『光陰の剣士』




「耕介さん、今!」
 霊剣“十六夜”を握った女性――神咲薫が叫ぶ。
「神我封滅・・・神威・洸桜刃ぁぁっ!」
 薫の声に応える様に、霊剣“御架月”を大柄な男性が振り下ろす。
 裂帛の気合と共に振るわれた剣は強大な霊力を纏い、両断せんと走る。
 が。
   ガッギィン・・・
 “ソレ”を覆う障壁に阻まれ、弾かれる。
「あああぁぁぁっ!」
 ならばと放たれる久遠の雷。
 大人へと変化した久遠の雷は、正に天より下る神の鎚。
 轟音と共に天下る神なる鎚は、触れしもの総てを裁く――筈だった。
   バシュッ・・
 障壁の総てを覆いつくしたそれは、一瞬障壁と拮抗するものの、徐々にその力を失い、霧散する。
 それを見た耕介達の顔が驚愕に染まった。
 大人の状態へと変化した久遠の雷は、“神”が振るうそれにすら近いのだ。
 威力という点だけで言えば、間違いなくここに居る誰よりも強い。
 その一撃すらも掻き消されたのだ。
 相殺ですらない、消去。
 これはそのまま、彼我の戦力の差だ。
 それを理解する耕介と薫の背を冷たい汗が伝ったその時――
「〜〜〜〜〜!」
 人には理解できない叫びを上げながら、“ソレ”が片腕を振るった。
 刹那、巻き起こる豪風。
 地を抉り、大気を蹂躙するその風は、周囲のもの総てを薙ぎ払っていく。
 無論、そこに立つ耕介や薫とて例外ではない。
 悲鳴すら上げられぬまま、吹き荒れる風に巻き上げられ、凄まじい速度で吹き飛ばされる。
 風に揉まれ、空へ地面へと無茶苦茶に切り替わる視界の中で、薫は自分が飛ばされていく方向に立つ巨木を一瞬捉える。
――ダメじゃ・・避けられん・・!
 この速度でぶつかれば、どれ程運が良くても骨折は免れず、最悪即死も充分にあり得る。
 だが、どうあがこうとそれから逃れる術はなく――
 激突を覚悟して、薫が目を閉じた直後、何か温かいものに包まれる様な感覚が走り――
   ドッゴォッ・・!
「ぐっ・・・」
 衝突の衝撃が走り、薫は一瞬息を詰まらせるものの、予想した程のダメージがないことに驚く。
――何で? 流石にあのスピードでぶつかって無傷で済むはずが・・・。
 その時、眼を閉じたまま自問する薫の耳に、苦しげな声が落ちる。
「・・・薫・・大丈夫、か・・?」
 搾り出す様なその声に眼を開ければ、自分を抱きしめる誰かの身体。
 いや、誰か、等ではない。
 誰よりも良く知り、最も馴染み深い男の――
「・・・耕介さん?」
 顔を上げ、眼に映ったその顔は薫最愛の男性のもの。
「耕介さん!? 何で!?」
 再び、耕介の名を叫ぶ。
 だが、今度の声は、先程の問いかける様なものではなく、泣き出しそうな、悲痛な声。
 眼に映った耕介は正にボロボロだった。
 いつも優しげな笑みを浮かべている顔は額からの出血で右半分が赤く染まり、表情は痛みを堪えるように顰められている。
 いつだって温かい言葉をくれたその唇が紡ぎだすのは、優しい言葉ではなく、苦しげな吐息。
 いつも温もりをくれたその体はあちこちから血が流れ、右腕はだらりと下がり、力が入っていない。
 ボロボロになった耕介を見た薫の目に、涙が浮かぶ。
 それに、耕介は痛みを堪えて苦笑を返す。
「何でって・・自分の奥さん、見捨てられる訳ないだろ?」
 それを聞いた薫の目から涙が毀れた。
 そんな薫の頭を何とか動く左手で撫でてやりながら、耕介は右手に握る“御架月”へと視線を落とす。
「悪い・・無茶させたね、御架月」
 即座に大丈夫、気にしないで下さいと言う意志が帰ってきて、耕介は安堵の息をつく。
 あの時、飛ばされた耕介は薫が飛ばされていく先に巨木があるのを見て、咄嗟に“御架月”を通して霊力を放出する事で自身の進路を変えたのだ。
 当然、地を抉る程の豪風。
 一度や二度で進路を変える事などできはしない。
 だから耕介は、極短い間に10を超える程に霊力の放出を繰り返す事で強引に進路を変え、薫と巨木の間に割り込んだのだ。
「耕介・・さん・・」
 耕介が割り込んだ方法までは解っていないのだろうが、そうまでして護られた事を知り、泣き崩れそうになる薫。
 そんな薫に、耕介の声が響く。
「泣くのは後だ、薫」
 顔を上げた薫の瞳を真っ向から見据え、続ける。
「まだ、俺達にはしなくちゃいけない事がある。そうだろ?」
その言葉に、薫の瞳が揺れる。
それを真っ向から、強い意志を込めて見つめ、耕介は更に続ける。
「しっかりしろ、薫! アイツを止めなきゃ、誰かが傷付く! 俺達神咲の剣は、人ならざる怪異から日常を生きる人達を護る為の剣だろ! 今、俺達が止めないで、誰が止めるんだ!?」
 耕介の言葉を受けてなお、薫は迷っている。
 神咲の剣の意味は確かにそれだ。
 だが、今、目の前で愛する男が死ぬかもしれない怪我を負っているのだ。
 幸せを知った一人の女として、残していく事は出来ないし、したくない。
 それが解るからか、耕介は、優しい口調で言う。
「大丈夫。俺も、行くから」
 そう言って、耕介は身を起こす。
「耕介さん、そんな・・無茶です!」
 だが、耕介は止まらない。
 少し動かすだけでも全身がバラバラになりそうな痛みが走り、目の前にチカチカと火花が散る。
 それでも、耕介は止まらない。
「・・っぐ! おぉぉぉっ!」
 痛みを紛らわす様に咆哮を上げ、立ち上がる。
 ユラリ、と言う幽鬼の様な危うい足取りながら、ゆっくりと歩き出す。
 その姿に、薫は溢れる涙を止められないでいた。
 ぎこちない足取り。
 所々、朱に染まった衣服。
 だらりと下がった右腕を伝い、ぽたぽたと地に滴る赤い雫。
 正に満身創痍。
 それでも耕介の戦意は消えていない。
 それを示す様に、折れている筈の右手はしっかりと“御架月”を握り締めている。
 何度も、何度も崩れそうになりながらも、その足は一歩、また一歩と前へと進む。
 何より、その瞳に宿る強靭な意思は消えていない。
 強く強く、凄絶なまでの光を宿して、鎮めるべき害悪を見据えている。
「耕す・・」
 静止の叫びを上げようとした薫の声を遮って、耕介の声が響く。
「あそこには、レンちゃん達がいる」
 静かな口調ながら、よく通るその声に呆然とする薫に、耕介の声は更に続く。
「あそこには、レンちゃんや高町の皆がいるんだ。恭也君が・・・俺の弟分が命を賭けて守り抜いた、皆が。それを傷つけられるのを黙って見ているなんて、俺には出来ない。何より、そんなの、兄貴分失格だろ?」
 高町恭也。
 その両の小太刀で家族と友人を守り抜き、その命を散らした青年。
 寮ぐるみ、家族ぐるみでの親交があった為、薫も耕介も良く知る青年。
 中でも耕介はそれぞれの立場――女ばかりの中、ただ一人の男である事や、周囲に振り回されがちな苦労性等――が似通っていた事から、兄弟の様な付き合いをしていた。
 恭也の死に皆がショックを受ける中、直接付き合いの深かった那美と久遠を除けば、さざなみの者達の中で一番ショックが大きかったのは恐らく耕介だろう。
 そんな恭也が――自分の弟分が、命と引き換えに守り抜いた者を傷つけようとする者がいる。
 耕介が猛らない筈がなかった。
「俺には、力がある。この力は・・・神咲の剣は、大切なものを護る力だ。恭也君の剣とは違うけど・・・それだけは変わらない。なら、今振るわないでいつ振るうって言うんだ・・・!」
 その決意を示す様に、“御架月”の刀身に黄金色の炎が走る。
 傷を負い、霊力は尽きかけ・・・それでも抗うと、大切な者達を蹂躙せんとする害悪等認めないと言うその姿。
 それは、恭也に似ていた。
 御神の剣と神咲の剣。
 共に裏の世界に身を置く、似て非なる理を持つ二つの流派。
 だが、その根底にあるものは同じだ。
――日の当る場所を歩く誰かを、迫る災厄より護る――
 その為に編み出され、永き時をかけて磨かれ続けた。
 今、薫の目の前に立つ男は、神咲の理を誰よりも強く体現していた。
 神咲一灯流の当代とされる薫よりも、それ以前の当代であった者達よりも、強く。
 それが解ったから――。
 そして、そんな男の伴侶として、恥ずかしくない女である為に――
 薫は涙を拭い、立ち上がった。



薫と耕介の除霊。
美姫 「久遠も加えた状況でさえ、逆に追い込まれているなんてね」
相手はどんな霊なのか。目的があるのかどうか。
ああ、色々と気になる。
美姫 「確かに気になるわよね。でも、今回はすぐに続きが読めちゃうという」
という訳で、気になる続きは……。
美姫 「この後すぐ!」



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