『時空を越えた黄金の闘士』

第十一話 「アリシア・テスタロッサ」

 

「……アリシア……なの!?」

プレシアは、我が目を疑った。

カノンが、懐から取り出した瓶の中の液体……アテナの血……をアリシアが入った生体ポッドの周辺に振りかけたら、その場にアリシアが現れたのだ。

幻術……そう思ったが、違う。

先程見せられた『幻魔拳』とやらとは違う。

母親として……けっして間違うはずがない。

あのアリシアからは、間違いなく娘の雰囲気を醸し出してた。

「……お母さん……」

アリシアが自分を呼んだ。

「アリシア!!」

プレシアは、重く感じる体をどうにか動かし、アリシアに近づき、抱擁を交わそうとした……が…。

 

パシン!!

 

アリシアの掌が、プレシアの頬を打った。

「………バカ!……お母さんのバカぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「……アリ……シ……ア…?」

プレシアは、信じられないと言った顔で、自分を打った愛娘を見つめた。

「………アリシア……お前はずっと、プレシアの事を見ていたのだな…」

カノンの言葉に、アリシアは頷いた。

「……この26年間……お母さんが……壊れていくのを……ずっと……見ていた」

 

 

 

 

 

『ヒュードラ』の事故によって、酸素が無くなり窒息死したアリシアだったが、その死の瞬間……彼女は『小宇宙』に目覚めた。

極稀に、修行をすることなく小宇宙を目覚めさせる人間が現れる。

後に『聖人』と呼ばれた者たちは、皆、そのような人たちなのだ。

アリシアも、その素養があったのだ。

だが、いくら『小宇宙』に目覚めようが、酸素が無ければ、窒息死は免れない。

水中なら常人よりは持つが、それでも一時間が限界だろう。

小宇宙に目覚めたばかりのアリシアは、小宇宙のコントロールが出来ないので結局、一瞬で死んでしまったのだ。

だが、目覚めた小宇宙の力は、思念となってプレシアの周りに残った。

アテナを護って命を落としたアイオロスの意思が、射手座の黄金聖衣に宿り、アテナとアテナの為に戦った星矢たちを護ったように、山羊座のシュラの『聖剣』が紫龍の右腕に宿ったように……。

アリシアもまた、死した後も、小宇宙の力によってプレシアの傍に居たのだ。

しかしそれは、アリシアにとって……地獄以外の何物でもなかった。

自分を生き返らせる為に、人の道を外れていく母を……自分の『妹』のような存在であるフェイトを虐待する母を……アリシアは見せ付けられたのだ。

どれだけ叫んでも、己の声は母には届かなかった。

思念体であるアリシアは、目を背けることも、耳を防ぐことも出来ず、プレシアに鞭打たれるフェイトを、見ることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

「……そ……そんな……」

自分の今までの所業をアリシアが見続けていたこと知ったプレシアは、罪の意識に苛まれた。

寄りにもよって、愛娘にあんな醜い自分を……26年間見せ続けていたのだ。

「……お母さんは……優しかった……。でも、優しかったから……壊れてしまった……。お母さんを……壊したのは……わたし……」

自分の死がきっかけで、母が壊れてしまった。

アリシアは自分を責めていたのだ。

……その時、この場にフェイトとアルフが姿を現した。

「……アリ……シア!?」

フェイトの声に反応したアリシアは、フェイトに近づいた。

「……ゴメン……ゴメンね……フェイト…」

自分に抱きつき、涙するアリシアにフェイトは困惑した。

「……お母さんが、フェイトにきつく当たっていたのは……私のせい……なの…」

プレシアがフェイトを虐待していた本当の理由。それは………。

 

 

 

 

 

アリシアは、大魔導師プレシア・テスタロッサの娘に生まれたが、魔力資質がまったくなかった。

プレシアは、愛娘をとても可愛がっていたが、その一点のみを残念に思っていた。

自分の娘に、自分の力を受け継がすことが出来ないことを………。

『プロジェクトF.A.T.E』によって、フェイトが誕生したとき、その魔力資質にプレシアは歓喜したのだ。

『金色の魔力』なのは気に入らないが、自分の娘に相応しい『魔力』を持って産まれたこの『アリシア』に……。

しかし、プレシアは間違ってしまった。

それは、『アリシアの記憶』をこの娘に与えてしまったことであった。

もし、『アリシア』の記憶を与えていなければ……プレシアは、彼女をアリシアの『妹』と見ることが出来た。

そうすれば、アリシアの代わりではなく、新しく生まれた『娘』として、自分の力を受け継ぐ後継者に出来た。

しかし、中途半端なアリシアの記憶を持ってしまったフェイトを認めてしまうと、あの『アリシア』は何だったのか……と、考えてしまったのだ。

違う。

あの『アリシア』は自分がお腹を痛めて産んだ、只一人の娘。

こんな『偽者』なんかじゃない。

『アリシアの記憶』を持つフェイトを認めることは、『アリシア』を貶めることになると思ってしまったのだ。

『アリシア』に、プレシアの娘として相応しい魔力資質があれば……このような行き違いは起きなかったかも知れなかった。

 

 

 

 

 

「……私がお母さんの娘として相応しい魔力を持っていたら………お母さんがフェイトにあれほどきつく接することもなかったかも知れない……」

アリシアの想いを聞き、ますますプレシアは罪の意識に苛まれた。

「……フェイト……これからは、『アリシア』の代わりとしてじゃなく、『フェイト』として生きて……本当の自分をとして……そして、フェイトの事を思ってくれる人たちと……生きて……」

「アリシア……」

「……私は……『フェイトのお姉ちゃん』だから……お母さんがどう思おうと……フェイトは、『私の妹』だよ……それは、間違いない……」

アリシアの言葉は、フェイトの心に染み込んだ。

プレシアには、人形と蔑まれたが、アリシア本人から『妹』と認められたのだ。『クローン』ではなく、『妹』と……。

「本当の体で、こうやって……フェイトと一緒に……いたかったな……」

アリシアの姿が崩れ始めた。

霊血の効果が切れ始めたのだ。

「アリシア!!」

消えようとする娘に手を伸ばすプレシア。

「お母さん……思念体としてのこの私は、もう直ぐ消滅する……。私の魂は既に天に召されている……私が生き返ることは絶対に有り得ない……だから……私の大好きなお母さんに戻って………私の最後の我侭を……叶えて……」

「アリシア!」

「大好きだよ、お母さん、フェイト……さようなら…」

アリシアの思念体は、灰となって消え去った。

 

 ★☆★

 

灰となって消え去ったアリシアをプレシアは、号泣していた。

愚かな自分を……娘を苦しめ続けた自分を呪いながら………。

そして、アリシアが妹を欲しがっていた事を忘れていた…。

最初から、フェイトをアリシアの妹としておけば……。

ふらふらと立ち上がり、生体ポットのアリシアにしがみついた。

「許して……バカな『母さん』を……許して……」

その時、閃光がプレシアを貫いた。

「……がはっ!」

「母さん!!」

カノンたちは、閃光が放たれた先に視線を向けた。

「プレシア……お前の役目は終わった……。この俺様が『アリシア』の下に送ってやろう……」

「……貴様!フック!!」

プレシアに閃光を放ったのは、『海賊』のフックであった。

「……ア……リ……シア……」

プレシアは、アリシアと共に虚数空間へと墜ちていった。

「……母さん!」

「駄目だよ、フェイト!!」

後を追おうとするフェイトをアルフが抑えた。

その横を一輝がすり抜け、プレシアを追うように虚数空間に飛び込んだ。

「……一輝さん!?」

クロノは驚愕した。

いくら聖闘士といえど、虚数空間に飛び込んだら二度と脱出など出来るはずがない……。

一輝の行動は、クロノから見れば自殺行為に等しかった。

 

 

 

 

 

一方、カノンはプレシアを撃ったフックと対峙していた。

「……久しぶりですね……『シードラゴン』様……いや、双子座のカノン…」

「……貴様……何故、プレシアを撃った?」

「フッ……俺様が奴に協力していたのは、我が主が『プロジェクトF.A.T.E』のデータを所望したからだ……。これさえ手に入れば、あんな愚かな女など……どうなろうと知ったことではない……!」

うすら笑いを浮かべながら、フックはそう言い捨てた。

「……主だと?」

「そう、貴様など問題に為らんほどの偉大な御方よ……」

「海闘士が、ポセイドン以外の者を主とするとは……な…」

「……ポセイドン様が居られぬ今、使える主は自分で選ぶ……それだけのことだ」

その時、辺りに激震が走った。

「何!?次元断層はリンディが抑えている筈?」

「フッ!先程、この庭園の中枢を破壊したのでな……もう直ぐこの庭園は崩れ去るぞ!!」

そう言うとフックの足元に魔方陣が形成された。

「さて……アンタとまともに戦っては、この俺様とて勝ち目などないのは解っているし、このまま崩壊に巻き込まれるのはゴメンなのでな……。ここで失礼させてもらおう」

そう言って転移しよとするフックにカノンは拳を放った。

「さらばだ」

フックの体は消え、転移していった。

「……逃げられましたか?」

「……いや、もう奴のことはどうでもいい……それよりも、ここから脱出だ!」

クロノの問いに、カノンはそう答えた。

いまだ呆然としているフェイトの傍に行こうとした時、なのはとユーノを連れたムウが現れた。

「ムウ!ここはもう直ぐ崩壊する。全員をアースラまでテレポーテーションさせてくれ!!」

「…ッ!…わかりました!!」

ムウは、庭園に居る全ての者をアースラにテレポーテーションさせた。

誰も居なくなった時の庭園は……跡形もなく崩れていった。

 

 ★☆★

 

海賊のフックは、彼の主の前で跪いていた。

「プロジェクトF.A.T.Eの完成データをお持ちしました……お納め下さい…」

「ごくろうだったな……フック…」

蒼いローブに身を包んだ主は、データディスクを受け取った。

「……主……。『双子座』のカノンたちをどうなさりますか?」

「今は放って置く……管理局の奴らはともかく、黄金聖闘士二人を相手にするのはそれなりの覚悟が必要……。こちらの態勢が万全でない状態で手を出すのは、無謀と言うモノ……」

「……しかし……」

「それに、フックよ…。お前はもはやそのような事を気にする必要はない……」

主は、フックを哀れむように見据えた。

「ど……どういう事ですか?」

「……既に死んでいるお前が気にする必要はない……と言う意味だ…」

「……私が死んでいるとは…どういう…!?」

その時、フックの鱗衣に亀裂が走った。

「先程、お前が此方に転移する前、双子座のカノンの光速拳がお前の体をズタズタにしていたのだ……」

カノンがフックを追わなかった理由は……既にとどめを刺していたからであった。

「そ……そんな…!…ぴ…ぴっぴっぴっぴっぴ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

フックの全身から血が吹き出て、鱗衣ごとが肉体が粉砕されていく。

絶命したフックはその場に倒れこんだ…。

「……『双子座』のカノン…。恐ろしい男よ……。だが、いずれ貴様は私が始末する……この真の『海龍《シードラゴン》』の海将軍である、この私が…必ず…な…」

そう、この男こそ……真の海闘士七将軍の一人『海龍』であった。

「…『海龍』殿……我らの出番はまだかな?」

海龍の後ろに黒いローブを纏った二人の男が現れた。

「……そうだな。貴方がたには、ある男の捜索をお願いします…」

「誰かな?」

「広域次元犯罪者……『ジェイル・スカリエッティ』……。奴の居場所を探し、奴が今、行っている研究……『戦闘機人』のデータを手に入れて下さい」

「承知!」

黒きローブの二人は、その場から姿を消した。

「……フッ!負け犬の奴らでも、この程度の使い道はあろう…」

『海龍』はそう呟いた後、哄笑した。

 

〈第十一話 了〉

 


はい。今回は本来As編で行われたフェイトとアリシアの邂逅をこちらに持って来ました

真一郎「意味があるの?」

何故、こちらでそれを済ませたのかは、As編でのお楽しみ……

真一郎「それよりも、黒幕は真の『海龍』かよ……」

まあ、カノンに因縁のあるオリキャラといったら、『海龍』を絡ませるのが一番だと思ったからね…

真一郎「次回はどうなるんだ?」

次回は……とりあえず、虚数空間に落ちたプレシアと一輝について……それと……後は秘密。

では、これからも私の作品にお付き合い下さい

真一郎「お願いします」




黒幕が姿を見せ、色々と暗躍している様子。
美姫 「こちらも気になるのは確かだけれど」
一輝たちの方も気になって仕方ないよな。
美姫 「虚数空間に落ちたものね」
とは言え、一輝だしな。とか思ってしまう。
美姫 「そうよね。何とかして戻って来そうではあるわね」
次回はそちらの話みたいだし、楽しみにしてます。
美姫 「待ってますね」



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