『左手に風を、右手に雷を』




 廊下を気だるげに歩きながら、狼は軽く嘆息した。
――何で飯時まで疲れにゃならんのだ?
 胸中で愚痴を零すが、言っても無駄だと諦める。と言うか、それすらも既に面倒くさい。
「・・ったく」
 嘆息交じりに呟き、足を進める。さっさと飯にありつきたい――と言うより、これ以上フィーを人目に曝すと更に面倒ごとが起きそうだからだ。既にして朝から面倒事のオンパレードだったのだ。昼飯位はゆっくり食いたい――そう思うのも無理はない。やたらと嬉しそうな笑顔でスキップするフィーを見て、再度嘆息。
「・・・普通に歩け阿呆。お前じゃ確実にコケんだろーが」
「で、でもですね〜、嬉しくて足が勝手に・・」
「弁当食えなくなっても知らねぇぞ?」
「気をつけますっ」
 ビシッと敬礼の真似事をするフィーに、狼は呆れの表情で頭を掻く。
 そんな二人を後ろから眺め、久義、リュイーが楽しげな笑みを浮かべていた。
「・・何だかんだでお似合いじゃない」
「うん、だねぇ・・」
 小声で会話しながら笑みを交わす。
 常に直球――暴投ぎみだが――で狼といる事の喜びを表すフィーと、面倒くさそうにしながらも受け答える狼。そんな二人はある意味では似合いのカップルに見えた。本人にそんな自覚はないだろうが。
「ああ見えて面倒見良いんだよねぇ、ローって」
「うん。それは確かに」
 小声で話してはいるが、狼に聞こえている事は解っている。と言うか――
「オイこら・・内緒話のフリして聞こえるよーに喋ってんだろ?」
「うん、もちろん!」
 久義が満面の笑みで肯定し、狼はそれに嘆息。いつもの事である。気にするだけ時間の無駄だ。そう解ってはいるが――
――・・かったりぃ・・・。
 胸中で愚痴が勝手に零れるのは止められない。
 そしてそれを後押しするかの様な、周囲からの視線。やはり、狼の隣に守天使がいる、と言う光景が珍しいのだろう。狼が通るだけで教室や廊下を歩く他の生徒、教師からの視線が集まる。
 そんな視線にウンザリしながら歩く狼の隣で、フィーは全くそんな事には気づいていないのか、気にしていないのか、ニコニコと笑顔でついてくる。何と言うか、狼と一緒に居られるのが嬉しくて仕方ないようだ。その顔を見て、狼も好い加減何を言うのも億劫になり、ガリガリと頭を掻くと足を進める事に専念する。廊下を歩き、階段を上り、行き止まりの鉄製扉を開け放つ。四方をフェンスで囲っただけのコンクリート打ちっぱなしの屋上に、申し訳程度におかれたベンチが2つ。ここが狼達の目的地だった。
 スタスタと風下のベンチに近づくや、ドカッと腰を下ろす狼の右隣に、フィーが腰掛ようとするが、「お前はこっちだ」と狼に左に座る様指示され、不思議そうな表情を浮かべた。
「何でですか?」
「・・煙浴びてぇんなら、構わねぇがな」
 フィーの問いにそう答えると、内ポケットから取り出したタバコを咥え、ジッポーライターで火を点ける。吸い込んだ紫煙が、狼の右側へと流れていく。
 それを見て、フィーも納得顔で狼の左側に腰掛けた。
「優しいねぇ、ロー」
 狼達の座るベンチの向かいのベンチに腰掛けながら、久義が言う。その言葉だけを見ればまともなのだが――
「・・・そりゃどーも」
 ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべつつ、生暖かい視線を送られながら言われて、素直に喜べる者がどれだけいるかは疑問だ。
――・・・絶対楽しんでやがるな、この野郎は・・。
 嘆息しながら狼が胸中で呟いた言葉が解っているのか、リュイーが苦笑しながら久義の隣に座り、自分の鞄から弁当箱を二つ取り出し、片方を久義に渡す。そんなリュイーから「ありがと」と笑顔で礼を言いながら弁当を受け取る久義。
 そんな様子をフィーは羨ましそうに眺め、隣で詰まらなそうに紫煙を燻らせる狼に視線を移す。
――うぅ〜・・都築さんとリュイーさん・・羨ましいですよぉ〜。
 久義とリュイー、自分の隣の狼に交互を眺めながら、胸中で呟く。
 まぁ、フィーがそう思うのも仕方ない。
 久義とリュイーはどう見ても仲睦まじい恋人同士。これは見る者がフィーでなくともそう見えるだろう。方や狼とフィーと言えば、どう贔屓目に見積もっても主人とメイド――それも、主人は徹底してメイドに無関心――である。心から結びついたとはとても言えない、金銭契約等によるビジネスライクな関係にしか見えない。何と言うか、久義とリュイーは二人の間の空気からして違うのだ。
――でも、いつかは私と狼様も・・・。うん、頑張ります!
 胸中で呟き、小さくガッツポーズ。
「・・・何してんだ、お前は」
 その様子はしっかりと見られていたらしく、狼が呆れ混じりに呟く。
「あぅ・・」
恥ずかしそうに俯くフィーに、リュイーはクスリと笑みを漏らし、「さ、食べてしまいましょう、迅野様」とフォローを入れた。それに「だな・・」と答え、包みを開き――
「・・・・・・おい」
 弁当の蓋を開けた狼が固まった。
 リュイーと久義がそろって覗き込む。
 その先には白米の部分に桜でんぶで描かれたハートマークと、その上にケチャップで書かれた『狼様LOVE』の文字が燦然と輝いていた。
「・・・おい、コラ・・」
 コメカミを押さえつつ、疲れた表情でフィーに視線を移す。真っ赤になって照れながらも得意そうなフィーに、「何だ、これは・・」と尋ねる。
「だって愛妻弁当ですから・・。こーゆー風にしなきゃいけないかな〜って・・」
 真っ赤な顔で答えるフィーに、久義が「ひゅ〜」と口笛を吹き、リュイーは「あらら」と苦笑を深める。
 一方、そんな外野の反応の中で狼は――
「トチ狂ってんじゃねぇ、阿呆」
「みゃぅっ」
 フィーの額にデコピンを見舞った。

 何だかんだと狼にとっては疲れる事の連続――具体的に言うと、『あ〜ん』と弁当を食べさせようとするフィーやら、その度に茶化してくる久義の反応やら――だったが、何とか弁当を食い終え、狼は食後の一服とばかりにタバコを燻らしていた。久義とリュイーはお茶を啜りながらのほほんとお喋りをしており、穏やかな時間が流れていた。
そんな時
「そう言えば・・」
 と思いついた様にフィーが口を開いた。
 その声に、狼は面倒そうに視線を向け、久義、リュイーがお喋りを中断させる。
「あ、ごめんなさいです・・」
 済まなそうなフィーに、「いや、良いって。で、何?」と久義が手を振って続きを促す。それで気を取り直し、フィーが続けた。
「何でここって、こんなに人いないのかな、て思いまして・・」
 そう良いながらフィーが屋上を見回す。その視線に移るのは、コンクリートの床とフェンス越しの町並みだけ。人影は見当たらない。
「私は来たばっかりですからあんまり知らないですけど・・・普通、これだけ広くて見晴らしも良ければ他にも人が着ますよね?」
 小首を傾げて尋ねるフィーの言葉に、久義とリュイーがああ、と言う表情を浮かべる。が、狼は反対に何をとばかりに嘆息し、頭を掻く。そして頭上を指し示し
「あれ見りゃ解るだろうが」
 と嘆息交じりに告げた。
「あれ、ですか・・・って、きゃっ!」
 狼の指先を追って視線を移動させたフィーは、空を旋回するように飛行する影を認めて驚いた声を上げる。その先には、鳥の様な形をした異種が飛び交っていた。驚くフィーをよそに、久義がのんきな声で続けた。
「学校が守天使を無償で受け入れてるのはさ、異種が何処にでもいるからだからね」
「つー事だ。屋上ってのは何かの影にはなってねぇからな。奴らにとっちゃ格好の狩場なんだよ」
 何でもない様に返した狼の言葉に、フィーが「危ないじゃないですか!?」と慌てる。が、狼は平然としたもの。
「別に。来たら潰すだけだろ?」
 と紫煙混じりに当たり前、といった表情で返す。
 狼の言葉にポカンとした表情のフィーとは対照的に、久義は「相変わらずケンカっぱやいなぁ」と暢気に返す。リュイーもさして変わらず、クスクスと笑いながら久義の言葉に頷いている。
 そんな二人に狼は「人間や守天使に売ってる訳じゃねぇんだ。問題ねぇだろ」と手をヒラヒラ振ってみせる。その言葉に久義とリュイーはそろって苦笑した。
「ま、売られりゃ買うがな」
 続けられた狼の言葉に、苦笑は更に深まる。
「まぁ、そうでしょうが・・」
 リュイーが肯定的に返すも、久義はポリポリと頬を掻きながら
「てゆーかさ、狼が人間相手にやり合ったら殺人犯になっちゃうでしょ」
 と答えた。
「何せ人間凶器だしね、うん。歩く破壊兵器で生きた殲滅兵装」
「・・・そこまで言うか?」
「もちろん!」
「即答で肯定すんじゃねぇ、阿呆」
 平然とした会話。だが、上空には相変わらず異種が飛び交っている。普通なら平然と会話に興じる様な場所では決してない――のだが、この二人にとっては全く無関係らしい。狼は己の戦闘力に。久義はリュイーとやはり狼に信頼を置いているからだろうが・・。それにしても大胆な3人である。
 と、ふと気づいた様にフィーが再度尋ねた。
「あの、じゃぁ何でこんな所にベンチが?」
 そうである。
 異種の危険から屋上が利用されないと言うのなら、ベンチ等設営されるはずがない。にも関わらず、屋上にベンチが設営されているのは――
「あ、それは僕達が運んだから」
 当然、とばかりに久義が答えた。その答えに呆然とするフィーの隣で狼は軽く嘆息。
「僕ら、じゃねぇだろうが。正確には俺とリュイーだ。お前は何もしてねぇ」
「・・そだっけ?」
 小首を傾げる久義に、嘆息しつつ狼が続けた。
「そうだ。リュイーが『神理』で防御かけたベンチを、俺が砕弓(くだきゆみ)で打ち上げたんだろうが。でもって、屋上に前もって待機してたリュイーが『神理』で捕獲してここにひきよせた。思い出したかよ? 元凶」
 呆れ混じりの狼の説明に、久義がポンッと両手を打ち合わせる。
「あ〜あ〜、そうだったけ」
 あはは、と笑いながら言う久義に、狼は再び嘆息する。リュイーは小さく苦笑し、フィーに向き直ると、「そう言う事です」と笑いかけた。
 が、フィーには次なる疑問が浮かんでいたらしい。
「あの・・‘砕弓’って言うのは?」
 それには、狼が答えた。
「昨日お前も見たろうが。異種に俺が使ったぜ?」
 久義がそれに続き
「ほら、一匹目の異種の胸部破壊した奴だよ。あの正拳突きみたいなの」
 とフォローを入れる。
「と言っても迅野様の体術は我流ですから。砕弓と言う名称は我々がつけたものですが」
 リュイーの言葉に、フィーが驚いた顔で「ほへ〜」と呟く。が、気になった所があったのか、再度尋ねた。
「でも、何で“砕弓”なんです?」
 それを聞いてリュイーが微笑んで答えた。
「ほら似てるじゃないですか。撃つ時の動作が弓を引く動作に」
「で、当たれば砕くから、砕弓」
 今度は久義がフォローを入れ、狼は
「元々はリュイーが言い出したんだがな。俺は面倒だから名前なんぞつけた覚えがねぇし」
 と嘆息交じりに呟く。
「でもローだってそう呼んでるじゃん」
 不満そうに膨れる久義に、
「お前らがそう呼んでっから俺もそれで慣れちまったんだよ」
 と紫煙混じりに嘆息する狼。が、そんな狼にお構いなしに、久義はフィーに向かって続けた。
「あ、ちなみにローが二体目に使ったのは双矢(ふたつや)ね。上下に連続の砕弓」
「・・お前、俺の技に名前付けんの楽しんでるだろ」
 心底楽しそうな久義を横目で見ながら、狼が嘆息混じりに突っ込む。満面の笑みで「うん!」と頷く久義に、狼はやはり、とばかりに再度嘆息。
 そんな様子を楽しげに眺めるリュイーと、いちいち大袈裟な位感心したり驚いたりと忙しいフィーを紫煙越しに眺め、狼は胸中で呟く。
――・・・頼むから、午後は面倒事起きねぇでくれよ。ごめんだぜ、マジでよぉ・・。
 そんな狼の思惑等露知らず、残りの三人は楽しそうに話し続けていた。



  ガタン・・・
 本日最後の授業も終わり、狼は暇つぶしの雑誌以外何も入っていない鞄を手に席を立つ。途端に慌てて立とうとするフィーに、「焦んな、阿呆」と呆れ混じりの声をかける。
「ですけど、置いてかれたりするの嫌ですから・・・」
 泣きそうに言うフィーに、「阿呆か・・」と嘆息混じりに呟く。そして
「置いてって良いってんなら、そうするけどよ。コイツがウルセェからな」
 と親指で背後を指し示す。
 示されたコイツ――久義はにこやかに笑いつつ、
「もちろん。女の子を待てない男は速攻で地獄に落ちるべきだよ。むしろ落とす」
 と答えた。そして更に続ける。
「そして送り狼! ありがたく頂いちゃわなきゃ!」
「・・・そっちのが悪ぃっつの。この阿呆が」
 ガッツポーズの久義に、狼が嘆息混じりで突っ込む。
 慣れているリュイーは苦笑するだけだが、フィーは目をパチクリさせて驚いている。
 そんなフィーを見て狼は再度嘆息すると、
「有害物質は置いといてだ。さっさと行くぞ」
 とスタスタとドアに向かって歩き出す。
「あ、待ってくださいよぉ〜。狼様〜!」
 慌てて追いかけるフィーの背中に「また明日ね〜」やら「ばいば〜い」やらの声が掛かる。クラスの女子達だ。どうやら、編入一日目にしてフィーはクラス女子の殆どと友達になってしまったらしい。
「よかったね、久義」
 そんな様子を眺めながら、リュイーが久義に小声で声をかける。「だね」と答え、嬉しそうに笑う久義。狼に無断でさっさと手続きをしたものの、久義にしてもフィーが溶け込めるか心配してはいたのだ。普通なら主の方の友達等から溶け込んでいくものだが、フィーの主は久義、リュイーを除けば関わりと言うものを全く持とうとしない狼だ。主の友達から、と言うのが無理な以上、どうしても心配にはなる。が、今の様子を見る限り杞憂だった様である。久義もこれで一安心、と言った所だ。
「これで、狼もいつかは・・ね」
 ふと真面目な顔になり呟く。
 リュイーはそんな久義の肩にポンッと手を置いて、
「大丈夫。いつかきっと迅野様も」
――あの輪の中に入っていけるから。
 声にしないまでも、久義にはそれが解っている。クスリと笑みを漏らし、
「さ、いこっか。ローが焦れてるだろうしね」
 とリュイーと共に狼を追いかけた。



初登校は平穏に過ごせたみたいだな。
美姫 「周りにも打ち解けたみたいだしね」
肝心の主人たる狼とは変らずだがな。
美姫 「めげなずに頑張るのは良いわね」
さて、次回はどんな話になるのかな。
美姫 「次回も待っていますね」
待ってます。



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