『左手に風を、右手に雷を』




「あぅ・・追い出されてしまいました」
 しょんぼりした様子で呟くフィーに、狼は改めてタバコを取り出しながら、軽く嘆息する。
「そりゃ当たり前だろうが・・」
 嘆息交じりの声に、フィーは狼に視線を向けて続ける。
「でもですよ? 私まだケーキ食べ終わってなかったんですよ?」
 如何にも残念そうな未練たっぷりといった表情のフィーに、狼は紫煙を燻らせながら返した。
「自業自得って奴だ、阿呆。つーか俺まで巻き添えくったろうが」
「そうかもですけど・・・って、狼様! 守天使である私を置いてどこ行ってたですか!?」
 納得したような表情を浮かべそうになり、唐突にその事に思い当たったらしいフィーが、狼の背をポカポカと叩きながら抗議の声を上げる。が、元から非力なフィーでは狼に対してダメージを与えるどころか、大した衝撃も与えられていないらしく、狼に動じた様子はまったくない。フィーを止めるどころか、
「誰が誰の守天使だってんだ、阿呆」
 と呆れ交じりの紫煙を吐き出している。
「うわぁん! そう言っちゃいますか!? って言うかいつになったら認めてくれるですかぁ〜!?」
「・・・・・」
「あぁぁっ!? 何でそこで溜め息吐きますか!? しかもまだ諦めてなかったのかって顔して!?」
 ガリガリと頭を掻きつつ嘆息する狼に、殆ど半泣きで狼の背をポカポカと叩くフィー。見ようによってはじゃれ合っている様に見えなくない光景だが――如何せん狼のレスポンスが低すぎた。これで狼にもからかっている様な気配が欠片でも見えれば、仲の良いカップルのふざけ合いで通るだろうが、いかにも面倒そうな表情を見る限り、そう評するにはいささか無理がある。
 そして、そんな二人の後ろでは――
「がるるるるる・・・・」
 喫茶店を出る前から唸り続ける久義と、困った様にそれを見ながら隣を歩くリュイーの姿。
 何と言うか、これだけ奇妙な団体が歩いていれば、当然周囲からは奇異の視線が集中するが・・・そこはやはり彼らと言うべきか。狼はいつも通り黙殺。フィーは自覚なし。久義はすっかり自分の世界に入ってしまっているし、リュイーはリュイーで慣れたものだ。全く気にした様子がない。
「んで、まぁだ唸ってんのか、お前は」
 好い加減フィーの相手も疲れたのか、狼は久義に視線を移す。
「当然じゃないかっ! 僕のリュイーに好きな奴がいるなんて聞いて落ち着いていられる訳ないでしょ!」
 噛み付かんばかりの勢いで言う久義に、
「阿呆。お前の守天使ってだけで、お前の持ち物じゃねぇだろが。リュイーはよ」
 心底呆れた様に嘆息する狼。
「うぅ、わ、私は狼様のモノですよ!?」
 ここぞとばかりにフィーがアピールするが、狼は気にした様子もない。そしていつもなら冷やかす久義も、いつになくヒートアップしていてそれどころではない様だ。
「僕はローと違って一途なんだよっ!」
「一途ってぇより独占欲が強ぇってだけだろーが。しかも的の外れた」
「はぁうっ! 反応なしですかっ!? って言うか聞いてないですか!?」
 今にも掴みかかりそうな状態で狼に噛み付く久義と、呆れの篭った嘆息混じりにスッパリと切り捨てる狼。その脇では完全に蚊帳の外に置かれたフィーが虚しい努力を続けているが・・。
「・・・完全に空回りしてる・・よね」
 苦笑交じりのリュイーが呟く。
 が、正にその通りと言える。
 今の久義は狼を看破する事しか頭にないし、狼は狼でそれを切り捨てる以外に意識を向けていない。こう言っては何だが、必死でアピールを繰り返し、狼の注意を引こうとするフィーの行動は完全に独り相撲である。
――フィーさんも健気に頑張ってるけど・・・相手が迅野様では・・・。
 内心でフィーに同情しつつも、まぁこれはこれでと傍観を決め込む事にする。下手に首を突っ込めば久義がどんな暴走をするかわからないからでもあるが。
 そんな風に傍観し始めて暫く。
 完全に平行線――にすらなっていない気もするが――のまま言い合い――一方的に久義が絡んでいるだけとも言う――を続けていた久義が、突然リュイーへと向き直り
「で、誰!?」
 と勢い込んで尋ねてくる。
「はい?」
 唐突に声をかけられ、困惑したように返すリュイーに久義は更に迫る。
「だから、リュイーを奪おうって言う極悪人!」
「・・・いや、奪ってのは違うだろ。表現が」
 狼がポツリと突っ込むが、当然の如く久義の耳には届いていない様だ。キョトンとした表情で眺めるリュイーに、久義はじれったそうに続ける。
「さぁ、誰なのさ!? 僕に殺されたいって放射性有害物質は!」
 血走った目で問い詰められ、リュイーは困ったように狼に視線を送る。助けを求める意を込めた視線の先で、狼は『さぁな』とばかりに嘆息し、肩をすくめて見せた。
――助けてくれてもいいじゃないですか、迅野様・・。
 内心狼への抗議の言葉を吐くが、狼にそれを期待しても無駄だというのは解っている。何せ、長い付き合いだ。
 だからリュイーは軽く溜め息を吐くと、久義の問いに答えた。
「そうね・・・・と言っても漠然とだけど」
「うんうん!」
「それで!?」
 いつの間にやら久義だけでなく、フィーまでも興味津々と言った具合で身を乗り出している。片や狼はと言えば新しい煙草を取り出し、傍観を決め込んでいる。
 そんな狼を見てクスリと笑うと、リュイーはその言葉を告げた。
「迅野様、かな」
 その言葉が告げられた瞬間――
「「はいぃぃぃ!?」」
 久義とフィーが一斉に声を上げ、間髪置かずに狼へと振り向く。
「あ?」
 驚愕にくれる二人とは対照的に、狼は咥え煙草で平然としたものだ。聞きようによっては告白にも取れる言葉を聴いていながら、表情にも態度にもいつもと変わる所はどこにもない。片手をズボンのポケットに突っ込み、気だるげに立ったまま紫煙越しに二人を眺める。
 が、久義とフィーはと言えば、とても落ち着いていられる状況ではない様である。
「そうか・・ローが僕の敵だったのか・・」
 と拳を握る久義に、
「そんな・・・! リュイーさんがライバルだったのですかっ!? これはピンチです! 絶体絶命です!」
 と悲嘆にくれるフィー。
「・・はぁ・・、ったく・・」
 ブツブツと狼殺害計画を呟き始めた久義と、リュイーと自分とを比較して「ピンチです」と繰り返すフィーを横目に、狼はいかにも面倒くさそうに嘆息を一つ。ガリガリと頭を掻きつつ、リュイーへと向き直る。
「・・で、今のはさっきの仕返しか?」
 そんな狼の言葉に、リュイーはクスリと笑い、首を横に振る。
「いえ、そんなつもりはありませんよ? 私は素敵な方だと思っておりますし、迅野様」
「・・・そーかい」
 にこやかに言うリュイーに短く返し、嘆息交じりの紫煙を吐き出す。
 そんな狼にリュイーはやや不満げな表情を浮かべ、
「ん、もう・・。もう少し反応してくれても良いんじゃないですか、迅野様?」
 と拗ねてみせる。
 守天使であるリュイーのそんな仕草は、男であれば見惚れるには十分すぎる破壊力を持っている。
 のだが――
「反応、ねぇ・・。頬でも赤らめろってか?」
 相手はこの男、迅野狼である。見惚れる所か面倒臭そうに尋ね返している。
「頬を赤らめた迅野様、ですか・・・。ふふ、可愛いかもしれませんね、それ」
「俺に言わせりゃ、気色悪ぃと思うがな」
 何より柄じゃねぇしな、言って煙草の灰を落とす狼。
 そして未だ物々と独り言を続ける二人組へと視線を移す。
「おい、さっさとリアルに帰ってこい。お前らが動かねぇと俺らも帰れねぇだろーが」
 嘆息交じりの言葉と共に、久義、フィーの頭をコツンと小突く。
「痛いです・・・」
 小突かれた頭を抑え、涙目のフィーがそう言って狼へ抗議の視線を向ける。
 が、狼は気に留めた様子もなく、「ようやく帰ってきたかよ」と手間をかけさせられた、とばかりに息をつく。そして鞄を担ぎなおし、
「ほれ、帰るぜ?」
 とさっさと歩き出した。
 その隣にはリュイーが並んでいる。
 それを見て久義、フィーが慌てて後を追う。
「狼様〜、置き去りは酷いですよぉ〜」
「あっ、ロー! リュイーと二人になろうったってそうは行かないからね!」
 ギャーギャー喚きながら追ってくる二人の喧しさに、狼は軽く嘆息する。が、それも一瞬、まぁいつもの事だと意識から締め出す事にして胸元に手をやる。そして取り出した紙箱から煙草を取り出し、咥え――
「・・・あ?」
 唐突に左腕に柔らかな感触を感じ、視線を動かす。同時に後ろから「「ああぁっ!?」」と驚愕に満ちた叫びが上がり・・・沈黙。どうやら驚愕の余り硬直したのだろう。恐らく、今この瞬間に背後に振り向けば、こちらを指差して固まっているフィーと久義が確認できるはずである。
「・・・どうすんだよ? 奴ら、まぁた向こうの世界に行っちまってるぜ?」
 固まる二人をよそに、狼は呆れた様な、心底面倒そうな声音で現在の状況を作り出した原因に――仲睦まじい恋人よろしく左腕に抱きつくリュイーに尋ねる。
「確かに行ってしまった様ですね」
 一方、尋ねられたリュイーはクスリと笑うと、更に狼との距離をつめ、ポテリと狼の肩に頭を預けてくる。
「「・・・・・っ!?」」
 今度は背後から声なき絶叫が聞こえた気がするが、取り敢えず気にしない事にして、すぐそばにあるリュイーの顔に視線を向ける。
「〜〜〜♪」
 何と言うか、その様子は一言で言うならご満悦、と言った所だろうか。心底楽しそうで幸せそうな満ち足りた表情なのだが・・・。
「・・・リュイー、お前・・フツーに遊んでるだろ? あの二人で」
 普段より幾分声を落して尋ねる狼に、「バレちゃいました?」と、やはり小声で返し、悪戯っぽく小さく舌を出して見せるリュイー。
 そんな普段の落ち着いた彼女とは違う、歳相応の少女らしい無邪気な仕草に、狼は声を出さずに苦笑する。元々リュイーに抱きつかれて怒っている訳でもなし、普段が真面目な彼女の茶目っ気を責める気にはならない。と言うより
「もちっと普段から肩の力抜いてもいい気ぃすっけどな、お前はよ?」
「大丈夫ですよ、抜くべき所では抜いていますから」
 そう言っていっそう身を寄せてくるリュイーに、「なら良いがよ」と苦笑混じりに言って煙草を仕舞う狼。
「あら? 仕舞ってしまうんですか? 良いですよ? 気にせずに吸われても」
「流石にこの状況で吸ってられるほど、自己中じゃねぇつもりだぜ? お前、あんま好きじゃねぇだろ、煙草の煙」
「すみません。あ、じゃぁ迅野様のお体の為にも、いつもこうしていたほうがよろしいかも知れませんね? 煙草って身体に悪いですし、こうしていれば吸えない様ですから」
 悪戯っぽく言ってくるリュイーに狼は「さすがにそれは勘弁願うぜ・・」と肩を竦めてみせる。
「って、いつまでやってるですかぁ〜〜〜っ!」
 唐突に響いた大声に、狼とリュイーは揃って背後に振り返る。
 そこにいたのは、涙目で睨むフィーである。
 それを見てやりすぎたかしら、と苦笑するリュイーに対し、狼は面倒そうに嘆息する。フィーはスタスタと距離を詰めると、狼を真っ向から見上げる。そして怪訝そうに見返す狼に向かって声を張り上げた。
「酷いですよぉ〜っ! 私の前で堂々といちゃいちゃするなんて、酷すぎますよぉ〜っ!」
「そうだよっ! 大体僕の気持」
「この際久義さんはどうだって良いですけど!」
「そうそう、僕の事はどうだって・・・って、えぇっ!? ちょ、ちょっとフィーちゃん!?」
 便乗したように抗議の声を上げた久義を言葉の途中で切って捨て、フィーは狼への抗議を続行し――
「よりによって私の目の前で浮気しなくてもいいじゃないですかぁ〜!」
「・・・いや、ちょっと待て」
 即座に狼につっこまれた。
「浮気ってな何だ。つか、言葉の意味解って使ってんのか?」
「うぅ〜っ! 幾ら私でもそこまでお馬鹿さんじゃないですよぉ! 知ってます!」
「んじゃ、使いどこまちがってんのか・・・つか、馬鹿だっつー自覚はあったのな・・」
 しみじみとした調子で呟く狼を見て、フィーはがあぁん、とでもいった様子で仰け反る。
「もしかして私、お馬鹿さんだと思われてたですかっ!?」
「それ以外にどう評せってんだ?」
「即答ですかっ!?」
「・・・・・・・・・・」
「あぁっ!? 何でそこで溜め息吐きますか!? しかも今更だろうが、って感じで!?」
「今更だからに決まってんだろーが」
「うわあぁぁ〜〜ん! そう言っちゃいますか!? しかも躊躇なしですかぁ〜!?」
 喚きたてるフィーに呆れたのか、それともその喧しさに疲れたのか、狼深い嘆息を一つ。面倒そうに歩き出す。
「狼様! まだお話は・・・って、何してるですかリュイーさん!?」
 途中で会話を放棄され、いかにも私怒ってますと言う顔――どう見ても拗ねてると言うか、構って下さいと言うな微笑ましい顔にしか見えないが――で狼を非難しようとしたフィーの表情が、即座に驚愕に変わった。そう、歩き出した狼の左腕に当然の如く抱きついたまま、隣を歩くリュイーを見て、である。
「あ・・う・・」
 驚愕その他、諸々の感情が一気に湧き上がった結果、思考停止状態に陥ったらしく、パクパクと金魚の様に口を開けるフィーに、視線すら向けぬままの狼の言葉が響く。
「いつまでも凍ってっと置いてくぜ? ドコの世界行ってんのか知らねぇがよ」
 その言葉通り、唖然とする二人を置いて狼とリュイーはスタスタと歩いている。
 暫しその姿を眺め――
「って、何見送ってるですか私!? 狼様〜、待ってくださいよぉ〜!?」
 ふと我に返ったフィーが慌てて追いかけ、
「ロー!僕のリュイー取るなよ! ってかリュイーも! 何で僕置いてけぼりにしようとしてんのさ!?」
 久義がその後に続く。
 そんな二人の言葉を受け、「待ってんのが面倒だからに決まってんだろーが」と嘆息混じりに呟く狼に、クスクスと悪戯っぽく笑うリュイー。
「ハァ、ハァ・・。お、置き去りは酷いですよぉ〜」
 それ程距離がある訳ではないにも関わらず、息を切らしたフィーが狼達に追いつき、荒い息の下で抗議の声を上げる。同じく追いついた久義は息こそ切らしていないものの、狼に鋭い抗議の視線を向けている。
 が、そんな事など何処吹く風、とばかりに狼は普段どおりどこか気だるそうに歩を進めているし、リュイーはリュイーで狼の腕を抱きしめご満悦である。
 それを不満げに眺めていたフィーだが、突然気合を入れるかの様に「うん!」と大きく頷いた。
 そして――
「えいっ!」
 空いていた狼の右腕にしっかと抱きつき身を寄せる。
それを見たリュイーは「あらら、大胆」と自らを棚に上げた発言を、久義は
「ああぁぁぁっ! フィーちゃんまで! 羨ましすぎるよ狼! 本気で殺意沸いた気がするよ!?」
 嫉妬丸出しの叫びを上げる。
 が、一方久義の嫉妬の向かい先であるフィ、リュイーの二人の守天使に挟まれた狼はと言えば――
「スゲェ歩きづれぇから離れろ。どっちか・・つーか、むしろ両方」
 嘆息混じりの言葉で返す。
冷めていると言うか何と言うか、まぁ、狼らしい反応ではある。あるのだが。
「いやですっ! リュイーさんは良かったのに何で私はダメなんですか!?」
「フィーさん。迅野様の利き腕は右ですので、多分それが理由ではないかと」
「そうですか? じゃぁリュイーさん! 交代して欲しいのですっ!」
「えぇと・・・それはちょっと・・」
問題はその対象が双方共に離れようとしないのがいつもと異なる点だ。そして、普段ならからかいに回る筈の久義が、嫉妬に染まった視線を無言で狼に向けている点も。
最も、言い合いになるかと思われたのは最初だけで、すぐに楽しげな会話になったのは救いであろう。
自分を挟んで両側から楽しげに話す守天使二人に囲まれ、久義の物理的圧力めいた嫉妬を黙殺しながら、狼は深く、深く嘆息した。



意外と茶目っ気のあるリュイー。
美姫 「確かにね」
今回はドタバタな感じのお話だったな。
美姫 「平穏な日常よね」
まあ、若干二名ばかりはそうでもないだろうがな。
美姫 「次はどんな話なのかしらね」
次回も待っています。
美姫 「待ってますね」



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