誰が作った」
 しかしミーメはまた言い返した。
「あの姿を消す隠れ兜はだ」
「あれのことか」
「そうだ。御前が必要だから御前が作ったのか?」
「御前の様な能無しに鍛える術なぞあるのか」
 言い争いは続く。
「わしの指輪の魔力のおかげで技術を知ったではないか」
「では御前は指輪をまだ持っているのか」
 ミーメが問うたのは指輪のことだった。
「それはどうなのだ」
「指輪だと!?」
「貴様は愚かにもローゲに奪われたではないか」
 また遥かな昔の話だった。
「御前の奪われたそれをわしが計略で手に入れるのだ」
「人間の若造がしたことを貴様は欲張って自分のものにするのか」
「それが悪いというのか」
「御前の仕事ではなくあの若造の仕事ではないか」
「育てたのはわしだ」
 言うまでもなくジークフリートのことである。
「その恩返しをしてもらうのだ」
「恩返しだと!?」
「今まで散々骨を折ったんだからな」
 そのジークフリートのことを言い続ける。
「それも当然のことだ」
「何と図々しい奴だ」
 かといってジークフリートに同情しているわけではないアルベリヒだった。
「子供を育てたのを口実にして指輪を手に入れるのか」
「そうだ。何もかもをだ」
「欲の深い奴だ」
「全てはわしの手に入れるべきものだ」
 ミーメはあくまで主張する。
「何としてもだ」
「わしも釘一本もやらんぞ」
 二人は同じであった。
「何があってもな」
「ならばジークフリートを貴様にけしかけるぞ」
 ミーメは切り札を出した。
「そうすればあの竜と同じくだ」
「ファフナーか」
「そうだ。貴様を倒させるぞ」
 ムキになって言い返す。
「それでいいか」
「その若者だが」
 アルベリヒもムキになっていた。
「もうすぐ出て来るぞ」
「何っ!?」
「隠れ兜も財宝も持っているぞ」
「指輪もだな」
「何ということだ」
 アルベリヒにとっては最悪の事態であった。
「指輪までか」
「ではわしがそれを手に入れるとしよう」
「まだそんなことを言うのか」
「悪いか」
「許さんぞ!」
 弟をそのまま殴り飛ばそうとする。
「ここで殺してやる。いいのか」
「殺せるものならそうしてみろ!」
 また言い返すミーメだった。
「その時は貴様も一緒に殺してやる!」
「おのれ!」
「死ね!」
 二人で言い合う。しかしアルベリヒはジークフリートが来たのを見て。
 去ろうとする。そのうえで弟に実に忌々しげな声で告げた。
「いいか」
「何だ?」
「指輪はわしのものだ」
 あくまでこう言うのだった。
「いいな」
「貴様のものだというのだ」
「そうだ。何があってもだ」
 赤いその目は執着そのものだった。
「それを言っておく。いいな」
「勝手に言っておけ」
 こう言い合った後で姿を消すアルベリヒだった。ジークフリートはその洞穴からゆっくりと出ながらそのうえで呟いているのだった。
「宝は手に入れた。けれど何に使うのか」
 それは全く知らない彼だった。
「兜も指輪も」
「全てはジークフリートのものね」
 ここでまた小鳥の声が聞こえてきた。
「また小鳥の声が?」
「指輪も兜も。ただ」
「ただ?」
「ミーメには注意しないと」
「ミーメに」
 それを聞いてファフナーの今際の言葉を思い出さずにはいられなかった。
「やっぱりあいつは僕を」
「彼は不実な男」
 これもファフナーの言葉と同じだった。
「彼の企みをジークフリートが見抜いてくれらいいけれど」
「そうか、それなら」
 それを聞いてある程度意を決したジークフリートだった。
「若しそんな素振りを見せたら僕はあいつを」
「さて、それではじゃ」
 ミーメはミーメで考えていた。
「ここは殊更上手くやってじゃ」
「おうい、ジークフリート」
 恭しくを装ってジークフリートの前に出たのだった。
「恐れを学ぶことはできたか?」
「いいや」
 ここでは忌々しげに返したのだった。
「全く」
「全くなのか」
「そうだ。結局な」
 そしてこうも彼に告げた。
「何もわからなかった」
「そうか。わからなかったか」
「ああ、全くな」
「しかし竜は倒したんだな」
「その通りだ」
 それは事実だというのだった。
「この手で倒した」
「ならいいじゃないか」
「残酷な奴だったが死んでしまって悲しい」
「悲しい!?」
「そうだ、悲しい」
 こう言うジークフリートだった。
「あいつが死んで悲しい」
「何でそんなことを言うんだ?」
「もっと嫌なやつが生きているからだ」
 忌々しげにミーメを見てきての言葉である。
「今僕の前でな」
「またそんなことを言うのか」
「あの竜を僕に倒させたそいつがまだ生きている」
 ミーメを忌々しげに見てであった。
「僕はそれが一番腹が立つ」
「まあそう言うな」
 またこんなことを言うミーメであった。
「そんなことを言ってもだ」
「そんなことを言っても?」
「詮無いことだ。何故ならな」
 何故かだった。ここでこんなことを言ってしまったミーメだった。
「御前を永遠の眠りにつかせてやるからな」
「何っ!?」
 そしてジークフリートはそれを聞き逃さなかった。
「今何て言った!?」
「御前にやってもらいたいことはちゃんとやってくれた」
 ミーメの迂闊な言葉は続く。
「あろは獲物を頂くだけだ」
「獲物をだと」
「そうさ。これは上手くいきそうだ」
 ジークフリートを見ながら楽しく話していくのだった。
「御前は騙し易いからな」
「僕を殺そうというのか」
「そんなことを言ったかな」
 とぼけるがまた言ってしまったミーメだった。
「いいか、ジークフリート」
「今度は何を言うんだ」
「御前も御前の種族も大嫌いだった」 
 言葉は続く。
「心のそこから憎んでいた」
「そうだったのか」
「愛情から育てたわけじゃない、ファフナーの宝の為にだ」
 このことを白状してしまった。本人の前で。
「御前がそれをわしに気前よく渡してくれないと」
「どうするというんだ?」
「わかっているな、御前の命を貰わないといけないんだ」
 本人に対してにこにこと笑って告げた言葉である。
「その時はな」
「そうか、それはいいことだ」
「いいことだと?」
「御前が僕を憎いというのは僕にとっても嬉しいことだ」
 このことを言い返すジークフリートだった。
「しかし僕を殺そうというのか」
「そんなことは言わなかっただろう?」
 最早自分で自分がわからなくなっているミーメだった。
「御前は誤解している」
「誤解か」
「そうだ。一仕事やって疲れているんだ」
 自分の言葉にここでも気付いていない。
「さあ、身体が熱いだろう。これを飲むんだ」
「何だそれは」
「ヴァルハラへ行ける飲み物さ」
 ヴァルハラのことはジークフリートにも教えていた。
「これを飲んでさあ」
「死ねというのか」
「御前が剣を鍛える間にグラグラと煮ておいたんだ」
 つまり毒ということである。
「さあ、これを飲めば」
「どうなるというんだ?」
「宝も指輪も何もかもがわしのものだ」
「そうして僕が手に入れたものを盗むのか」
 ジークフリートの目はいよいよ怒ってきていた。
「御前はそうして」
「何故誤解ばかりするんだ」
 やはり自分の言葉がわかっていない。
「いいか、ジークフリート」
「ああ。何だ?」
 一応話は聞くのだった。
「わしの密かな企みを何とか隠しているのにだ」
「それはよくわかる」
「わかるな。馬鹿な御前がいちいち逆に取るからだ」
 また言ってしまった。
「困るんだ。よく聞け」
「ああ、聞いている」
「わしが何を言うかな」
 こう強調しての言葉である。
「御前の飲み物は今までだってわしが作っていたな」
「作ってくれと頼んだことはない」
「それを飲んで元気付けさせてやった。だからな」
「それじゃあそれはどうやって作ったんだ?」
 ジークフリートの今の言葉は誘導尋問だった。
「その飲み物は」
「だから安心して飲むんだ」
 ミーメはこの問いに気付かなかった。
「そうすればすぐに御前は」
「僕は?」
「意識が夜の霧の中の様に朦朧としてくる」 
 最初はそうなるというのだ。
「そしてだ」
「そして?」
「すっかり意識がなくなってぐったりとしてしまう」
「そして御前はどうなるんだ?」
「宝も指輪も手に入れる」
 諸手を挙げての言葉であった。
「それでな。しかし御前が起きていれば」
「僕が起きていれば?」
「そうはならない。だから御前が寝ているその間にだ」
「どうするというんだ?」
「その剣でだ」
 今度はジークフリートが持っているそのノートゥングを指し示してみせた。
「御前を切るのだ」
「やはりそうするつもりだったのか」
「首をばっさりとな。それでわしは全てを手に入れるのだ」
「僕が寝ている間に殺すのか」
「だからそんなことは言っていない」
 誤魔化しはする。
「全くな。ただ首を斬りたいだけだ」
「御前の考えはよくわかった」
「わかっただろう?」
「ああ、わかった」
「まあ安心しろ」
 本人を前にしての言葉もいよいよ終わろうとしていた。ジークフリートが怒りに満ちた燃える目で自身を見ていることもそのノートゥングを振りかざそうとしていることにも気付かない。
「そんなに憎いわけでもがなり立てられたり嫌な苦労をさせられたとはいえだ」
「それはもう聞いた」
「復讐するわけじゃない。御前が宝を譲ってくれればだ」
「嫌だと言えば?」
「だからその時はだ」
 彼は言うのであった。
「御前を殺さなければならんのだ。何故なら」
「何故なら?」
「兄貴が狙っている。アルベリヒがな」
 全て話してしまった。
「だからヴェルズングよ、狼の子よ」
「僕のことだな」
「そうさ、早くこれを飲んで死ね」
 笑いながらその飲み物を彼に差し出す。
「二度と飲むことはできないから堪能しろよ」
「もうこれ以上喋るな」
 遂に怒りを爆発させたジークフリートだった。
「いやらしいお喋りめ、これを味わえ!」
「うわっ!」
 一撃であった。ミーメはその剣を受けて事切れた。見事に袈裟懸けに斬られ己の血の中に横たわった。それで全ては終わりであった。
「馬鹿な奴だ」
 アルベリヒは遠くからそれを見て嘲笑った。
「そんなことを言うからだ」
「これでいい」
 斬ったジークフリートはまだ怒っていた。
「そのまま永遠に寝ていろ」
「これで邪魔者がまた一人消えた」
 アルベリヒはこのことを喜んでいた。
「さて、後はだ」
「小鳥の声は何処だ?」
 それを探しはじめたジークフリートだった。
「それを聞いて気を休めたい。僕には誰もいない」
「人間の世界に寄るか」
 アルベリヒは森から去りながら呟く。もうジークフリートの話は聞いていない。
「あいつに会っておくか」
「小鳥は気持ちよさそうに歌う。親も兄弟もいない僕に聴こえるようにして」
 彼は今孤独を感じていた。
「たった一人の仲間があいつだった」
「そしてだ」
「あの醜い小人だった」
 ミーメのことに他ならない。
「あいつしかいなかった」
「ミーメも死んだしな」
 アルベリヒはそのことを純粋に喜んでいた。
「ニーベルングの軍勢の出陣も用意しておこう」
「あいつは僕を殺そうとした。だから殺した」
 彼にとってはそれだけであった。
「しかし。それで僕には誰もいなくなった」
「あいつが指輪を奪い」
 アルベリヒの声は次第に遠くになっていく。
「そしてヴァルハラを陥落させれば全てが終わる」
「小鳥よ、何か言ってくれ。聞いているから」
 アルベリヒは森から完全に去った。そしてジークフリートはその声を聴いたのである。
「ジークフリートは竜も小人も倒したのね」
「この声だ」
 ジークフリートにはすぐにわかった。
「そうか、言ってくれるんだな」
「なら次は」
「次は」
「女の人ね」 
 小鳥はこう言うのだった。
「次は女の人ね」
「女の人!?」
 ここでジークフリートはかつてミーメが自分に教えてくれたことを思い出した。
「そういえばあいつは」
「女の人は」
「僕は男でそれ以外にも女がいると言っていたな」
「高い岩の上に眠り」
 小鳥の言葉は続く。
「激しい炎が周りを囲んでいる」
「炎が」
「火の神ローゲが彼女を護っている」
 ここでこの名前を出す小鳥だった。
「ヴォータンにそこに置かれたローゲが護る中を越えて」
「炎の中を越えて」
「彼女を起こせば彼女は彼のもの」
「僕のものになるのか」
 ジークフリートはその言葉の意味を理解した。
「そうか、わかった」
「彼女の名前は」
 小鳥の言葉は続く。
「ブリュンヒルテ」
「可愛い歌。甘い囁き」
 ジークフリートは小鳥の今の言葉に感謝していた。
「僕の心を駆り立てる。もっと聴きたい」
「私は悲しい時でも朗らかに愛の歌を歌う」
「それが小鳥なのか」
「哀しい時も歓喜を以って歌う。憧れを持つ者だけがわかる歌」
「それが僕なんだ」
 憧れを持つ者が誰か、すぐにわかったのだった。
「森を出てその岩の上に。僕は彼女を目覚めさせられるのか」
「花嫁を得ることもブリュンヒルテを目覚めさせることも」
 小鳥は歌い続ける。
「臆病者にはできない」
「臆病者には」
「恐れを知らない者だけができる」
「僕はそれを知らない」
 あらためて自分のことを思った。
「それなら」
「後は行くだけだな」
「そこでまた学ぶことができる」
「そうだ、そこでなんだ」
 小鳥の言葉の意味が今もわかった。
「恐れをそのブリュンヒルテから学ぶんだ。ではそこに行こう」
「さあ、そこに飛びに行こう」
 明らかに彼を誘う言葉だった。
「ブリュンヒルテがいるその場に」
「よし、僕も行くぞ」
 意を決した顔で言った彼だった。既に多くの財宝は袋に担ぎ指輪も兜も備えている。重い筈の宝も何でもない感じで持ってしまっている。
「そしてブリュンヒルテを」
 こう小鳥の飛ぶ方に向かう。彼にとって運命の出会いが迫っていた。



ファフナーを退治して、次はブリュンヒルテの元にか。
美姫 「前幕以前の登場人物が次々に登場してるわね」
そこもまた面白いな。
美姫 「それにしても、ミーメはちょっと間抜け過ぎないかしら」
だよな。殆ど自滅するみたいに喋ってたぞ。
美姫 「そこにも実は何か秘密があったりしてね」
どうだろうな。続きも楽しみです。
美姫 「次回も待っていますね」



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