『光陰の剣士』




 あれから、暫く時間が経った。
 あの時、フィアッセ達に投げつけられたのは、小型で高威力の爆弾。
 投げつけた男は直ぐに取り押さえられた。
 あの場には、恭也から御神の理をしっかりと受け継いだ弟子――美由希が、そして、恭也との戦いで消耗しているものの、御神の総てを知る美沙斗がいたのだから当然ではある。
 そして、捕らえたその男の手には“龍”の刺青。
 美沙斗は、踊らされていたのだ。
 大切なものを奪われ、復讐心を利用され――
 大切な娘に背を向け、手を血に染めてでも遂げると誓った復讐すらも、“龍”の手の上で踊らされていただけ。
 その結果、兄の忘れ形見――恭也と剣を交え、愛する夫との大切な娘――美由希を傷つけ、彼らの家族を傷つけた。
 それでも、止まれた。
 他の誰でもない、恭也が止めた。
 歴代の御神の誰よりも御神の理を体現する甥に止められ、日の当る場所へと戻る事ができた。
『これからは、合法的な手段で“龍”を追う事にする。それが、多分、私の償いだと思うから』
 恭也にそう誓ってから、それ程時を経ていなかった。
 恭也に引きずられる様に終了後のコンサート会場を訪れ、美由希との久々の再会。
 幼くして棄てながら、それでも思い続けた娘が真っ直ぐに育っていた事の喜び、そして、恨まれても仕方がないと思っていた美沙斗を許した、美由希の予想もしていなかった大きな成長。
 そして、夢を壊しかけたにも関わらず、微笑んで許したティオレとフィアッセ。
 何より、そんな美沙斗を温かく迎えた高町家の人々と、その友人達。
 その優しさに触れて、変わってゆけると美沙斗が思った瞬間だった。
「させる・・・ものかぁぁぁぁっ!」
 美沙斗との戦いの中ですら、声を荒げる事のなかった、恭也の咆哮。
 その声に振り返った皆の見たものは、人の形をした風と化し、駆ける恭也の姿。
 そして、今正に皆の命を奪おうとするそれに小太刀を抜き放った、雄雄しく広いその背中。
 そしてその直後、断ち切られた爆弾が発する轟音と爆光、爆風の中に掻き消えたのだ。
 皆、呆然としていた。
 そんな中、レンが膝から崩れた。
 ヘタリ・・と座り込み、涙すら流す事が出来ずに恭也が消えたその空間を見ていた。
 それは、他の者達も同じ。 
 士郎亡き後、高町家の大黒柱だった恭也。
 皆を支え、影ながら護り続けた、その大きな柱を失った事で、思考が麻痺したのか呆然と眺めるしかない桃子やなのは、美由希、晶。
 抱えた孤独を癒し、埋めてくれた光を失い、何も考えられない忍と那美。
 娘を支え続け、護り続け、今正に長年の夢を叶えてくれた親友の忘れ形見を、そして、翼を知ってなお変わらずに支えてくれた幼馴染を失い、言葉の出ないティオレとフィアッセ。
 そんな中でいち早く我に返った美沙斗が男を取り押さえ――
 その刺青を見つけたのだ。
 愛した夫を、大切だった一族を、娘と過ごす筈だった穏やかな日々を奪い、兄を奪い、今正に自らを止めてくれた恩人とも言うべき甥すらも奪いとった“龍”。
 再び修羅へと帰りかけた美沙斗を止めたのは、驚く事にレンだった。
『そんな事、お師匠は絶対に望まないと思います。せやから、お師匠に誓った通り、日の下に戻ってください。それが、一番お師匠が喜ぶ事や思いますから』
 恭也の葬儀を終えるのを待ち、姿を消そうとした美沙斗に対して、レンはそう言ったのだ。
 誰よりも辛い筈のレンが、だ。
 葬儀までの日々の中で、恭也とレンが互いに愛し合っていた事は美沙斗にも解っていた。
 他の皆も辛いはずだが、レンはその誰よりも辛い筈なのだ。
 愛し、愛してくれた唯一の男性。
 幼き日より憧れ続け、何度も救われ、支えられ・・・・。
 ようやく繋ぎ会えた想いだった。
 手術を終えて身体も治り、これから恭也の支えになれる。
 隣に立てると思った矢先の事だったと言う。
 その喪失感がどれ程のものか等、考えるまでもなく美沙斗には思い出せる。
 それと同じ痛みを、かつて美沙斗も夫である静馬を失った時に感じたのだから。
 そのレンが、美沙斗を止めた。
 それが、愛した男の望みだと。
 望まぬと知りながら、復讐に身を落とした美沙斗とは、真逆の言葉。
恭也を巻き込んだあの爆弾の威力は凄まじいものだった。
 至近距離で受けた恭也の遺体は完全に消し飛び、手元に残ったのは爆風で飛ばされてきた恭也の愛刀、八景。その柄だけ。
 遺体に別れを告げる事すらできなかったレンの辛さは、想像するに余りある。
 それでも、レンは止めたのだ。
 恭也の形見である八景の柄を両手で強く握り締め、目に押さえられない涙を溜めながら、今にも崩れそうな身体を必死に支え、嗚咽で枯れきった喉を必死に励ましての言葉は、美沙斗を打ち抜くには充分すぎた。
 そして、はっきりと見えたのだ。
 小さな、本当に小さなレンの姿に重なる様に、頷く恭也の大きな姿が。
 だから、美沙斗は留れた。
 自分が、再び恭也に止められた事を知り、美沙斗は法の下で裁く為に香港へと渡っていった。
 フィアッセ達は、コンサートを中止にするか迷ったものの、同じくレンに諭され、世界中を飛んでいる。
『お師匠は、ティオレさんやフィアッセさん達が、一生懸命歌ってくれる方が、喜ぶおもいますから』
 その言葉に励まされ、命と引き換えにその機会をくれた恭也の想いに応える為に、そして、辛さを堪えてその言葉をくれたレンの想いに応える為に、世界のどこかで想いと魂を伝える歌を歌っている。
 高町家や恭也の友人達は、悲しみを引きずってはいるものの、いつも通りの日常を送っていた。
 桃子は家族達を養うべく、翠屋へ。
 美由希は恭也が残したメニューをこなし、晶はレンと共に家事をこなしながら、なのはもまた寂しげな影は引きずっているものの、学校へと。
 那美は神社の仕事をこなし、忍は研究を続けながら、同じく学校へ。
 それもまた、レンの力によるものだった。
『悲しいのは解ります。ウチかて、悲しいし辛いですから。でも、ウチらが何時までも沈んでるんは、お師匠かていややと思うんです。だって、お師匠はウチらが皆、笑顔でいられる様に頑張ってたんですから。今回のことかて、結果として戻ってこれへんかったけど・・それでも、お師匠は皆の笑顔が一番護りたかった筈です』
 その言葉に支えられて、そして恭也ならそれをこそ喜ぶと知っているから、だから皆は日常を過ごす。
 そしてレンは皆から見ても普段通りだった。
 晶にいつも通りコミュニケーション代わりの喧嘩を吹っかけ、桃子と料理の話で盛り上がり、美由希やなのはと他愛のないお喋りを交わす。
 だが、皆、知っていた。
 夜、誰もが寝静まった頃、レンが恭也の部屋で一人泣いている事を。
 声を出さず、残された八景の柄を抱いて、静かに泣いている事を。
 知っていても、誰も声をかけられない。
 自分達も、恭也の死を克服できていないから。
 かけようとする慰めが自分すら騙せない嘘に聞こえてしまうから。
 そんな日々も、時が過ぎるに連れて癒されていく。
 最初はただの空元気に過ぎなかった日常の模倣は、やがて活気に満ちた日常へと帰る。
 2年と言う歳月は、それを可能にしていた。
 そして、そんなある日――それは起こった。



恭也の死から始まる物語。
美姫 「悲しみを堪えてどうにか日常を過ごしていたみたいね」
二年の歳月の中でどうにか戻った時に何が起こるのか。
美姫 「ああ、とっても気になるわね」
続きが待ち遠しいです。
美姫 「次回も待っていますね」
待ってます。



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