1月13日 (金)  PM 4:17

 

 子供がいた。

 男の子が二人と女の子が一人。

 

 その三人が砂場でなにかを作っていた。

 それは城なのか、ただの山なのか、それとも他のなにかなのか、そんなことはどうでもいい。

 ただ、それだけのことなのに、三人は楽しそうだった。

 やがて、親らしい大人がやってきて、男の子が一人呼ばれて帰っていった。

 それを見て、残った二人も同じように帰っていく。

 また明日。

 そう言って、笑って帰っていく。

 

 その顔が、とても気に入らない。

 

 今日も、明日も、明後日も、変わらない毎日が続くと信じて、そうでない可能性などまるで考えもしない呑気な笑顔。

 

 それがとても、癇に障る。

 

 

 

 

 

 

      第5話  「〜黒翼〜 子らは出会う」

 

 

 

 

 

 

  1月13日 (金)  PM 4:25

 

「ヴィータちゃん、気をつけてな〜〜」

「また来いよ〜〜」

「お〜う。バイバ〜イ」

 

 手にしたスティックを振り上げ、元気いっぱいに声を上げた。

 その声が聞こえたじーちゃんたちに笑みが広がる。それを見届けてから、家路に足を向ける。

 

 年末年始の間、時空管理局の方で忙しくて、今日は久しぶりに老人会のゲートボールクラブに顔を出した。

 久しぶりということもあってか、皆歓迎してくれた。中には、オトシダマとか言ってお金をくれるじーちゃんばーちゃんもいた。

 自分としても久しぶりなので、本当はもっと遊んでいこうと思っていたんだけど、今日は迎えに来れる人がいないと言うと、じゃあ暗くなる前に帰りなさいということになった。最近はなにかと物騒だからとか。

 正直、誰が襲ってこようと返り討ちにする自信はある。

 でも、それを言うわけにもいかないので、こうして素直に帰ることにしたのだ。

 帰り道の途中、公園を横切る。ここを通り抜けるかどうかで帰れる時間が十分近く違う。

 

「ふーんふん、ふふんふーん。ふーんふふん、ふんふーん」

 

 某ガキ大将の歌を鼻歌で歌いながら人気のない公園を歩く。ついでにその気になって手に持ったスティックも振り回してみる。うん、なかなか気分がいい。

 そのままの調子で公園の半分ほどのところまできた。ここでさっきまでの散歩コースは終わり、子供向けの遊具のある区画になる。

 

 そこに、外見だけなら自分と同じくらいの歳になる子供がいた。

 

 その子供はなにをするでもなく、ブランコに座ってじっと誰もいない砂場を見ている。

 たったそれだけだけど、それがなぜか気になった。

 足を止めて様子を見てみる。それに気づいたのか、そうでないのか、その子供は突然動き出した。

 いきなり立ち上がって歩き、誰が作ったのかも分からない砂山を踏み潰す。なにかの恨みでもあるかのように、何度も何度も。

 ちょっとだけ、興味が湧いたんだと思う。

 でなければ、そのまま無視して帰ってたはずなんだから。

 

「なにやってんだ? おまえ」

 

 突然後ろから声をかけたのに驚く様子もなく、その子供は胡乱気に振り返った。

 そこではじめて気づいた。

 帽子を被っていたせいで分からなかったが、その子供は女の子だった。

 

「見て分からないか?」

 

 尊大な口調でそう言って、また、砂山を踏み潰す。

 

「そりゃ分かっけどよ、なんか意味あんのかって……」

「別に。気に入らないから壊してるだけだ」

 

 なんとも分かりやすい答えが返ってきた。ついでに言うと、その考えにはなんとなく共感できるものがある。

 とりあえず周囲を見回してみた。

 誰もいない。

 あと三十分もすれば陽も落ちる時間だし、今日は雲がかかっていて少し冷える。そのせいか、今公園に人の姿はない。

 そんな寂れた公園にこいつは一人きり。

 

「おまえ、友達いないのか?」

 

 なんとなく、思ったことを訊いてみただけ。

 だがそれは少女にとって触れてはいけない部分だったらしい。少女は劇的なまでの反応を見せて、

 

「友達? わたしに?」ハッと少女は鼻で笑って「ありえないよ。わたしに友達なんて、できるわけがない」

 

 言ってることはバカみたいなのに、こうも堂々と言われると清々しく感じるのはなんでだろう。

 というか、こうして話してるのもアホらしくなってきた。

 

「そうかよ。だったら勝手にやってろ」

 

 あえて、突き放すように言う。

 

「ああ。言われなくてもそうする」

 

 その少女もまた、ヴィータのことなど気にする様子も見せず、砂山を潰す作業に戻る。

 これで終わりだ。こいつはもうあたしに興味はない。さっさと立ち去ってしまえばいい。

 そう思い、自分に命令するものの、足は動こうとしない。

 理由は……たぶん考えるまでもない。後ろにいるこいつだ。

 もう一度振り返ってみると、少女はもう砂山を潰すのをやめていた。――というか、もうそこに砂山があったなんて分からないくらいぐちゃぐちゃになっていた。

 その背中がなんというか、他人を拒絶しながらも構ってほしそうなふうに見えて、

 

「……なぁ」

 

 気がつけば、声をかけていた。

 

「? どうした? 行くのではなかったのか?」

 

 少女は本当に、不思議そうな顔で振り返った。

 

「もしよかったら、あたしが友達になろうか?」

 

 その言葉を言うのには、戦闘のときとは違う度胸が必要だった。たったそれだけの言葉なのに、かなり勇気を振り絞った。

 だというのに、少女は、なに言ってんだこいつみたいな顔をして、

 

「やめておけ。そんな無駄なことをしても、得る物なんてなにもないんだから」

 

 その言いようが、思いっきりむかついた。

 

「勝手に決め付けんな! なにが無駄かなんてのはあたしが決めることだ!」

 

 叫んだ。

 もはや咆哮と言っていいくらいに気迫の乗った叫び。

 それで少しは考えを改めたのか、少女はじっと、なにかを計るようにヴィータの顔を見詰める。

 やがてため息を吐いて、

 

「……分かった。少しの間、付き合ってやる」

「おう」

 

 フン、と鼻から荒く息を吹き出しそうなほどにふんぞり返って答える。

 そこでようやく、『それ』を知らないことに気づいた。

 

「そういやおまえ、名前は?」

「あすか。知る者からは黒翼と呼ばれている」

 

 

 

  1月13日 (金)  PM 4:49

 

 空は一面の雲で覆われ、さらに夕方ということもあってか、すでに辺りは薄暗くなってきた。

 そんな時間にはやてはシグナムに車椅子を押してもらい進む。今は週二回の定期健診が終わって帰るところだった。

 

「う〜〜ん。やっぱりしばらくはこのまま車椅子の生活なんやね……」

 

 分かっていたことではあるけれど、改めてそう断定されると少し落ち込む。とはいえ、いきなり歩けるようになるのも変な話なんだけど。

 

「……申し訳ありません。我々がいなければこんなことにはならなかったのですが……」

 

 シグナムがトーンの落ちた声で答えた。振り返ってみると、顔も少し暗い。

 この話題になると、どうしてもこうなってしまう。負い目があるのは分かるけれど――

 

「あー、もう。何遍も言うたやろ。もうそのことで謝るのはなしやって」

「しかし……」

「ええんよ。確かに、この足で苦労したこともある。けど、だからシグナムたちやなのはちゃんたちに会えたんや。それに石田先生たちも、ちゃんと歩けるようになるって言うてくれたし」

 

 確かに、この足の『せい』で失ったものも多い。

 けれど、この足の『おかげ』で得たものもある。

 そこまで言って、ようやくシグナムも納得してくれたように微笑んでくれた。

 

 二人で話しているように、闇の書の呪いで麻痺していた両足は、順調に回復に向かっている。

 とはいっても、あの事件からまだ一月も経っていない。今日の病院の検査結果も麻痺の進行の停止とわずかな回復の兆しとしか出ていない。

 だが実のところ、年末にも一度、時空管理局で診察を受けているのだ。

 そちらの診察の結果では、かなり長期に渡って――おそらくは生まれたときから自分の体を蝕み続けた呪いはもはや他者の解呪を受け付けないほどに深く、時間と彼女自身の力でしか解決できないだろうとされている。

 それにリハビリの問題もある。ずっと車椅子での生活だった自分にとって、ただ『立つ』という当たり前の動作すらどれほどの難業か他の誰にも窺い知ることはできない。

 よって現実に自分の足で動けるようになるまで、早くても一年か二年、長ければ十年近く。それが、時空管理局の医師の診断結果だ。

 それでも、そんな結果に悲嘆することはない。

 今の自分は、もう一人ではないのだから。

 辛いときには励ましてくれる。

 嬉しいときには喜びを分かち合える。

 そんな家族や友達がいる。

 だからきっと、大丈夫。

 

「湿っぽい話はここまでにしよ。それより、今晩のご飯はなににしよか」

「そうですね。今日は夜から雪も降るようですし、温かいものがいいと思いますが」

「あー、ほんなら、お鍋かな。でも今夜は三人だけやしなあ」

 

 今日はシャマルとザフィーラは管理局からの初任務でロストロギアの護送についている。そのロストロギア自体にあまり重要性はないようだし、ヴォルケンリッターの中でも守りと補助に長けた二人が出ているのだ。万が一の可能性があったとして、そこに万に一つの間違いもありえないだろう。

 それよりも、鍋は大人数で食べた方が美味しいという法則からして人数が減ってしまったことの方が問題だった。

 

「二人の分もヴィータが食べるでしょう。主はやての作る食事は美味しいですから」

「あはは。そうやね。ならいつもみたいに、スーパーで材料見ながら決めよか」

「はい」

 

 そんな風に他愛ない話をしながら、いつものスーパー『MIKUNIYA』で夕食の材料を買い揃える。結局、お肉をやや多めの鍋にすることにした。これなら多少多くてもヴィータが食べるだろう。

 

 それからまっすぐに我が家に帰る。家に着いた頃にはすでに日は沈んでいた。

 

「ただいま〜」

 

 シグナムが先に立って開けたドアを、自分で車椅子を動かして通る。

 玄関にはヴィータの靴ともう一つ、同じくらいの大きさの見覚えのない靴があった。

 

「? 誰かお客さんかな?」

「ええ。どうやらリビングで遊んでいるようです。……どうも初めて見る子供のようですが……」

 

 壁越しにその方向を見ながらシグナムが呟いた。耳を澄ましてみれば、確かにそっちから話し声がする。

 

「珍しいなぁ、ヴィータがお友達連れてくるなんて。ひょっとして初めてやないの?」

「そうですね。あれはどうも昔から友人を作るのが苦手なようで……。我々の使命からすれば仕方のないことですが……」

 

 そんな会話をしながら、シグナムははやての乗っていた車椅子の車輪を濡れタオルで拭いている。外で使えば当然、土や泥が付く。一人だった頃は少し躊躇いながらもそのままスロープを使って家の中に入っていたが、家族のいる今はその辺にも気をつけている。

 そう間を置かず、シグナムの作業は終了した。車輪を拭き終わった車椅子を廊下に置き、玄関に座っていたはやてを抱き上げて座らせる。

 リビングに入ると、ヴィータたちも帰ってきたのが分かっていたのだろう。なにやらめまぐるしく動いているゲーム画面を止めて、

 

「おかえり、はやて」

 

 ヴィータと、

 

「お邪魔している」

 

 ヴィータと同い年くらいの女の子が振り返って、出迎えてくれた。

 

「ただいま。それと、いらっしゃい。ヴィータのお友達?」

 

 普通ならそうだろう。わざわざ家に連れてくるくらいだからそれなりに親しい友人ということになる。

 だが、ヴィータと女の子はわたしの言葉で顔を見合わせて、

 

「さぁ?」

「どうだろう……」

 

 なんて答えてくれた。なぜそこで疑問系?

 それにはシグナムも呆れたように、

 

「おまえ、そんなよく分からない相手を連れてきたのか?」

「だって、こいつが自分は友達なんてできねーなんていうから……」

 

 ヴィータの言葉は尻すぼみに弱くなっていく。第三者を交えて語ることで冷静になってきたのかもしれない。なにか悪いことをしたのかと、叱られるのを怯えるように上目遣いに見てくる。

 

「あはは、ええよ。それで自分が友達になってあげようと思ったんやろ? だったら、ヴィータはなんも悪ない」

 

 言いながら近寄って、ヴィータの頭を撫でる。それでヴィータは安心したように肩の力を抜いた。

 それから今の言葉になにやら驚いている女の子の方を向いて、

 

「初めまして、やね。名前、訊いてもいい?」

「……あすか、だ」

 

 子供ゆえの遠慮のなさか、それとも単に突き放しているだけか、やけに尊大な口調で名乗る。その横でヴィータがなんだか怪訝そうな顔をしているのが気になったけど。

 

「あすかちゃんか。わたしはちょっと構ってあげれんけど、ゆっくりしてってな」

「ああ」

 

 またも尊大な調子で頷く。

 それから二人はテレビに向き直り、途中だったゲームを再開する。画面は上下で分割されてそれぞれ車が動いている。昔はやてが暇つぶしにでもなればと思い買ったレースゲームだ。結局一人じゃあまり楽しめなくて、すぐに埃を被るようになっていたけど。

 今のところヴィータはミスをする様子もなく、快調に車を走らせていた。それも時間の問題だろうけど。

 

 なお、彼女の名誉のために言うが、ヴィータは決して下手というわけではない。『騎士』としての動体視力と反射神経も手伝って、一人用でCPUを相手にしていれば一位になることもある。

 それがなぜミスをすることになるかといえば、その原因は彼女の熱っぽさと負けず嫌いにある。

 前に八神家全員でレースゲームをしたときは、次第に興奮と共に体が動き始め、挙句テーブルで体を打って、その痛みに悶えている隙に他の全員がゴ−ルしていたという結果だ。

 以降、八神家で皆でゲームというのは暗黙の禁止となっていた。

 

 けど、この二人なら問題ないらしい。勝ち負けよりも楽しむことの方を優先しているからか。

 いつものようにやや強引なくらいの勢いで突っ走るヴィータと、ぎこちない様子を見せながらも楽しんでいるらしいあすかちゃん。

 その二人を微笑ましく見てから、晩ご飯の支度に取り掛かった。

 

 

 そろそろ晩ご飯の準備も仕上げだ。リビングの方の活気はさっきから一向に萎える様子もなく、はやてのところまで届いている。

 時計を見てみる。もう七時前を指している。ついでに外を見てみればすでに夜の帳に包まれている。

 ちょっと気になって、リビングに声をかけた。

 

「あすかちゃん、もう帰らんとお母さんが心配するんやない?」

 

 その言葉を受けて、あすかちゃんの動きが止まった。

 もしも、今あすかの顔を正面から見ていたなら、はやては今の言葉がどれほどの失言か気づいていただろう。

 だが幸いというべきか、それは誰の目に付くこともなかった。はやてとシグナムからは死角だったし、ヴィータはテレビ画面だけを見ていたから。

 その硬直は一瞬で、すぐにあすかちゃんの意識はゲームに戻る。

 だがそれは、さっきまでとは明らかに違う気の抜けた動作で、ただ指を動かしているだけのような……。やがて――

 

「……そうだな」

 

 ため息を吐いて、手にしていたコントローラーを置き、ゆらりと力なく立ち上がる。

 それはまるで、夢から覚めてしまったように。

 それはまるで、魂が抜けてしまったように。

 さっきまで見せていた子供らしさが欠落した表情でこっちをを振り返って、

 

「長居してすまない。わたしはもう行くとするよ」

 

 両手を合わせて恭しく頭を下げ、

 

「あ、おい!」

 

 ヴィータの制止する声も聞かず、あすかちゃんは歩いてリビングを出て行く。

 ヴィータもすぐに、その後を追って行った。たぶん引き止める気なのだろう。

 正直、それが胸に痛い。仕方がないとはいえ、正論のはずだったとはいえ、二人の楽しい時間を終わらせたのは紛れもなく自分だ。

 それでも、せめて見送りだけでもしようと、自分もヴィータの後に続く。

 廊下へと出ると、あすかちゃんはすでに片足の靴を履いていた。もう片方の靴も、かかとを踏んでねじ込むように履く。その一連の動きには一片の淀みもない。すでに帰る気は十分ならしい。

 

「本当にもう行くのかよ。もうちょっとくらい……」

「いや、さっきの娘が言ったように、もう遅い。これ以上は迷惑になるだろう」

 

 そう説得されても、ヴィータは納得できない様子だ。

 自分にしても、両者の言い分は理解できるし、自分の言葉がその発端となっている以上、どう口出ししていいか分からない状況。

 そこへ――

 

「送ろう。外はもう暗い」

 

 コートを手に、シグナムが申し出た。

 だが、それを見るあすかちゃんの目はどこかぼんやりといったような感じで、

 

「いらないよ。そもそも、帰る家も待つ人もいないんだから」

「へ……?」

 

 三人が三人とも言葉の意味を捉えあぐねているうちに、あすかちゃんは靴を履き終え玄関のドアを開ける。

 冷たい風と一緒に隙間から雪が入ってくる。シグナムが言っていたように今夜は雪が降っているらしい。

 なのにあすかちゃんは躊躇う様子も見せず、さらにドアを開く。

 そして一歩、外へと踏み出してから振り返り、 

 

「さよなら」

 

 その一言だけを残し、玄関のドアはバタンとやや乱暴な感じに閉められた。

 まるで彼女の世界から締め出すように。

 

 

 

      *   *   *
 

 外はもう雪が降りしきっていた。

 それも家から漏れ出る明かりがあって分かるほどに暗い闇の中で。

 

 その闇と雪の中をヴィータは白い息を切れ間なく吐きながら走る。半袖とミニスカートという寒そうな服装にすれ違う人が驚きの表情を浮かべるが、そんなことに構っている暇はない。

 今走っているのはあすかを見つけて連れて帰るためだ。といっても、今走っているその先にあすかがいる保証は何一つないが。

 

 ヴィータは探査魔法が得意ではない。まったくできないわけではないが必要なときはシャマルに任せてきたので、技能を伸ばす機会をふいにした結果だ。そして、そのシャマルは今はいない。

 さらに今飛行魔法を使うわけにもいかない。なにせこの世界は魔法が認知されていないのだ。下手に魔法を使って騒がれたらはやてに迷惑がかかる。結界を張れば別だけど、あすかだけを中に残す方法が思いつかない。

 

 だから、今からあすかを見つけるのに使えるのは自分の目と足だけ。

 頼りになるのは、雪に残るあすかのものらしい小さな足跡だけ。

 

「あのバカ……」

 

 なんであんな大切なことを話してくれなかったのか。

 永い時を闇の書――夜天の魔道書の守護騎士として過ごし、はやてと出会うまでは主と自身の使命のために戦ってきた自分には、帰る場所がないというのはどんな気分なのか分からない。

 でも、あんな子供が一人で抱え込めるような、そんな軽い問題でもないだろう。

 話してどうなる問題でもないことは分かる。でもヴィータには、『お前なんか友達じゃない』と暗に言われたような気分だった。

 ふざけんな。おまえがどういうつもりでも、あたしはもう――

 そんなことを考えながら走る。

 とりあえず、現状の解決策としてははやてとも話して、帰る家がないならしばらくウチに泊まっていけばいいと許可をもらった。

 だから、捕まえて連れて帰る。簡単な答えだ。

 やがて、当てのない探索に早くも終わりが来た。家から大体三百メートルくらい、二つ目の交差点の向こう。

 そこで見つけた。

 

「あすか!」

 

 出せる限りの大声で呼び止める。どうでもいい通行人たちも振り返るがそんなことは気にしない。

 だが、あすかは止まらない。振り返らない。

 声が届かなかったのかと思い、さっきより大きな声で呼ぶ。

 

「あすか!!」

 

 今度は届いた。

 あすかは足を止めて、振り返った。その表情はなんだか驚いているように見える。

 いったいなにに驚いているのか、それがなんだか気に入らない。あのまま本当にさよならする気だったのか。

 そう思うと、またしても怒りにも似た感情が湧き上がってくる。あいつにとって自分はその程度でしかないのか。

 まずは捕まえる。その後で、思いっきり文句を言ってやる。

 そう考えながら走るものの、自分とあすかの間の交差点の信号機が点滅した。

 突っ切ろう。

 そう思ってさらに加速するが、間に合わなかった。

 無情にも信号機はヴィータが横断歩道に足を踏み出す一歩手前で赤に変わった。さすがに今からでは危ない。とりあえず一度止まろうとして――

 

 ズルッ。

 

「は?」

 

 滑った。

 一瞬で予想外に流れる風景。直後、ゴツンと鈍い音と共に後頭部に鈍痛が走る。

 数秒、痛みに悶える。戦闘ならこの程度の痛み我慢するのだが、さすがに無警戒と予想外のところにこられては我慢する暇もない。

 

「痛ッ……て〜〜」

 

 打った後頭部をさすりながら起き上がる。転んだ拍子にスカートが盛大にめくれかえっていたが気にしない。

 それより、まだ少しグラつく視界で前を見る。

 まだあすかはそこにいた。

 というか、なんでか必死の形相でこっちに走りながら、

 

「たわけ! さっさと動け!」

 

 あすかの怒声が響く。見れば周りの何人かも、驚いているような焦っているような、そんな顔でこっちを見ている。

 なにをそんなに焦るのか。なんにせよ、とりあえず立ち上がろうとして――

 

 けたたましいクラクションと、急ブレーキの音がヴィータの耳をつんざいた。

 

 反射的に振り返れば、そこにはもう、目の前にトラックが来ていた。

 間に合わない。転移はもちろんのこと、飛行も障壁も筋力強化もすでに手遅れ。

 許されたのは一挙動。次の瞬間の衝撃に対して目を閉じることだけ。

 だが、予想していた衝撃は来なかった。

 代わりにボフっと柔らかいなにかにぶつかる感触。それがなにかと確かめるより先に声が聞こえた。

 

「大丈夫か?」

 

 耳のすぐ側から問われた言葉に、恐る恐る目を開ける。

 すぐ目の前にあすかの顔があった。

 

「あたし、なんで……」

 

 轢かれたと思ったのに、無事なのか。永い時を騎士として生きてきた経験から、あれは絶対回避不可能な状況だったのに。 

 後ろを振り返ってみれば、交差点を半分くらいはみ出して止まったトラックがある。

 どうやって助かったか分からないが、本来ならあれに轢かれていたようだ。まず間違いなく致命傷だっただろう。

 その姿――ぐちゃぐちゃに潰れた自分を考えて、思わず安堵の息を吐きながらあすかの方を振り返り、

 

 そこで、ようやく気づいた。

 

 目の前にある、ありえないはずの四枚二対の漆黒の翼。

 一対は蝙蝠の翼。もう一対は烏の翼。

 それが非現実の黒の光を纏って彼女の背にある。

 

「おまえ、それ……」

 

 それ以上なんと声をかければいいのか分からない。あすかはまるで痛みに耐えるように顔を背けているから。

 

――知る者からは黒翼と呼ばれている

 

 今になってその言葉がヴィータの脳裏に反芻する。

 だけどそれ以上は頭が回らない。なんと声をかけるべきか、どう反応するべきか、何一つ答えの出ないまま、ただ手を伸ばして、

 その手の動きに気づいたのか、あすかはビクリと大げさなまでの反応を見せて、恐怖に彩られた顔で一瞬だけヴィータを見て、

 そして、伸ばされた手を避けるように、

 

 あすかの姿は消えた。




 

 

 

 四人目のオリキャラ、『黒翼』ことあすかの登場です。

 前回の三人目はどうしたとか思うかもしれませんが、日付の都合でこちらが先です。ついでに言っておくと、この四人目でオリキャラは一旦打ち止めです。

 

 ところで話は思いっきり変わりますが、皆さんは『ウィザーズ・ブレイン』(電撃文庫発刊)という小説をご存知でしょうか? どうでもいいことですが、現在私の脳内ランキング小説部門で堂々一位の作品です。

 この作品、展開が少し変わっていて、エピソードT〜Vは違う主人公、違う舞台の物語で、エピソードW・Xでそれまでのキャラと新キャラたちで物語は展開し、Yから本編開始という流れです。

 早い話、私の作品の今のわけ分からない展開はそれを参考にしたからです。一人の主人公を中心に物語が進む、ではなく、複数の主人公のそれぞれに物語がある、みたいに。

 

 でも最近身にしみて思うこと。

 欲張りは身を滅ぼす。

 

 ではいつものように解説を。

 

・ヴィータ視点

 

 ヴィータって同年代の友達いるのか? という考えから今回のオリキャラに最初に接触する役になりました。

 でも、後でシグナムも言っていますが、彼女たちの存在理由からすると作る余裕はないでしょう。

 そしてそれが、後の事件のきっかけとなってしまうわけで……。

 

・はやて視点

 

 前半は現在のはやての状況の解説。後半はしっかり『お母さん』をやっています。

 でも、今後の彼女の出番はあまり予定がなかったりします。

 後半になればはやてをメインヒロインにした番外編も考えているんですが……書けるのはいつでしょうね。

 

・ヴィータ視点その2

 

 雪道は本当に危ないです。

 昔、スリップで追突事故起こしたバカの実体験から来る忠告です。なにせ、ブレーキ踏んで、止まる……はずなのにズルズル滑ってズドン、でしたからね。幸い怪我人はいませんでしたが。

 もう春ですけども、皆さんも交通事故とか気をつけてくださいね。

 

 それはそれとして、最後に出てきた翼の意味、説明するまでもないでしょうけど……それについては次回語る予定です。

 

 

 では最後に、オリキャラの外見データを。

 

 身長  94cm 、体重  13kg

 外見年齢  ヴィータと同じくらい(7歳前後)

 髪  背の中ほどまである黒髪。

 瞳  基本的に茶褐色だが、光の加減で灰色に見えることもある。

 その他  デニムのジャケットに膝丈の半ズボン。普段は帽子の中に髪をまとめることもあるため、男の子に間違われることもある。

 





翼を持つ少女。
美姫 「彼女は一体」
次回もまた彼女のお話になるのか。
美姫 「それとも、違うお話になるのかしら」
どちらにせよ、色んなところで物語りは紡がれている。
美姫 「次はどんな物語が語られる事になるのかしら」
次回も待ってます。



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